雨
雨
雨が降りしきる中、トレーニングウェアを着た男はゆっくりと前に出る。久信はずぶ濡れになりながら、視界の悪さを気にしつつ動かずに相手を見定めていた。
(やはり雨は苦手ですね、隣のかた程ではないですが。それにしてもいい特技です。レインコートの方がこの雨だとしたら、進んでくる方の特技はまだ読めませんね。歩き方を見ると何かを嗜んでいる事は分かりますが。)
横では身体で雨を防ぎながら、銀色に輝く煙草に火をつけようとしている勇司が集中豪雨を貰い、濡れ鼠になるとポッキリ折れた煙草を悲しそうに見つめている。
「勇司さん、レインコートの容疑者をお願いします。攻撃はしなくて結構です。」
「こいつはダメだ、煙草入れは防水なんだけどタバコに火がつかねえよ。よく分からないけど任せた。だけど気をつけろよ、あっちも多分やっかいだろうしな。」
「ええ、分かっています。」
勇司が下がるとその場で久信は待ち構えていると、淀みなくトレーニングウェアの男は足を前に進めると両腕を上げ、構えを取りながら更に距離を詰めてくる。
(まだ何も変わった様子はありませんね。そしてこれもまた普通に打ってきますか。)
お互いの手が届きそうな距離まで詰まった所に、トレーニングウェアの男は素早くジャブを繰り出すが、難なく久信は少しだけ下がり突き出された拳を躱す。
当たらなかった事を気にもせず何もフェイントも掛けることもなく、更に前に出て素直に突き出される拳を、久信はほんの少し顔を傾けて避けた。
しかし避けたはずの拳に頬を打たれ、完全に予想外のタイミングで一撃を受けた久信は思わずよろける。
意表を突かれた攻撃にも、すぐ冷静に自らの身体の状態を判断して頭を切り替えると追撃に体を反応させ伸びてきた拳をはじくが、その拳がまたもや気付くと顔面に打ち込まれる。
まともに真正面から拳が飛んで来る瞬間を、久信は特技を使いながらまばたき一つせずに見続けていた。拳に当たる雨粒までも視認しながら情報を集め、攻撃を貰う時には綺麗に脱力してダメージを最小限に抑える。
それでも倒れ込む事を免れる事はできなかったが、久信は地面に手をつきゆるりと立ち上がると片方の鼻から流れる血を指で拭い、雨で流す。
「珍しい特技をお持ちのようですね。当たるまで分かりませんでしたよ。」
「分かったからってどうなるもんでもない。金のためだ、悪く思うなよ。」
再びぶつかり合う二人を、勇司とレインコートを羽織る小柄な若い男は雨に打たれながら戦いもせず並んで眺めていた。
「また君はなんでこんな事を?若いし、こんな事するタイプには見えないような、見た目で判断しちゃいけないような。」
「こんな特技だから、僕なかなか働く所なくて。少しでも何かあると雨が降っちゃうし、迷惑掛けちゃうんで・・・。」
「【雨男】かー。特技なんてあっても困るだけだよな。俺なんか喫煙だぞ、身体に激しく悪い感じだからな。」
二人は少しだけ打ち解け始めているのであった。そんな二人を他所に、久信とトレーニングウェアの男の戦いは少しずつ変化を見せている。防戦一方だった久信が、更に追い込まれている事に勇司は気付く。
手を出さずまるでわざと追い込まれるように、攻撃を下がって避けながら壁に背をつける。雨にうたれ少しずれた眼鏡の位置を戻し、軽く前髪をかき上げると久信はその位置から動こうともせず構え、再び攻撃を待つのであった。




