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豊辰

作者: 羽生河四ノ
掲載日:2026/05/13

 仕事の話、という事である。ただ、これからここに書く事は仕事の話とは少し、あるいはまったく違うかも知れない。しかし、私にとっては『仕事』があったがゆえに、こうなったのである。だから私はここでそれを包み隠さず話しできればいいと思う。

 今年、2026年の初め、二月頃、自身の仕事の関係で豊洲、辰巳の辺りに通う事になった。豊洲駅、辰巳駅、それは東京メトロ有楽町線の駅名である。私にとって豊洲、辰巳というのは未知の地、未開の地であった。その方面に暮らしている人には申し訳ない事であるが、私は狭い世界の中に暮らしている。私の中にあるのは、

 私に関係のあるもの。

 私に関係のないもの。

 それだけである。豊洲、辰巳、それは私に関係のないもの。であった。

 しかし、少しの間とはいえ通うという事になれば、関係のあるものに変わる。豊洲に行くためには、辰巳に行くためにはどうしたらいいのか。私はネットを使って調べた。

「池袋か、あるいは有楽町で乗り換えかあ」

 今現在、私は埼玉県に暮らしている。埼玉県のどの辺かといえば、浦和の辺り。

 最寄駅にはバス、コクバ、国際興業バスで三十分くらいの距離に暮らしている。込み具合によって、ニ十分前後でつく事もあれば、四十分くらいかかる事もある。いつもお世話になってますコクバさん。ありがとうございます。おせあり。

 駅に到着したら大体三十分くらい電車に乗って……少なからずの待ち時間も含めてこの概算は出した。もちろん多少前後はする。バスだってそうだし、電車、JRだって日とか、時間とか、場合によって、遅れたり、遅れたと思ったら、偶然前の電車が来て、逆に早く移動出来たりというのがあるだろう。だからまあ、とりあえず三十分。

 三十分ほどJRに乗って、池袋につく。

 池袋で東京メトロ有楽町線に乗り換え、移動して豊洲駅、辰巳駅まで三十分。

 そして駅から職場まで歩いて三十分。

 おおよそ、それまでの人生経験であるとか、大体の雰囲気であるとか、そういう事を考慮して時間を導き出した所、家から職場まで二時間かかるという事であった。

「おお」

 二時間というのは通勤時間として適切なのかどうか私にはわからない。人によっては長いという人もいるかもしれない。もっと若い頃だったら私も長いと思ったと思う。

「乗り換えなんてしたくねえ」

 とかって。

 しかし、現在の私は、

「まあ、そうだよなあ」

 と、まあ長いなあとは感じはしたものの、しかしただ単純にそう思っただけではなく、

「三十分の行程が四つに分かれているから」

 という部分に着目して、それに何かしらの救いを求めた。

「三十分ごとに一つ消化していく感じだ」

 三十分ごとに進んでいく感じだ。そう思う事にしよう。私はこのようにその出来事を解釈した。

 今の私はもう、豊洲駅、辰巳駅には通っていない。でも、今考えても、それが私の精神を保たせた一因になったのではないか。とは思っている。

 そもそも、環境が変化することが苦手な、器用でも、社交的でも、陽キャでもない、人間。と言っていいのか? こんな奴が。果たして人間なのかな。本当に? そんなどうなのか、何なのかわからない生き物である。私は。

 それが知らない地、未知の場所、豊洲、辰巳に、いや、言ってしまえば、

「有楽町線? 東京メトロ?」

 レベルの私なのである。

 東京メトロ有楽町線も、それまでの私にとって、

 私に関係のないもの。

 であった。

 豊洲、辰巳に通うという今回の事が無かったら、もしかしたら一生、

 私に関係のないもの。

 であったかもしれない。

 その証拠に、

「えええ!? JRと東京メトロって合わせて一枚の定期で買えるの?」

 という事を私は今回はじめて知った。

「だって会社違うじゃん」

 JRと東京地下鉄株式会社じゃん。なので豊洲、辰巳に通うという事になって、私は、なんか、当然の様に、

「ああ、まず、最寄り駅でJRの定期買って、そんで次は、池袋に行って、池袋で東京メトロ有楽町線の定期買わなきゃなあ」

 面倒だなあ。

 と思っていた。

 一枚のSuicaで買えるのかな(モバイルではなく、実物Suicaユーザーの為)。

 もしかしたら二枚いるのかな?

 そうかも。

 そうかもしれないな。

 そうだろうなきっと。

 だってただでさえ、Suicaにはコクバの定期も入ってるしな。

 二枚いるんだったらあれだ、SuicaとPASMOにするか?

 どうしよう。Suicaを出すシーンでPASMO出して、ぴこーんってなって、ゲート閉められて、後ろの人から舌打ちされたりしたらどうしよう。怖い。怖いよ。お腹痛いよ。怖い。死にたくなるだろうなあ。そんな事になったら。

 PASMO出さないといけない所で、suicaだして、ぴこーんってなって、そんでゲート閉められて、知らない人しかいない東京メトロ有楽町線のユーザーに舌打ちされて。

 死にたくなるだろうなあ。

 そんな事になったら、人身事故起きちゃうかも。

 電車遅らせちゃうかも。

 そしたらまた舌打ちされるんだろうなあ。

 ニ、三時間とか四、五時間とか電車停まっちゃって。他にも影響出ちゃって。

 でも、偲んでもらえたりはしないよな。

 チッ、て舌打ちされて。

 色んな人が、電話とかLINEで遅れるとかって連絡を入れたり、Xで電車停まってるとかってポストしたりして。

 迷惑がられるんだろうなあ。

 怖いなあ。

 ああ怖い。

 怖い怖い。

 死にたい。

 もう死にたい。

 死のうかな。

 とかって、考えていた。

 環境が変化することが苦手な、器用でも、社交的でも、陽キャでもない、人間。と言っていいのかわからない私だから。こういう思考もする。危機、新しい環境に行く。それは私にとって危機と言ってもいい事である。だからこういう思考にもなる。陰に籠りがち。始まる前に悪い想像するタイプ。

 知らない事。未知。

 それに相対する私は不安になって、お腹痛くなったり、ちょっとしたことで泣きそうになる。昔読んだ小説の良いシーンを思い出しては、

「ふええ」

 ってなったり。ラピュタの最後とか、魔女宅のエンディングのユーミンとかを思い出して、泣きそうになる。そういうやつだから。

 そんなとき他人に、

「え? JRとメトロ合わせて買えばいいじゃん」

 って言われて、驚いた。凄く驚いた。驚天動地。

「合わせて買えるの!?」

 って愕然とした。

 こういう時、すぐに知ったかぶりしてしまうようなしょうもない私なのに、普段はそうなのに、

「え? 池袋のラーメン屋? 無敵屋とかでしょ。角の所のさ。夜並んでいるよね」

 とかって、言うようなしょうもない、仕方のない、仕様のない私なのに、この時ばかりは知ったかぶりもしなかった。自分で言うのもなんだけど、この時の私の事を、後々自分で偉いと思った。

「偉い」

 それを、JRとメトロの定期が合わせて買えることを知ったかぶりしないで、ちゃんとそうなんだ。すげー。マジすか。ってなったの偉い。って思った。

 それくらい本当に知らなかった。JRとメトロの定期が合わせて買えることを。

 ラーメンだって本当は、いいところのラーメンを食べたいみたいな欲もない。日高屋で十分すぎるほど十分。日高屋でおいしいって思う。野菜たっぷりタンメンで十分。餃子もつけたりして。生ビールも一杯だけ頼んじゃったりして。それで別にいい。期間限定でモツラーメンとか、チゲラーメンとか出たら、一回は食べる。そしてまた野菜たっぷりラーメンに戻る。そういうタイプ。それプラス、たまにラーメン花月嵐のバリ辛が食べれたらいい。たまに。嫌な事があった時とかに。辛壺とかもお願いしちゃったりして、バリ辛をもっと辛くして。のってる唐辛子だって噛んでちゃんと砕いて食べて。

「いひいい、辛え」

 ってなる位で。

 それ位で。

 お財布に余裕がある時は、バリ辛チャーシューにするくらいで。

 それ位で。

 JRとメトロで合わせて定期が買えると知った時、少し、私の中を満たしていた霧が晴れた。だってそれは、Suicaを出すべきところでPASMOを出すという失敗をしなくてもいいという事であったから。PASMOを出すべきところで、suicaを出す失敗が無いという事だから。

 ってことはつまり、改札で詰まらせて、流れを止めて、後ろの人から舌打ちされることもないし、おかしいなあって再チャレンジをしようとする愚を犯すこともないし、私が悪いんじゃない、この機械が悪いんだって顔をして、不機嫌な顔をして駅員さんがいるところに行くような、糞みたいなあの、あの糞みたいな、ああいう事になるという事もないわけだから。

 だから、少し霧が晴れた。

 しかし定期を買う際、駅の機械にSuicaを入れて、降車駅を入力する時は、指が震えた。

「出なかったどうしよう」

 って思った。

 でも出た。豊洲って出た。辰巳って出た。押したら、中継地点、乗り換え地点の選択になった。

 乗り換える所は池袋にした。

 池袋の方が、三十分、三十分で、行程を綺麗に四分割出来るなと思ったからだ。有楽町駅になると、JRの時間が伸びて、メトロの時間が減る。JRでいつも座って移動できる確信もなかったし。

 仕事が始まる前に事前に現地に一度行ってみるという事をした時、池袋で乗り換えて、豊洲、辰巳に行ってみたのだが、東京メトロ有楽町線は、池袋から乗れば飯田橋で必ず座れるチャンスがあった。飯田橋でほとんどの人が降りるのだ。池袋でも人は結構降りる。でも、日によっては座れない可能性がある。ほんのわずかだけど。でも、そうだった。肌感。私の肌感そうだった。それを飯田橋で挽回できればいい。飯田橋にはチャンスがあった。飯田橋人降りチャンスは、こんなぼんやりしている私みたいなやつでも掴める位チャンスの門戸が広かった。

 有楽町駅で有楽町線に乗るという人間は、ほとんどがもう豊洲、辰巳に行きたい人である。そちらに家が、職場が、用事がある人達である。座れない可能性がある。乗換駅は池袋にした。

 豊洲に行ってみるとテンションが上がることがあった。職場と反対方向に歩いて行くとダイエーがあるのだ。

 私はそのダイエーにまた少し心の拠り所を求めた。ダイエーは私の家の近くにもあったからだ。

「こうやって知らない場所に来ては見たものの、ダイエーはあるんだなあ。うちの近くにもダイエーあるなあ。同じダイエーだなあ」

 って。

 ダイエーがまた、私の心を少し軽くした。それに加えて、豊洲にはゆりかもめの駅があった。

「安積班のやつだ!?」

 今野敏さんの小説の中に、安積班シリーズというのがある。警察組織の小説だ。私はそれを読んでいる。今はそういうシーンは減ったが、まあ多分、速水さんが送ってくれたりするシーンが増えたからだと個人的には思うんだけど。署の拡張とかも関係しているんだとは思うんだけど。

 でも、以前は捜査の為にゆりかもめを使うシーンがあった。ベイエリア分署とかって呼ばれていた時代。警察は警察車両で移動しているようなイメージがあるが、実際はゆりかもめとかで聞き込みに向かったりしている。そういうシーンがあった。だからゆりかもめの駅を見た時は、テンションが上がった。

「この辺は安積班の管轄なんだああ」

 それがまた少し私の心の中の霧を晴らした。

 辰巳には辰巳埠頭がある。辰巳埠頭があると思われる地点は造船所みたいな所のエリアで、入れないし、見れないし、看板だけなんだけど、でも、それもまた私のテンションを少し上げた。

「埠頭って素敵なー」

 埠頭のどこが素敵なのか、知らない。分からない。でも、埠頭って聞くと、テンションが上がる。気がする。台風が来た時の小学生みたいに。

「埠頭あるんだー」

 ってそんな風に思える。

 そうして私は少しの間、土日を除いた週五日。週五日。豊洲、辰巳に通った。交通機関での移動中はスマホのKindleで読書をした。

 家から最寄り駅までのバスで座れなくても、最寄駅から池袋までのJRで座れなくても、池袋で有楽町線に乗り換えて、豊洲、辰巳に行くまでの有楽町線で座れた。時にはそこでうたた寝もした。

 有楽町駅で乗り換える選択をしていたら、もしかしたら、私の心は持たなかったかもしれないし、あるいはもっと何かいい事があったかもしれない。が、それは選択しなかった側の未来の事である為、今の私にはわかり得ない。

 豊洲と辰巳の間くらいの所に職場はあった。

 そしてその職場の近くには教会があった。屋根の上に十字架が立っていて、夜でも、十字架はライトアップされていて見る事が出来た。

 豊洲駅で降り時も、辰巳駅で降りる時も、職場に行く時は必ずその教会を見に行った。

 教会の前で私は祈った。

 一日一日、行きと帰りと手を合わせ、頭を傾いで祈った。

「どうか、本日も無事でありますように」

「本日も無事でした、明日もまたよろしくお願いいたします」

 そう祈った。

 それが功を奏したのか、あるいはまったくの偶然か私自身にはわからないが、やがて豊洲、辰巳の日々は終わった。そして私は今も生きている。無事かどうかは見る人によっても意見が分かれるかもしれないが、とりあえず五体は満足である。頭と四肢が体についている。ついたままである。取れたりとかしてない。

 それから、全く偶然だとは思うのだけど、豊洲辰巳の最後の日、その日も当然帰りに教会に、十字架に祈った。

「本日で豊洲辰巳は終わりました。ありがとうございました。またどこかで機会があればよろしくお願いいたします」

 最後に頭を下げて、私は最寄り駅まで戻った。家の近くのスーパーで買い物をして帰り、外国人の二人組に話しかけられた。突然の事で驚いたのだけど、その二人は、神様はいると思いますかという質問をしてきた。

 その二人は教会の方々であった。

 そのまま少しの間話をされて、最後に一緒に教会に行くように誘われたが、それはお断りさせていただいた。その後、名刺をもらって別れたが、私は家につくまでドキドキしていた。内心ドキドキしていた。

「信徒でもないのに、あんなに祈ったからだろうか?」

 信徒でもないくせに、あんなにも、

「無事でありますように。無事でありますように」

 って祈ったんだから、豊洲辰巳で。彼の地で。彼の地にあった教会に。偶然見つけた教会の十字架に。

毎日の様に、平日毎日。行きと帰りと。必ず。祈ったんだから。

 「それはまあ」

 そら、使いの方も寄こすだろうか。それはまあ。あんなに祈ったんだし。まあ、あり得るのではないか。それは。

 「行けばよかったかな」

 もしかしたら。

 あんなに祈ったんだから。

 その思いは今も消えない。

 しかし、私には仏教の、自分の家の、お世話になってる宗派があるものだから、だから、それはちょっと。

 でも、祈りが私の心を助けてくれたのは言うまでもない事である。それは事実。日々の辛さ、大変さを私は神様に預かってもらっていた。毎日愚痴を聞いてもらって、それだけでも心が軽くなる人はなる。そういうの。私はそれをやっていたのだと思う。そうだろう。それは間違いない。それが、あれが無かったらもっと、自分の中に、自分を責める奴が存在していただろうし、それで心が折れてしまったりとかもあっただろうし、豊洲辰巳に通う事だって早々に嫌になっていたかもしれない。そう思う。祈りのおかげで、助かったのだと。そう思っている。

 教会は今も、豊洲辰巳に通わなくなった今も、見かけると目礼をしたり、周りに人が居ない場合は、手を合わせたり軽く頭を下げたりしている。しかし今自分がやっているのは祈りではない。神様にお願いごとをしたいとかの類ではない。ただ、お世話になった相手への感謝、敬意を示す為で、それ以上でも以下でもないと思う。

 あの時現れた教会の使いの方々からもらった名刺は今も持っている。そんな事は無いようにはしたいと思うけど、いつか何かの時に頼る時があるかもしれない。

 豊洲辰巳に通ってみて、今後悔している事があるとすれば、彼の地で一度も外食をしなかったことだ。新豊洲には行かなかったし、旧築地にも行かなかった。月島で降りてもんじゃも食べなかった。せっかくだから一回くらい行けばよかったかもしれない。ラーメン屋さんとかあったんだよなあ。つじ田っていうラーメン屋さんとか。大仰そうなラーメン屋さん。すごい店内が見える感じの。

 とはいえまあ、今はもうすべてが夢だったのではないかとさえ思っている。

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― 新着の感想 ―
これは実話なのでしょうか⁉ 大変に素敵に物語になっていますのね。文章がとても丁寧で、エッセイとフィクションが融合されているところが魅力ですのね。 仕事で豊洲まで……凄いですね、遠いので。池袋、飯田。…
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