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疾風迅雷

 爆発のような大きな音がしたので目を覚ました。何が起きているのかわからなかった。花火大会は先々週にあった。あの時はサトルと馬鹿みたいに昼から夜まで寝過ごして、結局出掛けられなくて二人でジタバタ後悔した。仕方なく、ここから花火の音だけを聞いた。

 彼は今週一杯、大学の友人達と常夏の島だ。就活が無事済んで単位のメドも立ったから、卒論は帰国後に頑張ると言った。昨夜はお土産を買ったとメールをくれたけど、予算ギリギリ旅行だからきっとパンケーキの粉だろう。私より二つ年下の、堅実で穏やかでわかり易い子。

 さてこの音はなんだろう。外が薄暗い。時計を見たら三時半。あまりの振動に怖くなって、災害情報を見たくて携帯を開く。思い切り目が醒める。

 何故なら今は夜明けではなくて、午後の三時半だったから。それから雷雨警報が出ていたので、これは雷の音だから。

 カーテンを開けると薄暗い空がある。北の小山の上空に、いかづちが垂直に光り暴れ踊る。どんどんとまた音が響く。雷雲は真上かも。雨は降らない。どんどんとまた鳴る。窓硝子にヒシヒシと響く。だのに東の空は明るい。

 せっかくの土曜日に果てしない寝坊と恐ろし過ぎるカラ夕立。確かに今週はキツくて、明日は美容院の予約がある。今夜中に溜めた家事をこなさないといけない。

 だけどこの雷では家電なんて使えない。落ち着くまで待たないと。怖いやらガッカリやらでボサボサの頭をブンブン振る。窓の外を眺めながらミネラルウォーターをごくーと飲むと、またどんどんと空が揺れた。


 日曜の美容院は混んでいて、仕上がりがお昼過ぎになった。午前中は晴れていたのに今は雲が早く流れている。今日は雨が降りそうだ。

 持参の折り畳み傘では心許ないかな。残暑の名残を吹き飛ばして颯爽と歩きたかった。着ていったレモンイエローのサマーニットに合わせて染めた栗色の髪が、顎のラインでションボリ揺れる。

 迷っていたら雨が落ちてきた。止むのを待とうか。駅ビルのカフェ、通路から見えるベーカリーのペストリー。冷たいカフェラテと共に一時の幸せに浸ろうか。

 でもサトルとパンケーキの粉を思い出して、何と無く通り越した。ドラッグストアの用事だけ済ませてホームに降りたら、雨がいよいよ本格化した。ドカドカと落ちる水。電車遅延のアナウンス。ホームの真ん中に避難しないとずぶ濡れそうな容赦の無さ。電車待ちの人が続々と溢れる中、鞄の中で携帯が光る。

『ヒナ、今どこ?』

 サトルだった。今日が帰国だとは聞いていたけれど。

「出先の駅だよ。サトルは?」

『ヒナんち』

 だけど会えるのは来週だと思っていた。

「すぐ帰るね」

 空港からうちに直接来たのかも。時差は大丈夫だろうか。荷物はどうしたのかな。電車が十五分遅れで入ってきた。最寄り駅から七分も歩かないといけない。雨が嫌だ。でも昨夜のうちに食品の買い出しもしてよかった。


 天候はますます崩れ、雷まで騒ぎ出したのに、家の空気は甘かった。玄関に黒のスーツケースがゴロリと寝ている。チャックからビニール袋がはみ出して、あかんべーをして見えた。

「おかえり。悪い、シャワー借りた」

「おかえりは私が言うんだよ。おかえり」

「おう、ただいま」

 合鍵で入り込んだサトルはいい感じに焼けていた。平皿には既に何枚ものパンケーキ。

「お土産焼いたぜ。パンケーキの粉買ってきた!」

 予想通りだ。想定外なのはふた袋買ったところ。違うメーカーの品だ。

「未開封のは自分の欲しい時に焼くといいよ」

「うん、ありがとう。じゃあまた食べに来て」

 安易にお茶をしなくてセーフだった。出掛けに用意しておいた水出しアイスティが役に立った。

 千切ったレタスとプチトマト、ぞんざいに焼いた玉子やらウインナーやらバターやらメイプルシロップやらをお供に、不揃いのパンケーキを一緒に食べる。乱雑で美味しい遅いランチだ。


 リゾートでのお間抜けな画像を見て笑って色んなパンフを眺めて、サトルの綺麗な焦げ具合の二の腕に見惚れていたら、サトルに髪を触れられた。

「美容院だったんだ」

「うん」

「今日はオレもあの駅ビルに長いこと居たんだよ。市役所の出張所あるじゃん」

「出張所?」

 何してたのと聞いたら、「これ」と薄い紙を出した。

「えっ、コレ、婚姻届!?」

 ナニコレなんだこれどうしてこんなものが。

「ビックリした?」

「ビックリするよ!」

「職員のお姉さんに言ったら貰えた」

「貰えた?」

「うん、でもオレの年齢聞かれた」

 サトルがニコニコして言うのだけれど、どういう意味でどう返したらいいのか。

 展開が見えず戸惑う私にサトルは気負いもなく言った。

「これからのひとは早く結婚した方が人生設計も上手く行くらしいよ!」

 いきなり話が大きくなっていた。何故か外国製の可愛いベーキングパウダーの紙袋が頭に浮かんだのは、サトルの脳内の膨張が目に余ったからだろう。何かに感染してきたのだろうか。


 帰りの機内での隣席が、家庭サービスに疲れた中年男性だったそうだ。根元はそこにあった。

「オレだけ友達の席と通路を挟んで離れててさ、そのオジサンもご家族から離れた席だったらしくて。お互い暇で色々話したんだけど」

 晩婚の悲哀を延々と聞かされてきたのだとか。

「その人三十後半で結婚して、こどもが産まれたのが四十一だったんだって。下の子の高校の卒業前に定年になるからめっちゃ焦るって、かなり困ってたよ」

「でも、ご家族で海外にお出掛けする位なんだから、資産はあるでしょ」

「オレもそう思った。でも子育てって大変なんだな。小さい時から英語やら水泳やらピアノやら、その後学習塾にシフトしてこれから中学受験だって。費用も聞いて驚いたよ。自分もそんなに掛けて貰ってたのかな」

 しかも最近は自分の親の介護もチラついてきた、時期が重なると体力も財力も本当に悲惨だ、結婚したいのなら早くしなさい……若い頃に無駄に独身を謳歌したのは失敗だったと、その方はサトルに向かって散々愚痴っていたそうだ。

 サトルはすっかり感化されていた。

「あと言われたのが不動産。ローンの返済とか、路線開通による転売事情とか」

 それらはいちいち大事な事ではあるのだけれど、常夏の島帰りから聞く話ではないような。

「サトル、ずいぶん現実的になって帰ってきたね……」

「それから、向こうに可愛いオーダーメイドのリングのショップがあった!」

 あ、やっとホリデーな話になった。ていうか、そちらが根底の様な気がしてきた。

「見たら結構よさげだったよ。彫金もいいデザインで欲しくなったけど、高くて頼めなかった」

 成る程、欲しかったのか。

「だから今度は一緒に行って作ろう」

 よっぽど気に入ったんだな。雨の音が激しくなってきた。


 いよいよ雷も本格的に鳴り出した。この音が花火ならいいのに。

「その前に、私達は花火大会に行き損ねてるんだよ」

「あ、そうだったな。来年はちゃんと起きよう」

「二人ともネボスケだからちゃんと目覚まし掛けないといけないね」

「うん、取り敢えず、ここも一緒に行こうな。南の島、良かったよ」

 サトルは持ち帰ったパンフを見ながら、もう一度私に言った。

 夕方かけて、いよいよまた雷が酷くなった。私達はおへそを取られないようにしなければならなかった。空模様はまた一段と煩くなった。でも今日は一人ではないので、昨日ほどは怖くはなかった。




 おしまい

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