彼女を覗く僕と、僕を映す彼女
彼女の首筋のほくろを記録する男。そのカメラに“演技”で応えるアイドル――。**
**最凶のストーカーと、狂気のサバイバル。二人だけの歪んだ“共演”が今、始まる
> ※ 本作品はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。ストーカー行為は犯罪です。
> (※ 本作品纯属虚构。登场人物、团体、名称等均为虚构,与现实存在的一切事物无关。跟踪狂行为是犯罪行为。)
**第1話 佐藤ヒカル視点**
シャーペンの芯が付箋紙の上でサラサラと音を立てる。今日のヨルのスカート丈を記録している。昨日より3センチ長い。これだと、彼女のカーテンコールでのターンが0.5秒遅れる――十分な時間だ。彼女が腰をかがめた時、首筋にできた新しいほくろをはっきりと確認できる。
雨粒が望遠鏡のレンズに弾ける。それは、ヨルが振り払う汗の粒にそっくりだ。俺は顔を望遠鏡のゴムアイカップに押し付ける。冷たい感触が頬骨を刺激する。この距離なら、彼女の膝のうっすらと青く残ったアザまではっきり見える。
アパートに戻り、ロッカーの一番奥に真空パックで保管していた聖遺物を取り出す――先週の公演でヨルが楽屋に忘れていったレースのタイツだ。それを首に巻きつけている時、「チーン」と特別な通知音が鳴った。掲示板『ヨル応援会』に新着スレッドが立っている。ユーザー[月下のホーダイ]が10秒の動画をアップしていた。
映像の中で、ヨルのポニーテールが不自然な弧を描いている。俺は三コマ目で一時停止し、彼女の右手の小指が丸まっている角度を拡大した。今朝、ゴミ袋で見つけた絆創膏の折り目と完全に一致していた。
「チン、チンー。今日のマスターの作品は?」誰かがコメントを寄こしてきた。
フォーラムが数十人から千人規模に成長するのをこの目で見てきた。それは、俺だけが撮影できる、ヨルの至近距離での完璧な写真のおかげだ。
写真と付箋で山積みになった机を押しのけ、8号の収納ボックスを開ける。蛍光マーカーで引かれた地図には、ヨルの買い物ルート、帰宅ルート、バイト先へのルート、ダンススタジオへのルート、そして最近では図書館へのルートが記されている。三十本以上のストーキングルートが、不気味な曼荼羅を織りなしている。俺は、明日のヨルの休日の行動計画を推測し始めた。
コンビニの看板がカビたレモンキャンディのようだ。三脚のダンパーノブを調整し、十字の照準をヨルのむき出しの後ろ首に合わせる。今日の私服は、色褪せた白のパーカーに黒のタイツ、茶色のローファーだ。棚の三段目で、賞味期限間近のおにぎりを選んでいる。ヨルの癖は、右手の小指で包装の端を引っ掛け、17度の角度でラップを触って、ご飯粒の湿り気を確かめることだ。
コンビニを出ると、ヨルは突然つま先で壁を蹴った。口元を見ると、たぶん悪態をついている。きっとまた、十分な割引商品が買えなかったんだろう!
ヨルって本当に自撮り好きだな! 後ろからついていくと、彼女は歩いたり止まったり、花や猫なんかを見つけると必ず自撮りしている。歩きながらカメラを構えられないのが残念だ。さもなければ、俺のコレクションアルバムにまた新メンバーが加わっていたのに。
ヨルが図書館に入るのを見送った後、俺は彼女の家の下までやってきた。マスクと手袋を装着し、今日の宝探しを開始する。今日は遅めで、ゴミ収集車が来るまでに残された時間は少ない。
捨てられたタピオカミルクティーのストローには、口紅の跡が縁に残っている。ラベルを見ると、昨日の公演後にメンバーと買ったものらしい――ヨル自身が買うのは勿体ないと思っているんだ。
ピンセットで、使い古した湿布薬と包帯を抜き取り、常に持ち歩いている真空パックに収めた。「アイドルって本当に大変だよな! ヨルはこんなに頑張っているのに、まだ人気もお金もなく、すごく切り詰めた生活をしているんだ!」
家に帰り、今日の収穫を整理分類する。部屋中に並ぶ戦利品を見ながら、ヨルをストーキングし始めてからもう一ヶ月以上になることを思い返す。初めて会った時の光景は今でも鮮明に覚えている。
俺、佐藤ヒカル、写真学科の大学生。卒業したばかりなのに、いきなり失業した。今はコンビニでバイトしている。
棚におにぎりを並べていると、ガラスの自動ドアが開き、機械的な女性の声が丁度「いらっしゃいませ」と告げた。冷気と微かな香水の香りが一緒に入ってきた。
彼女は売り場に来て、指でおにぎりの列をなぞりながら言った。「賞味期限間近のおにぎり…まだありますか?」声は少しかすれていたが、どこか聞き覚えがある感じがした。
顔の半分を隠す角ばったメガネをかけ、化粧はしておらず、目の下のクマがひどく目立っていた。
俺はすぐに、彼女がとあるグループの地下アイドル、月島ヨルだと気づいた。普段は編集やレタッチの仕事を請け負って生活の足しにしており、以前に彼女の編集もしたことがあった。
「すみません、期限が近い商品は事前に処分してしまいますので」アイドルだと分かっていても、俺とは関係なさそうだった。
「ケチッ。」
彼女が振り返った時、腰の後ろから黒いコルセットの端っこが半分見えた。金属のバックルがオリオン座の形に並んでいる。あの強力なライトの下で真珠母のような光沢を放っていた肌理が、今、きらめいていた。
「え、今の悪口?」何か言おうとした時には、彼女はもう店内から消えていた。
俺は慌てて、前にクライアントに送った編集動画を探し出した:ステージ上のヨルは鏡を散りばめた衣装を着て、ターンするたびに万華鏡を砕くようだった。耳たぶのアクアダイヤモンドが反射する星の煌き、ウインクが正確にカメラ――今の俺の画面――に向けられていた。
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**第2話 月島ヨル視点**
楽屋の蛍光灯がブンブンと唸っている。全身鏡の前でコルセットのバックルを調整しながら、肋骨のあたりのアザがじんじんと痛む。
「ヨルちゃん、今週も人気担当だよ。みんなもっと見習わないとね」マネージャーの吐いた煙の輪が空中で素早く消えていった。
俺は慎重に医療用包帯の端をほつれさせ、ステージ衣装の裾からちょうどいい具合に白い縁が覗くようにした。
「またわざと傷つけてるの?」チームメイトのリョウコがドア枠にもたれかかって冷たく笑った。俺は何も言わなかった。彼女の耳たぶのアクアダイヤが目に痛い。それは俺の写真集の売上で買ったものだ。「羨ましいわねぇ」彼女の指が俺のコルセットの金属バックルを突いた。「可哀想なフリするだけでセンターを奪えるんだから。」
俺は彼女のスカートの下にある、何の傷もない膝を見つめながら、先週誰が階段スペースにサラダ油を撒いたのかを思い出した。監視カメラはなぜか壊れていた。
突然鳴り響いた携帯の通知音が、凍りつきかけていた空気を救った。佐藤ヒカル氏が、俺が図書館にいた時の盗撮動画をアップしていた。映像の中の俺は背伸びして本を取ろうとしていて、腰の後ろに血が滲んだ包帯の一部が覗いていた。コメント欄に狂ったように流れる「辛そう」「痛々しい」という文字が画面を覆い尽くす。このデータが明日の食費に変わる。
それは彼との初めての出会いを思い出させた。
コンビニの自動ドアが背後で閉まった。首筋の産毛が逆立った。コルセットの金属バックルが呼吸に合わせて締まり、腰椎の痛みが鎮痛剤を買いに行くべきだと思い知らせる。
足音が水溜りに貼りついて醗酵している。そのリズムは、過去三日間わざと調整してきた俺の歩調を正確に再現している。右手が帆布のバッグの中に入り、護身用スプレーを握りしめた。プラスチックの冷たい感触が、初めてマイクを握った時の震えを思い出させる。
「まさか、まさか…」左足のヒールが突然滑った。まだ固まっていないアスファルトを踏んだような感覚。
熱狂的なファン? それとも変質的な殺人鬼? ショーウィンドウのガラスに映る二重の像:110が表示された携帯画面と瞳孔を大きく開いた恐怖に震える少女、そして背後で揺れるレンズの反射光。
皮肉だ。普段は喉から手が出るほど欲しいスポットライトが、今は誰かのファインダーに寄生している。
「こちら、…です」オペレーターの機械的な口上が、ある本能を目覚めさせた。耳鳴りの中で、チームメイトのリョウコが検索ランキングを自慢する顔が、記憶の中のフォロワー急増曲線と重なった。
「最近の収益、どんどん落ちてるんだよな…」
電話を握る手が震える。先月の握手会の空いた7分間は、事務所の業績表に刻まれた醜い傷跡のようだった。
冷汗が背骨を伝って落ちる軌跡。俺はショーウィンドウに映ったストーカーの輪郭を凝視した。カメラを構える彼のシルエットは、どんなステージよりもカメラに収まりがよかった。
「こちら、何かお困りですか…」
チームメイトたちの偽りの驚きの声が突然鼓膜を突き破った:「ヨルちゃん社会ニュースに出られるなんて~、アクセス数羨ましいわ!」
「すみません、子供が間違って押したんです」俺は切った携帯電話に向かって息を切らし、ガラスの映り込みで帽子の角度を調整した。背後に足音が近づくのを聞いた時、突然フードを外して長い髪を振り乱した。髪が鎖骨をかすめた瞬間、背後から抑えた息遣いが聞こえた――公演時の客席のざわめきとそっくりだった。
「撮りたいなら、もっといい素材をあげるわ。」
夜風がすぐに灼熱の喉に流れ込んだ。コンビニの明かりが、マスカラがにじんだ視界で光の斑点にぼやける。俺はわざと長い髪を右肩にかけ、左の45度角の顔を見せた。
「ストーカーさん…」
奥歯で下唇を噛み、自然な紅潮を作り出した。足音が突然止まった瞬間、俺は小型のボイスレコーダーを取り出した――これは先週中古屋で掘り出したもので、護身スプレーより300円高かった。
「これもまた別のステージじゃない?」
ふくらはぎの筋肉が過度に緊張して痙攣し始めたが、それはちょうどアイドル教程にある「憐れを誘うよろめき」を演出するのに役立った。
足音が再び響いた瞬間、俺はパーカーの襟を下に引っ張った。一昨日バックルで押さえつけられてできた鎖骨の赤い跡が、月光の下でちょうどハート形の影を作っていた。
七度目の「偶然の」振り返りで、俺は虚空に向かって最も高価な営業スマイルを咲かせた。護身スプレーは音もなくバッグの底に滑り込み、代わりにリップグロスが取り出され、街灯の下で誘うようなツヤを塗り込めた。特訓した微表情管理に感謝すべきだ。恐怖さえも釣り糸のような眼差しに鍛え上げることができた。
あのレンズが俺の張り詰めた肩甲骨のラインを捉えられるなら、あの盗撮写真に「貧乏アイドル深夜バイト」というタイトルが付けられるなら…呼吸が突然軽くなった。俺は24時間営業の薬局の前で立ち止まり、ガラス戸を借りて前髪の角度を調整し、彼が俺の睫毛の生み出す扇状の陰を確実に撮れるようにした。
「もっと壊れている感じで。」映った自分に向かって唇を噛む力を練習し、買い物袋からはみ出したばかりの鎮痛剤の箱をわざと半分出した。ストーカーの影が俺の足首を侵食する時、体は正直に震えたが、口元は制御不能に持ち上がった――このありふれた商店街が、ついに俺だけの鏡張りのステージになった。
奥歯で噛み破ったイチゴ味のリップグロスが口の中に広がった。血の味が混じった甘さがアドレナリンを刺激する。震えが膝から指先へと広がる。恐怖か、それとも興奮か。ショーウィンドウの中の自分の瞳が輝いている。まるであの三十台のカメラに包囲されたデビューステージに戻ったかのようだ――ただ今回は、スポットライトが路地裏に潜む盗撮レンズなのだ。
この猫と鼠のゲームを俺だけのリアリティショーにさせてやろう。結局、東京の夜の中で、恐怖さえもアクセス数に変えられるんだから。