二人乗り
二人乗り
勇司と久信が26室に入ると、げっそりやつれた表情で座っている霰の横に雪が立ち、元から多少の説教を受けていた。
「雪嬢やー。可愛いのは分かるがさすがにやりすぎじゃないか。」
「ごめんなさい。一旦始めると終わり時が分からなくなって・・・。」
雪が体を小さく丸めて謝っている。
「お嬢ちゃんは今日はもう帰りな。後はこっちでするから。お嬢ちゃんの変わりに今日は雪嬢に手伝ってもらうからな。」
元にそう言われ、霰は素直に帰る準備をする。
「久信君、ごめんね。今日はなんか参加できないみたい。勇司君は元気になったら覚えておいて。じゃあお姉ちゃん、一応頑張ってね。」
霰が帰る後ろ姿を見つめながら、勇司は反省を深め、雪はなぜかやる気をみなぎらせていた。
「あられちゃんに頑張ってって言われた、頑張ってって言われた。高校時代の運動会以来だ。あたし頑張る、超頑張るっ!」
「おいおい雪嬢、張り切るのはいいけど、ちゃんと情報班のほうもした上でよろしくな。」
張り切る雪を、元がなだめるがあまり効果はなさそうだ。
「とりあえずさっき行った捜査の報告をしてもらおうか。」
元が仕事態勢に戻り、勇司と久信に言う。
「現場、そして弓をひいたと思われるポイントに行きましたが、収穫はほとんどありませんでした。しかしここまでの容疑者の特技を考えると、だいたい有効射程は1キロ前後かと思われます。」
久信の報告を聞き、元は少し気になった事を聞く。
「ほとんどって事は少しはあったって事か?」
「関係あるかどうかはまだ分かりませんが、弓を放ったと思われる現場に、黒い犬の毛が。」
そう言って久信は、小さなビニールに詰めた黒い毛をデスクの上に出す。
「犬の毛かー。関係あるかないかはまだわからんな。あと、それ以前に殺された動物に放たれた矢が確認されていないってのも気になるな。」
「とりあえず親父、犯行が少しずつ大胆になってる。このまま行くと嫌な予感しかしないぞ。」
勇司の発言に元は頷く。
「それもそうだな。じゃあ今回の事件はそこで鼻息を荒くしてる雪嬢に活躍してもらおうかね。じゃあ少し開発班に行ってくる。」
特局は二つの大きな才能によって守られている。
最上階の情報班、班長【電脳誘惑】真中 雪によって、全ての電子的攻撃から。
そして物理的に守っているのが地下10階、開発班、班長【創作師】池中 海人である。
勇司達の使っているスタン警棒、車、情報端末、はては特局の外壁まで海人の創作物であった。
元は開発班から借りてきた段ボール10箱を勇司と久信に指示して、ワンボックスの後部座席とトランクに積めさせる。
「これ何なんだ親父?」
勇司の質問に元は答える。
「雪嬢の秘密兵器かな。あとこの車、荷物のせいで二人しか乗れないから勇司、お前のバイクだせ。久信、悪いけどそっち乗ってくれ。」
久信は珍しく唖然とした表情を浮かべた。
「班長、それはさすがにちょっと。原付に二人乗りは、というより勇司さんと二人乗りは勘弁していただきたいです。」
「そう言われてもなー。他の車もないからあきらめような。」
元は困ったような表情を浮かべ、運転席に乗り込むがその時、雪が元気に手をあげた。
「ひさのぶ君が嫌ならあたしがバイクの後ろ乗るよー。」
久信は一瞬迷うがお願いします、と頭を下げて元が待つ車の助手席に乗り込むと元は運転席の窓を開ける。
「勇司、さっき伝えた現場近くの公園にこいよ。あと、雪嬢はバカ息子になんかされたらすぐ言ってください。蜂の巣にしますんで。」
元は段ボールの中身に気を使ってか、ゆっくりとワンボックスを走らせていく。
「なんもしねえよっ!じゃあちょっと雪さん待っといてください、原付とってきますんで。」
勇司は走って地下にある駐輪場から原付を雪の元へと走らせる。
「雪さん、じゃあこのヘルメットかぶってください。」
勇司がヘルメットを渡すと、雪がヘルメットを被り、正面から勇司の原付を眺めていた。
「ねえねえ、ゆうじ君、なんて言うんだろー。このバイクなんというかむさくるしいね。」
「さっすが雪さんわかってますね。むさくるしいって言葉が一番似合いますよねー。」
「うんうん。たしかにピッタリだよー。」
なぜか意見があい、勇司のテンションが鰻登りに上がる。
「じゃあ雪さん、ちゃんとつかまっといて下さいね。」
そう言い原付を走らせると、雪が後ろからギュッと抱き着いてきた。
(これか、これなのか。世のカップルがよくしてるやつは。いいもんやー、こんないいもんなんやー。)
幸せな時間はあっという間に過ぎ去るもので・・・。
勇司と雪が公園の駐車場に到着した時には、車から段ボールが全て運び出された後であった。
「着いたか、じゃあ段ボールから出すの手伝え。」
腰を叩きながらの元の声に、勇司は夢の世界から現実に戻される。
「ゆうじ君、バイクってなんかいいね。またこのむさくるしいバイクに乗せてねー。」
また勇司は、一瞬夢の世界に旅だってしまう。
(お前を手放さなくてよかったよ。お前は世界一のむさくるしいバイクだよ。)
勇司はまた現実に戻ると段ボールを開け、作業に入る。全ての段ボールの中身をだすと、なかなかに壮大な光景が広がっていた。
特局特製のスパイヘリが10機と、ディスプレイ付きコントローラー10個であった。
「じゃあ今回の作戦は、多少強引に行くぞ。雪嬢がここからヘリを全て飛ばし上空から犯人の索敵を。久信は車で、勇司はバイクでここから半径5キロ圏内を、移動しつつ雪嬢が見つけた時点で、近いほうが確保にむかう。俺は一応雪嬢の警護につく。」
作戦確認も終わり、まだ顔も分からない容疑者探しがはじまった。