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#5 俺のムーブを焼きつけろ

「先行は俺ね。」

 DJがかけたダンスナンバーは軽快なヒップホップで、ユーリの得意分野だ。

 計算されたアップとダウンのリズムを使い分けながら、極上のクラブステップで観客の生徒たちを沸かす。


「なんだよあのDJ。ユーリへの忖度がすさまじくね?」

 ケントがムスッとした顔でDJに向けて手をひらひらさせて【大したことない】というジェスチャーをした。


 心地よいヒップホップのノリとユーリの音ハメの調和。

 しかし次の瞬間、急転直下のスクラッチ音がモニタースピーカーを通して会場全体に鋭く響き、打って変わってアングラなR&Bが流れて会場がどよめいた。

「おおっ!」


 リピートを狙ってフリーズしたユーリの音ハメは失敗で、観客席から悲鳴のような声が上がった。

「マジか!」

 青い顔で舌打ちをするユーリ。


 ステージ横のDJブースでターンテーブルを回しているドレッドヘアの男子生徒がマイクに向かって言い放った。

「決勝戦はサイコーにハイでスペシャルなナンバーを挑戦者たちにお届けすっぜ! ちな、オレっちは誰の味方でもないと言っておく! 準備はイイか? ヒアウィーゴー‼」


 会場はブーイングの嵐だが、ユーリはすぐに態勢を整え、ジャズダンスのようにしなやかなジャンプとバレエのピルエットで魅せる。ジャッジの半数が片手を挙げて【イイね】のジェスチャーをした。


「逆に礼を言うぜ、DJ。俺はストリート系ならオールジャンルイケるからな。」

「さすがだぜ、ユーリ。ナイスムーブ!」

 ジンが嬉しそうに手のひらを大きく上下させる。


 楽しくなったアムもジンのマネをして手のひらをパタパタさせたが、冷や汗をかいたケントに止められた。

「ウチもやりたいのに!」

「敵にはフツーやらないの!」


 ユーリの次にジンが滑らかなムーンウォークで中央に進み出てきて、会場が静まり返った。

 真打ち登場。

 世界ランク一位のダンススキルを期待する観客の生徒たちのまなざしを一身に集めて、ジンは高らかに声を上げた。


「みんな、俺のことおバカキャラだと思ってるじゃん?

 それを今日は払拭する! アムのトレーススキルを封印する技でな!」

「なんじゃと⁉」


 ジンは手をついた足のフットワークをしながらニヤリと笑った。

「俺は昨夜、めちゃくちゃ熟女して考えたのさ。」


 暑いはずの会場に、なぜか寒い北の風が吹き荒れた。


 すぐにユーリが両手で口を押さえて眉根を寄せた。

「ジン、もしかしてそれ、熟考(・・)では?」


「グゥッ!」

 ジンは見えない敵にやられたようにのけぞる。


 ユーリが分かりやすく凹むジンをフォローした。

「カッコつけて難しい言葉を使うな! で、どうやってトレースを封印するんだよ。」

「俺理論だと、女の筋肉や体力ではトレースできない技を繰り出せば、アムのコピーダンスを封印できると思う!」


「そうか、おバカ理論だけど考えたな!」

「おバカにしては、上出来だ!」

 ユーリもケントも拍手をした。


 アムもウンウンと頷く。

「やっぱりジンはおバカさんなんじゃな。」


「バカに負けたらウルトラバカだからな‼」

 ジンは仰向けの状態から回転するパワームーブ・スワイプスから大技・エアーフレアーを繰り出した。


 あまりの完成度の高さに、会場がまたも息を飲んで静まり返る。


「エッグッ! しょっぱなから最高難易度かよ・・・。」

「さすがU18世界ランカー。やっぱ番長はジンか。」


 観客のヤンキー生徒たちからため息さえ絞り出すジンのムーブは、アムの心も魅了した。


「スゴイスゴイ! やっぱりジンがちぃくんに違いないのじゃッ!」

 大興奮のアムは狸の耳と尻尾がうずうずして、こらえるのが大変だ。


 アムはセピア色に残る記憶の中のちぃくんが、小さい狸のアムに見せてくれたダンスの断片をホロッと思い出していた。

「あれ?」アムは不思議な感覚になった。


 髪の色やホクロの他に、なにか大事なことを忘れている気がする。

 でも、この感覚は何だっけ・・・?


 ※


「次は俺の番だ。」

 白い顔で倒れ込み、携帯用の酸素缶を口に当てたジンがユーリに引きずられて舞台袖に退場すると、白い特攻服をはためかせたケントが中央に出てきた。


「ケントーーー!」

「ぶちかましてー‼」

 今日イチの黄色い歓声が際立って会場に響いた。


 アムは不快な声に耳の奥がキンキンして手のひらを耳に押し付けた。

(狸は春になると発情するが、ニンゲンは年中発情するんじゃな!)


「ロッキング一辺倒のケントに下剋上はムリだよ。」

 残酷なセリフを親友にぶちかますユーリ。


 DJがファンクミュージックを回した瞬間、ケントはスッと感情を消した。それからゾンビの動きのように、身体を小刻みに震えさせ、音に乗せて筋肉で弾きながら、腕を回してロックダンスをした。


「ケントがポッピング⁉」 

 ジンとユーリが唸った。


「ポッピングをロックダンスに落とし込むなんて・・・これはかなり前から用意してたな。完成度も高い。」

 ユーリが悔しそうにポケットから出した眼鏡をかけた。


「〜からのォ、コレはどうだッ!?」

 ズルい顔をしたDJがユーリの時と同じくスクラッチ音を挟んで、今度はBPM220の高速ボカロ曲を回した。


「待ってたぜ!」ケントは素早く宙を舞った。連続3回の風が唸るような横回転を決め、伏せるように低い姿勢で着地した。

 

「高速エアプレーンの連続回転! しかも三回は激アツゥ!!」

 ジンが痺れたように身をよじり、ユーリは指を咥えて青ざめた。

「オイオイ・・・! これは俺たちのランクもヤバいぜ!」


 ケントのダンスは明らかに審査員たちにも好感触で、もはや暫定一位の声も高い。

 アムも興奮して狸の尻尾の先がスカートから飛び出していたが、幸いにも全員がケントのダンスに酔いしれていて気づくニンゲンはいなかった。


「ケント、おぬしやるな!」

 ケントは寄ってきたアムを見て、はにかみながらうつ向いた。


「アムの二回宙を見て思いついたんだ。ただし練習の時に足をグネっちまったから、2(ツー)ムーブはムリだけどな。」 

「え・・・?」

 

 不意にステージから客席に飛び降りたケントに、司会の生徒が慌てて声をかけた。

「ケント選手、あともう一戦ありますよ!」


 ケントはわざと大きく自分の足を持ち上げて指をさし、泣きマネをした。

「悪いけど、俺は棄権ね。あとは三人で仲良くケンカやってくれや。」


「ケント!」

 アムが驚いて立ち去ろうとするケントを呼ぶと、ケントが首だけこちらを向いて、襟をグッと下ろした。

「俺のムーブ、目に焼き付けたか? あとで首筋見せてやるから、ぜってぇ一位で通過しろよ‼」

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