ももいろビリーバー
その申し出をそのまま受け止めるのはどうしても不安だった。
重ねた学生生活で身につけた本能を全力で信じた。
「やっぱ気が乗らない?」
「うん。申し訳ないけど」
「そっか」
既に中間管理職の貫禄を持つ現生徒会長、ヨシザワ君は隣の席でそっと溜息をついた。
「そういえばヤマイ、ああ見えてヒビノさんは頑固だって言ってたな」
そんな返答は私が悪いみたいでとても不満だ。
「ヨシザワ君がヤマイと仲良しなのも私から見たら不思議だけど」
「はは、オレら真逆だからな。でもアイツはいい奴だよ」
色々誤魔化したかったのにやっぱり責められている気分になって、今度は私が小さく溜息をついた。
上妻高校学祭の準備は学年が上がる毎に過酷になった。全校を青・黄・緑の三つの縦割りで分けた団編成は大掛かりで、それでステージや模擬店、展示を競う華やかさは昔から評判だ。特に最終演目の応援合戦は最高潮に盛り上がり、夕暮れの閉会式に続く青春のひとコマは毎年の語り草にもなる。
ヤマイは今年は青団団長、私は展示班の副班長だ。仕事内容に差は有り過ぎるけれど、それぞれに責任も重く慌ただしく、本来なら私は彼との接点など無かった。ともあれ生徒会からの提案は不本意以外の何物でもない。これ以上の仕事は私には無理だ。
同じ小中学校出身のヤマイは常に交際希望の女子が群がるバスケ部のエースで、加えて周りには必ず華やかな取り巻きがいた。恵まれた容姿に加え自ら努力を重ねる好男子とくれば、どこでも特等席が約束されるのは世の常だろう。高校入学後には地方都市特有の申し送りも加算され、ますます不変となっている。
幼馴染だったせいだからか、私はヤマイと同じクラスになると、必ずリア充女子から目の敵にされる羽目になった。穏やかな日常の為には彼と接点を減らすしか無く、今も無愛想で可愛げの無い地味女子として、上妻ライフを淡々と過ごす事に注力している。
そんなだから学祭も三年間ずっと地道に展示班担当だ。案の定、集う面子は表舞台を消去したクチが多く、稀に生粋の文系剛の者、他は学祭自体に否定的な異分子がチラホラだろうか。
「こういうお祭り騒ぎまじ嫌い。まじうざい」
「学祭なんて一部の目立ちたがり屋の為だけにあるんじゃん」
「リア充だけでやればいいのにな」
言っても何の解決にもならない愚痴も毎年聞こえる。 ネガティブ戦隊はどこでも居る。
だけど私のような展示班皆勤学年ともなると愛着心が湧くものだ。
「班の打ち上げ楽しみにしてね。最後まで頑張ると毎年盛り上がれて楽しいよ」
その後各自に鉛筆を持たせ模造紙の下書きを任せた。隙あらばサボろうとする輩にはアレコレと話しかけながらジオラマの小物を作らせた。それはそれで「うざー」とか「先輩メンドウー」とも言われたけれど、ニッコリ笑って
「これも何かの縁だよ。楽しくやろう」
そう促せば大概の子とは仲良くなれた。みんな寂しがり屋だと思った。自分の居場所が有れば、誰だってちゃんと素直になれるものだ。
今年の班長が指導上手のお陰もあって、準備は順調だと思っていた。学祭まで三日を切った放課後にヤマイに突撃訪問されたのは予想外だったけれど。
「班長いる?」
地味な展示準備室にリア充の長が立つ威圧感。それだけで班員達が一瞬で凍った。文句ばかり言ういつもの後輩達も、緊張して私に助けを求めた。
「班長は今博物館、古地図のコピーを取りに」
「作業が遅れていると聞いたけど」
「ううん、全然。どこでそんな話」
「じゃあ聞き違いか。ジオラマも?」
「そっちも大丈夫。これからピッチ上げるし、当日までにちゃんと乾くし」
「そう」
言葉のやり取りもさることながら、空気が充分凍ったらしい。いつもは雑談で騒がしい作業コーナーが水を打った様に静まり返った。
気配に気付いたヤマイはコーナーを見渡すと、
「別に威嚇してるんじゃないんだよ。邪魔してゴメンな。総合優勝には展示班の力が不可欠だから、団でも完成を待ちわびてるんだ。大変だろうけどラストスパート頑張って。期待してるよ」
そう如才なく笑って、私に「ちょっといいかな」と聞いた。剣呑という単語が浮かんだ。
「この間ヨシザワに頼んだ件だけど」
数メートル移動しただけの渡り廊下。身構えつつ辛うじてヤマイの胸元を見ると、ヤマイは聞き取りやすい低い声で言った。
「……アレ、もう他のひとに頼んだからヒビノは考えなくていいよ。困らせて悪かったね」
今度は喉の奥が痛くなった。でもわざわざゴメンナサイと言うのもおかしな気がする。所在無くて下を向く。この空間に困って目が泳ぐ。でもまたヤマイの声が降ってきた。
「だけどヒビノってさ、」
「?」
「他のヤツと話す時は柔らかい顔をしてるね」
「は?」
「俺は目も合わせて貰えなくなってたから誰にでもそうなのかと思ってたけど。でもヨシザワからヒビノはオレの居ない所ではちゃんと楽しそうにしてるって聞いて」
「楽しそう?」
「うん」
何を言っているのかわからなかった。
「まあ、俺が好かれてないだけか。何をやってもいつもヒビノには認めて貰えなかったし」
何が言いたいのかさっぱりわからなかった。
ヤマイはでもそのまま黙ると、何も言わずに持ち場に戻っていった。
居なくなったら途端に、その場が火が消えたようにみすぼらしくなった。それはまるでヤマイがこの学校の太陽という、れっきとした証拠みたいだった。纏ったオーラが違うと言うかステージが違うと言うか、そんな証明みたいだった。
(そんな……仕方がないよ)
そうだ、やっぱり仕方がない。だってどう考えても不自然だ。
生徒会の、今年度提案の夕暮れフォークダンスの先頭ペア。ヤマイの隣を私がだなんて、格が違い過ぎて恐ろしく滑稽だ。どんなに工夫したって、受け入れようがないと思う。
知らない間にネガティブ戦隊達が覗き見をしていた。壁から顔だけを出す姿はズンムリとした表情の怪人トーテムポール。
「先輩、あのさあ……」
「わー! ナニしてんの!」
キミ達恐ろしく不気味じゃないの。てか、きもいじゃないの。言わないけど。
「先輩みたいな女子って結構需要あるんだよ」
ナニ言ってんの。
「うん、一見地味で眠そうな目の、か細い色素の薄い女子」
ソレ馬鹿にしてんの?
「だって、皆がみんな派手なキメキメ女を好きな訳じゃねえよ」
ホントにナニ言ってんの、やっぱ馬鹿にしてんの? ああ、でも、そうか、わかった。閃いた。
「成る程、ヤマイは悪食ってコトだね」
「は??」
今度はトーテムポール達が困惑した。
「きっと私みたいなのは取り巻きにいないから物珍しいってヤツでしょ。ヤマイ、女子コンプリートでも目指してるのかな」
「ちょ、先輩……それ……めっさネガティブ」
「病的だよ」
「捻くれ過ぎて一回転したよ」
不毛なやり取りに段々苛々してきた。
「はいはい皆さん、今日はいい刺激が有りましたね。サクサクこなしてとっととジオラマ仕上げるよ!」
気の乱れた私に恐れをなした後輩共は慌てて持ち場に戻った。私はどうにもモヤモヤが終わらない。
きっと第一回目の企画なんて頓挫も有り得るだろうから、生徒会でも原案は私レベルで見越していたんだろう。捨石、そんな感じだろう。実際企画が動き出したら必要な人材も自然に見えてくる筈だ。だって、フォークダンスだもの。素敵男女が集ってナンボだもの。ほら、やっぱり断ってよかった。机上の空論はおしまい。私は何も知らなかった事にしよう。
『何をやってもいつもヒビノには認めて貰えなかった』
(ナニ言ってんの?)
ホント、ヤマイはさっきナニ言ってたの? 何だか情けなくなってきた。
あんなに努力するひとは他にいない。ヤマイは小さい頃から何時だって何かを怠る事はなかったし、勉強だって真面目に積み重ねていた。皆がチヤホヤするバスケだって、トレーニングを欠かさなかった。だっていつも家の前の市道をランニングで通っているから、うちの家族も感心していた。
ただの恵まれた男子じゃないこと位、私は十二分に知っている。
けどそれは何も私がわざわざ言わなくてもいいことでしょう? 他にも賞賛を贈るひとはヤマイの周りに沢山居るでしょう?
それともヤマイは全世界の全てのひとに認めて貰えないと気が済まないの? 私ひとり位が余所見をしていたって、それ位痛くも痒くもないでしょう?
ものすごく情けなくなってきた。私の事なんか放っておけばいいじゃない。
次の日の朝教室に入ったら、取り巻きの中でも飛び切りキメている女の子がいつも以上にはしゃいでいたので、あの子がヤマイのパートナーを引き受けたんだなあと直ぐにわかった。
*
その日のヨシザワ君のティシャツの表には毛筆で『マイホームパパ』とプリントしてあった。実行委員長の開催の合図に合わせて太鼓を叩く後ろ姿には『ローン三十五年』と記してあった。見た者誰もが皆「うはー」とか「おおー」とか、いろんな嘆息を出した。アラフォー容姿を有意義にデフォルメしたヨシザワ君の勇姿は、生徒全員の心の中に彼の学祭への思い入れを激しく思い知らせたと思う。
雲ひとつない晴れやかな朝、第百七回上妻高祭が滞りなく走り始めたのだった。
開会式を皮切りに、今年度のステージ発表をメインに模擬店や展示物のお披露目が始まった。
実は展示物は毎年凝った題材を扱うので、地元の新聞社や地域の真面目な大人の皆様が多く集う。班員達も交代で行儀良く常駐するのだが、お祭り気分を醸し出す為に毎年浴衣や甚平だけは着込んでいる。
「お、なんだなんだ?」
「先輩可愛いじゃん!」
私の薄緑の浴衣を珍しくネガティブ戦隊達が褒めてきたのが不自然で、雨が降らないかと心配になった。
けれど周りの生徒達の衣装もそれぞれが工夫を凝らすので、浴衣姿程度ではまるで目立たない。特に毎年有志でコスプレを決めるチームもいくつか有って、その姿は随時ネットにも上がり盛り上がる。
その中でも一際目立つのはやはり団長達だ。白の道着と紺の袴にそれぞれの団色の襷・鉢巻は制服マジック甚だしく、誰が着ても五割増しだと思う。
特に今年は背の高いヤマイが着ているのもあって、いつも以上に華々しい。何処に居ても格別に目立って、幅広の鉢巻を翻す姿は初夏の青空を一層清々しくさせた。
展示当番の合間にクラスの友人と待ち合わせて、ステージ発表を見たり軽食を取ったりした。その際に必ず話題になるのが当然というか、安定のヤマイだった。いつでも何処でも明るい女子がきゃっきゃウフフと取り囲み、大人しいグループは遠巻きに堪能する。勿論私達は安寧の後者。
「まるで強いシャチに熱帯魚の綺麗な尾ひれをつけたみたい」
新聞部長の友達の表現が的確だ。悠々と泳ぐ雄々しい魚。
「でもさ、ヨシザワ君も初っ端からやってくれたよね」
私が水を向けたら
「うん、彼は生徒会の固い概念を軽く壊してくれた」
「真面目だけど融通が効いてイイね」
誰もがヨシザワ君を認めていた。
「ヤマイと仲良しなのもめっちゃ愉快」
「オモシロイ組み合わせだね」
「でもこういう噂してると何故か見るよね。ほら」
指された先を見ると、マイホームパパティシャツのヨシザワ君と団長コスプレのヤマイが連れ立って歩いていた。
「うーん……だけどカップリングは出来ない」
卓球部の友人が呟いて、それを聞いて私達はまた盛大に吹き出した。
「さっきオレの事見てみんなで笑ってたでしょ」
早速ヨシザワ君に咎められた。
「ううん、みんなアナタの仕事を認めてたよ。素晴らしいねって」
「嘘つけい」
手応えは充分という表情だった。
「それよりフォークダンス、急遽オレも参加しないといけなくなってさ。ヒビノさん、ペア頼めない?」
「ヨシザワ君の?」「そう」
ヤマイのペアらしい子は今年も煌びやかに着飾っている。断る理由も見当たらなくて、代わりに
「パパ、サービス残業ばっかで大変だね」
と軽口をたたいたら泣かれた。ヨシザワ君の包容力は素晴らしい。上妻高のおとうさんらしい。
展示や発表も滞りなく消化したオーラスの応援合戦は美しかった。空の青、山脈の緑、畑の収穫を表す黄にまつわる各団伝統の応援歌とエールと毎年のアレンジダンスは、参加する度に上妻高生でよかったと思わせるから不思議だ。
ヤマイは素晴らしかった。青い鉢巻は隅々までヤマイの気を巡らせていたし、白の道着と紺の袴の躍動はそれこそ雄々しい魚。持って生まれた才能と今までの影の努力が全て融合していた。
皆で声を枯らして叫んで土埃を舞わせて初夏の午後の茹だる暑さを蹴散らして、グラウンドに大音量と静寂を交互に落とした。無意識に胸が熱くなるから困る。どこが勝っても遜色ない出来栄えだったと思う。
閉会式で各展示や発表の成績開示があった。私達の展示が僅差で二位。後輩達が悔しがっていたので、
「来年リベンジ頼むね」
と言ったら皆が強く頷いた。展示班の申し送りはこれで終了だ。去年の私もそうだった。
青団が総合優勝したのも充分予感出来ていた。ヤマイの光が勝機をもたらした。古臭い優勝旗は重々しく誇らしく、誰もがこの学祭の熱に酔っている。
いきなり「サプライズ」設定となっていた定番レトロなダンスミュージックが響きわたる。白々しく皆がざわつき茶化す中、
「今年度からの新企画、夕暮れフォークダンスを始めます。閉会式のラストを皆で彩りましょう。皆さん各団団長ペアの後に続いてふるってご参加ください!」
実行委員長の声を乗せて、各団から華やかなペア達が登場した。周りの生徒達に参加を促しながら、皆が整列するグラウンドの中央道を軽やかに進む。
ヨシザワ君も叫ぶ。
「ペアは誰と組んでもオッケーです。団の垣根を軽やかに超えて夕暮れのひと時を最後まで楽しんでくださーい」
早いモノ勝ちですよと誘われ、音楽が一層華やかになった。
先頭の団長ペア達の姿勢良く進む様子は誰もを羨ましがらせた。
それは当然だ。さっきまで一番輝いていた団トップと、それに見合う学校でも目立つ女の子達のペア。なんというか、どうにも出来ない高校生活の勝ち組感が漂っていて、でもヤマイにならそれもまた道理だ。
だから私は断って良かったとまた思い知らされた。こんな華やかな舞台は私にはそぐわない。それから、ふいに欧州の社交界のデビュータントってどんな感じなんだろうと想像した。どれもこれも、私には一生縁の無いものだけど。
(あっ、私はヨシザワ君と踊らなきゃいけないんだった)
ふいにさっき頼まれた件を思い出した。ヨシザワ君はいまだ壇上に居る。
(私、どうすればいいの?)
すると、
(ゴメン、ヒビノさん、こっち!)
ヨシザワ君が私に向かって手招きをした。
「ある程度参加者の列が出来たらオレらが誘導して全体を輪にする計画でさ、ヒビノさんはその時にオレと一緒に来てくれる?」
校舎三階の窓から様子を判断した実行委員がグラウンドのヨシザワ君達に手引きをするそうだ。
「団長達とも軽く打ち合わせはしてるんだけどね。でも基本は一発勝負」
ヨシザワ君は端末装備、私も目立つのが嫌などとは言えなくなった。否、盛り上がってしまえばもう先頭が誰かなんて、何の記憶にも残らないだろう。
「ヨシザワー、そろそろ行ってくれ」
「お、ヒビノさん、行くよ」
オレらは青団の後ろと緑団の先頭を繋げる係だから、列の端に向かいながらそう簡単に説明を聞いた。
ヨシザワ君は緑団団長ペアと目配せをすると、その先頭を取って私の手を引いた。
「ヤマイには悪いが不可抗力だ。じゃヒビノさん、暫くよろしく」
「は?」
なんか一瞬不可解な台詞を聞いたような。でももうそれどころじゃない。ヨシザワ君は音楽に合わせて私と踊りながらも片手間に端末で連絡を取り合っている。
「ヨシザワ君器用だね!」
「おう、今更気付いたか」
青団の後ろを追いながら緑団を誘導しながら十人並み容姿の私達が踊る。土埃が舞う。
だけどこのマイホームパパ的男子の中身はやたら優秀だ。成る程、やっと理解出来た。
「ヨシザワ君がどうしてヤマイと仲がいいのか訳がわかったよ!」
私は踊りながらヨシザワ君に言う。
「二人は釣り合っているんだね。持っている才能とか、能力とかがさ、」
するとヨシザワ君が答えた。
「オレら幼くて孤独なんだよ、お互い」
「えっ、嘘」
どこがそうなの?
「二人ともみんなから凄く好かれてるし、どっちかっていうと自立して見えるよ」
「はたからはそうでも色々ね。あ、これから踊る曲はメンバーチェンジのヤツだ」
踊りの輪が完成した途端、曲が変わった。
「ヤマイなんて取り巻きも多い分、気疲れで結構繊細だよ。ほら、見て来い」
ヨシザワ君の手が離れた。
グルグルと色んな男の子と踊った。同じクラスの子、違う学年の子、恥ずかしがると逆に悪目立ちするのでみんな真面目に踊る。大きな輪だったけれど一周以上はしたと思う。
何故なら、私はヤマイと二回手を繋いだから。
一巡目はお互いギョッとしてギクシャクして、特に私は圧倒的に挙動不審で。でもその後でまたヨシザワ君と一緒になって「モチツケ」と微妙なゲキを飛ばされて、それから二巡目が巡ってきて。
『幼くて孤独なんだよ』
(幼い?)
毎日ひとりで市道でランニングして? いつも誰かに囲まれて?先頭で風を切って?
(そうなの?)
円の向こう、近づくヤマイをもう一度落ち着いて見てみた。久しぶりにちゃんと見た。ヤマイも私を見ていた。多分小学校以来。低学年の頃はまだ、同じ方向だからと手を繋いで帰った事もあった。あの時のヤマイはまだ小さかった。私も周りの事なんか、何も気にしていなかった。
『何をやってもヒビノには認めてもらえなかった』
先日情けなく思った台詞を思い出した。ヤマイの中身はあんまり変わっていないんだろうか。
二巡目のダンス。手を取り合う瞬間。
私はそのままヤマイから目が離せなくて。ヤマイは私の手をなかなか離さなくて。ちょうどそのタイミングで曲が終わって。夕焼けが美しくて、周囲がももいろに染まって。
(孤独?)
それは私からはやっぱりいつも自立に見えるのだけれど。
「だのになんでもっと仲良くしない?」
「え、してるよ、なんで」
学祭のはけた週末、ヨシザワ君に理不尽に叱られた。
「オレが言ってるのはそういうレベルじゃなくてだな」
だけど以前と比べたら私はヤマイに対して圧倒的に友好的だ。お互い目が合えば笑うようになったもの。リア充女子の視線に疲労しつつも自分なりに素直になれたもの。
「私が一番幼いからね、これで充分だと思っているよ」
「へーそう?」
「それより女子の中でヨシザワ株が急上昇だよ。デキるオトコで将来有望だって。キミこそ自分の身の振り方を考える時期では?」
「オレ、女子のそういう移ろいやすい所が一番苦手!」
自分、昔っから評価の変動が激しいんだよ、トラウマなんだよ、そう零すとヨシザワ君は「あーあ、もう」と言いながら机に突っ伏した。
「タオル敷かないと顔に跡がつくよ」
「いいんだ、おとうさんをそっとしておいてくれ」
今度は私が「あーあ」と思った。ふと視線を感じて振り向くと、案の定ヤマイがこちらを見て笑っていたので、(どうしたらいい?)と聞いた。
(いいよ、放っといて)
(ふうん?)
ヨシザワ君はオツカレなのだった。
学祭の夕暮れ時に好きなひとと手を繋げると後に幸せになれる、フォークダンス開催の由来はそんなジンクスがあるのだと、後日の学祭反省会のまとめで聞いた。
だけどそれはヨシザワ君の捏造だとすぐ判った。でもそれで後輩達が幸せになれるのなら、それは素敵な事だと思った。
何より今、私の元にはヨシザワ君にアプローチしたい友人達からの依頼が殺到しているので、この件は放課後にでもゆっくり、ヤマイに相談しようと思う。
上妻高祭は頑張ったひとに、充実感とももいろの余韻を残す。薄くて軽い甘さが微かに、誰もの指先を染めている。
おしまい