蘇生魔法
アーリアは学校内の図書館へやってきた。ナミールたちと戦ったあの場所、うっすらと紙の匂いが風に乗って運ばれる。アーリアは二階の本棚へ向かい、一つの本を手に取った。
「蘇生魔法の可能性…?」
タイトルに惹かれたアーリアはすぐさま本を抱えて階段を駆け降りた。蘇生魔法はこの世界で数人しか使えない貴重な魔法だ。アーリアの脳裏にはサルベスが浮かんだ。あの時助けに来てくれたサルベスを今度はアーリアが助ける番だと、心の中では覚悟が決まっていた。しかしマヤもヘレナも快凛すら使えない蘇生魔法をどうやって習得するのかということにアーリアは頭を抱えた。
「…いいや、私はやる。」
アーリアはガタンと立ち上がって図書館を出た。
「廊下は走るなー。」
「はい、すいません!」
先生に軽く注意されながらもアーリアは急いでマヤの部屋へ向かった。ドアを開け放って飛び込んで来たアーリアに驚いたマヤは持っていた紅茶をこぼしてしまった。
「うわあアーリアちゃん?!びっくりしたぁ!」
「ごめん急いでるの!」
アーリアは申し訳なさそうに謝りながらも急いで着替えて杖を手に取った。
「どこ行くの?」
「遺跡!」
そう言って慌ただしく部屋を出て行ってしまったアーリアの後ろ姿をマヤは一瞬安堵したが再び目を向けた。
「い、遺跡?!」
マヤは部屋を飛び出してアーリアの背中を追いかけた。
デナント遺跡に繋がる森へ足を踏み入れたアーリアと、追いかけて来たマヤは森の入り口で小さな少女に出会った。
「お姉ちゃんたちだあれ?」
「ちょっとこの奥に用があるんだ。」
アーリアは頑張って声を出し、少女の目を見た。少女は水色髪の三つ編みで、身長は一二〇センチほど、髪には黄色いアイリスの花が飾られていた。少女は少し俯いて呟いた。
「…でも…ここアイリスの森だよ…?」
「え?」
アーリアとマヤは少女を凝視して固まった。
「アイリスはね、ここの森の妖精さんだよ…?」
少女の顔はさっきまでと違い、どこか暗かった。
「妖精さんお願い!通らせて欲しいの!」
マヤはしゃがみ込み、少女に目を合わせて話しかける。しかし少女の顔は暗くなるばかりで、アーリアとマヤは顔を見合わせた。
「じゃあさ…」
少女は搾り出したような声で顔を上げた。
「アイリスと戦ってよ…!」
「ひ…?!」
こちらを見つめるその目は狂気的で、アーリアたちを見据えるように瞳孔が鋭くなった。アーリアとマヤは顔を引き攣らせて後退りした。
「黄色いアイリスの花言葉って知ってる…?」
再び少女は俯いて呟いた。
「『復讐』なんだってぇ…!」
鋭い歯でニカッと笑い、猫のような細長い瞳孔を持った黄色い目がきらりと光った。
「か、勝ったら通してくれる…?」
アーリアは恐る恐る尋ねる。
「もちろん…」
その時、少女の後ろから伸びる蔦が、アーリアの足を止まらせる。
「痛っ…!」
それを見たマヤは急いで魔法を発動した。
「エレキ・チェーン!」
電気の刃がアーリアの足元をめぐり、蔦を切り刻んだ。少女は不満そうに口を尖らし、空へ舞った。
「アイリスはね、妖精だもん。クローズ・ブロッサム!」
空中に咲いた黄色い花から花粉が飛んでくる。その花粉は眠気を襲うもので、アーリアは吸わないように必死に息を止めた。
「ここで魔法発動したら…私の風で花粉が広がっちゃう…!」
アーリアは攻撃できず、杖を握る手が少し震えた。少女はもはや殺す気しかないような目で空から二人を見下ろした。するとその時、マヤはアーリアの腕を引っ張り寄せた。
「アーリアちゃん!いいこと考えた!」
マヤはアーリアの耳元で何かを囁く。アーリアは頷きながらマヤの作戦というものを聞いた。その様子を見た少女は機嫌が悪そうに睨みつけた。
「おい人間。早くしろよ。」
少女の口調はすでにさっきまでのかわいらしい口調とは一変していた。そんな少女に恐怖すら見てとれた二人は、頷き合って一歩踏み出した。
「行くよアーリアちゃん!」
「うん!」
同時に飛びかかったかと思えば、アーリアは竜巻を起こした。竜巻は少女の蔦を巻き込み、操作不能にさせた。電撃のビームを繰り出したマヤは、アーリアの竜巻に巻き込んで竜巻は電気竜巻となった。少女は顔を顰め、自分の魔法などお構いなく、無理矢理蔦を引きちぎって竜巻から離れた。マヤの電気によって少女の体は少し震えている。
「人間なんか…!」
少女の目はますます狂気を増していき、森の動物へ八つ当たりし、惨殺し始めた。
「ちょ…!」
アーリアは驚いて無我夢中で少女に飛び込んだ。
「離せよ人間!」
苛立ちを隠しきれずに暴れる少女をなんとか抑え込もうとアーリアは必死に説得した。
「動物さんはあなたの森のお友達でしょう?なんでそんなこと…!」
しかし少女は聞く耳を持たず、しがみつくアーリアを蔦で縛り上げた。
「黙れ黙れ!」
怒りを超えて狂気的に笑い出す少女に、アーリアもマヤも顔を曇らせて目を見開いた。そこでアーリアは図書館を思い出した。蘇生魔法の本を探している時にチラッと目に入った一冊の本。
「…フロール…!」
その名をアーリアは森を越えるような声で叫んだ。
「いでよフロール!私に風の力を!」
すると地面が揺れだし、強風が吹きだす。蔦に縛られるアーリアの背後には緑色の魔法陣が光り輝いた。
「これは…?!どうしてアーリアちゃんが…!」
マヤは驚いて声も出ない様子で縛られたアーリアを見上げていた。少女もこの事態に一瞬戸惑い、アーリアもまさか発動できると思わず、必死に魔力を調節していた。しばらくすると、魔法陣から翼が伸びる。そしてだんだん足、ツノ、頭と、形が見えて来る魔法生物。ドラゴンだ。フロールは風のドラゴン、唱えることで召喚ができるのだが、召喚には膨大な魔力と条件が必要。しかしアーリアは偶然か必然か、その条件を満たしていたようでダメ元で唱えたが、発動できてしまったようだ。
「フロール!神獣解放!」
アーリアは本で見た知識を頼りに技をフロールにたくさん指示した。
「こ、これほんと…?」
アーリアの力にマヤは目を擦り、少女はすでに戦意喪失しているようだった。
「人間さん…通っていいから…アイリスを殺さないで…」
あの狂気的な目は消え去り、わなわなと震える小さな少女に戻っていた。蔦から解放されたアーリアは受け身を取り、着地した。
「あなたを倒す気はない、戦えて楽しかったよ。」
アーリアはそっと少女に手を差し伸べる。
「ほんと…?」
少し警戒しながらも手を取ってくれた少女にアーリアは少し微笑んだ。そんなやりとりを見ていたマヤは、アーリアの成長と解決力、適応力に感動した様子で後ろでこっそり目を麗せた。
「あのね、アイリスっていうの。お姉ちゃんは?」
「アーリア。この子はマヤ。」
どうやら少女は髪飾りの通りアイリスという名らしい。
「通っていいよアーリアお姉ちゃんとマヤお姉ちゃん。また戦おうね。」
「アーリアちゃん、一人で行ける?私、少し過保護かなって。」
照れ笑いを隠すように目を逸らしてマヤは言った。
「うん、頑張る。」
「そう…。待ってる。」
少し悲しそうに、しかしどこか嬉しそうにマヤは微笑んだ。
森へ入っていくアーリアの背中をアイリスは満面の笑みで子供のように飛び跳ねながら手を振り、マヤは静かに小さく手を振って見送った。




