ノロイのワンピースwww
私に会う度に祖母は私の服を買いたがる。だけどそれは自分のストレス解消らしいので、私の好みは関係ない。
「量販店でいいよ、勿体無い」
「ナニ遠慮してるの! ここのお店は縫製が綺麗で着心地も持ちもいいのよ!」
軽快に商品を選び出す。
「昔はあなたのお母さんにも沢山買ったのよ。懐かしいわ」
母の学生時代からあるその路面店は、シンプルなカジュアルブランドだった。良家の娘さんや若奥様っぽい雰囲気が、祖母はお気に入りなのだそうだ。
そこに子育ての思い出も補正されるので、お買い物はますます熱を帯びた。老獪なる念に負けぬ様、私は出来るだけ気楽なアイテムを眺めて過ごした。
「ほら、これなんかどう? きっとケイに似合うわ」
ふわふわのバレリーナ的なスカートだ。
「せっかく綺麗な足なんだから、もっとスカートも履きなさい」
「えーっと……私には可愛過ぎるし、それに……うちの学校には不向きだよ」
並ぶ服はどれも素敵で、お値段も確かに良質な割にお買い得だ。だけど私の学校は地方国立の工学部で下宿先の街もここより田舎で、過剰なお洒落は逆に浮く。それに一人暮らしを始めてからは、数字にも大変敏感だ。
確かに母の学生時代は景気がよかっただろう。けれど、たかがティシャツに六千円とか、スカートが一万円越えだとか、
(おばあちゃん、出来たらそれは現金でくださいな)
本音はグッと隠す。年始めに初孫の御役目を放棄した私は、しばし祖母の着せ替え人形にならねばならぬ。御大のご機嫌を損ねぬよう、気楽なコットンシャツやボーダーカットソーをそろそろと身体にあてる。
「もっと女の子らしいのも選びなさいよ」
「でも私、こういう服が好きなんだよ。お洗濯も楽だし」
しかし会計の直前、水色の小花模様の筒型ワンピースと、それに合わせる白カットソーも追加されてしまった。
「これならシンプルだからいいでしょう?」
「わ、ちょ、花柄、」
祖母の暴挙に絶句する私。
「これは遠目には無地に見えますし、どんな靴でも合いますから着やすいですよ」
店員さんもすかさず援護射撃をしやがりあそばした。
(うわー! でもソレいちまんろくせんえん! カットソーですらななせんえん!)
ああん、そのお金を生協カードに入れたい。なんて、でも今は言えない。その後それらは丁寧にお包みされ自分では決して買わない大きな袋を丁寧に渡され、自分の買い物では決して決してされない深々としたお辞儀を受けて、私達は店を後にしたのだった。
それもこれも成人式で振袖を着なかったせいだった。私は元々着飾る事に一切興味が無く、高校卒業まで家ではジャージで過ごした猛者で、キラキラぺかぺかした振袖や爪、髪飾りにフワフワショールだなんて、見るだけで拒否反応が出るクチだ。
私の性格を知り尽くした母は
「無理して着なくていいよ。振袖代は将来の為に取っておくから」
と言ってくれたのだが、祖母はそれを許さなかった。
「女の子が綺麗な格好をしないなんて!」
学校の課題とテスト準備が忙しいのをこれ幸いと、成人式は大学の街で、しかもスーツで出席したのが特にお気に召さなかったらしい。延々と母に愚痴を溢したそうだ。
「ケイは地元にお友達がいないの?」
「違うわよ、勉強が大変で帰ってこれないの」
「だって成人式の後には小学校や中学の同窓会もあるっていうじゃない。女の子はみーんな着飾って出掛けるっていうじゃない。こないのはせいぜいが転校生とか虐められてたコなんだって、クラブの皆さんが」
最近の地域のおばあちゃん達は孫自慢と噂話も派手らしい。私や母よりも精通しているのは何故だろう?
流石にその件は母が「他人様の欠席理由をそんな風に勘ぐるなんてみっともない!」とキツく叱ったそうだが、確かに祖母は会う度にパワーアップしていた。
「ほら、おばあちゃん、長年地域ボランティアしてるから。それにお付き合いもね、二高出身の方が多くてね……」「……お達者過ぎるのもアレなんだね」
二高とは県立の旧女子校で、卒業生は地元の有力者の大奥様が多いのだった。祖母は祖母なりに、オンナの受難が年々面倒になっているらしい。
「もう私はぼっちって事にしようか」
「お母さんは構わないけど、おばあちゃんはショックで間違いなく寝込むわね」
そういえば私が進学する時も「女の子が工学部だなんて」と、それはそれはガッカリしていた。ただ大学が「腐っても一応国立」だった事で、辛うじて祖母の不可思議なプライドは満たされたらしいのだった。
果たしてこの可愛いワンピースを私は着こなせるだろうか。店員さんはどんな靴とも合うと言っていたけれど、愛用のビーサンでは駄目だろう。
(スニーカーならいいのかなあ)
しごく面倒だ。でもこの可愛い服にはおばあちゃんの執着、じゃなかった、愛情ががっつり詰まっている。きちんと着なければ、また我儘を言って母を困らせる。
「それでそんな可愛い格好?」
目が会った瞬間に、同級のオカは盛大にふいた。
「なんのお祭りかと思った」
「似合わないでしょ」
「いや、そうでもないよ」
大学本館のパソコンルーム。帰省前に残していたレポートを片付けながらも、オカの笑いは止まらなかった。
「という訳で、祖母にお礼メールしなさいって、母から言われてるんだよね。後で写真撮ってくれる?」
「いいよ。メシ後でな」
中庭に面したホールで全身を写せばいいだろう。そして私がまた着る機会は、多分もう二度と無いだろう。なんて不憫な可愛い服。
夏休みのパソコンルームは空いていて、作業がはかどって助かった。外は猛暑、今日も出来るだけここで過ごして、下宿の電気代を浮かせたい。
それでもその日は別の意味で忙しくなった。
「あれ、誰かと思ったらケイだ」「ホントだ」
後から入室する友人知人達にもれなくチェックを受ける。
「そんなに別人?」
「うん、可愛いし似合ってるよ」
「へー、そう?」
「うん、いつもそういう服にすればいいのに。教官達の態度も優しくなりそう」
今更いいよとこぼしたら皆に笑われた。でもオカだけが不機嫌そうに「お前らうるせえぞ」と言った。
普段は恐ろしくざっくばらんなオカが注意勧告をするので、「これから雹でも降るんじゃないのか」と、私も皆も驚いた。
珍しくオカはその後もずっと不機嫌だった。
「作業室で騒ぐなよ、格好悪いな」
「オカ、今日は随分小煩いんだね」
「フツーだよ。ほっとけ」
「具合でも悪いの?」
「いーえーなんにもー」
嘘ばっかりだ。だっていつもはもっと淡々としているのに。
学食の隅で昼食を済ませた後、約束通り写真撮影を頼んだ。
「ちゃんと全身を入れてよ」
自分の端末を渡すと「その機種わかんないから俺ので撮るよ」と言った。端末オタクのオカがなんて物言いだろう。「じゃあ撮ってくれなくていい」と辞めようとしたら、慌てて「嘘です」と追いかけてきた。
「ほら、とれた」
写りはそこそこ。でもそれもジロジロ見るので不信感マシマシ。
「ナニさ」「なんにも」
なんにもナイコトない。あまりに不自然なので「本当にどした?」と聞いたけれど、またムキに「なんでもない」と言った。そんなオカは初めてだ。更にその後で、駅前の評判の甘味屋までかき氷を食べに行こうと誘われた。奢ってくれるそうだ。
「本当に本当に、どうしたの?」
「いいから」
何が何やらわからなかった。
祖母は私が入学して最初に帰省した頃、
「工学部に行った女の子って、学校でとってもモテるんですってね! 選り取り見取りなんですってね!」
と、とんでもないガセを何処かから聞いてきていたのだった。「ねーっす」と呟いた声は瞬時に掻き消され、
「いいことケイ、自分を高く売って、素敵なお婿さんを探してくるんですよ!」
私に呪縛を投げかけたのだった。
「出来れば次男さんがいいわね。跡取りの心配もない人ならこっちに就職も出来るでしょう? 実家の横の土地に家を建てればいいわ!」
このご時世の風潮を全否定した、物凄い独善的な希望も派手にぶちまけたのだった。
そういえばオカは隣県出身の次男坊だ。そしてどうやらこのワンピースには、祖母の濃厚なノロイがかかっているらしい。薄い布を編み上げる繊維のひと織ひと織に、祖母の怨念が塗り込まれているのだった。
(ああ、オカに効いちゃってるのかあ……)
げに恐ろしくは年配者の生き霊である。美味しいかき氷を前に、私ごときにデレている可哀想なオカ。オカの耳元が心なしか赤い。なんて気の毒なんだろう。
(それにしてもオカ、こんなにチョロくていいのか)
彼の行く末も心配になってしまった。
とりあえずこのワンピースさえ着ていなければ、オカに降りかかったノロイも解けるだろう。
そしてこのワンピースは丸洗いが出来るけれど、裏返しにして形を整えて日陰に干さなくてはならない。
考えるだけで面倒になってきた。しかしその瞬間、私の耳元に祖母の「ちゃんとやるんですよ!」という声が、短く聞こえたのだった。
かき氷のせいだけではない頭痛が襲ってきた。お腹も心底冷えたのだった。
おしまい




