ひかりをかぞえてる
クリスマスイブ生まれなのが昔から嫌でした。華やかで煌めく喧騒を前に、いち個人の誕生日は毎回見事に埋もれるからでした。
「いつもクリスマス会と兼ねられるんだよ」
「でも華やかな季節じゃんよ。オレの誕生日アイコンはキュウリの馬とおナスの牛だぞ」
「イチホはお盆生まれなの?」
「八月の夏休みど真ん中。友達は絶対忘れる」
お互いの状況にゲラゲラ笑った私達の転機は、寒風吹きすさぶ師走の頭でした。地方大学の西棟ホールにはいつも銀杏の落ち葉が吹き込みます。
「そのかわり親戚からもお祝いされたお盆玉長者だけどな」
「わー羨ましい!」
「その時の貯金まだあるぜ。今年はオレが祝ってやんよ」
そんな訳でその年の誕生日は、学生街のカジュアルイタリアンに恵まれたのでした。バースデーのデコレーションもつけてくれたので、二軒目のカフェではコーヒーのお礼をしました。
続けてイチホの部屋に誘われました。サークルの友人達と何度か訪問している普通の下宿です。断らなかったのは、隣を歩く空気がとても自然だったから。田舎なりに街が賑やかだった件も、おおいに関係あったと思います。
そこには舶来のチョコケーキが待っていたのでした。
「ザッハトルテだ!」
「生クリーム垂らす? 買ってあるけど」
「何でも嬉しいよ! 食べよ食べよ!」
食いしん坊の習わし、オンラインで調達された濃厚チョコケーキ。シンプルな三角板チョコのデコレーションで木の箱にすっぽり収まる優雅さは、王様のお菓子の佇まいです。
「じゃ改めて、お誕生日おめでとう」
小さな瓶のシャンパンで乾杯します。炭酸の泡はとても綺麗。美味しくて楽しいバースデー。以前よりお掃除されたお部屋も取って付けた様に飾ったかすみ草も、幸せを形にしたみたい。
「よし、食ったな。じゃあオレら付き合おうか」
「あ、ヤバい。これって千と千尋のパターンだ」
「そうだよ。もう遅いよ」
きっちり呪いに掛けられます。小さな星の連なる銀のネックレスは、イチホの震える指でつけられました。私が初めてオンナノコとして丁寧に扱われた、魔法のようなひとときです。
これは今までの報われなかった誕生日分の清算かも。幸せに酔いつつ今後をこっそり案じるのは、私が貧乏性だからです。
卒業後、私は地元の設計事務所に、イチホは都会で就職しました。
遠距離ながらも仲良しなのは何の奇跡でしょう。
「ごめん、また行けなくなった」
「こっちは気にしないで、お仕事ファイトー」
やり取りも無駄に板についているのも、何の貫禄でしょう。
イチホはライフラインのお仕事に就きました。真夏でもクリスマスでも朝でも夜中でも、シフトは容赦がありません。特に昨今は大きな災害も多く、イチホの田舎でも厄介な時期がありました。だから私は我が儘は言いたくないし、イチホも職務を行うしたい筈。
今年の私の誕生日は連休の中日。イチホは都会の有名ホテルを予約してくれています。
「高いのに毎年ごめんね」
「いいや。オレの誕生日もハイシーズンだからおあいこだろ」
本人達の意に反して、毎回イベントが割高になる運命です。
「アクセスは新宿からすぐだし。おのぼりさん御用達だし」
「私達にピッタリだね」
「ただオレはその日も仕事で遅くなるから、レイトチェックアウト付きの素泊まりプランにした」
「よくわかんないけどユルいんだね」
「その分ルームサービスで贅沢三昧して存分にダラけようぜ」
「なんかわかんないけど素晴らしいね!」
田舎の食いしん坊カップルは都会が苦手です。引きこもりプランは大歓迎。
だのに今回も「待った」が掛かります。イブの当日の朝方の話です。昨夜は爆弾低気圧が本州を襲いました。その影響でしょうか、都内で大きめの停電が発生したのです。
私は上りの新幹線の中にいました。車内ニュースにテロップが流れ車掌のアナウンスが入り、次の駅で緊急停車になりました。
二時間ほど待たされました。周囲も端末でアチコチに連絡を入れています。
(イチホ、大変だろうな)
年末の連休中日、クリスマスイブ。車内ですらこんななのに、外ではどんなに大変だろう。特に稼ぎ時のお菓子屋さんは気が気ではないだろうな。
(イチホ、大丈夫かな)
一番の戦場はライフライン最前線です。イチホは歩駒で戦力外かもしれないけれど、私に出来ることもありません。強風の残る空に向かい、全ての無事を祈ります。
停電自体は早めに復旧したようです。私が新宿に着いた時、街頭ニュースでオヤカタヒノマルの偉いヒトが停電のお詫びをしていました。原因はやはり昨夜の爆弾低気圧、街はもう大丈夫だと、よく通る声で話します。
でも現場の片付けはどうだろう。イチホの会社はオヤカタヒノマルの子会社です。暫く大変かもしれません。
(イチホ、お泊り大丈夫かなあ)
ひょっとしたらダメかもしれない。でも仕方がありません。私はデパ地下に向かいます。あの木の箱に入ったチョコケーキ。今夜の楽しい予定の中に、あのお菓子も仲間に入れたいな。
都会の徒歩十分は地方の二十分換算でしょうか。ホテルの送迎バスが駅から出ていた。だのにうっかり歩いてしまった私は、無駄にヨロヨロになりました。
イチホの用意したホテルは気高く美しくそびえています。豪勢な資材をたっぷり使った広い吹き抜けのエントランスに、案の定私は怯みます。
(わーイチホー助けてー)
なんてキラキラな非日常。集う老若男女もゴージャスです。素敵なスタッフさんにいらっしゃいませとお辞儀をされても「間違って来ちゃってスミマセン」と言いたくなる。田舎モノは果てしなく浮いています。
(イチホー違う意味で助けてー)
でもイチホは何よりもバックヤードの電気系統に興味が向きそう。
フロント横にもペストリーショップがあります。ここも後で見に来よう。チョコケーキとカブらない嬉しいお菓子があるといいな。やっぱり私は食いしん坊です。
洗練されたホテルのスタッフにエスコートされ、エレベーターに乗せられ、お部屋に案内されました。高層ではないスタンダードルームも十分に素晴らしく、調度品もシンプルで上品で高級で、まさに快適そのものです。
窓からは階下に公園が見えます。
「夜の景色も綺麗ですよ」
「北はどちらですか?」
「正面の少し左にあたります」
「今朝の停電はあの辺だったんですか?」
「そうですね、ちょうどあの辺りから奥の方面です。早く治まって本当に何よりでございました」
イチホもあの辺りで仕事をしていたのかな。それとも現場じゃなかったかな。
「御用がございましたら内線番号9番までお知らせくださいませ」
素敵なスタッフはサラリと去って行かれたのでした。
停電に気を取られていた私はお昼を食べ損ねていました。お腹がグーグー鳴っています。
そういえばイチホは「オレが行くまでになんでも王様の様に食ってるがいいさ」と、大口を叩いていました。下にコンビニもあったけれど、ルームサービスを試してみようかな。
「うわーたっかー……」
だけど予想通り、一人で頼むには申し訳無いお値段でした。私は再び怯みます。思わず冊子をそっ閉じします。
「いやいやいや、でも、ちゃんと楽しまないと!」
そうだよ、独りでも楽しめないと。ちゃんと機嫌よく過ごして、ちゃんとイチホを待たないと。
本当に大切なのは独りの時間の過ごし方です。私はいつもそれを一番に心掛けてきました。遠距離を平穏にこなすのはとにかく平常心。自分のココロの安定が一番です。
イチホの田舎がひどい災害に遭ったのは、ちょうど私達が四年に上がる前の早春でした。
帰省中のイチホと連絡がとれなくて、あの時はどうしたらいいのかわからなかった。一昼夜してやっと声が聴けた時は、心の底から嬉しかった。
つくづく思ったのです。離れていてもイチホが元気で居てくれるなら私は幸せだと。本当に心から、それだけを思ったのでした。
だから今も、イチホが頑張っているのならそれでいい。叱られていても挫けていても、自分でちゃんと歩いていれば、とってもいいと思います。
だから私も今ここで、機嫌よく過ごそうと思います。
心してもう一度熟考します。でもやっぱりアラカルトは恐れ多い、頼みやすいクラブハウスサンドと紅茶にしよう。それから今のうちに、下のペストリーショップも見に行こう。イチホのおやつも増やしておこう。
テーブルにはシックなウエルカムフラワーがあります。抑えたグリーンと薄いピンクのバラ。お洒落さに酔いながら、持ち込みのチョコケーキも綺麗な包みのまま、お花の横に飾りました。
夕暮れが始まります。もうすぐ夜の帳も降りてきます。街の光がひとつずつ増えてゆきます。
怯みながらお願いしたルームサービスのセッティングも優雅です。じゃぶじゃぶ贅沢な時間を過ごせます。
非日常がいちいち嬉しくて、早速イチホに写真を送ります。
『チェックインしたよ。すごーく素敵。ありがとうね! これからレイトアフタヌーンティを楽しみます。早くおいで!』
だけど反応はありません。既読にもなりません。早い夕方時刻です。きっとまだ仕事でしょう。
(でも今日はもともと仕事の予定だもんね)
テレビをつけたらあちこちのニュースで今朝の停電を取り上げていました。どこも似たり寄ったりの報道です。やはりお菓子屋さん達は困ったそうです。ただ休日早朝なのと復旧が早かった為、大きな影響はなかったそうです。
私はテレビと窓の外を交互に眺めました。美味しいご馳走サンドイッチと香り高い紅茶をいただきながら、イチホ達が守っている光を数えました。
今回の宿泊で、イチホから頼まれていた案件がひとつありました。
「年寄りや田舎の親戚逹が宿泊しても大丈夫そうか確認して」
高級感に最初こそ気後れしたけれど、今はとても快適です。アクセスもいいしお部屋は綺麗で安心だし、何よりごはんが美味しいです。スタッフの皆さんも優しくて、きっと誰でも大丈夫。
イチホへのクリスマスプレゼントはお揃いの丈夫なキーケースです。私達は来年、同じ家の鍵をつけます。
おしまい




