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朝、私は太陽になった。

この作品は公式企画「秋の文芸展2025(友情)」と、しいな ここみ様の『朝起きたら企画』参加作品です!(´・ω・`)<壮大なものになってしもた…


 ⇩しいな ここみ様の企画概要はコチラ!

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2175055/blogkey/3508195/



――雨は激しく窓を叩きつけ、部屋の影を深くしていた――


私はカーテンの隙間に寄り添うように座り、膝を抱えていた。


ギシギシと(きし)む椅子に呼吸は浅く、世界は鈍い水音だけで満たされている。


勤務の疲れ、救えなかった顔、伝えられなかった言葉──理想と現実の乖離(かいり)


ひとつひとつが胸の中で重くのしかかっていた。


病に苦しむ誰かの太陽になりたい――そう自ら選んだ道であったのに。


窓の外で雷鳴がひとつ(うな)り、私の心は押し流されそうになる。


世界は遠く、冷たく、どうしようもなく孤独だった。



――朝、私は太陽になった。



目を開けた瞬間、ベッドの上の身体はどこにもなかった。


声も出せない。


核融合の炎は絶え間なく燃え、熱と圧力が荒れ狂う。


声もなく、肌の感覚もなく、ただ、世界の(まぶ)しさが私を満たしていた。


太陽の深部で、私は"光子"として目覚めていた。


強すぎる光で、世界の輪郭すら眩しさに溶けそうだった。


――熱い。


そこには生者の形も時間の区切りもなく、ただ無数の粒が互いを押し合い、散らし合い、果てのない迷宮のような運動を続けていた。


恐怖に似た震えが、最初に私を包んだ。


出口のない混沌に閉じ込められ、永遠に彷徨(さまよ)うのではないか――そう思えた。


けれど次第に気づく。


私のすぐそばには、無数の仲間がいた。


衝突と反発の音が合唱のように響き、炎の渦が一つの呼吸のように脈打っている。


私は孤独ではない。


むしろ、この広大な混沌の中で、すべてが寄り添い、呼応していた。


『今日も地球に届けよう』


太陽の声が、胸の奥に響いた。


――私は理解する。


今、私が漂うこの世界と地上の光は、直接つながっているのではない。


光の粒たちは、太陽の中心から表面へと少しずつ押し出される。


”ただの光”という存在を証明しながら、その道のりは気が遠くなるほどに長い。


何千年もの層を抜け、ようやく殻を破ると、そこから地球へ届くまでに8分。


冷たい無音の空間を滑りながら、青い星が近づいてくる。


私はついに太陽を抜け、宇宙の真空へと飛び出したのだ。


そこには森が揺れ、川が流れ、世界が目を覚まそうとしている。


地球の大気に触れると、私は一瞬だけ震えた。


空を青く染め、雲と雪で白く跳ね返り、海で赤を失い、子どもたちの黒い影が踊る。


赤い花が開き、葉は朝露で緑に淡く輝き、人の頬を橙に撫でる。


それは、私の存在を世界が受け止めている証のようだった。


(――そうか、私は太陽の光なのだ)


過去の後悔も未来の不安も、光の中に溶けていく。


()()()()()()()()()()()()()()


人々は私を意識しない。


いや、意識できない。


けれど、私がいることで、確かに世界は温かさを知る。


――朝の光として。


朝の光が、鏡の前の誰かに「おはよう」と(ささや)くように、私は今日も生まれるのだ。


――昼の光として。


雲の間を滑る風も、遠くの山並みも、街を歩く人々も、すべてが私を包み込むように輝くのだ。


――夜の光として。


星の影に溶けて、月を照らし、私の存在は遠くから静かに祝福され、緩やかに消えていくのだ。


そして、また数千年の旅の果て、私の一部は地球の空に届き、街を、森を、海を照らすだろう。


ふたたび地球では人々が目を覚まし、朝の光に顔を向けるのだろう。


私は気づく――自分(わたし)の存在は消えていない。


形は変わったけれど、確かにここにいる。


”わたし”は光であり、旅人であり、世界を抱きしめる存在。


悩みや不安に押し潰され、誰にも見つからない場所でじっとしている人。


わたしはその窓の外に漂い、静かに語りかける。


(あなたは、ひとりじゃないよ)


言葉は届かなくても、光の一粒として、そっと存在を届ける。


カーテンを透かして差し込み、床を染め、部屋の隅々に温もりを運ぶ。


光に触れたとき、その人の心の奥底で忘れていた感覚がよみがえる――


「・・僕は、まだ生きてていいの?」


「・・世界は、私を待ってくれているの?」


悩みの闇に包まれても、光子としてのわたしは言う。


(今、ここにいることが、もう希望なんだ)


光はゆっくりと伸び、部屋を満たし、心の影を溶かしていく。


(一歩踏み出すのは怖くてもいい。小さくてもいい)


彼らが浴びる光の一粒一粒は、私たち光子の長い旅の果ての軌跡であり、私の存在はその一部に過ぎない。


孤独でも、閉じこもっていても、あなたは光の旅人の一部であり、世界とつながっている。


――やがて、かすかな声が返ることがある。


「僕は、生きていたい」


「私は、世界とつながりたい」


太陽と地球。


光子と人間。


見えない糸で結ばれたすべての存在を、わたしは静かに抱きしめる。


心の奥では知っていた。


この旅は、あの人の目に届き、その心に届くためのものだ、と。



――そのとき、厚い雲の切れ目から一本の光が差し込んだ――



光は部屋の埃を通り抜け、彼女の胸に柔らかな温度を落とす。


ふわりと舞い降り、机上のコップの縁で踊るように揺れた。


姿形はないけれど、その存在には見覚えがあった。


――どこかで聞いた、大人しい笑い声の残響。


――筆箱を落とした日の、不器用な手つき。


――遠慮がちに何かを求めていた、あの眼差し。


彼女は、震える声で言った。


「・・・ちゃんなの?」


光子は答えるように、言葉を紡いだわけではない。


いつの間にか、いつもの日常から消えてしまった、あの声でもない。


(わたしは、太陽の奥でゆっくり眠り、長い時間を経てここへ来た)


だけど、彼女の耳には確かに伝わった。


光は、遠いところからの約束を運んでくる。


永遠(数千年)瞬き(8分)がひとつに溶け、夢と現実の境目は、光にかき消されていく。


(でも、本当は――昔、君のそばにいた、誰かのかけら(わたし)、かもしれない)


ベッドの上で、明日の朝日を浴びることが無かった同級生。


その少女が最後に願った光となって。


(彼女)の瞳は驚きの光に満ち、雨音がふと遠のいた。


外の空はまだ泣いているが、部屋の内側だけに、小さな晴れ間が生まれたようだった。


(人は火に溶けるとき、小さな粒を空へ放つ)


光は語る。


(その粒は地球の腕をすり抜け、遥かな闇を渡り、やがて太陽に抱かれて、光となる)


光は窓の外へと伸び、やがて空に弧を描いた。


(あなたのそばには、光がある(わたしがいる)


大きな虹が、豪雨のあとに架かった。


虹は静かに空を渡り、色の秩序を部屋の中に引き込む。


(だから、どうか顔を上げてほしい)


七色の橋は言葉よりも強く、お互いの距離を結んだ。


彼女は手を伸ばし、窓ガラス越しに指を虹の方向に向けた。


指先に触れたのは冷たいガラスのはずなのに、心の中には確かな温度が残った。


光子はやがて、ふっと消えるように薄れていった。


虹が消えると同時に、光もまた空へ(かえ)る。


――だが去り際に残したのは、確かな約束だった。


空が広がるたびに、またここへ戻るという約束。


彼女は、そっと笑った。


涙が頬を伝い落ちる。


笑いと涙が同じ線上に並び、胸の中の石が少しだけ崩れる音がした。


「最後に私も人として火に溶けたとき、小さき粒となって太陽に抱かれて、眠るのだろうか?」


窓辺に残る静寂の中、彼女は呟くように、自分自身に問いかけた。


「それとも、新しく生まれた あなたを照らすための、欠片(ひかりのこ)になるのかな?」


――空は返事をくれない。


だが、どこかの夜空に微かな光が瞬き、彼女の言葉は、虹の色のひとつとして空へ溶けていった。


――別れは来る。


けれど約束は残る。


いつかまた、出会うために。



――「私たちは、ここにいる(ひかりあれ)」――



しいな様の「朝起きたら企画」で「自分なら何になりたいだろうか?」と考え、「光」を通して人と世界が結びついている物語を書いてみました。


空の青も、葉の緑も、頬に触れる温もりも、すべては太陽のひとしずくから始まっています。


普段、私たちはそれを意識することは少ないけれど、毎朝、光は新しい一日を開いてくれる。


青に始まり、緑を渡り、橙に溶けていく――その移ろいの中に、人の営みもまた息づいているのだと・・


この作品を読んでくださった方が、ふと窓辺に射す光に目を留め、道に落ちる影に心を寄せてくださるなら、それ以上の喜びはありません。


(最後に、この作品の元となったもの)

人の終わりと星と光については、以前の私の活動報告で書いたことがあります。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2075012/blogkey/3314465/


お読みくださり、ありがとうございました!(≧▽≦)

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― 新着の感想 ―
壮大で悠久。 詩を読んでいるようでした。 自分の存在が太陽の光。 ちょっと思いつかないとてもユニークな発想だと思いました。
希望についてのとても美しい物語です。良いメッセージを伝えるとても美しい物語です
太陽や光は偉大で、人の命も同じようにかけがえのないもので。読んでいたら、広い宇宙に行ったような気持ちになりました。光があるから、私たちは生きていけるのだろうなと思いました。 素敵な作品、ありがとうござ…
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