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#18 狸の森のブラウン管テレビ

 やけに金木犀の香りが鼻につく。

 アムは柔らかい草の上で、重いまぶたを薄く開いた。


「ここは・・・。」


 見慣れた小川、聞き慣れた木々の騒めき、きらめく木漏れ日の光。


「狸ノ森だよね?」


 いつも生活をしている森なのに、懐かしいと思ったのが不思議。


 アムはしばらく周りの土のニオイを嗅いでいたが、急に鼻先にイトトンボが止まったので、頭をブンブンと振り回した。


「うちは止まり木じゃないのじゃ!」


 フワーと空に舞ったトンボにつられて見上げると、カラリとした良い天気。

 暑くもないし、寒くもない。


 後足で首の辺りを掻きむしると、痒さが減って満足感がある。

「気持ちいい! ・・・でも。」


 それから、前足や腹の毛を舐めて毛づくろいをはじめるアム。


「今日は何をして遊ぼうと思っていたんだっけ?」


 後足で立ちあがって向こうの山を見てみたが、どうにも昨日のことが思い出せない。

 爽やかな風がそよいでアムのピンと張ったひげを揺らしたとき、グゥゥとお腹の虫が鳴いた。


「ハラが減っては戦ができぬのじゃ!」


 アムは栗が大好物。

 前屈みで地を蹴りつけると、大きな栗の木の下まで駆けていった。


 ※


「今年は暑かったから、栗の実が小さいのじゃ!」


 イガイガの栗の鬼皮に苦戦しながら実を取り出すと、小さくてガッカリする。

 狸ノ森にある樹齢800年の大きな栗の木は、アムの一番のお気に入りの場所だった。


「でも、何か忘れているような・・・?」

 小さな栗を渋皮ごと頬張りながら考えるも、やはり記憶がまばらだ。


「そうじゃ、狸神さまに聞いてみよ!」


 口いっぱいに栗を放り込むと、アムは仲良しの狸神の祠がある滝の裏側を訪ねてみた。 


 ※


「おお、アムじゃないか。久しぶりだねぇ。」


 滝をくぐるまではたくさん水が落ちる音がしていたのに、祠の中はしいんとしている。

 奥から出てきた銀色の体毛の大型の古狸は、アムを見ると優しく微笑んだ。


 アムも曇りのない笑顔でニッコリと笑う。

 親を知らないアムは、狸神が大好きだった。


「あのね、狸神さま! うちは今日、何かを忘れてるみたいなののじゃ!

 この栗あげるから、教えて!」


 アムは口の横から小さい栗を十個くらい取り出すと、蕗の葉にゴロゴロと乗せた。


「アムが忘れていること・・・それって、必要なことなのかい?」


 狸神の思わぬ答えに、アムは笑顔を凍りつかせた。

「ヒツヨウ⁇」


「忘れるくらいなら、思い出すこともはないだろう。時間のムダだよ。考えるのを止めたらいい。」

「でも・・・。」

「ほら、前に大きな栗が食べたいって言っていたよね。川の向こうの山の栗の木は見たかい?

 早く取りに行かないと、他の誰かに取られてしまうよ。」

「あぁ・・・はい。」


 狸神さまの口調は優しいけど、反論を許さないような力強さがある。

 踵を返してトボトボと歩き出したアムは、祠の入り口でピタリと足を止めた。


「どうした、アム。まだ何か用事があるのかい?」

「うち・・・忘れたくない・・・。」


 アムは目の奥からほとばしる熱いものに縁が黒い目を潤ませた。


「ゼッタイに、わすれたくないのじゃー!」


 大号泣するアムを見て、狸神は大きく吐息をついた。

「かわいそうに。狸にもニンゲンにもなりきれないんだね。

 狸神さまは、手のかかるコほど可愛いとは思っているけどね。」


 狸神はアムを自分の膝の上に乗せると、ピンクの舌でアムの毛皮を優しく毛づくろいをした。


「アム、ひとつヒントをあげようか。」

「ピント?」

「その辺に生えている【スズメのテッポウ】で耳掃除をしなさい。

 アムは何歳?」

「んと、たぶん十六さい。」

「でもね、一般的な狸の寿命は十年なんだけど・・・アムは狸にしては、ずいぶん長生きだとは思わない?」

「んん?」


 前足を広げて数えるも、困り顔のアム。

 狸神は毛づくろいを止めて、ジッとアムの丸い瞳を覗いた。


「君はもう、一度死んでニンゲンに転生をしているんだ。」

「エッ、でも死んでないよ、生きてるよ!

 それにうちはタヌキだよ。ホラ、フサフサの耳も尻尾もある!」  

「9年前のことを思い出す日が来たね。」


 アムを膝から降ろすと、狸神は祠の奥のダンボールからレトロなブラウン管のテレビを引きずって持ってきた。


 アムが丸い目をもっと目を丸くした。

「これテレビ? 分厚いのじゃ!」

 

「さあ、これにアムの失われた真実が映るんだよ。

 失われた記憶を巡る旅の、はじまりはじまり~!」


 狸神が爪でテレビの電源ボタンを引っ掻くと、電気もないのにブゥーンという音とともに四角い画面に小さな狸の映像が映った。


 ※


 アムはちぃくんを待っていた。

 海外で行われるダンス大会に出ると言って家を出たきり、ちぃくんは何日も帰ってこない。


(もう、待っていられないのじゃ!)


 ちぃくんが居ない間は、寝室の枕の横のぬいぐるみに紛れているように言いつけられていたアムだったが、好奇心が旺盛なアムにじっとしてろと言うほうが無理だった。

 いつもお掃除をしてくれるホームキーパーのお姉さんが、ゴミ捨てのために玄関の扉を開けた際に、サッと脇を走り抜けてマンションの部屋を飛び出したのだ。


 非常階段を降りて柵をすり抜けて道路に飛び出した途端、向こうの歩道に黒い帽子を被ったちぃくんが信号待ちをしている姿が見えた。アムは喜んで飛びあがった。


「ちぃくーん‼」


 アムが尻尾を振りながら道路を渡ろうとしたその時、不意に大きなタイヤがたくさん付いたトラックが右側の視界に入った。

 振り向いたちぃくんの顔が一瞬で青ざめたのを、アムは見ていた。


「タヌぽん⁉ あぶなッ・・・!」


 ドン、という衝撃音と耳をつんざくブレーキ音。

 スローモーションのように宙に舞うアムに手を伸ばすちぃくんは、今まで見たことのないくらい怖い顔をしていた。


(笑ってよ、ちぃくん。いつもみたいに。)


 ニンゲンの悲鳴が辺りに響いて、テレビの画面は暗転した。


 ※


「スミマセン。この手水鉢の近くに、ボクの友だちを埋めてもいいですか?」


 次に画面に映ったのは、雨の日。

 青いカッパを着たちぃくんの映像だった。

 神社の若い神主に、白い包帯を巻いた頭をペコリと下げてお願いをしているようだ。


 ちぃくんの手に持つお菓子の箱をチラリと見た神主は、悟った顔であごひげを触った。


「埋めるのはいいんだけど、その箱の中ってなに?

 もし死んだ生き物なら、犬や猫が掘り返さないように深く掘らなきゃならないよ。」


 ちぃくんは無言で神主に頭を下げると、手水鉢と植木の間の地面にに大きな鉄製のスコップをザクッと突き刺した。


「タヌぽん、ここはね、神社っていうんだよ。

 いつもお花がキレイに飾られているし、僕の日課のランニングコースなんだ。

 だから、毎日会いに来るよ。」


 スコップが石に当たる度に土まみれの両手で丁寧に石をどかし、汗を拭いてまた作業に戻る。

 雨は容赦なくちぃくんの小さな身体を濡らした。


「僕、あれからね、ちょっと忘れっぽくなってて怖いんだ。

 お医者さんはね、あの日のことは忘れた方がからだに良いっていうけど、僕は忘れたくない。

 絶対にタヌぽんのこと、忘れないよ。」


 自分が入れるくらい深く掘った穴の中にお菓子の箱を入れると、ちぃくんは金木犀の花を箱の上にそっと置いて鼻をすすった。

「神さま、どうかタヌぽんを守ってください。いつかまた、会う日まで。」 

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