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権力も強さもなくていいので、普通の妻が欲しいです

作者: 春夏秋冬巡

 イデアール・シュタルク=トラオムは窮地に陥っていた。握った手の内はジットリと汗を掻き、眉は情けないほど下がりきり動揺を隠しきれていない。

 目の前には女性達が跪き、皆手には花束を握っていた。花言葉はどれも知っているものばかりで、意味を読み取って頬を引きつらせてしまう。

 君を愛す、ただ一つの恋、私は貴方の虜、変わらない愛情を貴方に……全て愛を告げる熱烈な告白ばかり。

 からかうものではない真髄な想いにほとほと困ってしまう。トラオムが普通の男だったのなら喜び彼女達の花を受け取るのだが、生憎普通の男ではないので受け取れないでいた。――なぜなら、トラオムは異世界転生した人間だったからだ。

 前世での名は大島多佳子といい、名前で分かる通り性別は女。既婚者で小学生の子どもが二人いて家族仲は良好だった。月に一度は遠出をして騒ぎ、写真を趣味にしている夫が家族や風景を撮る。出来上がった写真は家に帰り指差しながら批評し、子ども達が意外と辛口で夫を凹ませるのが常で私はにこやかに眺めながらせっせとアルバムにしまう。季節が巡るたびに増えていく写真に子どもの成長を感じられ、いつかはアルバムを見て振り返り老いていくとばかり思っていたのに日常は突然崩れるものである。

 いつものように多佳子が目覚めると全く知らない部屋にいた。昨日何があったのかと考えていると、知らない人間がドアから入って懐かしそうに自分のことを知らない名で呼ぶ。人違いですと答えるより前に、見知らぬ者がおかしな姿をしていることに気付いてしまう。

 目や鼻、口、手足があるのは良いとしよう。問題は人の姿をしているのに頭や尻から動物の耳と尻尾が生えていることだ。子どものときにゲームくらいはしたことがあったので、獣人という言葉が浮かんだのだが現実にそんな生き物は存在しない。良い歳した大人がコスプレかと思い込みたいのだが、耳も尻尾も機械のように単調ではなく体の一部として自然に動いている。

 目覚めたばかりの多佳子には刺激が強く、対応できるほど柔軟な思考を持っていなかった。好きな小説は恋愛もので舞台は昔でも現代でも構わない。ただし、ファンタジーは苦手で滅多に手出しはしなかった。想像力が乏しいというか疎いというか、多佳子にはファンタジーの何が良いのかさっぱり分からない。どんなに頑張っても魔法のイメージが上手くできず花火みたいなものかしらと首を傾げ、剣はせいぜい包丁か良くて剣道になり、槍はモップでモンスターは子どもの落書きレベル。頭の中でそんな風に変換されるので楽しむことはできなかった。

 少しでも免疫があったのなら受け入れることもできたかもしれないが、できないにしても相手に声をかけ状況の把握をすることくらいはしただろう。多佳子がとった行動はどちらも当てはまらず、パッタリとベッドに逆戻りすること。つまりは気絶したのだ。あげく知恵熱を出して三日三晩魘されてしまうはめになる。

 もう一度目が覚めると始めに見た女の獣人と、もう一人知らない男の獣人が枕もとでおいおい泣いていた。夢じゃないかと頬を抓ってみるが感じる痛みに現実なのかと思考がまたも遠くに行きかけたとき、女の獣人が知らぬ名を呼び多佳子を抱きしめる。家族や友人なら許容できるハグはおかしいことに嫌ではなく、温かい体温はどこか懐かしく強張る体から力が抜けていく。自分に危害を加える人物ではなく絶対なる安心をくれる存在だとすんなりと理解してしまったのだが、女性が誰でどうしてリアル獣人みたいなのかという疑問と自分の状況がどうなってるのか分からず拒否するように腕の中で暴れた。

 傷ついた表情をする女性に多佳子は深呼吸をしてから誰何すいかする。

 動揺する女性を男性が優しく抱きあやすように背中を叩くと、幾分か落ち着いたようで母親だと名乗ってくれる。ついで男性を見ると父親だと言い、多佳子の名はトラオムなのだと教えてくれた。首を振って違うと否定すると、父親は母親に医者を連れてくるように言いつけて戸惑い興奮する多佳子の頭を撫でて落ち着けようとする。

 ずっと眠りっぱなしでお腹が空いただろうと病院食を出してくれ、混乱ばかりが先立っていたが食べ物を見た瞬間くぅと可愛らしくお腹が鳴り恥ずかしさに頬を染めた。今は何も考えたくないし分からないことは恐いが、欲望を優先させ出された粥を食べることに専念する。父親だと名乗る男は何も言わず多佳子の行動を見守り、ときおり何か言おうと口を開きかけ断念していた。

 食べ終わる頃に母親だと名乗る女が医者を連れてきて、彼女は父母と名乗る人物達とは違う獣耳尻尾をしていることに気付く。むしろ、三人とも違っている。満腹になり少しは周りを見る余裕が出てきたのだろうか。三人を好奇心のままジックリと観察する。

 母親だと名乗る女性はピンと立った三角の耳にふさふさと大きな尻尾を持ち、イメージは勇ましい大型犬。父親だと名乗る男性は短く丸いぽってりとした尻尾でスリッパのような楕円形の耳、昔飼っていた兎のネザーランドドワーフを思い出させる。最後に医者の女性は垂れている三角の耳にほっそりとした尻尾で、裕福な家庭で飼われている上品な家猫みたいだ。

 二人の女性は背が高く肌の色は白いというより日に焼けて健康的で、体を鍛えているのか引き締まった体は強そうで恰好良い。服装もズボンで動きやすそうであり、学ランというよりも軍服に近い感じだろうか。腰には武器なのか、何か刃物を携帯している。髪は短くて清潔感はあるが少し寂しい。シュシュやリボンでも着けていれば少しは華やかに見えるのに、素材は良いのだがお洒落には無頓着そうで残念だ。イメージ的には中世辺りに生息してそうな騎士で、男装しているような倒錯的な雰囲気があり凛々しい。女子校にいたら絶対モテそうな容姿だ。

 逆に男性は背が低く色白で華奢で弱そうで、誰かが守ってあげなくては生きていけそうにないような儚い印象を持たせる。服装はゆったりとしたワンピースで、床まではいかないが踝までと裾は長い。髪も長く灰色っぽい髪を三つ編みにしている。女性達とは反対に華やかだが決して下品な派手さはない。指には綺麗な指輪をし、首からはネックレスを下げている。顎や鼻下に髭が生えてないせいか男臭さはなく、また女装には見えないのが何より凄い。顔立ちは柔和で優しそう。どこかおっとりしていて深窓の令嬢を思わせ、生まれてくる性別を完璧に間違えているだろとツッコミたい。

 三人を観察するのに夢中にはなっていたが、医者の質問はぼんやりとだが聞き真面目に答えた。内容は自分や両親、村、種族の名を分かるか分からないかの二択。全て首を振ると医者は見当違いの記憶喪失ですと二人に告げる。元々頭を強く打っていて高熱を出したらしいので、あっさりと信じて何も心配ないと多佳子に言ってきた。

 自分は大島多佳子という人間で夫はもちろん子どもがいると打ち明けようとするが、先に父親と名乗る男が記憶喪失の息子についてベラベラと語ってくれる。名前はトラオムで前につくイデアール・シュタルクは父母の名、意味的にはイデアールとシュタルクの息子のトラオムということらしい。多佳子の世界にある姓はないようだ。歳は3つと幼く性別は男の子で、種族は父と同じハーゼ。頭を触ると父親と名乗る男と同じように小ぶりの兎耳があり、尻には丸い兎尻尾がある。引っ張ると痛いので偽物ではなく生えているようだ。

 青ざめる多佳子を見て医者が父親と名乗る男を止め、ゆっくりと知っていけば良いと小さな手を握りしめて安心させようと笑顔を作ってくれる。グルグル整理のつかない思考で頷き、逃げるように目を閉じた。父親を名乗る男がポンポンと腹を優しく叩き、眠りへと誘う子守唄を歌ってくれたのですぐに睡魔が訪れて眠りにつく。

 翌日、一週間、一ヶ月、半年、一年が過ぎても多佳子は新しい生活に慣れることはできなかった。頑なに自室に篭りカーテンで窓を遮り、一日中ベッドで体を丸めて過ごす。自分は大島多佳子でトラオムではない。否定して酷いときには自傷行為に走る。両親を名乗る二人は必ず一人は多佳子の傍で見張り、根気良く救おうと必死で努力してくれた。暴れて泣いて嫌がり突き放す多佳子に、諦めず抱きしめ傷つくのも厭わず愛情を注いでくれ甘やかす。孤独を好んで他人を寄せ付けず、心を閉ざし死んでいくのが分かるのか涙を流して彼らは何も悪くないのに謝ってくる。

 どうして自分に構うのか分からない。面倒くさい自分などを捨ててくれればいいのにとさえ思い、殻に閉じこもっていたある日、部屋に無遠慮に入ってきた年下の少女が多佳子の頬を容赦なく引っ叩いた。こちらの世界へ来てから初めての他人からの痛みにぼんやり相手を見ると、顔を真っ赤にさせて泣きながら怒り多佳子の腕を引っ掴むと乱暴に外に連れ出れ出していく。

 靴を履かせてくれるわけでもない少女のせいで素足で大地を踏み、息を吸い込むと澄んだ空気が肺に入ってくる。見上げた空はどこまでも広く青一面で、輝く太陽を直視すると目が眩み目を閉じた。風が髪を撫でつけ舞い、虫の声に耳を傾け、鳥の羽ばたきに目を開く。懐かしいなと感じ、しばし外を楽しむ。

 異世界だ知らない世界だと背を向けていたが、空も太陽も風も虫も多佳子の世界と変わらない。

 涙が頬を伝い知らずに泣いていると、外に連れ出した少女は多佳子よりも大きな声で泣いた。子ども特有の甲高い声に何事かと家々から獣人が顔を出し、両親を名乗る者達も慌てて駆け寄ってくる。焦ったような表情で母親を名乗る女が多佳子を抱きしめ、父親を名乗る男が少女をあやす。

 涙が止まらない。体は小さく幼い少年の姿をしているが、中身の精神は30代の主婦だ。大の大人がみっともなく泣き止めと思うのだが、涙腺は壊れたかのように後から溢れて止まらない。せめてと今まで困らせてばかりでごめんなさいの気持ちを込め、母親を名乗る女の体へと腕を回す。良い子になるとは約束できないが、大島多佳子にばかり拘ることは止めてイデアール・シュタルク=トラオムを受け入れようと決心した。

 翌日から多佳子改めトラオムは勤勉になり、意欲的に世界のことを受け入れようと努力し始める。この世界はティーアという名で、いくつかの大陸や国があり、住んでいるのはシェーンヴァルト国のグリュー・ドライ村。ファンタジーっぽい世界観だが魔法はなく、純粋に身体能力が高いだけ。人間はいないようだが近い人種はいて、父母やトラオムを見れば分かる通り獣人だ。シェーンヴァルト国にいる獣人は陸上にいるような犬や猫系の者が多く、彼らを一般的にベスティエ人と呼ぶ。他国には海にいるような魚系の者や空を飛ぶ鳥系の者もいて、シェーンヴァルト国では少数なので見たことはない。

 男性よりも女性が多く、昔の王族や辺境の少数民族ではないのに一夫多妻制。法律により二人以上の妻を娶らなくてはならない。当然ながらトラオムの父イデアールにはシュタルク以外の妻がいる。頬を引っ叩き外に連れ出した少女が実は異母妹で、イデアールのもう一人の妻との間の娘だ。多佳子だったトラオムは一夫一妻の世界で過ごしていたのでそれこそが当たり前だと思い、一度あった夫の浮気を詰り家庭崩壊しかけたことがあったので不潔だ酷いと目くじらを立てしばらくイデアールと口を利かなかった。一夫多妻が常識なので不愉快だが認めなければならいのだが、どうしても心が受け入れられない。女心が残っているので無理だと頬を膨らませたが、当の本人シュタルクと少女の母は仲が良く幼馴染の関係らしい。楽しそうに狩りから帰ってくる姿を見て思わずため息を吐いてしまったくらい肩透かしをくらったような気分で、自分の考えこそが異端だと思わされ頭を抱えてしまう。

 常識が通じないのは婚姻だけではなく、男と女のあり方についてもそうだ。近年日本では男性だけでなく女性も社会に出て、結婚後も仕事を辞めずに続け出産後に復帰する時代になってきている。専業主婦の数も少なってきたようで、家事の傍らパートとして家計の足しに働いている女性のほうが多く多佳子もそうだった。なのに、シェーンヴァルト国では全く違う。女こそ外で働き狩りをして家族を養う一家の大黒柱で、男は家事に子育てをして家庭を守る専業主夫。恐ろしいことに花嫁修業ならぬ花婿修業があり、学校では料理に掃除、洗濯、裁縫、子育ての必修科目がある。

 これは男の数が少ないことが原因の一端で、もう一つの理由として単純に女が強いからだ。先ほど狩りと言ったが村の外には魔物と呼ばれる異形の怪物がいる。たまに村を襲ってくるがグリュー・ドライ村にはシュタルクを始め、強い女性が多いので大事になることはない。まあ、男だから戦えと言われても生き物を殺す度胸はないのでホッとしている。

 刃物なんて包丁しか握ったことないし、ちゃんと捌いたことがあるのは魚くらいだ。肉は血抜きして切り分けてなど、一般的な主婦はしないので経験がない。現在はシュタルクなどが狩ってきた魔物をイデアールに教えてもらいながら捌き、最初は吐いてなかなか上手くできなかったが慣れれば嬉々として解体できるようになってきた。きっと生きてたなら無理だったろうが、目の前に出されるのは死んだ状態なので動いて抵抗することもない。生々しく生を強調しないからできるのかもしれない。

 主婦という下地があるトラオムは優秀で、学校も王都にある国立の名門校に推薦で通うことができた。学校は5年制で10歳から義務教育のため皆男子は入学するが、普通は7、8歳から教会で学校へ入るための勉強を始める。成績が良いと神官が国に報告して名門校に推薦してもらえ、より強い権力のある女性に近づくことができるため親は必至だ。受験戦争も真っ青だが子どものほうは親とは違い、勉強よりも遊ぶほうが楽しいので真面目にやらず推薦者は少ない。

 トラオムが入学した学校は国一番のところで、全校の8割は王都に暮らす裕福な家庭の者が多く苦労した。やはりというか田舎者を見下し、金持ちなのを鼻にかけ馬鹿にする。トラオムが優秀だったため彼らの気に障り意地悪されるのは当たり前だったが、お上品なお坊ちゃんばかりなのでやり口は生温い。教科書を隠しても捨てるという発想はないのか教室のどこかに隠すだけ、呼び出して閉じ込めても鍵を閉めてないので容易に抜け出せ、女とは違い戦闘能力はないので暴力の類はなくせいぜい食事中に料理を掠め取るだけで、悪口にしたって辛辣な精神的苦痛のものはなく子どもが言うようなものだ。精神的な年齢差もあり彼らを弟のように対応していたら、目障りな奴から兄的なものに変わったのか苛めっぽいものはしだいになくなっていった。

 小さな村だったので男は片手で数えるほどいなかったが、学校ではたくさんの友人もでき感覚的には女友達のようなもの。恋バナをしたりウインドーショッピングして気に入ったのがあれば買わずに記憶して自分で作り、お金をなるべく節約して遊ぶようにするが闘技場だけは別だ。女達が刃を潰した武器で戦う一種のショーで、娯楽の少ない中唯一の楽しみで足繁く通った。親友が闘技場のファイターのファンで、一人で行くのは嫌だと頭を下げてくるので余計出費が多くなったのは親には内緒にしている。

 学年が上がるにつれ話題は結婚相手のことが多くなっていく。坊ちゃん方は許嫁がいるので分かるが、田舎仲間にもポツポツと現れて困ってしまう。まだまだ妻なんて早いし心の整理がつかないのに、15歳を迎えたら娶らなければならない。嫌だなと考えないようにしていたのが拙かったようで、最終学年に上がって半年、先生方からせっつかれてお見合いをさせられた。学校の成績が良いからか良家の子女ばかりで田舎者の自分から断るのは無理で、食事会を開かれ紹介されて二言三言話したらデートの約束をさせられる。必ず一度はデートするが一人の人と三回以上はしないようにして、恋人には発展しないように避けてきた。しつこい者にはやんわりと遠まわして諦めてくれと懇願し、何とかフリーのまま学園生活を乗り切る。

 そのツケがよりによって卒業式の日、恐ろしい形できてしまった。計ったようにお見合い相手が皆押しかけてトラオムに求婚するという暴挙に出たのだ。

 シェーンヴァルトでは女が男にプロポーズするのが当たり前であり、花束を持参して愛の言葉を述べて跪き選ばれるのを待つ。風習は知ってたし先輩達や友人がされているのを目撃したことはある。嬉しそうに頬を染めて大事そうに花束を受け取ってはにかみ、女の人に熱烈なキスをされていた。断った場面では辛そうに肩を落とす女性に同情したが、自分の番になると友人に怒ったことを謝りたい。

 何が女心を分かってないだなんて偉そうに説教し、彼女ほど君を支えてくれる者はいないだ。昔の自分を怒鳴って殴り飛ばしたい。女だったくせに跪く彼女達の気持ちに気付かず一途さを見抜けず、誰かしらの花束を受け取らねばならない状況にさせてしまうなんて一生の不覚だ。

 卒業後村に戻り年頃の子を娶ったらいっかなんて先延ばしにするんじゃなかった。求婚者達のプレッシャーが半端なく、殺気と呼べるくらいの覇気に男はもちろん狩りをする強いはずの女性達ははだしで逃げだして周囲には誰一人いない。怖い。気が遠くなっていきそうだ。

 このさい、誰でもいいから適当に選ぼうと手を伸ばして速攻で引っ込めた。威圧感が増して選ぶという選択肢も難しい。良家の子女なだけありどの女性も二つ名を持つくらい強く、自分に自信を持っているので他人を選ぶなんて論外みたいだ。

 ゴクリと生唾を飲み込み、途方に暮れていると校長がひょっこりと顔を出す。おそらく通報か他の教師や生徒達から頼まれたのかもしれない。涙目で縋ると優しい目でにっこりと笑う。まかせとけとばかりの態度に安堵すると、とんでもないことを言い出してきた。

「全員妻にしちゃいなよ」

 グッと親指を立てゴーサインを出すが、おい待て何を言ってやがると力いっぱい睨みつける。考えてもくれ。こんな大人数じゃ体が持たないのもあるが、彼女達の家が持つ権力怖いし強すぎて恐ろしいし、もうちょっと同じくらいの家柄で強くなくてもいいから普通の子がいいな。遠い目をするトラオムに跪いていた女性達が面を上げ、肉食獣みたいな目をギラギラと光らせる。

 思わず後ずさると彼女達は校長の案に賛成なのかジリジリと距離をつめて近づいてきた。一歩下がると二、三歩くらい距離を縮め、さらに後退すると壁に当たる。もう逃げられないのに彼女達の歩みは止まらず、軽くホラー映画な気分だ。被害妄想かもしれないが花束を差し出し受け取らないと襲われる気がする。ボコられるとかじゃなく、性的な意味で。男になって貞操の危機を覚えるなんて前の世界じゃ考えられなかった。

 纏まらない思考の中、いつの間にか手には捧げられた花束が握られている。しまった、やられたと撤回しようと口を開く前に柔らかい何かが唇に触れた。一秒二秒三秒と経ち、キスだと気付いたころには別の女性が口づけをし、入れ替わり立ち代わり順番にされていく。何やら分からぬ間に結婚することになってしまった。

「一生大事にお仕えします、旦那様」

 舌なめずりしながら微笑む妻達にトラオムは性的な意味で死ぬかもしれないという恐怖に耐えられず、少女マンガに出てきそうなお姫様のように可憐によろめき眠り姫のように意識を手放した。


ブログでもちょこっと言っていた短編仕上がりました。

今回の好き要素はファンタジー・魔法なし・転生・TS・獣人です。

設定が活かしきれてないようで残念。

短編よりも長編のが良かったかもです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 向こうに残された家族達になんの落ち度もないのに、あまりにあっさりと忘れちゃった風なのは何だか釈然としませんでした。
[良い点] すごく面白かったです! [一言] もし余裕があったらまたこんな感じの小説 読みたいな~(チラッ
[一言] あまりにツボだった……
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