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ホリックオアトリート

「クニちゃん、実はオレ、時空を超えてやってきた未来人なんだ」

「ふうん」

 放課後の図書カウンター内のサツキはいつもと違わぬ変人ぶりだ。

「ホントなんだって。信じられないかもしれないけど」

「何でもいいけど今日は先に帰らせてね。おかあさんの退院日なんだから」

 塩対応でサツキに委員会の書記ノートを渡す。サツキは「あ、そっか」と慌て、その後「おばさんよかったな。お大事にな」とか、モゴモゴ言った。何気にションボリして見えたのは、余程そのネタにご執心だからだろう。「じゃあ頼んだよ」とだけ返し、私は帰途についた。


 サツキは私の幼馴染・ミズキの双子の兄妹だ。ミズキは真っ直ぐな黒髪の色白美人で、兄のサツキも良く似た美形だ。ただサツキの髪は妹と真逆のモサモサ君。女子には「鳥の巣だね」と楽しく受け入れられているが、モテは少なさそうだった。

 その幼馴染のミズキと、階段の踊り場で会った。

「今日のサツキはタイムリープモードだったよ」

「ああクニちゃん、ヤツは昨夜『トキかけ』を見てたのよー……」

 世間から三歩ズレている兄の為に、美人な妹はいつも頭を下げている。でも私達は幼馴染なので、これが通常運転だ。

「サツキったら家でもボッサボサでボンヤリなんだもん」

「ルックスも成績もスポーツも悪くないのになあ」

 本来ならリア充設定の筈なのに。現状に私達は心を痛めた。


「退院おめでとうございます」

 夕方、我が家はミズキとおばさんの訪問を受けた。難儀な母の病をずっと心配してくださっていたからだ。お祝いのアレンジフラワーからは優しい心が溢れていた。

「ありがとうございます。おかげさまで経過観察だけになりました」

「落ち着くまで焦らず養生なさってくださいね」

 遺伝も影響する病なので、私の心配もされた。だけど予防って何だろう。規則正しい睡眠や食生活だろうか。結局は運次第のような気がする。

 また玄関のチャイムが鳴る。今度はサツキがやってきた。評判の珈琲スタンドのテイクアウト持参だ。

「まあ美味しそう!」

「二杯目のお茶を入れなくて済んだわ」

 ご近所女性の間でサツキの株がとても上がった。

「退院祝いです。コーヒー苦手なクニちゃんはミルクティな」

「嬉しいありがとう!」

「今日の委員会でハロウィンの計画も決まったぞ。やっぱ原案通り」

「なーに? 図書委員ってハロウィンするの?」

 ミズキも話に乗り出した。

「秋キャンペーンの『トリックオアトリート』だよ。利用者にはお菓子のプレゼント。ミズキも遊びに来てね」

 大人は大人同士、コドモはコドモ同士で歓談した。テイクアウト用の暖かい紙コップからは、甘く柔らかい湯気が出た。


 だがその夜に見た夢がおかしかった。何をどう解釈したらいいのか、よく判らなかった。

 温かく柔らかく甘いような光。私はその中に居る。

「クニちゃん、じゃあオレ、もう帰るから」

「サツキ? どこに帰るの?」

「未来に」

「は? そのネタまだ言ってんの?」

「だからネタじゃないって。その、もう用事が済んだからさ」

「用事?」

「クニちゃんに薬を服用させたから」

「やだ、変な悪戯しないでよ! いつナニに入れたのよ!」

「今日のミルクティに。それからこれは悪戯じゃないよ。でももう安心だから」

「安心って、何が」

「クニちゃんはもう、おばさんと同じ病気にはならないってコト。予防薬が呑めたから」

 じゃあもう行かなきゃと呟いて、そのモサモサの髪の男の子は消え去った。私は光の中で佇んだ。光は朝日となった。


「今朝は夢見が悪くてモヤモヤするんだよね」

 登校途中にミズキに溢した。目覚めの違和感が酷かったからだ。

 しかも夢の内容は綺麗さっぱり無くしている。ただ、大事な事を思い出せないもどかしさだけが、胸の奥底で引っ掛かる。

「夢見が悪いと嫌だね」と頷くミズキも、目元が腫れぼったくなっている。

「ミズキこそ何かあったの?」

「昨日、おばさんから病気の話聞いたじゃん? それでうちのお母さんからも、身体を大事にしなさいって言われてさ、うちの昔の話を聞いたんだ」

 ひと呼吸おいて、ミズキは話した。

「私って、独りっ子じゃなかったんだって。双子の兄弟がいて、その子はちゃんと産まれてこられなかったんだって」

 その言葉を不思議な気持ちで聞いた。

「あれ、ミズキって独りっ子……」

「やだクニちゃん、なんで今更」

(あれ? ミズキは……そう……だった?)

 だけど何かがおかしい。気持ちが悪くて、脳内の記憶の棚を順番に探す。

「でも確かに昔から私、兄弟がいそうだって言われたな。物怖じしないタチだからかな」

 ミズキの話に曖昧に頷きながら、思い出をひとつずつ確認する。私の記憶の中のミズキは確かに独りっ子だ。

「でも昨日気付けたよ。母達は生きられなかったコの分も私に託してたなって。それで色々経験させてくれたお陰で、私も人馴れが早かったんだろうな、って」

「……ミズキのおかあさん達、大変な思いを乗り越えていたんだね」

 今聞いた事実も真っ直ぐ受ける。だのに何かがズレた気まずさが有る。


 図書委員会でも胸の奥がモゾモゾした。

「昨日の話し合いのハロウィンは原案通りとなりました。欠席していた人も宜しくね」

 委員長からの報告が知見なのは何故だろう。

 放課後に珈琲スタンドの前を通る。

「ここ、お高めだけど美味しいよね」「いいじゃん。たまには贅沢しようよ」

 一緒に帰った友人達に誘われて、お気に入りのミルクティを飲む。濃い紅茶とミルクの香りが、ホワホワの紙コップが、私は久しぶりではないのだ。


「一緒に過ごしたのはほんの一週間だよ」

 夜半。夢の中、光の中で、私は誰かと言葉を交わす。モサモサの髪の男の子は夕べと同じ?

「どこが一週間なの。ずっと幼馴染だったじゃん」

 私は何を言うんだろう。夢の中ではそういう設定なのか。てか、このコって誰だろう。

「本当だって。オレの時空免許、まだ三級だもの。滞在規定は一週間だよ」

「時空免許って何」

「これからずっと先にそういうシステムが出来るの。それで移動が許されて、会いたい人の記憶と記録に入り込んで、用事を済ませ、リセットする時は全部消して」

 何故そんな面倒な事してるの。だから、クニちゃんに薬を呑ませる為に。なんで呑ませなきゃいけないの。そうしないとクニちゃん、若くておばさんと同じ病気で……だから。

「嘘」

「でもそうならないように呑ませに来たの。クニちゃんはオレの家系なの。クニちゃんがどうにかなると、オレんちの血筋が枯れるの」

「嘘!」

「本当。『先代に薬を呑ませる作業』も、選抜された市民のライフワークなの。うちのファミリーツリーは運良くソレに当たって……って、大丈夫? ここまでの説明について来てる?」

「ファミリーツリーって何」

「け、い、ず、系図!」

 途端に呆れられた。

「あのさあ、クニちゃんって図書委員だろ。そういう題名の小説も図書室の新刊にあったぞ。見てないの?」

 あまりにおバカなのでウンザリされた。

 でも理解なんて出来やしない。そもそも理系は苦手だし、図書委員だって時間潰しだ。


 連日妙な夢の気配が残る朝。しかも目覚めた時には詳細不明。なんて歯痒いんだろう。

(なんか違う)(なんか変)

 大切な事を言われた気がするのに、全て忘れてしまっている違和感。しかも目覚めた後の日常にも感じる違和感。それがずっと私を支配する閉塞感。

 あーあ。段々面倒になってきた。考えるのにも飽きた。もう自分の忘れっぽさのせいにしよう。


 図書委員会のハロウィン準備がことの他忙しく、手先の器用なミズキにも助っ人に来てもらう。

 出入り口やカウンター、ピックアップ本のコーナーにペーパークラフトを飾る。当番委員の小さなコスプレ用にと、可愛い小道具も誂える。

 作業の最中ずっとミズキは私の隣に座っていた。私はミズキの横顔を見る度に、また胸の奥がモゾモゾした。

「これも使わない? 生徒会の備品借りてきちゃった」

 委員長が大きな紙袋を持参した。中には怪しげなコスプレグッズがギッシリと詰まっている。

 中にひときわ目立つ大きなカツラがあった。空気で中の風船を膨らませて巨頭を作る、黒髪のアフロヘアだ。

「これは顔の小さいひとが似合うね」

 委員長がミズキに被せた。すると途端に、美少女がモサモサ頭の微妙な美少年に成り下がってしまったのだ。皆でゲラゲラ笑った。

 でも笑っていたら何故か懐かしさがこみ上げてきた。喉がキュウと痛くなった。それから何故か、とめどなく泣けてきてしまったのだ。

 似ている人を知っている。誰だか憶えてはいないけれど、私はそのコを知っている。

「ク、クニちゃん、どうしたの? どうかしたの?」

 ミズキにオロオロされ、他のコ達にもひどく心配された。

「ミズキ、ミズキ、」「え、ナニ、クニちゃん、どうした?」

「その髪……髪ね、」「髪?」「うん、モサモサの髪、」

 また泣いてしまった。

「クニちゃん、きっとお疲れだね。おかあさんの退院でホッとして、緊張が取れたのかもしれないね」

 委員長が優しく背中を撫でてくれたので、もっと泣けてきてしまった。


 気付けば再び夢の中だった。委員長の言った通り、最近の疲れが出たのもある。学校から帰宅後、私は早々にベッドに潜り込んでいる。

「今日はまた、なんでそんな頭なんだ」

 そして私は、アフロヘア着用で彼の前に立っている。連夜の謎を解く鍵が有るのなら、このモチーフがポイントだ。そう図書室で確信した私は、巨頭カツラを借りて帰宅したのだ。

「クニ……アナタ何するの?」

 母にも思いっきり心配されてしまったけれど、寝る前にそれを被り、窓からの月明かりの中、ドンドコドンドコと降霊ダンスを踊りまくった。

 じっと見ていた母は「そういえばハロウィンだったわね」と呟き、自分を納得させていた。その後私に「変なモノは呼び寄せないでね」と注意喚起し、寝室に戻っている。

 ダンスが功を成したのか、夢の中でのカツラ着用にも成功した。今宵再び、光の中で、彼と対峙をするのだ。

「私は今後君と会う夢の中ではこのアフロヘアを被らせてもらう」

「それはオレに対する盛大な嫌味ですか。てかさっき何やってたんだ?」

「あのダンスを見てたのかー!?」

「見たくなかったよ!!」

 モサモサ髪の彼は私のその巨頭アフロを、とてもとても嫌がった。コンプレックスを刺激したらしい。

「だって、君は私の訳のわからないことばかり言うんだもの」

「ちゃんと説明してるよ」

「説明された事、朝起きる度に消されているんだもの」

「憶えてないの!?」

 彼は驚愕の表情で立ちすくんだ。

「オレ、クニちゃんの夢の記憶は一切消してないよ。だってその技術、オレ、まだ持って無い」

 ぺたりと座り込んだ。

「何よりクニちゃんには夢物語としてでも伝えたかった事ばかりだったから……けど……憶えてないんだ……」

 頭を抱えられてしまった。

「滞在中に話を振っても全部スルーだったし……夢の中での説明も遅々として進まないし……」

 ブツブツ呟いていたのも、不愉快ながら聞こえてしまった。

「とにかく! 今日で最後だから! ちゃんと聞いてくれ! そして憶えてくれ!」

 アフロヘアはもう、不要だったらしいのだった。

「それ、邪魔だから脱げば?」

 冷たーくあしらわれてしまった。そんなに嫌いだったのか、この頭。


「めっちゃデカイ案件が今更見つかったから」

「デカイ案件?」」

「実は、クニちゃんの将来に大きく関わる人に、心配ごとが出来てしまっていたんだ」

 私の将来に大きく関わる人?

「でもオレはガチでもう此処には来れないんだよ。回数券使っちゃったから。だからこれはクニちゃんに託す。頑張ってほしい」

 彼は私に小さなケースに入った、小さな小さな砂糖玉を渡した。

「クニちゃんが呑んだ例の予防薬だよ。それを彼にも呑ませてほしいんだ。彼も例の病気の罹患確率が上がってしまったから」

「待ってよ、私、その人が誰かわかんないよ」

「いや、判るよ」

 彼はハッキリと言った。

「すぐ判るから。それに、今後の傾向は全てクニちゃんに託されてるから」

 じゃあ今度こそ。本当に頼むよ。クニちゃん、どうか元気で。モサモサの彼は矢継ぎ早に私に言った。そしてまた私はひとりで光の中で佇んだ。朝日が昇ってきた。




『クニちゃん今日ってヒマかな。ちょっと家に遊びにいっていい?』

 ミズキからメールがきたのは、目覚めたすぐ後だった。

 今日は土曜日。いいよと返事をした午後に、ミズキは背の高い男の子を連れてきた。

「私の従兄弟で、タツキっていうの」

 その男の子はミズキにそっくりな顔立ちで、モサモサの癖っ毛をボサボサと伸ばしていた。

「……タツキ?」

「うん、父方の従兄弟だよ。同い年なんでよろしく」

 夢の中の記憶は、今朝はキチンと残っていた。何よりこのタツキ君は

(似てる、てか、判った!)(判ったよ!)

 判ったよ。光の中で話してくれたのはこのコなんだね。それから、アナタの事も思い出したよ。アナタはサツキ。サツキだったね。

 初めて夢物語を理解した。それから彼に頼まれた案件の意味も、はっきりと思い出せたのだ。

(だけど彼が私の将来にどんな風に関わるんだろう?)

 気にはなるけれど、いかんせんサツキの言う事だ。面倒なカラクリは理解不能だ。考えるのは一切辞めようと思った。

 何よりまずは例のミッションに集中しなければならない。ポケットにそっと例の薬を忍ばせる。


 彼を私の部屋に案内していたら、ミズキは私にそっと耳打ちをした。

(昨日図書室でクニちゃん、「モサモサの髪」がどうとかって、その、泣いてたじゃない。それで私、急にタツキの事思い出したの。どうしてもクニちゃんに会わせなきゃいけない気がしたの)

 それから、もっと小さい声で言った。

(……それと、実は、彼のおかあさんも最近、例の病気が見つかったの。でも初期だからちゃんと処置すれば安心なんだけど、タツキ、おばさんの入院がショックみたいで滅入ってしまってるんだよね。それで経験者のクニちゃんに、何かアドバイス貰えると嬉しいの)

 成る程、彼の心配ごとっていうのはこれなんだ。家族の病気ってすごく怖いもの。今の私ならすごくよくわかる。

「うん、私でよければ」

 ミズキに小さく頷いた。それからちょっと大きな声で、「飲み物持ってくから部屋で待ってて」と告げた。


 夢の中でサツキは、自分は今世では生まれてこられなかったのだと言った。

「代わりにそいつの魂が来たんだ」

「えーと……その話はこの間のファミリーツリーと関係あるの?」

「いや、これは魂の記憶の物語になるから系図とはまた違うルート。簡単に説明しようか? それからパラレルワールドって判る?」

「どれも理解出来そうにないからいい」

「クニちゃんならそう言うと思ったよ」

 笑いながら、私の頬を撫でながら言った。

「じゃあ後はよろしく。そいつは今世のオレだから。でもオレは未来に居るから。違い形でクニちゃんと会うから」

 言ってる意味わかんないだろ。また笑われた。光は朝日になり、今は一番高い所から照らす。




 キッチンで私は紅茶の準備をする。そして夢の中でサツキに撫でられた頬を、自分でもそっと触れてみる。

 窓の外枠に小さな蜘蛛の巣が出来ていた。時空の地図みたいだ。サツキは今は何処にいるかな。私の場所は何処かな。こういうコトも早く検索出来ればいいね。でもまた何処かで会えるんだよね。ファミリーツリーだったっけ。ややこしいんだよね。

 悪い癖で、また考えるのが面倒になった。その代わり胸の奥に大きな木が浮かぶ。茶葉が開くのを待つ間に、木の根っこと緑の若芽が、グングンと伸びてゆく気配がみえた。




 おしまい

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