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インソムニア奇想譚  作者: ままはる
福引で当てた温泉旅行で遭難したら勇者に出会った話
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16.温泉饅頭

「温泉饅頭をひと……ふたつ」


 売店にて、ノアは温泉饅頭を購入した。湯気が立ち上る蒸篭から取り出された、熱々の饅頭。紙袋越しに伝わる熱を指先で確かめながら、売店横の長椅子に腰を下ろす。


「夕食前にふたつも食べるの?」


 後をついてきたエヴァンが隣に座った。ノアは無言で饅頭をひとつ取り出し、かぶりつく。


 ふかふかの柔らかい生地に包まれた、熱を帯びた甘いこし餡。それらが口の中で溶け合い、ノアの胸の内に居座る不快な靄を少しだけ霧散させた。


「ひとつは、レティシアにやろうかと……」


「え!?」


 意外な返答に、エヴァンは素っ頓狂な声を上げた。


「どうしたの、ノア? 君がおやつを誰かにあげるなんて、熱でもあるんじゃないの? それともこの異常気象の影響?」


「失礼な奴だな」


 本気で心配するエヴァンを、半眼で睨みつける。


「……あの勇者が、俺がレティシアを泣かせたと言っていた」


「ああ、言ってたね。無意識に何か無神経なこと言ったんじゃない?」


 ノアは饅頭をゆっくりと咀嚼しながら、記憶を辿った。あの部屋の中での会話を思い出そうとするが、細かいことまでは覚えていない。


「……わからん」


 結局、心当たりが全くない。ノアにとって膝枕を断ったことはポジティブなことであって、まさかレティシアが拒絶されたとネガティブに捉えているとは夢にも思っていないのだ。


「本当に俺が泣かせたのか? 俺に自覚がないのに、まるで謝罪するかのように饅頭を渡すのは違う……か? しかし甘いものを食べると元気が出るし、渡した方がいいのだろうか……?」


 ぶつぶつと呟きながら腕を組むノア。次第に頭から黒い瘴気がブスブスと吹き出し始めた。


「ノア、ストップ。考え事をするなら、一度ちゃんと寝た方がいい」


 エヴァンに肩を叩かれ、ノアは思考を中断させた。


「……でも、そんな風に誰かを知ろうとするノア、初めて見るよ」


 エヴァンは小さく笑う。


 この幼馴染は昔から、自分の興味のあること以外には徹底して無関心だった。今まで一度も浮いた話は聞いたことが無かったし、読んでいる本は昆虫図鑑か、よくわからないマニアックなものばかり。きっと恋愛の『れ』の字も知らないはずだ――そう思ってエヴァンは、助け舟を出してやることにした。


「ティア様はさ、ノアのことが好きなんだよ」


「知っている」


 あっさりと頷くノア。エヴァンは一度大きく瞬きをしてから、深いため息をついた。


「あのね、『好き』っていうのはノアが温泉饅頭やクワガタを好きっていうそれとは違うよ?」


「……お前は俺を、子供か何かだと思っているのか?」


 残りの饅頭を口に放り込み、飲み下す。


「生物学的な生殖本能に基づいた、男女としての好意を向けられているのは分かっている。……あいつは、わかりやすいからな」


「……」


 エヴァンは無言で天井を仰いだ。そのまま数秒間、思考を整理する。


「……じゃあ、何がわかんないの?」


「俺は結婚などしたくない。しないとハッキリ言った」


「言ったね」


 レティシアの父親、姉妹たちの前でそう断言していた。


「それはレティシアも承知した上で、ここに来たはずだ。それでもあいつは、俺に毎日膝を貸してくれると言った。だから俺は借りた。……それの何が良くないのか、俺にはわからない」


 不貞腐れたような顔でノアは呟く。


「あー……なるほど。そういうことか」


 エヴァンはノアの陥っている状況を、ようやく把握した。この男は他人の気持ちに疎いが、全く理解できていないわけではない。


「ノア……君に足りないのは、圧倒的に『言葉』だよ」


「言葉?」


「今のノアの話を聞いただけだと、ティア様はノアにとって『都合の良い女』だって言っているように聞こえるよ」


「それは……」


 ノアは眉間に皺を寄せる。


「……言葉が良くないし、何か違う」


「だろ? ちなみに君が例えた『枕』も、僕やルルには同じ意味に聞こえる。ノアが思っていることが、僕にすらちゃんと伝わっていないんだよ」


 手の中の紙袋へ視線を落とし、ノアは沈黙した。


「君は言葉を飾らない。だから時々、意図せず人を傷付けてしまうけど……そうだなぁ、言葉に感情を乗せるといいかも。ノアがどう思って、どうしたいのかを伝えるんだよ」


 ノアは頭を乱暴に掻き回し、立ち上がった。


「俺には難しい……が、善処はしよう」


 そう言ってノアは、売店を後にした。

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