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 星ならば時期や時間から数字的に居場所を知ることができる。だが、人間はそうもいかない。

 秘密の駐輪場が閉鎖され、僕はふたたび朝の陣取り合戦に復帰した。駐輪できずに遅刻しかけたのは、1ひと月に二度や三度ではない。

 平穏の地を追いやられたのは当然僕だけではない。今や、くたびれたサラリーマンの男性が、場所をもとめてさまよっているところぐらいしか見かけない。目があったことがあって、おたがい大変ですねと目配せし、その隙に空いていたスペースへ彼は自転車をつっこんだ。ほかをあたらざるをえなくなった僕は、乗るはずだった電車を駐輪場から見送った。

 石田弟の言葉が、意識の片隅でむやみにきらめいていた。石田光希にカレシがいようがいまいが、僕には無関係な事柄である。気にすることではないはずだが、ふとした瞬間意識にあがってくる。たえず物陰に身をひそめて攻撃の機会をうかがうゲリラみたいだった。

 正体のわからない鈍痛に首をかしげていたら、空が遠のき秋になった。風遠く気爽やかなり。駐輪場の生け垣には濃いピンク色の花が咲き、近づくとかすかな芳香を感じとれた。

 夜になればあかりのないほうへむかった。星を見るのに町はあかるすぎる。彗星がもう間近に迫っていた。大彗星になることは約束されているそうだ。

 立派に輝くはずの彗星は、地球の裏側を運行していた太陽に近づいて消滅した。朝の報道番組が芸能人のスキャンダルみたいに報道した。その夜も、僕はかわらず星を見に出かけた。夜の駐輪場は、ほんのすこしだけ混雑が解消されていた。

 鍵をかけて顔をあげると、ちょうど駐輪場の出入り口からひと組の男女がはいってくるところだった。その付近にだけ街灯がついていてあかるかった。僕は一歩も動かず呼吸さえもひそめて、ふたりの様子をうかがった。やがてあかりのとどかない暗がりへはいり、影だけがうごめいた。男のほうは自転車を見つけてさっさと乗っていってしまった。ひと言も発しはしなかった。街灯の下を緑色した自転車のフレームが通過した。女が立ちすくんだまま見送るが、やがて自分の自転車をひきずり出し、うつむきかげんに駅のほうへこいでいった。

 一連の情景をながめるあいだに、天体観望へいくことはひとまず中断することに決めていた。代わりに、かけたばかりの鍵をはずして、駅へむかって自転車をこいだ。

 市街地から住宅街へさしかかる、あかるさがいちだん落ちるあたりの十字路で、黒と茶色の自転車に追いついた。車のとおらない信号は赤で、歩行者ボタンはおされていなかった。石田光希の名を呼ぶと、彼女はからだをふるわせてふりかえった。今日も制服姿だった。あらわになった膝小僧が寒々しかった。

「よからぬ輩にからまれるのかと身構えたよ」

「ひどい」

「こんなところでめずらしいね、どうしたんだい?」

 駐輪場で見かけたが声をかけるタイミングがなかったため、こうしてここまできて声をかけたところだと説明する。笑いながらストーカーのようだといわれた。不本意だ。

「なんにせよ、ちょうどよかった。すこし、気分転換したかったんだ」

「では、満天の星に包囲されにいきましょう」

「星? どこかおすすめの場所でもあるの?」

「電車にゆられて一時間」

「いいね」

 さむくない格好に着替えてくるからという石田光希とは、駅で落ちあうことにした。初めて見た石田光希の私服は、闇にまぎれる色あいが黒魔術師のようで意外だった。

 車内で彼女は饒舌だった。二一時をまわった下り電車で僕らぐらいしか乗客がいないとはいえ、そばにいて不安になるほどよくしゃべった。

 内容は他愛のないものばかりだった。あいづちを打つ間もない。迂遠な会話の拒絶だった。話したい欲求と話せないというためらいが起こした矛盾だった。僕はだまって彼女の話に耳をかたむけた。

 降りるひとつ手前の駅に電車は停車し、出発した。石田光希は「ねえ」と、はじめて呼びかけた。

 むかいの車窓は漆黒で車内の様子を反射する。となりに座る石田光希の顔と首だけがうかびあがっていた。ぼんやりながめたあと、顔をむけ、じかに彼女の表情をうかがう。まつげがきれいだった。

「なんとなくで意味のないキスだったんだ」声に力はない。弱々しいというより、むだな緊張がなかった。「それでも、はじめて大切な人ができたから、きらわれないよう努力したんだよ」

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