訓練
訓練
もう現場を一度体験した勇司達ではあるが、あれはイレギュラーな事態であり、特局は本来入って1ヶ月前後は訓練の期間にあてられる。
勇司達は地下の訓練室で訓練の真っ最中であった。
「ペイント弾だからな、怪我することはないけど当たると多少痛いぞ。特技でもなんでも使っていいから避けろよー。」
元は気楽に言ってくるが、ここまでランニング15キロ、筋トレ各種×100回、逮捕術の訓練を15セットをこなしていた。勇司は完全にグロッキーであるが、普段と変わらない様子の久信を見て質問する。
「久信、どうしてそんな元気なんだよ。そしてなんで訓練なのにロングコートなんだよ?」
「下の名前で呼ばないで下さい。と言うよりは呼ばないで下さい。普段の鍛え方と趣味ってやつですよ。」
霰は報告書作成のため、訓練は免除であったが、先程考えられないスピードで事務仕事を済ませると途中から訓練に参加している。
「じゃあまずは途中参加で元気なお嬢ちゃんからいってみようか。」
元はそう言って特技を使う。
【拳銃創造】
いつの間にか元の右手には小型のリボルバーが握られていた。
「いくぞー。準備はいいか?」
はいっと元気な返事をして霰は特殊警棒を構えるが、イマイチ様になっていない。
乾いたパンっという音とともに、霰の顔に赤いペイントが飛び散り、突然額に走った痛みに思わず座り込む。
「うーっ、おでこがー!おでこがーっ!!」
グロテスクな光景に少しひく勇司と、いつもと変わらぬ表情で久信は訓練を見つめていた。
「なんか気合い入ってたから狙ったけど、顔はまずかったか。ごめんよ、お嬢ちゃん。」
「うーっ、大丈夫です。血はでてないと思うし。」
そう言うと、霰は袖で顔を拭くがなかなかペイントは落ちにくいみたいで、べったりと霰の顔面にこびりついている。
「じゃあ次、久信君いってみようか。もう少しは粘ってくれよ。ではお嬢ちゃん合図を頼む。」
久信はその言葉を聞くと一歩二歩と前に出て、人差し指で眼鏡の位置を軽く直した。
「よーい、スタートッ!」
霰の気の抜けた号令と共に、元は狙いは定めず、しかし正確に久信の右足に二発ペイント弾を発射するが、それを久信はほんの少しだけ左に移動してかわす。
何かを確認するかのようにさらに二発、今度は顔の右と左にギリギリ当たらないように撃つが、久信はそのまま全く動かずに弾をかわした。
「ほうほう。さっき眼鏡触った時か。なかなか悪くない特技だな。」
「おかげさまで。班長もさすがですね、たいして狙いも定めず、あの精度とは私には無理ですよ。」
久信はロングコートの内側から特殊警棒を走りながら取り出し迫る。元はすぐさま特技で拳銃をリロードすると、避けづらい胴体めがけて撃った。
久信は撃たれる寸前に斜め前に跳び、銃弾をギリギリ避け斜めに跳んだ事でさらに距離を詰めると、いきなり警棒を元に向かって投げつけた。
元が警棒を避ける隙に、久信がロングコートの内側から更にスタン警棒を取り出し、そのまま突きにいく。
しかし、元は右手に持った銃を久信の顔めがけて投げつけると、久信は反射的にスタン警棒で防いでしまう。
目の前で、スタン警棒が電流を流す衝撃で一瞬久信は動きが止まってしまい、その隙に元は一気に近付くと、久信の腹の前で再び拳銃を作り出す。
「まだまだ実戦不足かな。ここなら避ける暇はないね。」
至近距離から腹のど真ん中にペイント弾をくらうとロングコートをペイントまみれにされ、至近距離からの衝撃に久信は撃たれた所を押さえ、少し苦しそうな表情を浮かべていた。
「まあ、このまま次にいこうか、勇司。ちゃんと特技使えよー。」
完全にペイントまみれの二人にひいている勇司だが、横から霰が声をかける。
「勇司君、敵討ちだと思ってファイトーッ!」
霰からの応援の言葉に多少やる気がでてくる。どうせやらないと終わらないということが分かっているので、勇司はペイントまみれにされる覚悟を決めた。
「じゃあ、スタートッ!」
霰の掛け声と同時に勇司は手に持っていた白い煙草に火をつける。
【白煙】
勇司は煙を元にむけて吐きだすが二発の銃弾で散らされてしまう。しかし走りながらもう一本銀色のタバコを取り出し、火をつけた。
【銀煙】
銀色の粒子の混じった煙を吐き出し、勇司の前に浮遊している。
元は煙越しの勇司にむけて銃弾を三発撃ち込むが、銃弾が煙の中で止まる。
そのまま少し待つと、煙の散霧と共に銃弾は床に音をたて落ちた。
「相変わらず変な特技だな。半個体の煙なんて。」
「気にしてんだから言うなよっ!」
軽く言い合いしながらも、元が左手にも銃を出現させる。
「じゃあとりあえず頑張れよ。」
元は勇司にそう伝えると、左右の拳銃を撃ち込み続ける。
(まずいまずいまずいまずいっ!今んとこ銀煙は一本しかない。)
銀煙を吐きだし続けながら、頭の先から爪先までを銃弾に狙われ続ける。
そして銀煙の火が消えた頃には、そこに真っ赤に染まる一つの物体が残るのであった。
その日の訓練も終わり、シャワーを浴び服を着替えてから反省会が開かれた。
「じゃあ一応、今日の反省するぞ。お嬢ちゃんは議事録よろしくな。」
動きすぎと、喉の痛みで気力も体力も残っていない勇司は霰を尊敬の眼差しで見つめている。
「まずはお嬢ちゃんだけど、いかんせん特技の把握からだな。これじゃあまだまだ現場に出すわけにはいかんな。」
俯きがちに霰は頷く。
「次は久信君だけど・・。」
「ちょっと待って下さい。私も部下ですので私も呼び捨てで呼んで下さい。」
何やら気を使っている風の父親に勇司は少し怪しむ。
(なんか変な感じだな。この二人、前からの知り合いなのか?)
「すまんすまん、なんか少しな。じゃあ久信、一応は合格点だな。実戦形式で学べばすぐにでも現場に出て問題ないだろう。」
ほぼ合格の一報を貰っても、あまり久信は表情を変えずに頷いた。
「最後に勇司だが、お前はよくわからんなー。とりあえず特技自体は悪くないがもう少しバリエーション増やさないときついぞ。」
勇司はまだ出していない特技もあるのだが、今は言う必要もないので頷いておく。
「じゃあとりあえず今日はこんなとこだ。そうゆうわけで解散。」
皆帰ろうとするが、霰が勇司と久信の所に近づいてくる。
「今日は二人とも凄かったねっ!あたしも二人くらいできたらいいのにな・・・。」
霰が少し悲しそうに言うと、勇司がすぐさまフォローを入れる。
「だけど霰も議事録の打ち込む速度凄かったよ。完全に親父の言葉のスピード上回ってたしね。」
しかし、霰はそうじゃないと首を振った。
「あんなのお姉ちゃんだったらキーボードに触らなくてもできるよ。」
そこまで黙っていた久信が霰に語りかける。
「霰さんはお姉ちゃんに勝ちたいというわけではないけど、なんと言えば良いのでしょうか・・・。要は認めてもらいたいんですね。」
「何お前、分かりきったような顔してんだ久信。」
勇司が突っ込むが、久信は気にせず言葉を続けた。
「分かりますよ。霰さんにとってのお姉さんが私にとっての父親ですからね。」
真面目に語る久信に勇司は突っ込む事ができない。
その日、初めて勇司は久信の本音を聞いた気がした。