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鏡の間の誘惑  作者: 雪影
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御台所寔子と慰み女

 翌日、美代は長局(大奥女中達の女子寮)にある御台所寔子の部屋を訪ねた。

御台所寔子は、九州の南端・薩摩の出身である。美代が部屋に一歩足を踏み入れると、そこには南国でしか育たない珍しい植物が、芳香をはなっていた。

「そこへ座れ!」

 と言ったのは寔子ではなかった。寔子が飼育している鸚鵡だった。最初、美代は鳥が人間の言葉を喋ることが信じられなかった。いかにも部屋全体が、エキゾチックな雰囲気に満ちていた。

 寔子に関しては肖像画も残っている。色白で目、鼻が小さく、俗にいうおちょぼ口であるが中々端正な顔立ちである。貴族的でもある。遺体の発掘調査も行われ、背丈は143センチほどだった。徳川歴代の御台所や側室と比較しても、かなり低いほうである。

「こなた昨日の閨で、もし男子出生なら世継ぎにと、上様に懇願したそうじゃな? そのこと相違ないか」

 何事かを憂えるように、寔子が口を開いた。

「それは男子が生まれたらの話でござります。わらわはまだ、男子を授かっておりませぬ」

「もし授かったらなんとする?」

「それは上様の心次第かと……」

「上様が承知しなければどげんする? おまん敏次郎君に毒でも盛るか?」

 次第に寔子は詰問調になった。表向きは穏やかだが、心が動揺すると生まれ育った薩摩の訛りがでることを、美代はすでに知っていた。

「いかに御台様といえ、それは言葉がすぎるかと……」

 かすかに美代の表情が険しくなった。

「まあいいでしょう。所詮は上様の慰み女の空言と、我が心の内にとどめておきましょう」

「慰み女……御台様におかれては、さぞや骨が折れることでござりましょうなあ。二十数人もの慰み女を束ねるは、並大抵のことではござりますまいて」

寔子の唇がかすかに震えた。その時、寔子が飼育している鸚鵡が口を開いた。

「義をいうな! 義をいうな!」

「義をいうな」とは、薩摩の言葉でつべこべいうな! くらいの意味らしい。これにつられて寔子の部屋子や侍女たちが、忍び笑いをした。恐らく寔子はこの部屋で、周囲の者にしばしばこの言葉を連呼しているのだろう。その光景が脳裏にうかんで美代もまた笑った。座は一時ではあるが和やかな雰囲気につつまれたが、寔子の表情だけは険しいままだった。

 この日、美代は寔子に掛け軸を献上して部屋を後にする。それは川をのぼる鮎がえがかれたものだった。しかし寔子はこの掛け軸が気に入らなかったのか、すぐに地にたたきつけた。

寔子には、美代の心の内が薄々わかった。鮎は生物としての寿命が、せいぜい一年ほどでしかない。もしや、すでに女として盛りをこえた寔子の死を、密かに願う意味ではあるまいか? しかも、それゆえ鮎は多産である。これもまた多くの「慰み女」の頂点に君臨する飾り物の御台所である寔子の立場を、皮肉ったものかもしれなかった。

「己! このままにはしておかぬぞ!」

 寔子は思わず唇を噛んだ。

 



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