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 銀色にきらりらりと光る自転車のハンドルを、まるで銀河のようだと思いこめたのならば、すこしは陣取り合戦を楽しめたのかもしれない。そんなわけもない。

 今日も駐輪場には自転車があふれる。ハンドルばかりがツタ植物みたく群生して見えるのは、気が滅入るほどに窮屈な光景だ。雑草だってもっと律儀に生えているだろう。宇宙の秩序とはくらべるまでもなかったか。

 駐輪場最奥のうらぶれた区画を、ゆっくり僕はすすんでいき、名も知らない低木の生け垣の端をまわりこむ。いつものように、自転車が四台停められていた。

 僕はアマガエル色と黒茶色の二台がならぶ横へ駐輪した。黒茶の自転車のフレームには、白いペンキで「石田」と書かれていた。

 石田光希にこの場所を教えてからひと月が経った。彼女を除いて、ここを利用する人は増えていない。

 彼女と朝に会うことはなかった。もともと通学のタイミングがずれていたのだから当然だった。ゆいいつ、テスト期間で午後のはやい時間に駐輪場まで帰ってきたときだけ、テスト期間が重なっていた彼女とはちあわせすることがあった。

「おかげざまで、朝は楽ができているよ」そのときのやりとりではじめて、彼女のフルネームを知った。なおかつ、石田光希は僕よりもひと学年先輩であることも判明した。「後輩くんだったのか。生意気だったことは、この場所を教えてくれたことに免じてチャラにしてあげよう」

「生意気でしたか?」

「うそだよ。だから、今度、私のいきつけの店へつれていってあげるよ」

 いきつけの店というひびきが、なんとも人生の先輩らしかった。

 夏休みにはいり、駐輪場をおとずれる機会はおおきく減った。だから石田光希いきつけの店をおとずれる機会もなかった。

 やすみのあいだ、週に一度か二度の頻度で図書館へ通った。図書館は駅のそばにあり、必然的に駐輪場のそばをとおりかかった。だが、石田光希を見かけることはなかった。いたとしても判別できなかっただろう。

 天文について興味があった。天文とはつまり恒星とか銀河とかダークマターとかのことだ。秋には大彗星がくるそうだ。

 星のことを知りたいという欲求が、ゆいいつ僕を行動的にさせる動力なのかもしれない。きれいな星空というものを見るために、電車にゆられて街灯のない近県の遊水地へいくこともある。観望するときはいつだって、不審者と間違われないことを星に願っている。

 図書館帰り、西の空に地平から朱色の層がぼんやりあらわれてくるころ、駐輪場から出てくる石田光希と再会した。ワイシャツに濃緑のスカートは制服だ。高校の文芸部の帰りだという。

「そうだ。このあいだ約束したいきつけの店へ、今からつれていってあげよう」

 全速前進と、石田光希は僕がやってきたほうの道へと自転車をこぎ出す。ひょうたんみたいなかたちのリュックサックが、陽光でにぶい白色にまたたいた。

 地図なんかで、僕の家から駅へむけて線を引いたとする。僕がつれていかれたのは、その線をさらに数百メートル分のばした一帯にある住宅街だった。似た外装の家がならぶなんの変哲もない住宅街に、だれも遊んでいないちいさな公園。家塀を乗り越えて茂る庭木は手入れがいいかげんで、電線にはスズメが群れをなしてとまっている。同じ市内のはずなのに、遠く知らない異国の地へきたような気がした。

 いきつけの店は、カラスが一羽だけ歩いている空き地に挟まれた場所に建ち、秋に台風がくるか明日ゲリラ豪雨に降られるかで倒壊しそうなほどうらぶれた、ちいさな駄菓子屋だった。

「ここのコンペイトウが好きなのだけれど」

 定休日だった。日曜はひらいていないそうだ。

「ごめんよ。ごめんついでに、もうすこしつきあっておくれ」

 三分もかからずつぎの目的地へついた。一軒の民家で、よく見れば周囲の建築物との差異に気づけるが、おおむね住宅街の一部に溶けこんでしまうような家だった。石田という表札が出ていた。

 ここで待っていてと玄関先に残された。待っていると、中学生の男の子がやってきた。名札から石田光希の弟であると推測した。

「あんたが姉貴のカレシ?」

「そうだけど」

「うそつきだね。うわさと全然イメージ違うもん。じゃあ、友達とか? だったら聞いてないっすか――」

 石田弟が話す途中で石田姉は家から出てきた。姉の「おかえり」に弟は「ただいま」と返して平然と家へはいっていった。石田光希は手にもっていたアイスココアの缶を僕の手におしつけた。「ささやかだけれど、あの駐輪場を教えてくれたお礼の一部。今度また、あのお店がひらいているときにつれていってあげるよ」

 夏休みが終わった始業式の朝、隠れ駐輪場の入り口は赤いコーンと鎖で閉ざされていた。『拡張工事のため使用禁止』と書かれた紙が、鎖にはられてゆれていた。

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