サンサン七福神
最初見た時は中途半端だと思った。和菓子屋の店頭によく置かれた、巾着包みの乾菓子だ。和風フォーチュンクッキーと呼ぶべきか、三角に折った甘い薄焼き煎餅の中には、小さな醤油味の一口おかきが挟んであった。更に彩りの木の葉型ヨーチビスケットが幾つか入る。甘く微妙に塩っぱく全体的にはぼんやり甘い、一体どうしたかったのか判らない商品だ。
『ユリのバイト先で作ってんの?』
『ううん、生菓子以外は外注商品。でもそれが割と動くんだよね』
『そうなんだ。一回食ってみたい』
メールでのやり取り中にコサカが興味を示したので、差し入れをする事にした。
私は地元の私立大に入学後、地域の和菓子屋でバイトをしていた。当時のコサカは予備校通いの浪人生だったので、学校帰りに駅で待ち合わせをしてそのお菓子を渡した。
年度末、コサカは無事に志望校に合格し、地元の星と誉れ高い旧帝大理系の学生となった。
『和風フォーチュンクッキー効いたよ!』
『よかったね! おめでとう!』
喜んで貰えて私も報われた。ただその後のコサカは多忙化したので、もう会えなくなった。合格直後に高校の元クラスメイトに告られ付き合いが始まったとか、入学後も旧帝人気故の合コン話がザクザクとか。
私は淡々とバイトを続けた。お店のメンバーは既婚者や母親世代の女性が多く、お客さんも市井の善男善女。オーナーも職人の皆さんも皆厳しく正直で、質実剛健の青春だった。
再びコサカとやり取りをしたのは社会人二年の秋だ。コサカは大学院一年で、世間が気になる時期だっただろうか。
『お勤めするってどんな感じ?』
『私の経験なんて全然コサカの参考にならないよ』
旧帝理系の院生は不景気関係なく大注目で、ジモティー社会人ライフとは大違いだ。
『でも『お菓子日和』、タイムラインで見たよ。ユリが担当してんじゃないの?』
コサカは弊社公式ブログの名前を出した。和菓子屋バイトで存在を知り入社した、地元の小さな食品メーカーのホームページだ。
『あのお菓子の会社でしょ』
例の和風フォーチュンクッキーの製造元なのだった。
『コサカ覚えてたの?』
『微妙なりに後をひく味だったから』
褒められた気はしなかったけれど会う事になった。「あのお菓子の」という部分で興味が湧いたのだろう。
金曜日の夜、駅前のチェーンカフェでのパスタセット。だがコサカは実験疲れでヨレヨレの、私はサービス残業後でヘロヘロで、食事風情にムードは無い。
食後のドリンクでやっと会社の様子を聞かれ、ざっくばらんに話す。だけど本当の愚痴を零すにはさじ加減が難しい。
「年功序列とかは」
「なくはないけど、うちは家内工業的な所に若い人がパラパラって感じだから」
「女性雇用は?」
「製造部のベテランパートさん達が最強だよ」
小さな企業で男性社員は皆古株、企画営業部のお姉さん社員もご主人の転勤で年末に退職だ。
だけど頑張っている会社だと思う。学生時代のバイト先もだが、全国各地の和菓子屋やデパートからは沢山の注文が舞い込むし、個人のお客様からも時々嬉しい感想をいただける。
言葉を選びながら説明する私を見て、コサカは「ユリ、頑張ってるんだな」と言った。それから、「オレの小さな社会への扉が少し開いたよ」とも言った。
「コサカはどんななの。やっぱり忙しいんでしょう?」
「うん、研究棟と家の往復」
「噂通りなんだね」
就職のいい学部学科には理由がある。特にコサカ達の学部は企業のニーズに合わせた学生を育成するので有名だ。人間関係も狭そうだし、薄暗い店内で見るコサカはどうにもお疲れだ。
だけど私も週末で疲労はピーク、外跳ねの髪も残念だ。
「じゃあ、また聞きたいことあったら連絡して。私で役に立てばだけど」
「とんでもない、今日は忙しいのにありがとう」
「どう致しまして。じゃ、今回の差し入れはコレね」
ビニールの巾着包みのお菓子を渡す。栗を型どった和紙のラベル。
「一口サイズの栗饅頭だよ。白あんの中にも粒つぶの栗が沢山入ってるの」
「おおー疲れがとれそうー」
「小さいけど其れなりに本格的でね、外側の芥子の実もいい風味なんだ。食べ過ぎ注意ね」
「オールの友だ」と笑ったコサカの顔色が少し戻っていた。甘味は安らぎの味方だもの。
「飲み物も選ばないし、老若男女どなたでもイケるよ。じゃあまたね」
「ありがとう、ごちそうさま。またな」
九時過ぎの駅前は人波で混雑していたが、私達は健全に別れて帰途についた。
みたびコサカから連絡が来たのは、その後また三年は経っていただろうか。
『わー久しぶりだね。元気だった?』
『おお、一応まだ生きてるよ。時間があったらメシ食わん?』
今度はちゃんとしたイタリア料理のお店で待ち合わせとなった。
コサカは地元の有名企業に就職し、現在は研究開発の一員だとか。そんな優秀社員が私に何の用事があるのやら。またお疲れなのかな。余所の空気でも吸いたい気持ち。
「ユリ、オーストラリアって好き?」
「旅行行くの? これから夏だね」
「じゃあ中国ってどうよ」
「物価が高そうだね」
乾杯早々に海外の話題なのは経年変化だ。
「コサカ、旅行行くの?」
「いや出張。長期で丁稚」
どなたかの部下という意味だろう。私達はそんな話を聞くお年頃になったのだ。
「本決まりじゃないけど、多分年明けで。それで、一緒についてきてくれる人を募集中で」
「ん?」
「ユリとかさ、一緒に行かない?」
「は?」
「それか、そういうの前提で、これから仲良くならん?」
「え?」
海外赴任と聞こえたが、話が飛躍過ぎではないだろうか。予感すら皆無だったのに。
「どうしたの。何があったの」
「信じてくれないかもしれないけど、ユリの事は前から気に入ってたんだ。実は今日は三度目の正直で」
三度目の正直。言おうと思って言いそびれた、変なフォーチュンクッキーの時。次が一口栗饅頭の時。それから今日。嘘ではなかろうか。
実は本日もお菓子持参の私。今季リニューアルした羊羹巻きは、一口サイズの短冊切りにした羊羹に薄いどら焼きの皮を巻いた、御年輩に人気の商品だ。だのに出しそびれてしまいそう。何時もの空気と違うからだ。今のコサカは将来性が高い。人柄も旧知の仲、むしろ私の出来の低さが足枷になるのでは。
「コサカ……彼女いなかった?」
「最近はいなかったよ」
(ふうん?)
どうなんだろ。彼女と終わった理由を勝手に浮かべてしまう。彼女がコサカの異動先が気に入らなかったとか、結婚するなら単身赴任でヨロシクーとでも言われて、それでコサカが滅入ったとか。
(ともかく今コサカは寂しい訳ね)
そんな考えに至る私は意地悪かも。最近この手の話がよく飛び込んでくるせいだ。
ただ、本来なら楽しく嬉しい筈のモテ話すら、オノレの女子力の低さを露見させる。届くアプローチはどれも皆「自分の将来を見据えた時にはこの辺りが妥当」的なニュアンスがあるのだ。第一、第二志望は手が届かず、他もあたったけど上手くいかず、結局ギリギリ妥協出来る。本意ではない、けれど仕方ない。何とも失礼千万なニオイ。
(コサカもそうでしょ)
勿論私もオノレのレベルは知っている。しかし「本当はもっと良い娘がいたらそっちがいいけどさ!」と顔に描いてある輩から言い寄られるのは、正直とっても不快なのだ。
まるで自分がいつも仕事で扱っている袋菓子みたい。どんなに取り繕っても生菓子には勝てず、ただ日持ちがいいだけの、でも一応非日常を気取る、隙間的なポジションの駄菓子。
(あわわ、私としたことが弊社製品をそんな風に!)
自分が就活していた時のコトを思い出し苦笑してしまった。
でもでも、女子としては夢を見たい。多少の自惚れは人生の業でしょう。
「コサカには悪いんだけど」
そのまんま言ってしまうでしょう。
「実は最近の私はモテてるの。そういう事言ってきたの、コサカで五人目なの」
中には最近触れるようになった近所の野良猫もカウントしているが、気にしてはいけない。あの仔は雄だ。詳細は説明しなければバレはしない。
「だからね、現在私の株価は急上昇中なの。本当にそうなりたいなら三顧の礼をもって口説いてね。ちなみに今日は一回目には入りません」
じゃあね、ここは奢ってね、と言い放って、羊羹巻の袋菓子を押し付けて帰途についた。コサカと今後どうこうなんて、今更考えるのが面倒だった。
だって本当に私を気に入っていたのなら、どうしてもっと早く何とかしなかったんだろう。あのヘンテコフォーチュンクッキーの時に、どうしてどうにかならなかったんだろう。
ああ、拗ねていたんだ、私。あの時に何事も無く流れてしまっていたのが、ずっと面白くなかったんだ。
帰宅後、入浴していたら来客の音がした。こんな夜分にと思いながら髪を乾かしていたら、母から「今さっき、コサカ君が来て」と聞かされた。
「お父さんに、ユリと将来を見据えたお付き合いさせてくださいって言ってたわよ」
これは一回目だろうか。手土産はコンビニで買ったらしいお高めのビール半ダースだったらしく、コンビニ袋の前で父が放心していた。
次の土曜の朝にはいきなりコサカから連絡が来た。
「ちょっとこれから親父とそっちに行くから」
「は?」
家族が庶民的に寛いでいたリビングに、シュークリーム持参で襲撃されてしまった。
私も両親も面食らったし、あちらの御父様も「この度は愚息が先走っていて大変申し訳ありません」と、とても恐縮していらしたので、ものすごく気の毒だった。
コサカは「これで二回目だ」と胸を張ったが、「大掛かりな時は事前に言って!」と、怒ってしまった。
北風が吹いたその次の週、社内は和風クリスマス商品と年末年始商品の修羅場で、休日出勤も滞っていた。
『行けそう?』
約束をしていたコサカから連絡が入るも、後ろ髪を引かれながら断る羽目に。
『ごめん、無理っぽい』
『わかった。キャンセルしとくよ』
誘われていたのは評判のお寿司屋さんだったので、とても残念だった。
だから夕ご飯が届いた時は、残業組全員で歓喜してしまった。
見慣れぬワゴン車が会社に入って来たなあと思っていたら、
「こちらにサイトウユリ様はいらっしゃいますか?」
「はい、私ですが」
「コサカ様から配達を頼まれました」
そのお寿司屋さんの太巻きが狭い事務所に届いたのだ。人数分以上の爽やかな酢飯とお海苔の香りが室内に溢れ、なんというアロマだろう。疲労時には美味しいものがテキメンに効くのである。
「お高いお寿司だ!」
「こんなに贅沢な太巻き初めて食べるよ!」
「玉子ときゅうり、干瓢、穴子に海老、白身デンプ、数の子……恵方巻きみたい!」
「ユリちゃん今日はデートだったの。仕事させてすまなかったね」
お寿司の包み紙を見た常務に突っ込まれ、コサカに外堀を埋められた事に気付いた。
帰りにコサカに御礼のメールを打った。国道沿いの珈琲店でお茶をご馳走することになった。
「三回済んだぞ!」
「美味しい太巻きをご馳走様でした……」
「じゃあこれからお付き合い頼むよ。宜しくな」
「所でどこに赴任することになったの? 遠距離になるんでしょう?」
どうにも素直にイエスが言いにくい。
「それがさ、」
「はい?」
「オレの異動は今回は保留になって。最低六月まではココ、今のまんま」
コサカからコケる話を聞かされた。
皆から「お寿司の御礼にあげてね」と正月用菓子のサンプルを持たされたので、渡した。リサーチも忘れない様に言われたので、その場で開けさせた。
「コレ何?」
「七福神にあやかった吹き寄せだよ。様々な甘辛をお楽しみください」
綺麗な小袋に七種類の一口あられやボウロ、金平糖などが入って、一袋で充分楽しめるようになっている。年末年始には宝船に乗った七福神が微笑む華やかなパッケージに変更される、これも人気商品だ。そういえば今日の差し入れの太巻きの具も七種類だった。
「オレ、昔からこの会社に餌付けされてる」
「そう?」
「うん。地元企業は侮れない」
コサカはその場で今日行きそびれたお寿司屋さんの予約を来週末に入れた。個室は両家の顔合わせに良いと言われて、返事に困った。時計は午後七時を指していた。
おしまい




