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快速田園ライン

 あの三ヶ月は私をわかりやすく傷つけた。いいなと思っていた同窓生とのひと時の淡いやりとりは、幻以外の何物でもなかった。

「イシダに憧れていたんだろ。ラッキーな夢を見た位に変換しとけよ」

「慰めてくれてる? だけど今はナニ言われても傷口が更に開くから」

 愚痴を受け止めるナカジマも同じ高校の出身で、たまたま大学学部の進学先も一緒の穏やかないいコだ。だけどいまいちデリカシーが足りない。事実が一番響いて染みる。

 定期をかざして二番線のホームに降りた。学年が上がっても一限の授業は容赦無く埋まった。腐っても理系学部なので仕方ない。世間的には吹けば飛ぶような地方私立大学だけど、シラバスは容赦ない。

 電車がホームに入った。ナカジマは友達と待ち合わせる五両目に、私は空いている最終車両に乗った。


 通学電車はレトロな車両の快速で、途中で県境のトンネルを抜ける。見える景色のあちこちに旧跡の観光案内が並ぶ。戦国時代の舞台となったその地域周辺は、今はノンビリとした集落と田畑が続く。何があっても生活だけが続く。世間的な平和。そう、私の気持ち以外は平和。

「ミチカは悪くないよ。はっきり言って災難!」

 女子トモ達は異口同音に私に言った。そうだよな。確かに私は悪くないかもな。

「だってイシダとメグムっていつも大騒ぎだったじゃん。在学中から何度もくっついたり離れたり、その度に周りも振り回してたよね」

「二人とも見た目がいいだけに残念果てしないよね」

 イシダとは高二、高三と同じ理系クラスだった。メグムは文系クラスにいたキラキラルックスの、全同級生公認のお騒がせカップル。だのに私ときたら、この二人が別れていたほんの僅かな隙間に、ウッカリと組み込まれてしまった。体良くイシダの時間潰し要員にされたのだった。

 大学生活にも慣れ切った年の始めに、地元国立に通うイシダと駅で再開したのが運のツキだった。なんとなく寂しそうだったイシダと奇跡的に意気投合し不思議なムードになり、なんとなく付き合っているっぽい雰囲気まで上がった桜前線は

「やっぱり私、イシダが忘れられない」

 というメグムの陳腐極まりない軽くて薄い台詞の襲来と

「やっぱりオレにはメグムしかいない」

 というマヌケな色男のド定番な応酬で、その後「ミチカ、ごめん」と突き放され、あっという間に砕け散ったのだった。

 唖然とか呆然とかそんな気持ちで一杯だったけど、やっぱり自分だけが特別なんて事は無いんだとも改めて思い知らされた。きっと今頃イシダの中では私の事は無かったコトになっている。確かに私レベルの平凡な女の子には勿体無い話だっただろう。でもやっぱり悲しかった。「試合終了、コールドです」と友達に報告したら想像以上に受けてしまい、より一層泣きたくなった。


 車窓から広がる田圃風景。蓮華草で綺麗なピンク色のカーペットもあれば、掘り起こされて剥き出しの土の香り豊かな茶色に、水を張って空の雲を写す鏡となっている面もある。これから田植えの季節。白い軽トラックが農道を走るのを、最終車両のボックス席からゆっくり眺める。こんな日は作業を手伝っておむすびをうんと頬張りたい気分。農繁期だ。教授は授業を切り替えてくれないだろうか。


 だのに無粋なメッセージが届く。薄い端末に表示された名は五両目に乗った筈のナカジマ。

『メグムって大学は東京じゃなかったのか。イシダと遠距離するの?』

 ナカジマ、いま暇なのかな。最終車両は空いているので端末画像を誰かに後ろから見られる心配もない。ぽつぽつと返事を被せる。

『今日は待ち合わせの友達に会えなかったの?』

『アイツ一限休講だって。いいよな』

 そうかやはりナカジマは暇なのか。ならばこの美しい春の景色でも堪能すればいいのに。

『メグムは東京だよ。別れてる間もツイッターではリア充モリモリだったよ。知らない?』

『オレ、メグムとは距離とってるから一切知らねえ』

『あれ、接点なかった?』

「高二の時にイシダの代替えにされてからメグムは鬼門』

(えーーー!?)

 うっかり叫びそうになった。何ソレ知らなかった。ナカジマはああ見えて陸上部で活躍して目立っていたのだ。でもタイミングが悪く、彼女はずっといなかったと言っていた。

『でもナカジマ、いつ? 気付かなかったよ』

『ミチカと違ってほんの一時だったから陸上部の友達しか知らないな』

 本当にわからなかったよ。

『だから経験者がここにいる訳よ。ミチカも気にすんな』

 それは申し訳ない気分だよ。

『知ってると思うけど他にも同類が何人か居るぞ。みんなで春闘でもする? あれ、労災っていうの?』

 言いたいコトはわかるけどなんか違うよ。

『メーデーメーデー』

 ナカジマはその辺の知識を一度整理するといいと思うよ。


 同時にかなりムカムカしてきた。やっとオノレの怒りにも火がついたというべきか。彼奴らはそんなに周りに失礼極まりなかったとは。

『ねえナカジマ、私、今更怒れてきたよ!』

『そうか。よかったな』

『イシダも上京すればよかったのにね。二人あっちで勝手にやって欲しいよ』

『奴はセンターでコケて志望校変えたクチだから本当は行きたかっただろうな。でもああいうヒト達はそういう障害ごっこも楽しいんじゃね』

 今は流れる呟きやら顔本やらで不必要なネタも野蛮に押し寄せる。遠く離れていても相手の状況も見えてしまうから余計に焼け木杭にも着火するだろう。でも第三者はウンザリだ。盛大に塩を撒きたい。

 乗客が増えてきた。次の駅で私達はローカル線に乗り換えだ。

『そういう訳だからもう気にスンナ』

 ナカジマのメッセージが終わった。




 帰りの快速の車窓から広がる夕暮れの田園はまた美しかった。田植えが一部で始まって可愛い苗が整然と並んで夜を待っていた。快速電車は混んでいる。

『もう乗ってる?』

 再びナカジマから端末に短文連絡が入る。チカチカチカ。

『まじでメーデーすることになったらしいぞ。地元駅で待ってるって、被害者何人かが』

『は?』

『あ、違う、メーデーじゃなくて花祭り。オレ、ミチカを連れて来るように言われた』

 北口のハナミズキが見頃だからだそうだ。

『まさかナカジマ、あの後メンバー集めたの?』

『違う、前から誘われてた』

『前から?』

 集まりがあったのか。

『でも始まりがどうにもヘボいからオレは参加したくなくて断ってたんだけど。今日はミチカも居るならいいかなと思って』

『私参加なの!?』

『晴れてメンバー入りだ。おめでとう』

 凄く嫌だ。ナカジマはもう改札口で待っていた。とても嫌だ。

「私、行きたくないよ!」

 今宵の話の種になるのも傷口を舐め合うのも悪口を言い合うのも嫌だ。

「ただ、他のみんなはもう情念が昇華されて普通の遊び仲間になってるぽいけど」

「でも私はまだそこまでクリアじゃないんだよ!」

「そうだろう、だからオレ達は最初から抜けよう」

 お騒がせする側に回るのも面白いとぞと誘われた。


 そうだ、ナカジマは足は速いのだった。どこまでが冗談か分からなかった。身勝手な提案は楽しかった。

 ココロの赴くままに動けた方がお得だと、イシダ達は教えてくれたのだった。




 おしまい

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