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『ギルド受付嬢ですが、クレーム対応が一番強いです』  作者: 綾瀬蒼


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第6話 瑕疵と常識

午後、ギルドの扉が乱暴に開かれた。

ロビーの喧騒が一瞬で静まり返る。


現れたのは、豪奢な服を着た肥満体の男。後ろには先ほどの従者と、青ざめた顔の冒険者が控えている。


「責任者を呼べ! 詐欺だ、これは詐欺だぞ!」


男の声が響く。私は音を立てずに席を立ち、カウンターへ向かった。

警備隊長フィオナが、壁際で小さくあくびを噛み殺しながら、剣の柄に手を置くのが視界の端に見える。


「お待ちしておりました。依頼主のゲレン男爵様ですね」


「ふん、わかっているなら話は早い。金貨を返せ! キャンセル料など払う必要はない!」


男爵は太い指で、連れてきた冒険者を指差した。


「この男だ! Bランクだというから雇ったのに、私の屋敷に入る際、作法も知らずに庭の芝を踏んだ! これでは任務など任せられん!」


冒険者が小さく抗議する。「あ、あれは、案内された場所が……」


「黙れ! 貴様の不手際だ。ゆえに契約は『不履行』。不履行ならばキャンセル料など発生しない。……違うか?」


男爵がねっとりとした視線を私に向ける。周囲の冒険者たちが不快そうに眉をひそめた。


私は冷静に依頼書を確認する。


「ですが、依頼内容は『希少鉱石の採掘』です。屋敷の作法や芝生の管理は、契約に含まれていません」


「貴族の依頼を受けるなら常識だ! そんな『常識』もわからん奴を紹介したギルドにも責任がある!」


男爵の顔が赤い。完全に自分の理屈に酔っている。

「常識」という言葉は便利だ。契約書にない独自のルールを押し通す時に、よく使われる。


「では、平行線ですね。言い合いでは解決しません」


私はカウンターの下から、青い調停札を取り出した。


「『調停』を提案します」


男爵が鼻で笑う。


「調停? 平民の道具など不要だ。私が『払わん』と言えば、それがルールだ」


「ギルド内では、ギルドの規約がルールです。調停を拒否されるなら、未払いとしてブラックリストへ登録。今後、当ギルドおよび提携商会は一切の依頼を受け付けません」


「なっ……脅すのか!?」


「説明です。……どうされますか? あなたの主張が『常識』で正しいのなら、調停で証明すればいい」


男爵は顔を歪め、従者とひそひそ話をした後、ドンとカウンターを叩いた。


「よかろう! 私の正しさをその貧相な板に刻んでやる。供託金はいくらだ!」


「金貨五枚です」


「安いのう!」


男爵が金貨を放り投げた。

私は冒険者にも視線を送る。「あなたも、同意しますか?」


「は、はい! 俺は何も悪いことはしてません!」


「では開始。条件成立」


札が淡く光り、空中に表示板が浮かび上がった。ロビーの空気が張り詰める。


「争点は一行。『キャンセル料の支払い義務はあるか』」


男爵がニヤリと笑う。


「決まっている。『ない』だ。理由は冒険者の瑕疵かしにある!」


表示板が静かに明滅を始めた。

私は事務的な口調を崩さずに切り出す。


「確認します。男爵は『冒険者のマナー違反により、契約は成立前に無効になった』と主張する」


「その通りだ! 神聖な私の庭を汚したのだからな!」


「冒険者側は『案内された通りに進んだ』と主張」


冒険者が深く頷く。「従者の方についていっただけです!」


私は男爵を見た。


「では質問。あなたは冒険者が芝を踏んだのを、直接見ましたか?」


男爵は胸を張る。


「当然だ! テラスから見ていた。『あのような下品な歩き方をする男は使うな』と、すぐに解約を命じたのだ!」


その瞬間、表示板が赤く点灯した。


【虚偽:1】


どよめきが起きる。男爵が目を剥いた。


「な、なんだこれは! 壊れているぞ!」


「正常です。……男爵、もう一度聞きます。あなたは『直接』見ましたか?」


私は手元の業務日誌を開く。


「先ほど従者の方が来た際、彼はこう言いました。『主人は昼寝中だ。起こすと機嫌が悪いから、俺が代わりに断りに来た』と」


男爵の視線が泳ぎ、隣の従者を睨む。従者が青ざめて首を振る。


「い、いや、それは……夢の中で気配を感じて……」


「夢なら証言になりません」


表示板に新たな文字が浮かぶ。


【曖昧:1】


私は畳み掛ける。


「さらに、この依頼書。備考欄に『採掘現場までの移動は馬車を用意する』とあります。屋敷の庭を通る必要自体がありません」


「そ、それは……予定変更で……」


「変更の連絡はギルドに届いていません。契約外の行動を強要し、それを理由に解約することは『不当な介入』にあたります」


男爵の額に脂汗が浮く。


「だ、だが! 貴族に対して無礼があったのは事実だ!」


「では、具体的にどのような無礼が?」


「……目つきだ! 私を見る目が気に入らんかった!」


ピカッ。

強く光って、数字が増える。


【虚偽:2】


「……会ってすらいませんよね?」


私が冷たく指摘すると、男爵は言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「うるさい! こんな板、叩き割ってやる!」


男爵が杖を振り上げた――その時。


ドォン!


重い音がして、杖が床に転がった。

フィオナが鞘のまま、男爵の手首を打ち据えていた。


「暴力は即退場。……まだやる?」


フィオナの冷ややかな視線に、男爵は腰を抜かしてへたり込む。


表示板が最終結論を出した。


【結論:冒険者に瑕疵なし。キャンセル料は全額没収。追加ペナルティとして供託金の全額徴収】


「き、金貨五枚……!」


「手続き費と、冒険者への慰謝料に充てられます」


私は淡々と処理を終え、うなだれる男爵と従者に「出口はこちらです」と手で示した。


彼らが逃げるように去っていくと、ロビーに拍手が起こる。

ふう、と息を吐くと、奥の扉が開いた。


ギルド長バルドが腕を組み、壁に寄りかかっている。


「……手間かけたな」


「いえ、仕事ですから」


バルドの大きく温かい手が、ポンと私の頭に乗せられた。

胸の鼓動が早くなるのを感じながら、私はまた新しい整理券を手に取った。


「次の方、どうぞ」

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