美代と部屋方達
御美代の方、後に専行院と呼ばれることになる女性は、下総の国(現在の千葉県)に生を受けた。実家は、智泉院という日蓮宗の寺院である。住職の日啓の娘として、寛政九年(一七九七)に誕生した。
幼少の頃から聡明で、美しく育った美代は、十四にして将軍家斉に仕える旗本の中野清茂のもとへ奉公にあがる。清茂は御小納戸頭取、新番頭格を勤め将軍の側近中の側近であったという。
眼光は鷹のようであり、奸智にたけ、どこか鋭利な刃物のような人物であった。この清茂が、美代の美貌と才知に目をつけた。美代は清茂のたっての願いにより、十五で大奥に上がる。そして次第、次第に将軍家斉の寵愛を得るようになる。女子二人をもうけるも、男子には恵まれなかった。
間もなく美代も二十九になる。大奥では、お褥辞退といって、三十をむかえた側室は将軍の夜の相手を辞退することとなっていた。己が次期将軍の世継ぎとなる野望を密かに抱いた美代であったが、次第、次第に胸中に焦りが生じはじめていた。
やがて新たな年、文政十年(一八二七)の元日がやってきた。
毎年、恒例のことながら新年初日には、おさざれ石の儀がおこなわれる。
御座所廊下に毛氈が敷かれ、中央に置かれた三個の石を前に、まず御台所の寔子が
「君が代は千代に八千代に さざれ石の」
と唱和する。正月ということもあり、寔子はおすべらかしを結って、十二単を着こんでいた。続いて中臈代表たる美代が続く。
「巌となりて 苔のむすまで」
と結んだ。
この後は将軍とお目見え以上の女中達、さらには幕閣の者達が見守る中、吹上の庭で家斉の側室が一同に集結して舞が披露された。二十数人もの女たちの舞ともなると圧巻である。その中心にやはり美代がいた。
今夜鄜州月、閨中只独看
遥憐小児女、未解憶長安
香霧雲鬟湿、清輝玉臂寒
何時倚虚幌、双照涙痕乾
優美に舞う美代の胸中は、自信に満ち満ちていた。己が数ある中臈の中で最も将軍の寵愛を受けているのだ。同時に舞を見学するために集まった幕閣の重鎮たちの中で、一人の中年にさしかかった男の姿が、悲恋の舞を舞う美代の心に強く焼きついていた。その男、すなわち養父の中野清茂である。
さて奥女中達、は天守台の東にある長局といわれる、一種の女子寮に共同で暮らしていた。
長局は一の側、二の側、三の側、四の側と分かれている。特に一の側は、年寄や中臈などの位の高い女中達の住居である。ここで私的に雇われた、部屋子といわれる下働きと共に暮らしていた。
主棟と付属棟にわかれ、主棟は間口三間、奥行六間ほどある。台所、物干し台、縁側、そして手入れもあり、二階構造になっていた。下の階には部屋子達が五、六人で共同生活を営み、上の階には、高位の女中が御付の者と暮らしていた。
特に美代をはじめとして、最も位の高い女中たちの部屋の装飾は、見事であった。天井や小壁にも、地白に銀泥で唐草文様が描かれていた。
新年の儀式がつつがなく終了し、その夜は美代の部屋方の者達にも、美代から酒がふるまわれた。
部屋方の者達は皆したたかに酔い、上気した顔になった。皆、髪を総髪にして、足どりのおぼつかない者もいる。彼女達は普段は大奥という格式のため、緊張をしいられる毎日を送っている。そのため、部屋に戻ると途端にだらしなくなる。酒が入るとなおさらである。
化粧がはげ素顔がむきだしになっている者、胡坐を組んでいる者もいる。かとおもえば、上半身に襦袢以外身にまとっていない者もいた。部屋全体に香の匂いに、若い女特有のにおいが混ざりあって、異様な空気が漂っている。
「でも今日の御美代の方様、美しかったわよね。さすが、上様の寵愛を一心に集めているだけあるわよね」
と、尊敬とあこがれが混じった眼差しで言ったのは、旭という体の大きな部屋方の者だった。彼女達は直接舞を見学することはできないが、いわば裏方として、美代が舞う姿をかいま見ることはできた。
やがて旭は立ち上がると扇子を片手に、美代が舞う姿を真似はじめた。
「やめなよ! 美代様が舞うから美しいんだ。あんたが舞ってもしょうがないだろ」
と藤野という、この中では古株の部屋方の女が、酔っているせいか余計なことをいった。すると旭は寝ている藤野にのしかかって、体重をかけた。
「いってくれるじゃないの! 正月から、あたいに喧嘩売るとはいい度胸だね!」
互いに酒がはいっている。これをきっかけに、布団の上でとっくみ合いの大喧嘩になった。
「ちょっと! やめなよあんた達! 下の部屋に聞こえるよ」
周りは必死に止めるも、特に旭は体が大きいせいもあって、一度暴れだすと手がつけられなかった。
「あんた達いい加減にしな! 一体今何時だと思っているの!」
とうとう下の階の女中たちが怒鳴りこんできて、喧嘩はおさまったものの、特に藤野は完全に肌が露出していた。一方の旭もまた全身汗まみれであった。
この日、美代は将軍の用でいなかった。御付きの女中たちは旭と藤野、それに関与したとみられる部屋方の者等を部屋の外へ連れ出す。そして、水桶をかかえたまま徹夜で廊下に立たせるという罰を与えた。
こうして部屋に残ったのは多津と伊根という若い部屋方、それに仲間内で鶯とあだ名されている、新入りの部屋方だけだった。
やがて夜も更ける頃、多津と伊根は示し合わせたように、寝ている鶯に襲いかかった。まず布団をはがし、多津が馬乗りになり、伊根が鶯の口をふさいだ。
「大きな声だすんじゃないよ! 私ら美代の方様じきじきに、あんたを仕こむよう命じられてるんだよ! さあこの前の教育の続きだ! 覚悟しな」
伊根が鶯を膝枕するような恰好で両手をおさえこみ、まず口づけをした。そして同時に鶯は股間に指が一本、二本と入ってくる異様な感覚を味わった。
大奥において、女同志である種の性的快感を求めあうことは、決して珍しいことではなかった。今まで味わったことのない感覚に、鶯はしばし激しい抵抗をしめすも、多津はついには鶯の足首を紐で縛りあげた。一方の伊根は乳首のあたりを指先で、かなり長い時間いじり続け、やがて舌で嘗め回す。
多津は、鶯の秘部のかなり奥深くまで指を潜入させた。彼女は美声で、そのため鶯とあだ名されていたのである。彼女がその美声で悲鳴をあげるたびに、二人の性的興奮は高まり、この日はかなり長時間いたぶられることとなる。
ついには日が昇るころになり、鶯は無残にも口から涎をたらし、びくびくと手足を痙攣させた。明らかに正常な状態を逸していた。
「どうしたんだい? これくらいでまいっていたら、この大奥じゃやっていけないよ」
伊根は、底意地の悪い笑みをうかべながら言った。
しかも鶯の受難はこれで終わりではなかった。
数日後の夜半、鶯は直々に一階の美代の部屋へ呼ばれた。部屋には美代以外に誰もいない。鶯には、すでに何がおこるのか薄々わかっていた。
果たして美代は、鶯の前で寝間着をスルスルと脱ぎはじめた。思っていたよりグラマラスで胸も大きかった。女の鶯が見ても惚れ惚れするような美代の肢体である。
透き通るような白い肌が、かすかに薄桃色をおびているのは、これから始まることへの興奮ゆえであったろう。それがはっきりと鶯にも伝わってきて、恐怖におののく。
「どうか、どうかご容赦を!」
しかし美代に、鶯の懇願はとどかなかった。
最後のあがきをみせる鶯を無理矢理布団に押し倒すと、美代はその秘められた凶暴性をむきだしにする。突如として鶯の肩のあたりに嚙みついたのである。そしてその体を仰向けにすると、股の間に膝をいれ長い足を絡ませた。
「お許しを!」
鶯は悲鳴をあげるも、美代は必死にのがれようとする鶯をずるずると引きずる。そして着ているものをすべて、ことごとく、はぎとった。
今度はうつ伏せにして股を無理矢理開くと、下腹部に顔を押し付けて、あらぬところを嘗めはじめた。同時に足の裏をくすぐり始める。抵抗する鶯をなおもおさえつけて、全身をくすぐりまわすと、次第、次第に息が荒くなった。
「苦しいのかい? すぐに楽になるよ」
美代は鶯の顔に豊満な胸を押し付けるようにして、ピッタリと体を密着させた。そしてまたしても、あらぬところに指が入ってくる。ついに鶯はある種の快楽に屈したのか無抵抗になった。甘美な体臭が鶯を支配していく。そこから先はあまりの羞恥心のためよく覚えていなかった。
夜明けが近づくころには、鶯はまたしても口から涎をたらし、股間も精液でぐちょぐちょになっていた。
「これ以上続けると、本当に壊れてしまうね。それとも、もしかしてまだ続けてほしいかい?」
すると鶯は蚊が鳴くような声で、
「続けてください……」
といった。
美代は満足気に鶯の下腹部のあたりをぐりぐりと踏みつけた。間もなく鶯は美代の侍女になった。もちろん、日常の美代の世話と性欲の処理を兼ねてのことであった。