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#14 ケントの胸モヤ

「ワンエン、ツーエン、スリーエンフォー、ここで振り返ってポージング。    

 あー、やっぱりアムだけズレてるな。

 最初からやり直そっか。」

「まぁた!? もう何回も同じことの繰り返しなのじゃ!」

「え、今ので五十回目。」

「ムキーーー‼」


 アムが発狂寸前でカウントを取っていたケントに食ってかかると、隣にいたユーリがアムの肩を叩いてやんわりと間に入った。

 

「まあまあ、諦めないで。ちゃんとガラスに映った自分の位置確認すれば次は揃うって。

 俺はアムの味方だよ。」


 ジンもユーリとアムの間に無理やり入ると、アムの肘を軽く持ち上げた。

「あとあと肘下げないほうがぁ、ポージングはキレイだよッ。

 次は揃うから、頑張ろう!」


「お前ら・・・アムを甘やかすな!」

 ケントがドーンと怒りを爆発させるまでがワンセットで、四人のルーティーンの練習はなかなか終わらなかった。


 ※


 夕方近くの駅前のイベント広場には、巨大な円筒形で出来たガラス細工の採光施設があり、そのミラーガラスに姿を映してダンスを踊ったり歌を歌って発表する若者たちで賑わっていた。


 アムと3ワールドたちがその一角に陣取ってルーティーンの練習を始めると、すぐに目立つビジュアルとケタ違いの実力に自然と周囲に観客ができた。   

 そうなると、余計にアムの緊張はMAXまで高まってしまい、顔は強張り動きが硬い。


 ルーティーンが不発に終わると観客から「あぁー、残念」というため息がもれ、人々は自然と離れていった。


「も、終わりにしよーか。」

 限界まで荒く長い息を吐いた四人は、一斉に地べたに座りこんだ。

 

「モノマネするのは得意だけど、『自分の色で周りに合わせる』というのがよく分からないのじゃ・・・。」

 

 何回やっても自分だけが揃わなくてしょげるアムの首筋に、急に冷たい感触が襲いかかった。

「ギャビッ!!」

「ハイ、水分補給♪」


 ジンがニッコリとアムに笑いかけて自販機で購入したミネラルウォーターを渡し、顔を赤らめたアムも嬉しそうに受け取る。

 ケントは気まずそうに両手に持っていたエナドリの一本を尻ポケットに入れて、アムたちから少し離れた花壇のレンガに腰を下ろした。


「ジンって、いつもおいしいトコ持って行くんだよね。」

 ケントの心を見透かしたように、隣に腰を下ろしたユーリがぼやいた。


「いや、ホントに好きなヤツから貰えば、水でも嬉しい顔すんだろ。」


 ケントはエナドリのプルタブを開けて、一気飲みをする。

 それは微炭酸だったらしく、すぐに胃から吐き気がこみ上げてきたが、なんとかゲップをこらえて飲み込んだ。

「そんなん、どうしよーもないじゃん。」


 ユーリは汗の熱気で曇った眼鏡を、着ていたパーカーの裾で拭いてから立ち上がった。

「いろいろお疲れさん、また明日な。

 ケントよ、我慢するのもいいけど身体は大事にしろよ。」


「おつかれーーー!」

「明日な!」


 アムとジンが同時に手を振り、ケントも缶を握りつぶして立ちあがった。

「じゃ、俺も行くわ。」


「おう、お疲れ。」ジンはケントにも手を上げて見送ってからアムを振り返った。


「アム、うちまで送ってくけど?」

「ううん。うちは寄るとこあるから、大丈夫!」


 アムは後ずさりをしながら「まったねー!」と走り去った。


 ジンはペロリと上唇を舌なめずりして、月明かりのない曇った夜空を見上げた。

「チェッ、せっかく二人きりになれると思ったのに。」


 ※


 帰路に着いたケントは胸がモヤモヤしていた。

 一気飲みしたエナドリの胸やけじゃないことは、自分でも分かっている。


 思い浮かぶのは、ジンの優しい態度に喜ぶアムの姿。

 ケントがどれだけアムにお節介を焼いても、あんな表情(かお)はさせたことがない。


「っはぁ~。」

 どんよりしながら歩いていると、いつも筋トレをしている公園の奥から軽快なヒップホップの鼻歌が流れて来た。


(こんな夜に酔っぱらいの不審者B-boyでも踊ってんのか?

 ケッ、あんま気分がよくねーからウサ晴らしに通報してやろうかな。)


 スマホを片手に眉間にシワを寄せて暗がりの闇を凝視すると、ケモ耳をつけた女子がダンスに励んでいる。

 どう見ても、アムだ。


 ケントは、とっさに子供が乗って遊ぶパンダの遊具に隠れてしまった。

「あいつ・・・ひとりで何やってんの?」


 ※


 アムは真剣に踊っていた。

 今日の3ワールドとのルーティーンの練習が、揃えられなかったのが悔しかったのだ。


「ワンエン、ツーエン、スリーとんでフォー? ええっと、この時の手はどうだっけ? 手を意識すると足がバラバラになっちゃう!」


 即興でモノマネはできても、その場だけ。

 一日寝てしまえば、すぐに覚えたことを忘れてしまう。


 昔から、狸ノ森でアムはトラベルメーカーだったけど優等生ではあった。

 狸社会においては、その場を乗り切る力さえあれば生きることに困ることはなかったから。


 チームで力を合わせることも、何もないところから意味のあるものを作るということも初めての経験に等しい。

 音を上げるアムにジンもユーリも優しかったけど、ケントだけはアムに厳しく何度も同じ箇所の踊りを要求した。

「悔しいが、ケントは正しいのじゃ。」


 踊りながら、ケントの動きを思い出したアムは頭の動きをなぞるように動いてみた。

「ワンエン、ツーエン、スリーエン、フォー・・・。」


「そうそう、それな! それでいいんだよ。やればできるじゃん。」


 急なニンゲンの声にドッキリしたアムは、闇の中から出てきたケントを見て逃げ出そうとした。


「待て待て、どした?」

 ケントの俊足でアムに追いつき引き留めると、アムがケントの手を振り払おうともがいた。


「うち、みんなの足を引っ張ってるから、これ以上迷惑かけられない。ひとりで練習する!」

「迷惑だなんて、誰も言ってないだろ? ルーティーンなのに個人練習とか無理ゲーだし。」

「甘やかしてほしくないもん!」

「ああ、俺の言葉のせいね・・・悪かったよ。これでいい?」

「違うの、ケントのせいじゃない。うちができないだけなのに!」


「ッとに、いちいちめんどくせーヤツだな!」

 ケントはアムを肩に抱きかかえると、公園の入り口前にあるパンダの遊具の上に乗せた。


「はにゃッ⁉」

 バネで揺れる遊具の上でバランスを取るために、アムは手すりにしがみついた。


「いきなり何でもできるヤツなんて居ねーんだ。みんな努力してんだよ。

 できないからって一人でなんとかしようとすんな。」

「だってみんなが優しくするから、うちはいつまでも甘やかされて・・・。」


 うじうじとするアムに、ケントが痺れを切らして金髪を掻きむしった。

「見てて分かんねーかなッ! みんな、お前のことが好きなんだよ。俺らみんな、アムと一緒に踊りてぇーんだよッ!」

「・・・ケントォ。」


 小刻みに揺れるパンダの上のアムは、涙も左右に頬の上で揺れている。

 真面目な顏だったケントが急に破顔した。

「ヤバ!」


 アムがムッとして頬を膨らませる。

「何で笑うんじゃ!」


「お前、それはやりすぎ問題な!

 耳はともかく尻尾はどうなの?

 流行りだかなんだか知らねーけど、これじゃ、パンダの上にタヌキじゃねーか!」 


 ケモ耳や尻尾が丸出しで目の下にクマを作ったアム。

 その姿を見たケントが、弾けたように笑いだしたのだ。


(変身が解けた!?)


 アムはハッとして空を見上げた。

 今宵は月の見えない曇り空。

 アムが興奮してる・していないに関わらず、変身の一部が解けてしまうのだ!


(狸神さま、これはアウトですかッ⁉)

 

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