またあしたね
その日までは、ただの“いつも通り”だった。
あの日、僕らは本当に何も変わらない夜を過ごしていた。
アイは笑っていて、僕も笑っていて、ゲームの世界はいつもと同じ色をしていた。
「まーる、今日さ……ちょっと語りたい気分なんだよね」
その一言だけが、いつもと違っていた。
アイの声は、どこか静かで、少しだけ遠く感じた。
そこから始まった長い長い会話。
二人で遊んだゲームの思い出。
初めて出会った日のこと。
くだらない失敗談で笑い合い、
お互いの好きなプレイスタイルや、嫌いな敵の話で盛り上がった。
ゲーム内でしか共有していない秘密の狩場のこと。
共通のフレンドの裏話や、二人だけが知っている小さな出来事。
「このボス、二人で初めて倒したよね」
「まーるが寝落ちして、私ひとりで雑魚に囲まれた日あったよね」
そんな話をしては、また笑った。
そして、自然とお互いの性格の話にも踏み込んでいった。
「まーるってさ、ほんと変なとこ優しいよね」
「アイのほうが優しいだろ」
「えー? 私、怖いよ? PKされたら倍返しするし」
「それは知ってる」
そんな他愛ないやり取りが、妙に胸に残った。
けれど、その夜のアイは、時々ふっと黙り込んだ。
言葉を選ぶように、何かを飲み込むように。
何か言いたそうで、でも言わない。
そんな間がいくつもあった。
「ねぇ、まーる」
「ん?」
「……ううん、なんでもない。忘れて」
その“なんでもない”が、今でも耳に残っている。
普段ならすぐに言い直すアイが、その日は最後まで言わなかった。
やがて、アイが小さく息をついた。
「今日はさ、いっぱい話せてよかった」
「どうしたんだよ、急に」
「んー……なんか、言いたくなっただけ」
その声は、どこか寂しそうで、どこか満たされていた。
まるで、何かを手放す前のような、そんな響きだった。
僕は気づかなかった。
気づけなかった。
永遠に続くと思っていた。
終わりなんて来ないと思っていた。
でも、会話の最後はいつも通りだった。
「またあしたね、まーる」
その言葉が――
僕が聞いた、アイの最後の声になった。




