19.フェリクス王子
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轟くような民衆の歓声を背後で受け止めながら、会見を終えたレティシアは会場を後にした。
会見ではレティシアは姿を隠したまま一言、二言話しただけ。政治に関わっているリュミエール以外の女が公に素顔を晒さないのは、過保護な王の意向である。
王とレティシアは用意された馬車に乗り込み、帰路につく。馬車の中は親子二人だけ。ゆっくりと進む馬車の外には、大勢の護衛が付いて歩いている。
「疲れたか? 帰ったら暫く部屋で休むがいい」
「大丈夫ですわ、お父様」
娘を気遣う王に、レティシアは微笑みを返す。
「……ノア様たちは、やはり会見には来られませんでしたね」
「誠に慎ましい者たちだな」
王女を救い出した勇者一行として挨拶をして欲しいと声を掛けたのだが、ルルが断固として辞退を申し出たのである。それがかえって、王の好感度を上げた。
「特にあのエヴァンと申す者は、アスティリア大学の首席合格者だとか。実に気に入った! 卒業後は王都で要職に就けるよう口添えをして……いや、やはりここは王女との結婚を……」
「お父様。スピナ国との縁談はどうなさるおつもりですか?」
「ん? あ、ああ……」
忘れていたのか、王は一度大きく咳払いをする。
「予定通りティアが嫁ぐことになれば、エヴァンにはルチアをやろうかな」
いとも簡単に言う王だが、そうはいかないことをレティシアは知っている。レティシアの今回の縁談を決めたのは、王ではなくリュミエールだ。外交の殆どを担う彼女の許可無しに、王とは言え勝手な婚姻は認めてはもらえない。
「ティア、案ずるな。スピナ国は小国だが南の暖かい気候の国だ。争いもない平和な国だと聞いている。きっと幸せになれるはずだ」
レティシアの浮かない表情を結婚への不安だと考えた王は、愛娘の肩に手を添えた。
「リュミエールが決めた縁談だが、私はお前が幸せになるのが一番だと思っておる。もちろん、ルチアとリュミエールにも幸せになってもらいたい。……王としては、良くない判断かもしれぬがな」
「お父様……」
レティシアは緩やかに流れる窓の外へと、視線を移した。特に秀でた才能を持たないレティシアは、この国の益となる相手と結婚をすることだけが、自分の使命だと思って生きてきた。
(私の幸せ……)
そんなこと、考えたこともない――
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「お断りします」
凛とした声音で言い放ったのは、正装に身を包んだ黒髪の青年だった。
バルドレイン城の一室。昨日ノアたちが通された応接室よりも広く、調度品も豪華で格式の高い部屋で、スピナ国の使者との会談が行われていた。
どこか張り詰めて息苦しい空気の中、先ほどのセリフを放ったのはスピナ国第二王子フェリクスである。
「無事にレティシアも戻ったと言うのに、何故婚約を白紙に戻すと仰るのですか?」
「レティシア王女が無事にご帰還されたことは、心より安堵しお慶び申し上げます。しかしあの日、顔合わせに王女がいらっしゃらなかったことで、私の尊厳は深く傷付けられました」
「それは……」
大きなテーブルを挟み、フェリクスの向かいに座った王は口篭る。
王の隣にはリュミエール。更に関係者が数名着席しているが、そこにレティシアの姿は無い。
「易々と連れ去られてしまう程度の護衛しか付けなかったとは、我が国も見くびられたものですね」
「そんなことは決して……せめてレティシアからの謝罪を受けてはいただけませんか?」
「お断りします」
再度フェリクスは王の要望を突っぱねた。レティシアには会いたくも無いと、彼女の同席すらも拒否したのである。
「では、どうしろと?」
「散々お伝えしたはずですが。リュミエール王女との婚約です」
フェリクスはリュミエールに視線を移し、そしてようやく笑顔を見せた。しかしリュミエールの顔に笑みは無い。
「リュミエールとの婚約は……さすがに受け入れることはできません。どうしてもレティシアが許せぬと仰るのならば、下の娘ルチアはいかがでしょうか」
「ルチア様?」
隣の部屋に控えていたルチアは、侍女の合図を受けて立ち上がった。




