朝、私は太陽になった。
この作品は公式企画「秋の文芸展2025(友情)」と、しいな ここみ様の『朝起きたら企画』参加作品です!(´・ω・`)<壮大なものになってしもた…
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――雨は激しく窓を叩きつけ、部屋の影を深くしていた――
私はカーテンの隙間に寄り添うように座り、膝を抱えていた。
ギシギシと軋む椅子に呼吸は浅く、世界は鈍い水音だけで満たされている。
勤務の疲れ、救えなかった顔、伝えられなかった言葉──理想と現実の乖離。
ひとつひとつが胸の中で重くのしかかっていた。
病に苦しむ誰かの太陽になりたい――そう自ら選んだ道であったのに。
窓の外で雷鳴がひとつ唸り、私の心は押し流されそうになる。
世界は遠く、冷たく、どうしようもなく孤独だった。
――朝、私は太陽になった。
目を開けた瞬間、ベッドの上の身体はどこにもなかった。
声も出せない。
核融合の炎は絶え間なく燃え、熱と圧力が荒れ狂う。
声もなく、肌の感覚もなく、ただ、世界の眩しさが私を満たしていた。
太陽の深部で、私は"光子"として目覚めていた。
強すぎる光で、世界の輪郭すら眩しさに溶けそうだった。
――熱い。
そこには生者の形も時間の区切りもなく、ただ無数の粒が互いを押し合い、散らし合い、果てのない迷宮のような運動を続けていた。
恐怖に似た震えが、最初に私を包んだ。
出口のない混沌に閉じ込められ、永遠に彷徨うのではないか――そう思えた。
けれど次第に気づく。
私のすぐそばには、無数の仲間がいた。
衝突と反発の音が合唱のように響き、炎の渦が一つの呼吸のように脈打っている。
私は孤独ではない。
むしろ、この広大な混沌の中で、すべてが寄り添い、呼応していた。
『今日も地球に届けよう』
太陽の声が、胸の奥に響いた。
――私は理解する。
今、私が漂うこの世界と地上の光は、直接つながっているのではない。
光の粒たちは、太陽の中心から表面へと少しずつ押し出される。
”ただの光”という存在を証明しながら、その道のりは気が遠くなるほどに長い。
何千年もの層を抜け、ようやく殻を破ると、そこから地球へ届くまでに8分。
冷たい無音の空間を滑りながら、青い星が近づいてくる。
私はついに太陽を抜け、宇宙の真空へと飛び出したのだ。
そこには森が揺れ、川が流れ、世界が目を覚まそうとしている。
地球の大気に触れると、私は一瞬だけ震えた。
空を青く染め、雲と雪で白く跳ね返り、海で赤を失い、子どもたちの黒い影が踊る。
赤い花が開き、葉は朝露で緑に淡く輝き、人の頬を橙に撫でる。
それは、私の存在を世界が受け止めている証のようだった。
(――そうか、私は太陽の光なのだ)
過去の後悔も未来の不安も、光の中に溶けていく。
私はただ照らすだけでよいのだ。
人々は私を意識しない。
いや、意識できない。
けれど、私がいることで、確かに世界は温かさを知る。
――朝の光として。
朝の光が、鏡の前の誰かに「おはよう」と囁くように、私は今日も生まれるのだ。
――昼の光として。
雲の間を滑る風も、遠くの山並みも、街を歩く人々も、すべてが私を包み込むように輝くのだ。
――夜の光として。
星の影に溶けて、月を照らし、私の存在は遠くから静かに祝福され、緩やかに消えていくのだ。
そして、また数千年の旅の果て、私の一部は地球の空に届き、街を、森を、海を照らすだろう。
ふたたび地球では人々が目を覚まし、朝の光に顔を向けるのだろう。
私は気づく――自分の存在は消えていない。
形は変わったけれど、確かにここにいる。
”わたし”は光であり、旅人であり、世界を抱きしめる存在。
悩みや不安に押し潰され、誰にも見つからない場所でじっとしている人。
わたしはその窓の外に漂い、静かに語りかける。
(あなたは、ひとりじゃないよ)
言葉は届かなくても、光の一粒として、そっと存在を届ける。
カーテンを透かして差し込み、床を染め、部屋の隅々に温もりを運ぶ。
光に触れたとき、その人の心の奥底で忘れていた感覚がよみがえる――
「・・僕は、まだ生きてていいの?」
「・・世界は、私を待ってくれているの?」
悩みの闇に包まれても、光子としてのわたしは言う。
(今、ここにいることが、もう希望なんだ)
光はゆっくりと伸び、部屋を満たし、心の影を溶かしていく。
(一歩踏み出すのは怖くてもいい。小さくてもいい)
彼らが浴びる光の一粒一粒は、私たち光子の長い旅の果ての軌跡であり、私の存在はその一部に過ぎない。
孤独でも、閉じこもっていても、あなたは光の旅人の一部であり、世界とつながっている。
――やがて、かすかな声が返ることがある。
「僕は、生きていたい」
「私は、世界とつながりたい」
太陽と地球。
光子と人間。
見えない糸で結ばれたすべての存在を、わたしは静かに抱きしめる。
心の奥では知っていた。
この旅は、あの人の目に届き、その心に届くためのものだ、と。
――そのとき、厚い雲の切れ目から一本の光が差し込んだ――
光は部屋の埃を通り抜け、彼女の胸に柔らかな温度を落とす。
ふわりと舞い降り、机上のコップの縁で踊るように揺れた。
姿形はないけれど、その存在には見覚えがあった。
――どこかで聞いた、大人しい笑い声の残響。
――筆箱を落とした日の、不器用な手つき。
――遠慮がちに何かを求めていた、あの眼差し。
彼女は、震える声で言った。
「・・・ちゃんなの?」
光子は答えるように、言葉を紡いだわけではない。
いつの間にか、いつもの日常から消えてしまった、あの声でもない。
(わたしは、太陽の奥でゆっくり眠り、長い時間を経てここへ来た)
だけど、彼女の耳には確かに伝わった。
光は、遠いところからの約束を運んでくる。
永遠と瞬きがひとつに溶け、夢と現実の境目は、光にかき消されていく。
(でも、本当は――昔、君のそばにいた、誰かのかけら、かもしれない)
ベッドの上で、明日の朝日を浴びることが無かった同級生。
その少女が最後に願った光となって。
私の瞳は驚きの光に満ち、雨音がふと遠のいた。
外の空はまだ泣いているが、部屋の内側だけに、小さな晴れ間が生まれたようだった。
(人は火に溶けるとき、小さな粒を空へ放つ)
光は語る。
(その粒は地球の腕をすり抜け、遥かな闇を渡り、やがて太陽に抱かれて、光となる)
光は窓の外へと伸び、やがて空に弧を描いた。
(あなたのそばには、光がある)
大きな虹が、豪雨のあとに架かった。
虹は静かに空を渡り、色の秩序を部屋の中に引き込む。
(だから、どうか顔を上げてほしい)
七色の橋は言葉よりも強く、お互いの距離を結んだ。
彼女は手を伸ばし、窓ガラス越しに指を虹の方向に向けた。
指先に触れたのは冷たいガラスのはずなのに、心の中には確かな温度が残った。
光子はやがて、ふっと消えるように薄れていった。
虹が消えると同時に、光もまた空へ還る。
――だが去り際に残したのは、確かな約束だった。
空が広がるたびに、またここへ戻るという約束。
彼女は、そっと笑った。
涙が頬を伝い落ちる。
笑いと涙が同じ線上に並び、胸の中の石が少しだけ崩れる音がした。
「最後に私も人として火に溶けたとき、小さき粒となって太陽に抱かれて、眠るのだろうか?」
窓辺に残る静寂の中、彼女は呟くように、自分自身に問いかけた。
「それとも、新しく生まれた あなたを照らすための、欠片になるのかな?」
――空は返事をくれない。
だが、どこかの夜空に微かな光が瞬き、彼女の言葉は、虹の色のひとつとして空へ溶けていった。
――別れは来る。
けれど約束は残る。
いつかまた、出会うために。
――「私たちは、ここにいる」――
しいな様の「朝起きたら企画」で「自分なら何になりたいだろうか?」と考え、「光」を通して人と世界が結びついている物語を書いてみました。
空の青も、葉の緑も、頬に触れる温もりも、すべては太陽のひとしずくから始まっています。
普段、私たちはそれを意識することは少ないけれど、毎朝、光は新しい一日を開いてくれる。
青に始まり、緑を渡り、橙に溶けていく――その移ろいの中に、人の営みもまた息づいているのだと・・
この作品を読んでくださった方が、ふと窓辺に射す光に目を留め、道に落ちる影に心を寄せてくださるなら、それ以上の喜びはありません。
(最後に、この作品の元となったもの)
人の終わりと星と光については、以前の私の活動報告で書いたことがあります。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2075012/blogkey/3314465/
お読みくださり、ありがとうございました!(≧▽≦)




