第1話 ある寒い日の出来事
僕はできる限り頑張って走っていた。もうすでに、かなり待たせてしまっている。黒い無地のマフラーを揺らしながら、上着がないと流石に寒いと思った。
息を切らしながらファミリーレストランの中に入ると、ガタガタ震えていた体が収まっていく。
ぐるりと店内を見回すと、見知った顔が奥のテーブル席に一人座っていた。スマホを片手に暇そうにしている女子に向かって歩く。ネコ型配膳ロボットでは無く、白のカッターシャツに腰に巻くタイプの黒いエプロンを着けた店員が、女子高生の前にある膳を下げていた。
店員を見送った後、僕は女子高生__もとい、絹本 紗枝の元に着いて早々に頭を下げる。
「遅れた! 待たせてごめん絹本!」
「え、何、びっくりした。ガチ声でか」
「……えっと、ごめん。」
「いーよ、全然。てか、ほんとに頭下げて謝る人初めて見たんだけど」
きゃらきゃらと笑っている調子の絹本に、本当に許されたのかわからず、曖昧な表情で返すしかなかった。
なぜなら、僕のクラスメイトである絹本は、いわゆる「ギャル」だからだ。
目の上で切りそろえられ、フォークのように見えるよく梳かれた前髪。顔の横には後ろに流れた”触角”がある。胸ほどに伸びた髪は下いくにつれて緩くウェーブし、全体的にツヤツヤと光を反射して、天使の輪っかが乗ってるみたいだった。
悪魔が天使の顔をするように、ギャルは「言った言葉」と「そのとき思っている言葉」が違うことがある。例えば、ギャルが「かわいい〜」というとき、ギャルは可愛いと思っていないことがある。
そもそも、クラスで特段派手ではない僕と絹本がどうしてつるむようになったんだろうか。
そんなことを考え、マフラーを外しながらもたついていた僕に代わり、「上着忘れたの?外絶対寒かったじゃん」と言いながら、絹本は注文用のタブレットからドリンクバーを注文してくれた。
……よく見てるなと思った。これはギャルとかなんとかは関係なく絹本の人となりによる気遣いだ。そんな絹本を悪魔と表した自分を恥ずかしく思いながら、「ありがとう」と礼を言う。
続いて、そういえばさっき店員さんが下げていた膳、ミニねぎまぐろ丼だよなぁと思い出し、ずっと待たせてしまったことに対して改めて申し訳なくなった。
飲み物を取りに行く前にもう一度言っておく。
「一時間も待たせちゃって、本当ごめん」
「だからいいってー。やまびこは悪くないでしょ。強いていうならマキタが悪い」
やまびこ、というのは僕のあだ名だ。僕の名前の、山津 彦の最初と最後の漢字から取っている。確かにそう読めるが、言われたのは人生で初めてだった。男に似合わない可愛らしいあだ名だと思う。
因みにマキタとは学年主任兼生徒指導部の蒔田先生である。
僕は生徒指導室に呼び出しを受け、一時間も遅れてしまった。しかし、今回の事については僕も巻き込まれただけだが、別に学校も関係ないので「マキタ」は全く悪くない。
遅刻した件に関してはこれで終わりだが、ケジメとしてここのお代は僕が出そうか……。
「てか、めずらし。やまびこが呼び出しなんて」
「僕も身に覚えがなくて、びっくりした」
そうして、いつもの学校についての話をとりとめもなく話すことに戻っていくのがいつものことだ。僕達の共通の話題は学校関連しかない。
しかし、今日は絹本も珍しく深堀りしてきた。
「で、なんで呼び出されたの」
まあ聞くよな、という質問である。しかし、僕には言いづらい理由がある。
「大したことじゃないんだ」
「”万引きの疑い”って友達から聞いたんだけど」
すでに噂が広がっているのか。僕は面食らってしまった。
「あ、マジなの? 全然フツーに違う人の話しかと思ってた」
そこで、「しまった」と顔に出た。意図的なのかそうじゃないのか判別はつかないが、カマをかけられた。
いやに鋭いな。
「……あの、隠したのは本当に万引きをしたってわけじゃなくって」
「わかってるー。やまびこはそういうことしないでしょ」
なぜか知らないところで信頼を置かれていることに、ちょっと嬉しく思ってしまった。また、そういうことができる勇気がなく、弱さがあるとわかっているのか。
僕はもう煙に巻くことはできないなと、話を続ける。
「僕の最寄り駅にある個人経営の古本屋……あの雰囲気は古書堂のほうが近いかな。そこで本の万引きがあったらしい。その本っていうのが、もう出版していない、なにやら貴重で高価な本らしくて」
「高校生でその本の価値わかるやついんの?」
「それはそうなんだけど、店主は『盗んだ奴は制服を着ていて、校章がここの生徒のものだった』って言ってる。呼び出されたのは僕以外に同じ最寄りを使ってる、同じ中学の後輩の二人」
僕の住んでいるところはかなり地方かつ、うちの高校は進学校だから、僕と後輩しかあの駅は使っていない。なんなら、二人もいることのほうが驚きだ。
「……それっていつの話?」
「今朝」
「待って、早くない?」
「店主がおじいさんなんだよ。かなり不定期で早朝に開いたりもする」
「防犯カメラとかって」
「もちろんない」
早朝から、地方にある古書堂に行くやつはそうそういないだろう。なら、最寄り駅というだけで学校が疑うのも無理はない。
そして、ここからがかなりややこしい状況になった理由で、
「容疑者は僕とその後輩の二人なんだけど、二人とも『どちらかが犯人じゃないとはっきりするアリバイ』も、『どちらかが犯人だと断定する証拠』も無いんだ」
「……あーね。そんで一時間説教されてたってことでしょ」
「説教というか……先生も躍起になっているというか。店主は『自白、弁償したらこの件は不問にする』って。被害届とか、大事にされると学校的にも不味いんだろうね」
「……なんだかとってもやなかんじ」
「そういえば絹本が万引きの話知っているのか。噂もう広まっちゃってるんだ」
「いや、多分まだ。わたしも友達に『生徒指導室からマキタの怒鳴り声が聞こえる』『万引きって言ってた』っていわれただけ。でも、時間の問題かもね」
絹本はひらひらとメッセージアプリを開いたスマホの画面を見せてくる。
そう、割とどうしようもない状況になったのだ。言いたくなかった。
僕はやっていない。だが、僕から見て後輩はどうだろうか。後輩から見た僕はどうだろうか。さらには、全く知らない人が犯人かもしれないし。店主がボケているのかもしれない。
今日は一時間拘束されたが、かなり最悪の空気だった。これが一週間は続くのだろうか。このまま、この空気に耐えきれずどちらかが自白するのか。さらに、それがありもしないことだったら最悪だ。
では、沈黙を貫き通したら、最終的に被害届が出されることになるのか。そうなると、駅構内等防犯カメラを見るだろうか。犯人はそれで確定するだろうか。僕が犯人じゃないとはいえ、警察沙汰になるというのは初めてのことだ。僕は今まで、警察にお世話になっていないのだ。
僕は少し焦っていた。心臓が今になってドキドキしている。
「ねえ」
絹本に突然話しかけられたように感じて、肩が跳ねる。
いつもの絹本なら「話しただけで驚きすぎでしょ」と笑っていただろうが、今日はいつになく真剣な顔をしていた。
「もういちど、わたしと一緒にアリバイがないか考えよ」
絹本はたまに「わたし、ギャルじゃないでしょ」などということがある。僕や周りに「お前はギャルだ」と言われるでもなく、まるで独り言のように、だ。
「でももう思いつくかぎりのことは考えた」
「だから、もう一回考えてみんの。気づいてないことに気づけるかも」
話し方や見た目だけで言うなら絹本は完全完璧の令和ギャルだ。「ギャルか、ギャルじゃないか」と聞かれたら十人中十人が答えるだろう。
「別に名探偵みたいに、犯人をなんて思ってないし。あくまでやまびこのアリバイ探し。裁判でも、弁護士は犯人を見つけるんじゃなくて、容疑者が犯人ではないって証明できればいい」
絹本は一拍おいて続けて言う。
「考えてみよ。もっかいさ」
今のように「ギャルらしからぬ」表情を見せることがある。そのときに僕は絹本の主張に納得してしまうのだ。
勘のいい絹本なら、気づけることに気づくだろうか。わかってくれるだろうか。
__どうして、彼女はこんな僕に尽くしてくれるんだろうか。
僕は、絹本の目をしっかりと見つめながらこう言った。
「一緒に僕のアリバイを考えてくれませんか」
絹本に頭を下げるのは今日で二度目だ。
絹本は唇を上げ、しっかりと、そして深く頷いたあとにこう言った。
「ま、でも。その話の前に飲み物とってきたら?」
「あっ」
そういえば、完全に忘れていた。
いそいそと立ち上がる僕を尻目に、また絹本はきゃらきゃらと笑っていた。
アリバイ探しは僕がメロンソーダを取ってきてからになった。
4/15
追訂正:第2話ですが私の新生活による多忙のため、4、5月中に更新予定になります……。この度は誠に申し訳ございません。整理していたプロットや結末等は完成しているため、途中で投げ出すようなことはしません。しかし、文章にして書くという時間がなかなか取れず、このようなことになってしまいました。何人かの方々を二度も裏切るようなことをしてしまいすみませんでした。
展開をお伝えしておくと、第2話は情報出しパートとなります。ここでほとんどの情報が出るので気づけることに気づくことができる筈です。第3話では推理の披露。第4話は事件の決着と「なぜ起きたか」の解決です。第1話にも第3、4話に繋がる情報を散りばめてあります。
非常にゆっくりとした更新となりますが、気が向いたら第2話をお待ちいただけるとありがたいです。
第1話をご覧いただきありがとうございました。
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後日、話し方や地の文の追加修正が入りますが、必要な情報の追加はありません。(わかりやすくなる、強調、婉曲した表現になる等はあるかもしれません)




