勘違い
勘違い
黒のワンボックスは現場である住宅街に到着すると、勇司と久信二人を下ろした。
「勇司君、久信、とりあえず二人で放火現場を調査してきてくれ。私は霰君と他の現場を見てくるよ。」
勝義は運転席から気楽に言っている。局長である勝義に運転させるわけにいかないと、勇司と霰は止めたが、久々の現場に運転したいという勝義の意思を曲げられなかったのである。
勇司と久信は、完全に燃え付き骨組みだけになっている家の前に立っていた。
「久信、なんか見えるか?」
「ただの火事でないことは確実ですね。」
【思金神の眼鏡】
「ほとんど燃え残りがないってのが異常です。あと、使ったのはガソリンのようですよ。」
「ガソリン使うってそれ普通の放火じゃないのか?」
「普通の放火であれば回りの家にも確実に被害がでてたでしょうね。」
久信のいつもと変わらない様子に、勇司は先ほど気になった事を聞いてみる。
「久信、お前放火になんか特別思う事でもあるのか?」
「・・・あなたに気づかれるとは、これは恥ですね。仏門にでも入って修行し直してきた方がよいでしょうか。」
「してこい、してこい。それでどうしたんだ?」
「気づかれたならしょうがないですね。母親が放火犯に殺害されたんです、昔の話しですよ。」
久信は表情を変えずに答えた。
「悪い。簡単に聞いていい話しじゃなかったな。」
「いいんですよ。たしか逮捕したのはあなたのお父上ですしね。」
神妙な表情を浮かべる勇司に比べ、久信はやはり、表情を変えずに答えるのであった。
その頃、勝義と霰はワンボックスで、ここ最近放火があったとされる場所を回り、次の現場を予想しようとしていた。
「霰君、悪いね。いつもおじさんばかりに囲まれて。」
「そんな事ないですよー。局長は十分お若いですよ。」
「お世辞でも嬉しいね。それで霰君、なんか分かる事はあったかい?」
「犯行時間も犯行現場も、特にこれといった共通点はないみたいです。」
霰はパソコンにデータを打ち込み一覧にしていくが、ここにヒントはないようだ。
「なかなかパソコンうちなれてるみたいだね。」
「これ、私の特技なんですよ。」
勝義にキレイに青く塗った爪を見せる。
「そーいえばさっきのは局長の特技なんですか?」
「そうだよ。初めて見せる人には気をつけていたんだが、驚かせて悪かったね。」
放火があった場所を一通り回り、勇司と久信を迎えにむかおうとするが、しかしその時に無線がなった。
(「局長、容疑者発見しました。すでに追跡にはいってます。こちらに車回してください。」)
勝義はサイレンを回し、急ぎワンボックスを現場へと戻らせる。
「どうやって容疑者見つけたんだい?」
(「久信が現場に集まっていた、野次馬を見てたら突然走りだし、ある男に声をかけると、その男は突然走って逃走をはじめました。そして、一向に容疑者に追い付けません。」)
「とりあえず今むかってるから気を付けて追跡してくれ。」
勝義はワンボックスのアクセルを踏み込み、容疑者の元へ急ぐのであった。
久信は男を追いながら考えていた。
(全く追い付けないですね。特技は火とか炎の類いではないと。)
【思金神の眼鏡】
久信は容疑者を追いかけながら特技を使う。
(これは少し容疑者の周囲が変ですね。容疑者にだけ追い風が吹いてる。風に関係する特技というわけですか。)
少し後から追いかけて少し息のあがり始めている勇司に叫ぶ。
「勇司さんこなくていいです。役立たずですから。」
「何言ってんだお前?」
「あの容疑者は風を使った特技みたいです。無線貸してください。霰さん達と合流して先回りを。」
久信は無線を奪い取ると、容疑者を再び追いかけていく。
勇司はワンボックスと合流すると、勝義に容疑者の特徴を伝えた。
「たしかに勇司君の特技との相性は悪そうだね。」
局長の言葉に勇司は頷く。
「久信、冷静に見えたけどなんかヤバい感じもしますね。放火犯ってのもありますし。」
「勇司君、あの話し、久信から聞いたのかい?」
「はい。悪い事聞きました。」
「まあ、いつかは分かる事だからいいんだよ。だけど急いだ方がいいのは確実だろうね。」
久信は気化したガソリンが正確に自分にむかっているのを視界に捉えた。そして炎がガソリンのすぐ後を、追いかけてくる。
久信は強引に、ロングコートを頭から被り、炎に突っ込んだ。
炎を抜け容疑者の前まで迫ると、久信に強風が吹きつけ容疑者との距離があき、再び逃走を許してしまう。
その時久信はロングコートの中からスッと銃を抜き、容赦なく容疑者の右足に発砲した。
右足に被弾した容疑者はバランスを崩し、倒れこむ。
そのまま久信は銃を構え、犯人に近付いていった。
「悪いんですが、放火犯はあまり好きじゃないんですよ。」
銃を構える久信に容疑者は、強風を当てるが、風すらも視界にとらえ久信は少ししゃがんで強風をかわす。
「諦めてくれませんか?」
久信がそう言った時に、黒のワンボックスがブレーキを鳴らし到着した。勇司が勢いよく飛び出し、久信の前にたつ。
「そのくらいにしとけ。放火犯だからって殺すのはよくないぞ。」
ポカンとした表情を久信は浮かべ、勇司を怪訝そうに見つめる。
「あなた何言ってるんですか?ガソリンでも吸いましたか?」
その時容疑者が懐からガソリンが入った容器を取りだし、ライターを探す。
久信は、容疑者を銃で狙おうとするが勇司が銃を掴み妨害に入った。
「何してるんですか。離して下さい。」
「離すかっ!いくら母親が放火犯に殺されたからって容疑者殺すのはやりすぎだ。」
「何わけわからない事言ってるんですかっ!」
勇司と久信が揉み合っている間に、容疑者がライターを見つけ火をつけようとするが、その時容疑者の顔面が高そうな革靴で踏みつけられた。
容疑者の後頭部とアスファルトが鈍い音をたてた瞬間、久信は誤って引き金を引いてしまう。
腹に正面から銃撃をうけ、勇司はちからなく地面に倒れこんでしまう。
(あれっ?あんまり痛くないぞ。撃たれるってこうゆうもんなのか。)
「久信、銃って撃たれてもあんまり痛くないもんなんだな。」
「でしょうね。ゴム弾ですから。」
勇司は腹をさすりながら血が出てない事を確認して立ち上がる。その時、ワンボックスから勝義と霰が降りてきた。
「あれ?もしかして久信、放火犯殺す気ないの?」
「あなたになら今殺意がわいてますが、なぜ逮捕できる容疑者をわざわざ殺さなきゃいけないんですか?」
勇司は勘違いに気付いたが、何か違和感を感じ容疑者のほうを見ると、勝義が手錠をはめているとこであった。
「なんだ局長か。」
そしてワンボックスから出て、霰と既に報告書を作成し始めている勝義に伝える。
「局長、無事局長が犯人確保しましたよ。ってあれ?なんか言葉変じゃねえか。」
勇司が局長と局長を見比べ、声を出そうとした瞬間、久信は引き金を勇司のこめかみにむけ引いた。
そして勇司は声をあげる事なく、気を失い倒れる。
「お節介焼きも、あまり好きじゃないんですよ。」
少し笑みを浮かべながら久信は呟くのであった。