表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/43

てのひらテイクオフ

「それ、ノイローゼ気味だからじゃないかな。思考をクリアにすれば戻ると思うよ」

 学校帰り、お気に入りの喫茶店のマスターは、サックリと言い放った。桜桃模様のジノリカップに注がれたロイヤルミルクティは、まだ半分も残っている。

「えー、でも動画ではこれは頭がイイ印だって」

「だけど最近のリサちゃんの様子を観ると。いや、勿論リサちゃんは賢い女の子なんだけど、最近は考え込んで停滞していないかな、って。そんな印象を受けるんだ」

 幼子の様にブスッとしてしまった。

「とりあえず運を上げるには」

「早寝早起き、でしょ。知ってる」

 ふくれっ面でミルクティを飲み干す。「気をつけて帰るんだよ」と軽く諭され、カウンターのスツールからストンと降りた。


 手相観てそうみ動画を見つけたのがキッカケだった。説明は面白おかしく、合わせて自分の掌を紐解くのは楽しかった。

 その時に気付いたのだ。頭脳線と言われる掌の真ん中を走る線が、以前は一本だったのがいつの間にか二本、よく見たら三本目まで出ているコトに。途端に気になり霊感が有ると評判のマスターに話して、現実を思い知らされる羽目になったというお話。

 確かに今の私は面倒くさい。妥協して入学した大学が面白くないとか、独り暮らしのセンスの無さとか、バイトが長続きしなかったとか。

 自分が情けなくて仕方ない。立て直したいのに出来なくて、

(代替案くださーい)

 近所の神社でお参りもした。お賽銭が一円なのは喫茶店通いで金欠だから。なので、その辺りも許して欲しい。


 その夜、掌が痒くて痛くてムズムズした。何かにカブれたのかと見てみたら、掌を走る二本目的頭脳線がニョロニョロ動いて、

「ポンッ」

 と、外に這い出した。小さな竜が現れた。

 その姿は一筋の煙のように儚かった。シュルシュルと空を泳いで、直ぐに私の掌に戻ってきた。

 次の夜にもう一匹、三本目の頭脳線だと思っていた皺がムズムズしてニョロニョロした。

 その仔も昨夜踊り出た二本目と共に空をヨタヨタと泳いだ。お互いクロスしたり絡まったりしながら戯れ、その後またすんなりと私の掌に戻った。

 今の私は掌に竜を二匹、飼っているらしかった。

 竜達は夜な夜な表に現れた。眠る前の僅かな時間。部屋の中、小さな空間を縦横無尽に泳ぎ、満足すると掌に戻る。

 形も出来てきた。最初は煙状態なのが髪の毛レベル、その次は中細の毛糸程度になった。目を凝らすと鱗もあった。薄桃色や水色で美しい。

 でも学校の友達には決して言えない。みんなリア充ゴッコが大好きなので、うっかり話して引かれたら、私の立場がやばくなる。

 代わりにマスターに話した。受け流すのが上手いひとだから大丈夫。

「そうかあ、そういうコトも有るのかあ」

「病院行けって笑わないの?」

「リサちゃんは自分を客観視出来るから。楽しい夢物語ってことにしとこ」

 でも確かにヒトには話せないよねと素敵な笑顔を向けるので、私も掌をヒラヒラさせた。

「ただね、今日は僕から残念なお知らせが」

 土地開発の道路拡張で、この店も来月末で閉店だそうだ。マスターは雇われだったので、これを機にフランスに修行に行くとか。

「雰囲気も良くってお客さんも多いのに。素敵なお店なのに」

「でもまだ時間があるから。よかったら沢山通ってね」

 頷きながら寂しくなった。大事な避難場所だったのに。帰り道に少し泣けてきた。




 何もかもが私の元から去って行く時期だ。

 今宵も二匹の竜は私の掌からジャンプすると、ニョロニョロと宙を泳いでいる。段々大きくなる薄い桃色と薄い水色の紐状の身体。細かい足だの髭だの角だのもわかる。キュウキュウと鳴く音は虫みたい。

「あのね、ママがね、再婚するんだって」

 ふいに呟きたくなった。高二の時に父の浮気が原因で離婚した母は、第二の人生を歩む決心をした。

「相手にもコドモがいるんだって」

 その人はもう社会人だから、特別何かをする必要もないそうだけれど。

 父はといえば、若い浮気相手と出来ちゃった再婚をし、幼子と新たなナントカローンを抱えている。勝手に苦労すればいい。若いだけで図々しい再婚相手を前に、しかし母は頑張ったもの。お蔭で私の学費云々も全額もぎ取ってくれたけれど、母も私ももう二度と、あの人達になんか会いたくない。

 男の子と付き合っても続かない。集団では仲良く出来ても、ペアになるとテンションが下がる。きっと付き合い自体が好きじゃない。またはロクでもない父のせいで、無意識に男子を一刀両断している気も。

(てか、私ってヒトを好きかなあ?)

 それを言ったらお終いかも。

 遊ぶのに飽きたのか、竜達が私の掌に降りてきた。それぞれの蒲団に潜る様に、ムギュームギューと騒ぎながらも、私の手相の線に変わっていった。

 しみじみと不気味な光景だ。

「はい、じゃあもう寝ますよ」

 掌に向かって話しかけながら電気を消す。これ以上大きくなったらどうしよう。最近の頭脳線はクッキリ三本。もうマスターもノイローゼだなんて言わないだろう。

 この竜現象のスタートは参拝した日の夜だった。神社にヒントが有るかもしれない。





「前からリサに会いたがってる子が居るの。少しだけでも顔出して?」

 講義中、隣に座る友人から誘いを受けた。

「リサはコンパは嫌でしょ。だから顔合わせ程度のかるーいお茶ね。その子、夕方の学祭の打ち合わせでこっちの学舎に来るの」

 でも今日は帰りに神社に寄りたかった。ムギュムギュに狭そうな竜達が可哀想だからだ。ゴメンと言ったら案の定、友人は声を尖らせた。

「ねえ、リサって本当は誰かいるの?」

「えっと、なんで」

「だってこういう話、いつも逸らすじゃん」

 困惑のさなか、別の着信も入る。こちらは母から食事会の連絡だ。再婚相手のお子さんとの顔合わせが急遽今夜になったとか。

(わーこっちの方が面倒クサイ!)

 けれど母の為に行かなければ。

 お陰で友人の方は難なく断れた。友人は最後まで「でも気が向いたら会ってみて」と、存外しつこかったので、曖昧に頷いておいた。


 主要駅連結のタワーホテル最上階、夜景が売りのレストランは学生には敷居の高いラグジュアリー空間だ。

 緊張する私にお相手のオジサマは優しく微笑んだ。前妻の方とは死別と聞いた。母と並ぶとお似合いで、二人ともとっても幸せそう。

 特筆すべきは同席のオコサマが歳上のお姉さんで、ハイパーキュートでデリシャスな所。ベリーショートヘアに薄オレンジのシャツ、焦茶のツイードのパンツ。シンプルだけど身動きが綺麗な、笑顔の綺麗な女性なのだ。小さな金色のピアスが似合う。

「今日は私のせいで急なお呼びだてをしてしまって」

 お姉さんはパティシエールさんだった。有名店で修業し、独立後はワゴン販売やネット通販で活動、既に有名デパートでのポップアップストアも経験済み。極め付けは明日から一念発起、長期で欧州に修行に行くのだという。

「それでもう今夜しか顔合わせの時間がなくて」

 お姉さんの職人話に私はすっかり夢中になった。はしゃぎ過ぎて母に窘められたけれど仕方ない、女の子憧れの職業で、ちゃんとスキルを磨いていらして、断然素敵なんだもの。

 現実の就活事情は判っている。だけど私の憧れは、やっぱりお花屋さんとか雑貨屋さんとか、それこそあの喫茶店だとか。夢見る夢子さんだと思うけれど。

 オジサマは「娘と仲良くなってもらえて嬉しいよ」と笑ってくれた。私はひとりで始終浮かれた。


 食後酒は母達とは別の、窓側のカウンターに移動した。そこでお姉さんから名刺代わりにと、可愛いお菓子をいただいた。

 素朴なバスケット素材の箱に並ぶクッキーだ。真ん中の淡い茶色のスマイル型のはバニラ味だそう。その隣にボックス型の濃いチョコクッキー、左回りにレモンシュガーと木苺の乾燥粉を掛けた細長いの、ピスタチオの入った楕円のビスケット、シナモンの絞りクッキー。雪だるま型のメレンゲには首に赤い毛糸のリボンがしてあった。どんな宝石箱より輝いてみえる。

「あ、ありがとうございます……!」

「どういたしまして。聞いてた通りのお嬢さんだったので私も嬉しいな」

「母経由ですか? 何をどんな風に聞いているの?」

「ほっぺがサクランボみたいにツヤツヤで可愛いって」

「ひゃーなんですかその表現は!」

 戸惑った瞬間、掌がムズムズしてきた。

(あ、やばい!)

 竜達が外に出たがっている。いつもより早い時間だ。困る。公共の空間なのに。今出て来られたら絶対駄目だ。

(わー!)

 掌を抑えたけれど間に合わなかった。お姉さんの目の前、ポンポンと、二匹の竜が姿を見せた。

 お姉さんが二匹を目で捉えたのがはっきりと判った。


 いつもと違う場所なのに、竜達は御構い無しだった。キュウキュウと鳴き、縦横無尽に店内を泳ぐ。素敵カップルのグラスの間を、母達の座るカウンターを、スマートに歩くウエイター達の周りを、素早く軽快に泳ぎ回る。

 私はひとり焦る。だけど店内の薄暗さは幸いだ。それに竜達の動きは速いから、傍目には虫に思われそう。

 たったひとり、隣のお姉さんを除いては。

「リサさん、いつから飼ってるの?」

「え、」

「実は私も以前、ああいう仔を飼ってたの」

「え!」

「掌のここでしょ。線が、こういう風に、横に並んだ時」

 お姉さんが右手のひらを見せてくれた。よく動くであろう、飾り気の無い、働き者の手指の中央の平原を。

 だけど私とはまるで違う掌だった。お姉さんには真っ直ぐに上を向いた線が、くっきりと二本伸びていた。

 その印の意味を私は知っている。運命線とか、太陽線というのだ。先日の動画で覚えた。自分の想いを形にし社会に還元し、周囲からも受け入れられる幸運の証。私にはこれっぽっちも見当たらない、前向きな努力を重ねる明るい方に現れる、未来の地図。

 なんて眩しい掌だろう。そして今の私は、なんて燻っているんだろう。

 竜達は勝手に泳ぎ騒ぎ疲れると、キュウキュウと鳴きながら私の元に戻ってきた。その後わーわーと掌に潜るのを、お姉さんが全て観察していた。

 お姉さんはしかし、以前その仔達の出立を見守った後に、独立を決意したそうだ。

「だからきっとリサちゃんも、この仔達の巣立ちが何かのキッカケになると思うよ」

 私のキッカケ。きっとそれはお姉さんに比べたら恐ろしく幼稚で矮小なのだけど。




 言われた言葉を胸に、翌日の早朝、件の神社に出向いてみた。

 成る程、やはり竜に所縁のある場所らしく、水神が祀られている。他にも五穀豊穣、火の神の祠も。ここは古くからの鎮守の杜だ。

「君達起きなさい。ご実家ですよ」

 お参りした後、掌に声をかけた。線がふすふすと動くと、ムニュムニュと動き出した。とても眠そうな様子。

「ほら起きて! ふたりとももう大きいんだから!」

 夕べはあんなに大騒ぎをしたじゃないの。もう甘えていてはいけないんだよ。


 竜達の動きは鈍かった。ちゃんと飛ぶだろうか。でもダメならまた連れて帰ればいいや。竜の巣立ち時期なんて見当もつかないもの。

 だのに急に掌が軽くなった。何かが飛び出す気配がなんとなくわかった。でも形は見えなくて、一筋の影だけが、薄っすらわかった。

 朝日の眩しさが竜の形を隠す。行き先はわからない。もう視てはいけないのかもしれない。

 まさか無理矢理に巣立たせてしまったかしら。まだ早かったかしら。それはそれで、ちょっと寂しい。掌が軽くなってしまった。


 晴れているのに小雨がぱらつく。今日の授業は二限からなので、その足で喫茶店にも寄ってみる。

 モーニングの時間帯に寄るのは初めてだ。もうすぐ閉店と聞いて常連さんも集うのか、マスターも一層忙しそうに見える。

 けれど私にそっと目配せをくれた。桜桃模様のジノリカップに紅茶、熱々のトーストと卵料理、小さいサラダの美味しいモーニングセットも堪能出来た。

 学生ながら贅沢だけど、でもこれも今日で最後なんだ。それこそ私も、いつまでもグダグダしてはいられないから。


 紅茶を飲みながらふと、お姉さんに言われた言葉を思い出した。私の印象を伺った時の、ほっぺがサクランボみたいにツヤツヤという暗号。

(んん?)

 目につくのは桜桃模様のジノリ。私は自分の頬に触れる。

 まさかそれを伝えた犯人は。私はカウンターでサイフォンを扱う人を見る。そうだ、彼はこれからフランスに行くんだ。お姉さんの行き先は欧州。

(まさか二人は)

 そうだ、きっと二人は。なんて楽しい繋がりなんだろう。

 お会計の時に、マスターが小声で「僕ら義理の親戚になるね」と言った。ビンゴだった。なんて楽しい世の中だろう。


 閉店の身支度を兼ねて、桜桃のカップを餞別に貰った。オーナーの大盤振る舞いで、常連の方にマイカップをお分けしているそう。

「これからは手相じゃなくて顔付きを見なさいね」

 駄目出しもされた。私のバロメーターはほっぺ。今朝の私はどうだろう。ちゃんとツヤツヤしているかな。

 お店を出たら友人から「今日のランチこそラウンジね。絶対来てね!」と連絡が入ったので、了解のスタンプを返した。取り敢えず、あまりヒトを嫌がらない様にしたい。


 竜はすっかり視えなくなってしまったけれど、お店を出たら、ちょうど雨上がりだった。

 更に空には二重の虹が出ていた。もしかしたらあの虹はあの仔達かなと思ったら(あの仔達、スゴイ出世だね)と、勝手に盛り上がれた。

 お目出度い自分が可笑しい。でもその方がお得かもしれないと気付けて、また楽しくなれた。

 鞄の中にはジノリのカップが入っている。今日はお淑やかに歩こうと思う。




 おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ