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#10 金木犀のニオイ

「もう見たか? 謎のJK vs【チームヘッドマスターズ】のダンスバトル動画! 鬼バズってるぞ!」


 ケントが欠伸をしながら教室に入った途端、興奮したユーリが待ちかねていたように、ケントの目の前にスマホの画面をつき出した。


「・・・何だって?」

 まだ目が半開きのケントは、ぼやけた視点を定めて画面を見るのに数秒かかった。


「やっぱ見てないのか。ケントは流行りには疎いからな。

 見てみ。この角度だと顔がよく見えないけど、スカートの下に短パン履いてヘッドスピンかましてるJKってアムだろ?」

「あー! 昨日の公園の動画か。そう、アムがヒロトに噛みついたんだよな。

 これがそんなにバズってんの?」

「視聴回数3万回だぜ! 関連ショート動画でダンフェス予選の動画も上げている奴らがいて、そっちもどんどん回ってる。

 顔にモザイクとか入ってないし、まんま制服だから、すぐにうちの生徒だって特定されるだろーよ。」

「すげーな。アム、有名人じゃん。」

「反応ユルイな! でも考えてみろよ。この世の中、お花畑な頭の奴らばっかじゃないからな。このコメントが・・・。」


 ユーリが画面をスクロールして、ケントにコメント欄を見せようとしたとき「おーす」という声とともにジンが教室に入って来た。

 ユーリとケントはジンに釘付けになった。


「お前、なにその顔。」

「朝からケンカでもしてきたのか?」


 ジンの左頬が赤く腫れあがっていて、クッキリと拳の跡が残っている。


「いつも登校するときに俺のカバン持ってくれる女子に、好きなコできたって言ったらグーパンされた。」

「・・・だろうな。」

「レンタルフリーだと思ってんのはジンだけだったんだろ。」


 ユーリとケントの対応は冷ややかだが、ジンはいそいそと自分のスマホを取り出すと、ニコニコしながら二人に一本の動画を見せた。


「ねぇ、そんなことよりコレ見た? このヘソ見せてヘッドスピンかましてるJKってアムだよなぁ?」

「ちょうど今、俺らもその話をしてたところ。」

「あぁ、見ろよ・・・信じらんねぇほど鬼うめぇ。しかも、踊りながら軽く目ぇ回しちゃってんのが、めちゃクソかわいーよな‼」


「言うほど可愛いか?」

 ムスッとしたケントが紫のヘッドホンをして自分の席に戻る。

 ひとりで騒ぎながら配信のアーカイブを実況観戦するジンに、ユーリが低い声で囁いた。

 

「ジン、ちょっとツラ貸せ。」


 ユーリが怖い顔でジンを教室の外に連れ出した。

「何だよ。今いいところだったのに。」

「お前さぁ、もしかして俺らの計画を忘れてねーか?」

「計画・・・ケントがたぶんアムのこと好きだから、ダンフェスきっかけで告らせようみたいな?」

「分かってて、ケントを煽るためにやってる演技にしてはさぁ、ちょいとモリすぎてねーか? 」

「ン―、最初は本当に演技だったんだけど・・・だんだん俺もアムのアツイダンスが気に入っちゃったんだよ。

 マジでゴメンだけど、俺のタイプにハマってんだよ。一生懸命なコに弱いんだよねぇ、俺。」


 ジンの胸ぐらを掴んだユーリは、そのまま後ろの壁に勢いよく叩きつけた。

「ってーな!」

「ミイラ取りがミイラになったってワケか? フン、どーせいつもの気まぐれだろ。お前はいつも、軽すぎるんだよ!」


 胸ぐらを掴むユーリの拳をガッシリ握りしめると、ジンは真面目な顏でその手を引きはがした。


「悪いけど、今回は俺も本気(マジ)だから。」

「・・・ッ。」


 ジンはユーリの腕を乱暴に解き放つと、教室には入らずにそのまま階段を駆け下りていった。


 廊下に取り残されたユーリはひとり、複雑な心境を小さく吐露した。

「今までそんな顔、一度もしたことなかったくせに・・・。」


 ※ 


 学園の一年生のフロアは、アムをひと目見ようと群がるヤンキー生徒たちであふれかえっていた。

「アム、こっち見て!」

「軽く踊って‼」


 次々に光るフラッシュに目をつぶるアム。動画を撮っている生徒たちがそれに文句をつける。

「おい撮影の邪魔だ。ライト光らせんな。」

「は? お互い様じゃね?」


 教室の異様な雰囲気にアムはビクビクしてしまい、登校して以来、カーテンの中から顔を出せないでいた。

「な、何がおこってるのじゃ?」


「アムは有名人になったのよ。でも大丈夫。ランが守ってあげるからね!」

 いつもアムを無視する隣の席の白ギャルが、今日はやたらと優しい。

 かいがいしく世話を焼いてくれる上に、アムに凸撃しようとする生徒たちを食い止めてくれるのがありがたかった。


「アム、もし芸能事務所にスカウトされたら、親友代表でランを推してね! アムのバーターでもいいからね‼」

 下心の分からないアムは、あとでランにバターをたくさんあげようと心に決めた。


「3ワールドだ‼」

「え、ウソ! ケントさん⁉」


 その時、教室の入り口で黄色い歓声がして、一年の女子に囲まれたケントが教室の入り口に顔を出していた。

 カーテンから目だけをのぞかせたアムが、ケントの様子をうかがっている。


「アム、行くぞ。」

「行くってどこにじゃ?」

 

 相変わらずカーテンから出てこないアムに、ケントは額の金髪をかき上げた。

「警戒心出し過ぎ問題な。俺のこと、そんなに信用できない?」


 薄いグレーの瞳にまっすぐに見つめられ、大きな手を差し伸べられたアムは、ようやく渋々とカーテンから出て来た。

「しんよう、できる!」


 ケントはアムの手をギュッと握ると、人だかりを気にせずにむしろ肩をぶつけながら歩き出す。

 教室の前にたむろしていた生徒たちは、ケントが通るとサァッと両脇に退いて道を開けた。


「ケント、本当にどこに行くんじゃ?」

「さぁね。ただカーテンに隠れるなら、ここにいても意味ねーじゃん。」

「まあな。」


 アムたちを追って生徒たちがぞろぞろと教室から廊下に出て来た。

 移動しても、スマホを手に嬌声をあげながらカメラを向ける生徒たちに、ケントが軽く舌打ちした。

 

「らちが明かねーな。ほら、背中に乗れよ。」

 背中を見せて屈むケント。

「ウッ・・・。」

 なぜかためらうアムに、ケントが苛ついて怒鳴った。「早くしろ!」


 アムが背中に乗ると、ケントは爆ダッシュで廊下を走り抜けた。

 想定外の行動にケントとアムの背中しか見れない生徒たちは、やがてハッとして叫んだ。


「アムが逃げたぞ!」

「ケントさん、速すぎ‼」


 アムはケントの首に絡ませた腕や足を意識してしまい、なるべく身体を離そうと努力した。 

(ケントの背中に乗るのは二回目なのに、なんか恥ずかしいのじゃ・・・!)


「アム、ちゃんと背中にくっつかないと振り落とされるぞ。

 首が閉まらない程度にしっかり掴まっておけ!」

 ケントに声をかけられて、アムは思い切ってケントに抱きついた。


 その瞬間、アムはケントの広い背中から微かな金木犀のニオイを嗅いだ。

 それは、懐かしい狸ノ森のニオイにも似ていて、アムは安心して背中に身を預けた。

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