方向音痴な聖女と行き倒れの従者
「ここどこだろう?」
森の中を歩きながら彼女は呟く。どちらに進めばいいのかも分からず周りを見渡しながら歩いて行く。不意に何かが足に当たった。思わずつまずきかけて思いっ切りつまずきかけたものを踏んだ。
「ぎゃ」
何かが潰れるような音と一緒に小さな悲鳴が上がった。彼女はようやく足元を見る。そこには血まみれの男が横たわっていた。
「あれ。何これ」
血を汚れないように避けながら彼女は嫌そうに言う。
「血まみれになってる人踏んでおいてよく言うな」
「血まみれになって倒れているのが悪いんじゃない」
「まあそれもそうかって。それにしても踏まなくてもいいだろう」
「それはごめん。いやあ、道に迷ってね。完全によそ見してたわ」
ぱちりと手を合わせ片目をつぶりながら悪ぶれた様子もなく彼女は言う。
「そんなことよりこんなとこで寝るのが趣味なの? さっさと起きた方がいいわよ。また誰かに踏まれるかも知れないし」
「そうしたいんだが起きられなくて」
「ふ。だらしないわね」
「この状況見て言ってるか?」
自分の姿を苦しそうに見ながら男は彼女に言う。
「そうね。大変そうね。助からないかもね」
とりあえず全部棒読みで興味がなさそうに彼女は言う。
「だったらほっとけよ」
「じゃあね」
本当に興味を失くし彼女は一人歩き出そうとする。ふとそこで彼女は動きを止める。
「そうだ。近くの街までの道ってわかる?」
「まあわかるけど」
「そう。そうなの」
「何だよ」
「取引しましょう。ここで私があなたを助けてあげる。あなたは私を街まで案内しなさい」
「いや。助けるって」
「いいから。いいから」
「俺に拒否権は?」
「ない。というかここで倒れてたいって言うのなら別にいいけど」
「それは」
「じゃあ決まりね。よかったわ。困ってたの。このままこの森出られなかったらどうしようかと」
「まだ何も言ってない」
「まだそう言うこと言うの? いいから助けられなさい」
そう言うと彼女は透明な石のついた指輪をはめた右手を男の方に面倒そうに差し出す。その瞬間辺りに光があふれる。
「わ」
男は驚いて声を上げる。
「ほら。もう痛くない」
「そんなことって。あれ」
そう言って男は血まみれのまま起き上がる。
「どうよ」
「痛くなくなったけど。どうして」
「私のおかげよ。さあ案内してもらうわよ」
彼女は嬉しそうに男に言う。
「そうか。よくわからないけど。ありがとう。街まで案内くらいならお安い御用だ」
「そう。感謝してくれるのはいいけど。ちゃんと案内してよね」
「わかってるって。そうだ。俺はマルク。あんたの名前は?」
「私はアリス」
「じゃあ行くか? アリス」
「私はちゃんと案内してくれるなら誰でも何でもいいわよ」
素っ気なくそう言ってアリスはすたすた歩き出す。
「そっち逆」
離れて行くアリスの背中に向かってマルクは呆れながら言う。
「早く言いなさいよ」
「何で案内役より先に行こうとするんだよ」
「あんたが遅いからでしょう」
「八つ当たりはやめろよ。どう考えても方向音痴だろ。お前」
「なんですって」
腹立たしそうにアリスは言う。
「ほら。早く来ないと置いてくぞ」
そんなアリスを置いてマルクは逆方向に進んで行く。
「こら。そっちこそ案内役が案内する人を置いて行くってどういうことよ」
慌ててアリスはそう叫びながらマルクの後をついて行く。そんな二人の前に真っ黒い塊が現れた。よく見れば大きな狼だった。
「大きいわね」
のんびりとした口調でアリスは独り言のように言う。
「何のんきなこと言ってるんだ」
「見つからずに迂回すればいいんじゃないの」
「見つからずにって」
「どうにかなるって」
そうアリスが言うと、狼は二人に気が付いて唸り声を上げる。
「ほら見ろ」
叱るようにマルクはアリスに言う。
「何で私のせいなのよ」
「俺がおとりになるからお前はその隙に逃げろ」
「何でよ。二人で行けばなんとかなるかもしれないじゃない」
「俺が倒れてた理由があれだからだよ」
「ならなおさらでしょう。二人で行くわよ」
そう言ってアリスはすたすた狼の方へ歩いて行く。
「ちょっとは人の話聞けよ」
マルクはそう言いながらアリスの後を追いかける。二人が狼の前まで来ると狼は二人をじっと睨みつけた。そしてアリスの方へ向かって狼は駆け出す。アリスはとっさのことでその場に立ちすくんだ。マルクはアリスを抱えて地面に倒れ込む。二人のすぐ近くを狼の鋭い爪が横切って行く。
「ごめん」
アリスはどうにか起き上がり地面に座り込んだままマルクに謝った。
「謝るのは後でいいから。やっぱりお前だけでも逃げろよ」
すぐに座り込んでいるアリスの手を引っ張って立たせながらマルクはそう言う。
「それはなしで。それよりちょっと力を貸してくれない?」
「どういうことだ」
「いいから。私を信じて。悪いようにはしないわ。多分」
「そのどの辺りを信じろと。まあいいけど。それでどうするんだ?」
呆れるような視線をアリスに向けるながらマルクは尋ねた。
「それはね。二人であのでっかいのをぶん殴る」
狼の方に向き直りながらアリスは言う。
「お前簡単に言うなよ」
「いいから。またでっかいのが走ってきたら手を貸して」
「なんで」
「あんたに力渡しちゃったからその分返してもらうだけ」
「よくわかんねえけど。危なくなったら一人でも逃げろよ。そうじゃないと協力しないからな」
念を押すように強い口調でマルクは言う。
「え。まあわかった。わかった」
不満そうにアリスは渋々そう答えた。そう二人が話していると再び狼が二人に向かって走って来る。
「私の手に握って」
そう言ってアリスは指輪をした右手をマルクに差し出す。マルクは半信半疑でその手を左手で握る。
「じゃあ。せいの」
そうアリスが言った瞬間に二人の握った手が光った。それを確認してアリスは向かって来る狼に繋いだ手を振りかぶる。狼と二人がぶつかりかけた時、光が辺りを白く塗り潰した。
マルクは気付くと地面に倒れていた。慌てて立ち上がりマルクはアリスの姿を探す。
「何慌ててるの?」
「よかった。無事でって。何だそれ」
マルクはアリスの肩に乗る白い小さな塊を見ながら言う。
「この子はクーちゃん。さっき私と契約したの」
ふわふわとした小さく白い狼を撫でながらアリスは答えた。
「さっきってまさか。あの黒い狼か?」
「そう。だから信じてって言ったでしょう。それから悪いようにもしないって言ったわよね」
「それがどうした?」
「さっきちょっとマルクが気を失ってる間にマルクとも契約したから」
「え。何言って」
「いやあ。力返してもらうとマルクがまた倒れて動けなくなるかもしれなくてね。連れて行くのも面倒だなじゃなくて、大変だなと思って」
「それならほっとけよ」
ぶっきらぼうにマルクはアリスに言う。
「そう言うわけにも行かないじゃない。街まで道案内がいるんだから。仕方ないでしょう」
そう言いながらアリスはやれやれと首を大袈裟に振る。
「まあ、俺も助かったけど。それで一体何の契約なんだ?」
「げぼじゃなかった。従者よ従者」
危うく本音がもれかけて慌ててアリスは言い直した。
「今さらっと下僕って言おうとしただろう」
「気のせいよ」
若干怒っているマルクから目をそらしながらアリスは言う。
「アリス。あの力って。お前は何なんだ?」
そんなアリスを見ながら神妙な面持ちでマルクはアリスに問う。
「それって必要?」
きょとんとしながらアリスはマルクに言う。
「まあ何者なのかもわからない者の従者ってのもなあ」
「そう? 私は聖女よ。この指輪が証」
右手の指輪をマルクに見せつつアリスは答えた。
「聖女ねえ。お前がか」
アリスの指輪を見ながら疑うように言う。
「人はねえ。見かけによらないのよ。多分」
「もう疑ってかかるわ。お前のこと」
怪訝そうにアリスの方を見ながらマルクは言う。
「無駄口はいいから。早く街に案内してよ。げぼじゃない。従者」
面白がるようにアリスはマルクに言った。
「もうそれわざとだろう。わかったよ。聖女様。仰せのままに」
わぞとらしくかしこまってマルクはアリスに言う。アリスは面白くなさそうにそっぽを向いた。アリスの肩に乗っていたクーと呼ばれた小さな白い狼がくうんと小さく吠える。そして二人と一匹は街へ向かって歩き出した。




