第8話 ルシウス隊長、農業に目覚める(かもしれない)
ある日の朝、亜弥が庭の手入れをしていると、突然空間が歪んでルシウスが現れた。両手には抱えきれないほどの大きな箱。中にはぎっしりと野菜の種。
「うわっ、こんなにいっぱい……ほんとにいいんですか!?」
「隊員たちが、農家から譲ってもらったり、実家から送ってもらったものだ。遠慮せずに使ってくれ。ただ、この辺りでちゃんと育つかどうかは未知数だがな」
隊員に運ばせればいいのに、わざわざ自分で来るあたり、もはやこの人、確信犯である。
「ありがとうございます!確かにここ、けっこう高温多湿ですもんね。ハウスとかがあれば多少は調整できるのかなぁ……いや、その前に、この土地に合う野菜を探すのが先決ですね!」
さっそく亜弥は、今の時期に植えられそうな種をいくつか選んだ。この世界にはバナナは存在しないが、トマトやレタスなど、地球にあった野菜に似たものは多い。
今回は、試しにトマト3種、レタス2種、そして種芋を5種類植えることにした。
「第三部隊には、農家出身の者も何人かいる。育て方はそいつらに聞けばいい」
「僕、実家が農家なんです! 小さい頃から手伝ってたので任せてください!」
「おおっ、頼もしい!」
名乗り出たのは若手騎士のフィン。筋トレ感覚で農作業をこなしていたらしい。まさかの筋肉農業経験者。
「それは助かります~! わたし、ベランダ菜園くらいしか経験がなくて……」
「俺はまったくの未経験だが、力仕事なら任せろ。土運びでも水くみでもなんでもやるぞ」
(……あれ? ルシウスさん、普段は『俺』なんだ。仕事中だけ『私』って感じ? やっぱり育ちがいいっていうか、絶対お貴族さまだよね、この人)
その時、裏口の方から声が飛んできた。
「ふぅー、外は異常なしっと! アヤちゃん、今日のおやつは何だい?」
「オーウェンさん、おかえりなさい! 今日はバナナのパウンドケーキですよ~! ホイップクリームたっぷりでお出ししますね♪」
「おおっ、大当たりじゃんか!」
「俺、パウンドケーキ大好きなんだよな!」
外の見回りを終えたオーウェンが帰ってきた。
この家は結界で守られているけれど、周囲は安全とは言い切れないので、ルシウスの命令で見回りは日課になっている。
「うーん……ケーキに合わせるなら、やっぱり紅茶かな。温かいのと冷たいの、どっちがいいですか?」
「アヤは冷たい紅茶を頼む。温かいのは飲みたい奴が自分で淹れるように」
「了解でーす!」
ルシウスは、できるだけ亜弥の負担を減らそうとしてくれているようで、隊員にできることは隊員に任せる方針らしい。
「はいっ、お待たせしました。パウンドケーキとアイスティーです! レモンとミルクはお好みでどうぞ!」
「アヤちゃん、いつもありがとな」
「こちらこそ、いつも助けてもらって感謝しかないですよ~!」
みんなで手を合わせて「いただきます!」と声をそろえる。最初は亜弥だけだったのに、今では全員が自然と手を合わせている。
「うまっ……これ、マジでうまいな。バナナってこんなにケーキと合うんだな」
「でしょ!? 一度バナナ入りを食べちゃうと、普通のパウンドケーキが物足りなく感じちゃって……」
「それは困るな。妹がたまに作ってくれるんだけど、比べられたら泣いちゃうかも」
「えっ、フィンさんの妹さん、お菓子作りできるんですか? 食べてみたいな~」
「じゃあ今度、頼んでみますよ」
「わーい、ありがとうございますっ!」
そんなやりとりの中で、ふと思いついた疑問が頭をよぎる。
「そういえば……甘いものが苦手な人って、第三部隊にはいないんですか?」
「実は何人かいる。でも、なぜかバナナ系は平気らしい」
「えっ……なんで!?」
「わからん。バナナの力……ってやつじゃないか?」
真顔でそんなことを言うルシウスに、亜弥は思わず吹き出しそうになった。
◇◇◇◇
その頃、ルクシオン王国・城内――
「殿下はまた、森の見回りに……?」
「はい、そう聞いております」
「……書類仕事、山ほど溜まっているのですが……」
「それは私が兄上に代わって対応しておきます」
冷静に対処するのは、第二王子のレオナート。
「……兄上のように身体能力が高ければ、私が騎士団を率いることもできたのですが」
「いやいや、レオナート殿下のおかげで仕事が回っておりますので……」
本来なら、王太子ではない王族が騎士団の指揮を執るのが通例だ。だが、第二王子であるレオナートは、魔力こそ優れているものの──体力と運動神経に関しては、残念ながら王族平均を大きく下回っていた。
結果として、魔力・体力ともに申し分なく、しかも無駄に張り切る兄・ルシウスが「じゃあ俺がやる」と当然のように騎士団長の座についたのである。
(できれば、ルシウス殿下には魔物と戦ってもらって……ぐふふ。とか言えたらなぁ)
未来を憂う宰相の思考、若干物騒気味。
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