突入
突入
勇司はマイクロバスの上の先頭で進行方向を向きながら逆立ちする雄山を見ていた。
(おいおい、いったいなにする気だ?もしかしてそのまま男らしく行くつもりか?)
雄山はそのまま足を前に倒していく。その勢いのままフロントガラスを両足で蹴破ると、マイクロバスに滑り込んだ。
(かっこいいけどこれは絶対に真似はできない。確実にマイクロバスに踏まれる。)
勇司は這って前方まで移動すると、不格好に割れたフロントガラスに気をつけながらなんとか車内へと入っていった。中では園児を盾にして雄山と向かい合っている、中年の少し頭部の薄くなった男の姿が見える。
「特局っす。福島さんっすね。大人しく投降するっす。」
雄山はIDカードを示し福島に呼び掛けているが、福島はポケットからカッターを取り出し園児の首もとにあてた。
「くるなっ!この子達と一緒にどこかに逃げて一緒にっ!一緒に暮らすんだ。」
カッターを当てられている子は泣きながら震えているようだが、口にガムテープが貼られているため泣き声は聞こえない。勇司は雄山の後ろに立ち、福島の隙を伺いながら小声で伝える。
「雄山、とりあえずこっちで気を引くから一発で決めろよ。」
雄山が小さく頷くのを見ると、勇司は煙草ケースから銀色の煙草を取り出し火をつけた。
【銀煙】
口から銀色の煙を吐き出すと園児の首に銀煙を纏わせる。さらにもう一息吸い込んだ。
【銀煙・ダーツ】
銀色の煙が纏まりダーツの形となって福島の手を貫き、カッターは園児の首もとの銀煙に刺さり浮いている。
そこに普段より身軽な雄山が走って迫り、さらに飛ぶと足の間に福島の顔を挟んだ。そのままバク転の要領で後ろに勢いよく反って、福島を頭からバスの床に落とした。
勇司は銀煙が消えないうちに園児のほうに近付くと、カッターを抜き全員の無事を確認する。
「よし、全員無事みたいだな。雄山とりあえず手錠かけろ。」
「了解っす。あっ、手錠飛んだ時にそっちに落ちたみたいっすね。」
園児の横に落ちていた手錠を雄山が拾いに行くと、突然バスが揺れ始める。
「なんだなんだ?地震か?」
その時バスが真ん中から綺麗に切れて後方にいる園児と勇司達を置いて、福島を乗せた前方だけが火花を上げながら前に進んで行く。突然車体が切れた後方は前につんのめる形となり、バランスを失いスピンを始めた。
「フランケンのきまりが甘かったっすか。」
「そんな事より雄山、とりあえず子供達を押さえろ!」
「了解っす!」
【レスラー・ヘビー】
雄山の肉体が変わっていき、巨漢ではあるが筋肉と肉がほどよくマッチした体型へと変わる。空中へと投げ出される園児達を雄山は受け止め代わりに自らの肉体的でダメージを受け止めるが、マイクロバスは横倒しになろうとしていた。
【銀煙・壁】
勇司は銀色の煙を何度も吐き出すと車内に煙の壁を作り出し、全員を包み込んだ。マイクロバスは横転し、全員座席から投げ出されるが銀煙の壁で守られ致命的な怪我は誰もしていないようだ。
「よーし、なんとか間に合ったな。雄山大丈夫か?」
「大丈夫っす。子供達もびっくりしてるだけみたいっす。多少のたんこぶくらいはあるかもしれないっすが。」
勇司は無線を取り出すとすぐにワンボックスに繋いだ。
「こっちは子供達含めて全員無事だ。後はそっちに任せた。」
無線を切ると勇司は、煙草の後味の悪さに顔をしかめながら大きくため息を一つ吐き、全員を見渡した。そして雄山と極力痛みを感じないようにガムテープを口と体から剥がし外に出る。前方を見るとかなり先に前半分しかないバスは止まり、すでに搬送班も来ているようだ。
「よし、みんなどこか痛いとことかないかなー?」
園児の方を見て聞くと、口々に大丈夫と返ってくる。よくよく見てみると全員女の子みたいだ。そしてワンボックスが戻ってくる。
「おにいちゃーん、ありがとー。」
「ありがとー。」
園児は勇司に群がり囲んでいる。お礼を言われる事に勇司は満足気な表情を浮かべているがしかし、園児達は勇司に近付くとふと足を止めた。
「なんかこのお兄ちゃんタバコ臭くない?」
「そうだね。タバコは吸っちゃダメってママがいってたよ。」
「洋服に臭い付くのイヤだよね。あっちの大きなお兄ちゃんのとこ行こうよ。」
あっという間に園児達は勇司の回りから去り、雄山を取り囲むと腕にぶら下がったりしながら遊ぶ様子を勇司はポツンと眺めていた。
勇司はトボトボとワンボックスに戻り助手席に座る。
「勇司さん、ロリコンの女神に見放されたようですね。普段のお祈りが足りないんじゃないですか。」
「そんな女神いないし、信仰もしてねえよ。」
久信の言葉になんとか勇司は言葉を返す。窓を開けて頬ずえをつきながら園児達の様子を見ていると、運転席に座る霰が注意してきた。
「勇司君、なんか雄山君に女の子紹介してもらうって言ってたらしいけどあの子達はダメなんだからね!本当のロリコンさんになっちゃうよっ!」
「な、な、何でそれを?まさか久信お前か?」
勇司は久信を睨み付けると久信は軽く微笑み返す。
「最近、趣味で読唇術を少々かじってまして。」
「そんな趣味持つなよなっ!」
勇司はさらにため息を一つ吐き、幸せが逃げていくのを感じるのであった。




