27.証拠は?
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馬車の窓から、レティシアは天に向かって伸びる黒い瘴気を見た。
(あれは……ノア様……?)
リュミエールから真犯人を見つけるように言い渡されたルチアが心配で、レティシアもまた自然公園の近くまでやって来ていた。
城から出ることを王からは反対されたが、変身魔法で姿を変えることと、馬車からは出ないことを条件にしてなんとか外出の許可を得たのである。
「あの……何か起きたのですか? 何だか騒がしくなってきたのですが……」
馬車の周りの衛兵たちが騒つき始め、レティシアは外に声を掛けた。
「何やら勇者一行が公園内にいるらしいのですが、不審な爆発が起きたとか……危険ですので、このまま城に戻ります」
衛兵が言い終わるや否や、レティシアは馬車のドアを開けて外へ飛び出していた。
「レティシア様!?」
衛兵の声を振り切り、走るレティシア。短い腕を精一杯振り上げて、太い脚で地面を強く蹴る。
(ノア様……っ!)
前方に、こちらに向かって逃げてくるルチアとフェリクスの姿が見えた。
「レ、レティシア王女……」
フェリクスは取り繕った笑顔を浮かべる。
「お姉様、不審者が出たそうですわ! すぐに避難してくださいませ!」
「いいえ、私はノア様の所へ行かなければなりません!」
レティシアの腕を掴んだルチアの手を、そっと外す。
「約束したんです」
「約束……?」
レティシアはノアの瘴気を見上げ、微笑んだ。
そして衛兵たちの制止を振り払い、また走り出した。
「ティアお姉様!」
「ルチア様。レティシア様のことは衛兵に任せましょう。それよりも今は――」
再びルチアの手を握ろうとしたフェリクスの手を、ルチアは払い除ける。
「ルチア様?」
「フェリクス様。どうして今のが、ティアお姉様だとお分かりになりましたの?」
「え?」
フェリクスは瞬き、一呼吸おいてから自分の失言に気が付いた。
「ル、ルチア様が『お姉様』とお呼びになったので……」
「いいえ。私が呼ぶ前に、お姉様の名前を呼んでいましたわ」
「以前……そう! 以前、お見かけしたことがあって!」
「どこでですの? ティアお姉様も私も、滅多に城の外には出ませんのに」
フェリクスの全身から汗が噴き出す。
「フェリクス様は、ティアお姉様とお会いしたことが無いはず。だからこそ、正式な婚約の前に一度、顔合わせをするはずだった。それなのにどうして、ティアお姉様をご存知なのですか?」
「それは……ええと……」
言い淀むフェリクスに、ルチアは確信する。
真犯人はコイツだ。そして動機は――
「フェリクス様……実は申し上げていないことがひとつ、ございました」
「な、何でしょう……?」
ルチアはそっとフェリクスの手を握り、潤んだ瞳で彼を見上げる。
「私のこと、お好きですか?」
「もちろん!!」
力強く即答するフェリクス。
「初めてお目にかかったその瞬間から、私の心は貴女に奪われております!」
「そうですか……でも、私のこの姿は偽りの姿。本当の私がこれでも、愛してくださいますか?」
そう言ってルチアは、自分自身に『他人が不快に感じる姿』の変身魔法を掛けた。
ボサボサの髪に、肉饅頭のような顔。フェリクス3人分はありそうな贅肉――
反射的にフェリクスは、ルチアの手を放して後ずさる。
「は……? はい? ブ……」
「ちなみにリュミエールお姉様の真のお姿も、このような見てくれですわ」
もちろん、嘘である。
しかしフェリクスには、この嘘で十分であった。
「無理……無理無理無理! ブスと結婚するのだけは本当に嫌だ!」
「私が好きだと仰ってくださったではありませんか」
「可愛かったからだよ! 僕は綺麗な人、可愛い人と結婚したいんだ! 折角ドブスのレティシアとの婚約を回避したのに、これじゃあ同じじゃないか!」
やはり――と、ルチアはしたり顔を浮かべる。
「あの日、婚約者の顔がどうしても気になった貴方は、待ち合わせの前にティアお姉様のお顔を盗み見た。そして好みではなかったという理由だけで、お姉様を誘拐し監禁したんだわ!」
「っ!」
フェリクスは視線を宙に彷徨わせ、言葉に詰まる。そこからなんとか声を絞り出した。
「……証拠は?」
「え……」
「僕がレティシア王女を誘拐するよう、指示したという証拠だよ!」
このまま全部自白してくれることを期待していたルチアだったが、そう甘くはなかった。今度はルチアが言葉を失う。
「証拠も無しに一国の王子を誘拐犯呼ばわりとは……これはもう、国同士の信頼関係さえも揺るがす所業! この件は自国へと持ち帰り、国王陛下としっかりと話し合いをさせていただきます!」
(マズイ……マズイわ! どうしよう!?)
先走ってしまった事を後悔し、なんとかフェリクスに踏みとどまって貰おうとルチアが手を伸ばした時――
ノアから放たれた魔力がここまで飛来し、フェリクスに直撃した。
「フェリクス様!?」
有無を言わせず昏倒するフェリクス。目を閉じて眠りに落ちた彼の表情が、次第に苦痛に歪んでいく。
「うぅ……ブ、ブスは嫌だぁ……!」
悪夢にうなされるフェリクスを、ルチアはそっと軽蔑の眼差しで見下ろした。




