32.プリン
その時――
廊下をバタバタと駆ける慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ミエール! ティア! ルチアァァァ!」
野太い声に次いで、乱暴に開け放たれるドア。
「デジャヴだわ……」
つい先日も同じように登場した国王に既視感を覚えつつ、ルルとエヴァンはそっと一歩下がる。
「お父様」
「おお、ミエール! 話は全て聞いたぞ!」
王は勢いのまま叫ぶ。
「魔王を操りティアを誘拐したのは、スピナ国のフェリクス王子だったとか!? 更に倒したはずの魔王の残留思念が舞い戻り、魔王の手先と共に大暴れしたが勇者一行のお陰で事なきを得たとな!」
「わぁ……脚色がすごい……」
さすがに王にはツッコめず、ルルは遠い目でぼやく程度におさめた。
「ノアのこと説明する手間が省けていいんじゃない?」
「……それもそうね」
勇者一行の中に本物の魔王の息子がいるなど、相手がこの王では説明が面倒臭過ぎる。
「勇者たちよ! レティシアを連れ戻してくれただけでなく、真犯人をも暴き出してくれたとは……最早感謝の言葉もない!」
「いえ、真犯人を暴いたのは王女様たち――」
「おやおや! こちらの勇者殿はお疲れのようだな!」
ルルの言葉を聞き流し、王はレティシアの膝枕で眠るノアに視線を移した。
そのよく通る大きな声は、容赦なくノアを眠りの底から引きずり上げる。
「……ん……うるさ……」
「ノア様。ご気分はいかがですか?」
薄く瞼を開いたノアの目に、レティシアの顔が映る。
ぼんやりとした頭でその顔を見つめ――そして、何かを思い出したように目を見開いた。
「プリン」
立ち上がったノアはルルを見つけると、満面の笑顔を浮かべる。
「さぁ、プリンを食べに行こう!」
「確かに言ったような気もするけど……」
今この状況で、すぐに行けるわけがない。
ルルは額を押さえた。
「ノア殿はプリンをご所望か。すぐに城のシェフに作らせよう」
「あっ、じゃあ固めのやつでお願いします。なめらかプリンとか、焼きプリンとかじゃなくて、すごくシンプルなやつです」
ルルの注文に、王は心得たと大きく頷いて近くの侍従を厨房へと走らせた。
――プリンの到着を待つ間。
エヴァンがふと思い出して尋ねる。
「ノア。どうして眠ることができたのか、聞いてもいいかな?」
「?」
ノアは自分が眠りにつく前の出来事を思い出そうとする。癇癪中の記憶は、いつもほとんど残らない。
しかし――こちらを見て微笑んでいるレティシアを見て、ふとあの時の景色を思い出した。
「レティシアがいた」
「うん。でも、チャッピーじゃなかったよね」
「うーん……?」
そう言われても、自分でもよくわからない。ノアは頭を掻きながら、じっとレティシアを見つめ――そして両手をポンっと合わせた。
「既に2度寝た女だからかもしれない」
「語弊が!! 言葉に語弊があります!」
すかさずルルが叫び、王や姉妹たちに向かって両手を振る。
「2度……寝た……?」
「違うんです! 決してそういう意味ではなくてですね! ただの添い寝と言うか……いや、添い寝も普通にマズイとは思うのですが……」
両手を戦慄かせる王にルルは必死にフォローをするが、その声は届かない。
「……そうか。あい分かった」
決意を込めた眼差しで、王は深く頷く。
「レティシアとノア殿の結婚を認めよう!」
「だから違うって言ってるのに……!」
しかしこれ以上は何を言っても無駄だと悟ったルルは、頭を抱えてなりゆきに任せることにした。ちなみに隣のエヴァンは、盛大に肩を揺らして笑いを堪えている。
「お父様! そうやって簡単に娘の結婚を決めるのはおやめください!」
「良いではないか。ティアもまんざらではなかろう?」
非難の声を上げるリュミエールだが、王は飄々とした顔でレティシアを見遣る。
レティシアは頬をピンクに染め、何やらもじもじとしている。
だが。
「断る」
ノアはにべもなく言い捨てた。
「はぁ!? こんなにも美しいティアお姉様との結婚が、嫌だとおっしゃるの!?」
「美人だろうと、そうでなかろうと関係ない。結婚は人生の墓場だと、生きている方の祖父が常々ぼやいている。俺はそんなのは真平御免だ」
レティシアが嫁に行くのは嫌だが、フラれるのはもっと許せないルチアが声を荒げたが、ノアの主張は当初から一貫している。
折角の提案をかなぐり捨てられた王は、新種の生き物でも見るかのように目を細めた。
「お主、変わった男だな。実に面白い」
「俺はここ数日、何も面白くないがな」
腕を組み、鼻を鳴らすノア。
そんな無礼な態度すらも愉快だと、王は上機嫌にノアに尋ねる。
「では、望みは何だ? 何でも欲しいものを言ってみなさい」
「欲しいもの……?」
今すぐに欲しいものと言えばプリンだが、それは間もなく叶うだろう。
ノアは取り敢えず、部屋の中を見渡してみる。その目が、ある一点を捉えた。
「あ、そうだ――」
ノアが望みを王に伝えた時、ようやく厨房からプリンが到着した。
「これは……」
テーブルに用意された物を見て、ルルもエヴァンも苦笑いを浮かべる。
大きな銀の皿には山盛りの瑞々しいフルーツ。そしてその中央に、堂々とプリンが鎮座していた。
しかし。
「こちらはアリフト産の最高級黒胡麻を使用した、黒胡麻プリンのア・ラ・モードでございます」
後にエヴァンは、この時のノアの悲嘆に暮れた顔は、今年1番の傑作だったと語った。




