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鏡の間の誘惑  作者: 雪影
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智泉院の乱れ

 美代が将軍の寵愛を得ることにより、養父の中野清茂は、今まで以上に破格の出世をとげることとなった。しかし、恩恵を得たのは養父だけではなかった。実父の下総の国の智泉院住職・日啓もまた、莫大な利益を得ることとなる。

 美代は己の大奥での地位が確固たるものになると、奥女中達に智泉院の護符を配るなどして、その売りこみ活動をはじめた。

 たまたま、家斉の四十八人目の子供である千三郎君が眼病を患った。美代は家斉に実父の日啓を売りこみ、加持祈祷をさせたところ、一体どういうわけなのか眼病は快癒した。

 これをきっかけに、智泉院は大奥女中達の信仰を一心に集めることとなる。

 大奥の女達は基本、城の外に出ることはできない。ただ寺社への代参という名目でなら外へ出ることができた。美代の必死の工作も実って下総の知泉院は、代参のための女駕籠が、しばしば見かけられるようになる。

 

 その年も春が訪れ、幾度目かの女中達の智泉院代参がおこなわれることとなった。この代参には、美代自身の姿もあり、侍女としてあの鶯も同道していた。

 江戸城から智泉院まではおよそ七里(約二十八キロ)もある。筆者も事情があって、東京駅から市川まで電車で幾度も移動したことがあるので、その距離がいかほどのものかよくわかる。

 普段は江戸城大奥という狭い空間で過ごし、体力を使う機会などない女の足で、あれだけの距離を移動したことが信じられない。彼女たちの信仰がそうさせたのではない。実は別の目的があったのである。




仏説摩訶般若波羅蜜多心経


観自在菩薩行深般若波羅蜜


多時照見五蘊皆空度一切苦厄


舎利子色不異空空不異色色即


是空空即是色……

 

 朗々と読経の音が境内に響きわたり、その後は日啓による説教がおこなわれた。

「さて仏教では釈迦如来の死後千年を経て、その教えが廃れ、これを末法の世と

申します……」

 しかし女中達にとり読経も説法も、どうでもいいことだった。彼女たちの大半は、この時間は苦痛であり、早く終わることのみを胸中密かに願ってさえいたのである。そう、彼女達が七里もの道を経てまで智泉院を目指したのは、僧侶の説教を聞くためではなかった。

 初めて美代に同行して智泉院を訪れた鶯は、別室でだいぶ待たされた。やがて薄いしきりの向こうから、男女のあきらかに尋常でない声が聞こえてきた。

 女中達は祈祷が終わった後、それぞれ別々の休息の間で待たされ、ほどなく若い僧侶が部屋を訪れる手筈となっていた。俗にいう性接待のためである。

 もちろん僧侶のふるまいとは到底思えない。女中達にしても幕府に知れれば、僧侶もろとも打ち首である。この危険な逢瀬が、互いの感情をさらに高ぶらせるのである。

 

 そして美代自身にも意中の男がいた。しかし、それは僧侶ではなかった。美代がしばらく待つと、やがてその男は姿を現した。他でもない。美代の育ての親、中野清茂だった。

「美代、変わりないか?」

「父上こそ」

 短い挨拶をかわすと早速、清茂は美代の小袖を脱がしにかかる。しばし美代は横になり、まるで人形のように清茂のされるがままになっていた。

 やがて清茂は美代の体を、まるで赤ん坊でも抱きかかえるように持ち上げ、布団の上に寝かせた。そしてゆっくりと襦袢越しに胸のあたりに手を入れる。さらに、性欲を抑えかねたように、太腿を舌で嘗めまわした。

 二人は、親子でありながら男女の仲となっていた。もちろん将軍・家斉の知るところとなれば、双方共に首が飛ぶ。

やがて一通り事が終わり、清茂がしばし美代の体の上で息を荒くしていると、美代が耳元で何事かをささやいた。

「一つお聞きしたいことがあります」

「なんじゃ?」

「何故、父上は私に間者を放ったのでありますか?」

 その瞬間、美代と清茂の目が合った。さしもの清茂も気まずくなったのか、ようやく美代の体から離れ背をむけた。

「何故、それを知っておるのだ?」

「部屋方の者に、一人素性の怪しい者が混ざっておりました。強く問いただしたところ、父上の指図で私を見張っていたと、はっきりと申しました」

 清茂の表情が、ひどく険しくなった。

「そなたが、奥医師と関係を持っているという噂を耳にした故、事の真偽を確かめたまでのこと」

「もし、まことならいかがいたしまする?」

 美代はそういいながらも、清茂の背後にぴったりと寄り添い、乳首のあたりから下腹部のあたりを、くすぐるような仕草をした。清茂の息が再び荒くなった。

「もし、上様の耳に入ったらなんとする。それに……」

「それに何です?」

 美代は少々意地悪い目をして、清茂の股間のあたりに手をやった。次の瞬間、清茂の理性が飛んだ。

「そなたの心は私だけのものだ。そなたの体は上様に捧げたとしても、そなたは私が育てあげた、私だけのかけがいのない宝だ! 奥医師などに、そなたの体を汚されてなるものか!」

 美代はしばし清茂の激しい攻めに耐えていたが、やがて清茂が息も絶え絶えになったのを見計らって、今度は己が清茂の上になった。

「覚えておいでか? わらわがまだ幼かった頃、父上に馬になれと命じたことがありましたな」

「おう! そういえば、そんな事もあったな」

「その時、父上は無礼者とわらわを叱りとばしました」

 と美代は、やはり清茂の耳元でささやく。そしてゆっくりと清茂の首に手をまわした。

「この体は上様の物、なれど心は誰の物でもありませぬ。もちろん父上の物でもありませぬ。わらわがその気になれば、父上とて、今度こそ馬にすることとて不可能ではありませぬ。いや上様とて、わらわの馬にすることができるはず」

 美代は自信に満ちた顔で言った。もちろん美代の言葉は、親しい間柄だからこそ通じる、半ばは戯れであった。しかし全てが戯れではなかった。

 この時、清茂は上にのしかかった美代に、幼少の頃の姿の幻影を見ていた。そして下から、美代の子宮のあたりを激しく突きあげた。たまらず、美代は喜悦とも悲鳴ともつかぬ声をあげる。

「いい加減にせんか! わしはそなたの馬になどならぬぞ! そなたこそわしから逃れられると思うな」

 さらに激しい「突き」で、美代は悶絶寸前となった。

 障子越しに二人がむつみ合う様が、シルエットとなって映し出され、その光景を数名の僧侶が目撃することとなる。


 一方、長時間待たされた鶯は、やがて尿意をもよおした。

途中、通りかかりの僧侶に道をたずねながら厠へとたどりついたが、なにしろ境内は広い。帰り際、道に迷ってしまう。うろうろしているうちに、庭に面した一角に出た。そこで鶯は、かすかにではあるが女のあえぐ声を聞いた。

 好奇心から、障子をかすかに開け中をのぞき見る。声の主は、なんと年寄瀬山だった。

 もちろん年寄といっても、高齢者のことではない。瀬山は四十ほどで、大奥の階級ピラミッドにおいて、御台所と側室をのぞいて最高位が年寄である。通常表の老中に匹敵するとまでいわれる実力者だった。

 鶯も何度かその姿を見たことがあるが、常に威厳とある種の厳格さをもって、大奥のトップに君臨していた。しかし今の瀬山はどうだろう。恐らく二十ほどの若い僧侶にもてあそばれ、よがり狂い、時おり物のように扱われていた。その一部始終を鶯は目撃してしまったのである。

 男女の関係に疎い鶯は、すぐにその場を離れ、先ほどの部屋に戻ろうとした。しかし動揺もあってか再び道に迷う。

 やがてとある部屋の前で、またしても女の叫ぶ声を聞いた。障子をかすかに開いてのぞくと、今度はお客あしらいの花町だった。やはり若い僧侶数名に、よってたかってもて遊ばれていた。

 あまりの衝撃に部屋をはなれてしばらくすると、鶯は体調が悪くなりはじめた。

「どうかなさいましたか? 気分がすぐれぬご様子」

 一人の若い僧侶が鶯を発見して、声をかけ、手をさしのべた。しかし鶯はその手をはらいのけた。

「いや! 来ないで!」

 そのまま鶯は、小走りで立ち去ってしまった。しかしすぐにまた気分が悪くなった。うずくまると周囲の部屋すべてから、男女のまぐわう声が聞こえてくるかのような幻聴が鶯を苦しめた。まるで無間地獄へでも落ちたかのようである。


 さて何度も言うようだが、大奥というところはピラミッド型の階級制社会である。

 位の低い女中達は、あまり手入れの行き届いていない部屋で長時間待たされることとなる。大奥には厳格な門限があり、この待たされている時間は、彼女達には想像を絶する苦痛だった。

 二、三人の女中たちが、狭い部屋で欲求不満をつのらせていると、やがて十二、三ほどの小坊主がお茶を運んできた。立ち去ろうとした時、事件はおきた。女中の一人が、僧衣の裾を後ろから引っ張ったのである。小坊主はよろけて転倒した。

「何をなさいます!」

「そなた、かわいい顔をしているのう!」

 それをきっかけに、女中たちが一斉に襲いかかる。彼女たちはあれよあれよの間に小坊主を裸にした。

「おやめくだされ! 何をなさいます!」

 必死の叫びも空しく、女中の一人が顔の上にのしかかり、完全にその動きを封じてしまう。さすがに小坊主はまだ幼く、力でも女中たちに及ばない。

 女中の一人が、一物を足の先でぐりぐりといじくりまわす。

「おやめ下さい! おやめ下さい!」

 幾度叫んでも、欲求不満の塊のような女中達の耳には入らない。

 やがて……小坊主は生まれてはじめての体験をすることとなる。最初は小便を漏らしたのかとも思ったが、それとはまるで違う感覚だった。

「なんだこれは?」

 一人が異変に気付いた。

「もしやして、そなた、今まで下の処理も己でしたことはないのか?」

 その言葉通り、小坊主は実は自慰行為の経験すらなかった。あまりの衝撃に、小坊主は女中達が去った後も、しばし起き上がることさえできなかった……。










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