月を欲した男の話し1
最上の家は、やたらと古くから続く家だ。
財力や発言力もやたらとある。
それは、どこか作り物の様に感じる程に。
まだ幼児の頃、家柄といった点だけでも周囲からは一歩引いて見られがちなのに、それなりに顔立ちが良く、勉強と運動が出来れば、気づいた頃には隣に並んで遊ぶ友人が居なくなっていた。
思惑は様々だが、みな、一歩下がっているのだ。
両親も跡取りという以上での子に対する関心はさほど高くはなく、心を預けられる存在が候補すら周りからは消えていた。
後の高校時代には変わった友人が手にはいるのだが、その当時は自分の回りには誰も居ないような、そんな気がしていた 。
高校時代ですら、視野の狭くなっていた己では、彼女とかかわり合いを持ちに行かなければ、本当の意味でノリの良い友人を得られなかっただろう。
とにかく、幼児の頃から孤独を感じていた。
そして、彼女を見つけたのだ。
それは、8つの時だった。自分と似た家柄、家庭環境、そして評価を得ているらしい九条の子供と、九条主催のパーティーで顔合わせを行うと聞いていた。
あちらが一つ年下ではあるが、自分と似た境遇ゆえに、並び立てるのではと内心期待していた。
しかしながら、そこで出会ったのは孤独な子供ではなかった。
一族の遠縁だという幼馴染みとともに自然な笑みを持つ、幸せな子供だったのだ。
オレが欲しかったものを既に手にしている子供。
そしてそれを与えている子供。
九条樹がとても羨ましく、そして彼の世話を焼いてすらいる早瀬薫の存在を知った出来事だった。
当時はまだ早瀬薫の存在が知れ渡ってはおらず、実際に目にして初めてその存在を認識したのである。
同じ様な立場にありながら、早瀬薫という幼馴染みのおかげで孤独ではない九条樹が、うらやましくて、羨ましくて、妬ましかった。
はじめは、彼女のような『存在』が欲しかった。
自分を対等に見てくれる対となる存在。
しかし、それだけには止まらず、彼女は自身が輝けるだけの資質を持ちながらも、一貫して九条樹と対等でありながら影から支える行動に徹していた。
元々の性格もあるのだろう。
だが、それ以上に、九条に心砕いて寄り添っているように感じた。
だから、彼女を観ているうちに次第と彼女自身が欲しくなり、『まだ』奴に対する恋情が無いであろう事が見てとれるがゆえ、なかなか諦めきれなかった。
文武両道の優等生として美しく成長していく彼女には、恋い焦がれる男も多数出てきた。
けれども、皆、九条の存在に諦めていくし、元々が手に入らない、手に入れようとも考え付かない存在と見ているようだった。
オレの様に、欲しくてたまらずに引きずり寄せたいと考えている様な男は居ないようだった。
だから、直に顔を会わす事は少なく、ほとんど喋ったこともない、そんな相手にこれ程の気持ちを寄せられているとは思いもしなかっただろう。
彼女はオレにとっての月だった。
欲しくて、欲しくて。
けれど、月の隣は既に埋まっていた。
出会った時には太陽は決まっていた。
やさしい彼女は、一度定めたのならば自分からは太陽を変えようとはしない。
そんな彼女だからこそ、一等欲しくなったのだ。
だから、九条が、一度でも彼女から離れた今、全力で彼女を手に入れる。
絶対に逃さないし、返しはしない。