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軌道修正タイム

 屋根裏の物置で埃を被っていた振り子時計は「古き良き昭和」そのものだった。女性でも気軽に持てる小振りな大きさで、四十年程前までは居間の壁にいたらしい。ネジ巻きは長男である祖父の仕事で、だけどたまに忘れて時計は止まり、皆が迷惑したそうだ。

「おじいちゃん、この時計ってレトロで凄く可愛いね」

「可愛い? そうか。じゃあ直したらミサオが使うか」

 手仕事好きな祖父はゴソゴソと修理、改良を施した。手巻きを電池式に、動かない振り子は外して、その空いた小部屋は可愛い飾り棚になった。コロボックルの隠れ家みたいだ。

「文字盤の『21DAYS』ってどういう意味?」

「二十一日毎にネジ巻きが要るって事だ」

「中途半端だね」

「それでじいちゃんはネジ巻きを忘れがちだったんだよ」

 文字盤には左右に二つ、大きめのネジ穴が空いている。ひとつは針、ひとつは振り子用。ポッカリと空いているそれはエクボに見えた。振り子部分の棚にアンティークガラスの小瓶とドライフラワーを飾ってみる。雑貨屋にあっても遜色なさそうな風合いだ。

 祖父の手仕事の兼ね合いか、元の二十一日周期が関係しているのか、時計はちょくちょく遅れた。でもコチコチと時を刻む音はとても可愛かったし、こういうものだと思えば腹も立たない。日の当たる壁に佇むほっこりぶりは、社会人ワークとはまるで真逆だ。


 梅雨明けの田舎は緑と入道雲がむくむくと生えて、山も田畑もニコニコして見える。川沿いの県道の草木も道路にはみ出し勝ち誇り、伐採作業の片道通行で所々が渋滞だ。作業員の皆様は重労働で、社用の私達も気が焦る。だけどカーラジオから流れるのは好きなアーティストの特集で、何より予定のない週末が、私を燦々待っている。なんて自由なんだろう。予定が無い。なんて素晴らしいんだろう。若いミソラで孤独かよ、そう笑う奴は笑えばいい。孤独の裏の自由、自分の為の時間、これ以上の贅沢はない。

 新譜を楽しんでいたら、友人からメールが入った。土曜にプチ同窓会しようと打ってあった。予定がひとつ入ってしまった。




「ゴシップ最中さなかのミサオさん到着ー!」

 田舎カフェのパーティールームでは、訳のわからない拍手で迎えられた。

「何故皆さんはそんなに笑ってるのかな?」

「無事終わってよかったと思って」

 くだらない別れ話が津々浦々まで広がっていた。

「だってミサオに全然合ってなかったよ」

「戸籍を汚す前でよかったよ」

 己の異性の見る目の無さが露見していたのだった。

「真っ当なお言葉、痛み入ります」

 友人達の言葉に私は頭を下げた。早く喉元を過ぎますように。


 元婚約者は共通の知人も多い高校の先輩だが、中身がアレだった。在学当時は涼しげなルックスが人気で、私もその印象に引き摺られ、本質を見落としてしまっていた。

「ミサオうぜえから別れる」

 婚約後初の諍いの時に放った暴言が、それを如実に表していた。

 今でも悔やんでいるのは『何事にも最初が肝心』という事実だ。あの時にきちんと咎めればよかった。そして正体見たりと、さっさと回れ右すればよかった。

「あははっ、ナニ言ってんの?」

 だのにうっかり笑いにして誤魔化してしまった私。彼から発せられる思いがけない暴言に驚き、たじろいでしまった気弱な結果だ。

 気を付けて向き合い振り返ってみれば、引っ掛かる部分が逐一見えていた。お察しだったのだ。その暴言以降は目に見えて洒落にならなくなったから。震えながら両親に打ち明けた夜、親達の行動は素早かった。速やかに第三者を介して相手方にも事実を伝えた上で、解消を申し出た。昨今のご時世と田舎ならではのネットワークが幸いし、表面的には全て穏便に終結に向かった。

 その後の展開は有りがちだが、彼は私の有る事無い事を彼方此方に言いふらしていた。ただ、またここで私に幸いしたのが、周囲の認知だったのは言うまでもない。

「もう分かってるから、気にしなくていいよ」

「結婚する前に気付けてよかったね」

 色んな人に口々に慰められた。今日の集まりも本当はその一環も兼ねている気がする。胸がチクリとする度に、周りの気遣いにも申し訳なくなってしまう。

 だけど思い出す度にまだ腹が立つ。勿論そんな目に遭ってしまった自分にも腹が立つ。私は幼い時からボンヤリしていた。小さな田舎で長いモノに巻かれる生活に終始したせいもあって、空気さえ読めばこれまでは面倒もなかった。考えたら今までがラッキー過ぎたのだ。主体性も無かった。取り敢えず物事を見る目を養わねばと、強く思ったのだ。


「まあいいじゃんよ、粘着も軽めに済んだんだから。ところでお爺ちゃん元気?」

 昔から冷静なカワが飲み物のお代わりをくれた。

「元気だよ。この間も時計直してもらった」

「お暇だったら観光案内のお手伝い、またご尽力賜りたいって言っといて。『渡し舟と馬頭観音コース』が人出不足なんだ」

 カワは現在、お役所の観光課に勤務中だ。実は中三の時に少しだけ付き合った「元カレ」で、今回のゴシップを心配し対応をしてくれた友人のひとりだった。

「あらー仲良いね。焼け木杭に再発火しちゃいなヨ!」

 お調子者に囃し立てられても、いつでもカワは冷静にかわす。

「何言ってんだ。ミサオには傷心を癒す時間がいるし、俺には今彼女がいるよ」

「なんだよ、カワなんか高校までミサオの事引き摺ってたじゃんよ」

「そういう無責任な火種を作るなよ」

 カワが席を立ってしまった。その様子を見て別の友人が

「あーあ。カワ、ホントはまだミサオに対して余裕ないんだよ」

 と私に言うので、それも困った。タイミングが合わない時は押し並べて合わない。それに私もカワの言う通り、今は誰かとそういう気には到底なれない。


 発売したての新譜と家族に抹茶プリンを買って帰ったら、祖父には既に観光課からの連絡が入っていた。

「今日私もカワから頼まれたんだよ。今年も是非って」

 祖父に麦茶をいれながら言うと、「わしは『城下町コース』の方が得意なんだ」とボヤかれた。

「頼られるなんて素敵だと思うけど」

「カワ君はいい青年だなあ」

「カワ彼女いるよ」

 祖父にまで露骨にがっかりされた。

「若いのに休日に独りは気の毒だと思ってな」

「その独りの時間を結構楽しんでるんだよ、私」

 また不憫がられたけれど、老世代にはわからないかもしれない。世代間格差だから仕方がない。

「あの時計はまだ遅れるか?」

「うん、でもそのつもりで使ってるから問題無いよ」

 それじゃ時計の意味がないと祖父は笑ったけれど、そのマヌケさが私にとっては何よりの癒しになっている。ズレていていいモノもあるのがわかって、肩の力を抜くのにとても役に立つ。

「誰かと一緒に歩けるといいぞ」

「うん、少し休んでからまた考える」

 祖父なりに心配してくれている。夏は始まったばかりだし、来週は庭の草刈りも手伝う予定。

(ほら、今めっちゃ幸せじゃない?)

 そう、私はめっちゃ幸せだ。そのうちまた何なり回ってゆくだろう。購入したての新譜もいい感じだ。

 例えたら、今の私はあの時計の振り子部分の小部屋に入れた、飾りみたいな感じだと思っている。今はそういう感じ。心の中にドライフラワーが一輪、こっそり飾られている感じ。

(あれ? でも、ひょっとしてカサカサしてる?)

 潤いが無いのはアレなので、アロマオイル位は垂らしておこう。自分を潤したい。大事にしたい。色んな人に作って貰った贅沢な孤独タイムを、ただただゆっくり過ごしたい。もう学生じゃないので不必要に周りに合わせなくてもいいのも嬉しい。オトナになれてよかった。


 祖父が抹茶プリンを半分残すと言うので、ラップをして冷蔵庫にしまった。それから『渡し船と馬頭観音コース』は毎年地域の主が威張るので、それでなり手が育たないんだという愚痴を聞いた。カワに言うべきか迷ったけれど、きっととっくに知っているだろうとも思い直した。

(ふうむ、どこも大変だねー)

 ひとによって色んな時間が流れているらしい。時計は今宵もマイペースに時を刻んで、少しズレた。




 おしまい

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