第十一話 奈落
階段の元まで来た三人はついにザグレシアのボス、AVAと対面するのだった。
階段下で待ち構えていると、階段を黒髪の少年が降りてきた。
「へえ。あいつら裏切ったんだ。まあいいや。」
おそらくあいつらとはナミールたちのことだろう。彼はどこか、闇を抱えていそうで暗い人物だった。
「でさぁ、何のようなわけ?」
AVAは苛立ちげにアーリアたちに訊いた。
「ドラゴンたちの魂を奪っているのはあなたね…返して欲しいの。」
まだ意識がおぼつかず、震える声でマヤが言う。
「なんで?」
彼の口からはそれだけが返ってきた。マヤは少し動揺した。そしてアーリアは彼から何かを感じた。悲しそうで、闇を持つ、何か事情がありそうだと。
アーリアは訊いた。
「なんでドラゴンたちの魂を奪うの…?苦しんでるんだよ…」
しかしAVAは罪悪感もなさそうに言った。
「だから?僕が不死身になるんだ。僕は“あんなふう”になりたくない。」
「不死身?あんなふう?」
快凛は首を傾げる。
「ドラゴンの魂を取り込めば僕は不死身になれるんだ。神様がそう言ってた。僕はもう…失いたくない。」
俯いて話す彼にアーリアは胸が痛くなった。
「…あの。」
アーリアは勇気を出して彼に一歩近づく。AVAは身構えるように一歩下がった。
「何があったか…教えて欲しい。私に。」
AVAは一瞬たじろいだが、自分の本当の思いに逆らうように首を振った。
「…いやだ。」
アーリアは悲しい顔をした。快凛もマヤもどうしようもできなかった。そして突然AVAはカッターを取り出し、アーリアたちへ向けた。
「結局は全部嘘なんだ!!善なんて嘘だ!!」
AVAはだいぶ錯乱しているようにカッターを突きつけて叫んだ。そしてアーリアはナトたちの言ってたことを思い出した。
『善が嫌い、善は嘘だ。』
それは全てボスであるAVAの思いだったのかとアーリアは目を見開いた。
「どうせみんな僕を置いて行くんだ!あいつも!!」
「お願い教えて!!…あいつって誰なの…?」
アーリアはなんとか落ち着かせようと訊いた。AVAは息を荒くして、涙を流していた。
「友達が死んだ…僕はあんなふうになりたくない…死にたくない…全部人間が悪いんだ…!!」
彼の目は怒りと悲しみで満ちていた。そして彼は突然快凛に襲いかかった。
「なっ…!」
快凛は咄嗟にナイフでガードをしたが、頰からは少し血が滴り落ちる。アーリアはAVAに杖を向けて言った。
「人を傷つけて強くなるのなんてそのお友達が喜ぶと思う?!」
アーリアは感情的になって涙が込み上げていた。マヤもアーリアの涙に釣られていた。
しかしAVAの気はさらに舞っていくだけだった。
「うるさいうるさい!人間のくせに!誰もわからないくせに!」
そう言って彼は持っていたカッターで自分の手首を切りつけた。
「くっ…!」
アーリアもマヤもAVAの行動に息を呑んだ。彼の背後には魔法陣が浮かび上がり、彼の腕の切り傷から血が操られたように滴り落ちた。
「ブラッド・インセイン。」
するとその時、AVAの血は刃となってアーリア達に向かってくる。アーリアは慌てて風魔法を発動し、血と風がぶつかり合った。マヤも魔法を発動し、マヤの雷が風と共になって渦巻く。しかしAVAの力には及ばなかった。なんたって血属性の使い手はこの世界にいないのだ。AVAだけだった。
そしてアーリア達の技はだんだん押し寄せられる。そしてその時、
「アーリアさん!」
ドアを勢いよく開けた人物が、城へ飛び込んできた。
「ヘレナさん!」
アーリアは歯を食いしばりながらヘレナに声をかける。
「遅くなって申し訳ありません。お役に立てるかは分かりませんが、私にも協力させてください。」
「誰だかわからないけどいいところに!よろしく!」
ヘレナを知らないマヤと快凛はポカンとしていたがヘレナは白く輝く魔法を発動した。
「チル・ペチュニア。」
AVAの頭上に光の粉が舞い降りる。するとAVAは少し力が抜けたように足をガクッとさせた。
「また人間が増えた…ムカつく…うるさい…全員死ねば…!」
その時、AVAは自分の首をカッターで切りつけた。
「やめて!!」
「ちょっと!!」
咄嗟に叫ぶアーリアとマヤ。しかしもう遅かった。彼の“それ”は発動してしまっていた。
「血の龍マトラよ!いでよ!」
AVAは自分や他人の血を操ることができるのだ。そして、首を切りつけることが最大のトリガー…守護獣の召喚だ。
血を吐きつつも魔法陣が部屋中に光だし、アーリアは思わず目を瞑った。魔法陣から召喚されたのは赤黒い体を持った小柄なドラゴンだった。そして部屋の奥にはドラゴンたちの魂が閉じ込められたケースが見える。
アーリアたちは各自武器を構える。
AVAのドラゴン・マトラは火を吹き、部屋はすでに大惨事だった。AVA自身は首を切ったことで地面にへたり込み、マヤは怪我の後遺症であまり動けず、彼を止められるのはアーリア、快凛、ヘレナだけだった。
「ごめんアーリアちゃん…!私もなんとか支援するけど…!」
マヤは申し訳なさそうに後退する。
「うん、マヤちゃんの思い、受け取った。」
アーリアは再びAVAの方を向いたのだ。
そして二人は動き出す。
快凛はナイフを投げ、マトラの羽を壁に固定、そして魔力で強度を増す。
アーリアはマトラに向かって「エア・バレット」を発動し、空気の圧力でマトラを制圧する。アーリアの目的は敵を殺すことじゃない、和解し、更生させることだった。だんだんとAVA自身が弱ってきているため、マトラの力も減りつつあった。
「うるさいうるさい…!全員僕に関わるな!」
口からは大量の血を吐き、血の涙を流し、血まみれの手はだらんと力が抜けており、AVAは泣きながら嗚咽していた。
そしてタイミングを見計らい、アーリアは瀕死のAVAを抱きしめる。
「目を覚まして!あなたの友達が望んでいたのはこんなあなたなの?!」
AVAは弱り切って首から、口から、目から血を流して。そして彼の目には必死に説得をするアーリア、マトラを抑え込む快凛、一緒に説得しようとするマヤ、祈るように見つめるヘレナが光のように写っていた。
その時、AVAの涙の栓が外れたように彼は大きく泣き崩れた。そしてそんな彼を、四人は抱きしめたのだった。暗く、寂しい彼を。彼の知らなかった「善」と言う明かりで、四人は彼の心を照らしたのだった。




