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第17話 団長、朝ごはんで限界を迎える

 「あそこに見えるのが、朝食が美味いことで有名な《香草の炉》だ。……まぁ、この時間から開いている店自体が少ないんだが」

 「この世界での外食自体が初めてなので、美味しければ何でも大丈夫です♪」


 ルシウスが指差した先には、朝の光を受けてほんのり湯気が立ちのぼる小さな食堂があった。

 木製の看板には葉を模した彫り模様が刻まれ、扉の隙間から香草パンの香ばしい匂いがふわりと流れてくる。


 亜弥の胸が、期待でふわっと熱くなる。


 ルシウスがお店の扉を開けて亜弥を中へ案内する。部下と練習しておいた甲斐があったな、と心の中でガッツポーズ。


「いらっしゃい。あら、隊長さん、おはようございます。今日はデートですか?」

「おはよう。デート……かもしれない」


 デートと断言する勇気はなかったが、それでも否定しなかった。

 ルシウスの耳が真っ赤になっていることを、おかみと亜弥は見逃さない。


(第三部隊って普段ほんとに女っ気ないもんね……。いつもは格好いいのに、今日はなんだか可愛いかも)


 店内に入ると、温かな空気がふわりと包み込んだ。

 香草パンの焼ける匂い、鉄板の上で肉が焼ける「ジュッ」という音、湯気の立つポタージュの甘い香り──

 異世界の“美味しい朝”が一気に押し寄せてくる。


「奥の席が空いてるよ。どうぞどうぞ、隊長さんの好きなところに座っておくれ」


 おかみが笑いながら案内し、ルシウスは軽く会釈して席を選ぶ。

 もちろん、亜弥が座りやすいようにテーブル端の席をそっと引く。


「ありがとうございます」

「い、いや……その……」


 亜弥が微笑むたびに、ルシウスの平常心がどんどん削られていく。

 普段は冷静沈着な第三部隊隊長だが、今日はどう見ても“初デートの青年”である。


「ご注文は? いつもの旅人モーニングでいいのかい?」

「ああ。今日は二人分頼む。……アヤ、嫌いなものはあるか?」

「大丈夫です! 旅人モーニング、聞いただけで美味しそうです」

「じゃあ二人分、いつものしっかりめで頼む」

「はいよ、すぐに出すよ〜」


 おかみが声を張ると、奥の厨房で鉄板の火が強まり、「ジュッ!」と景気のいい音が響く。


 香ばしい煙が店内に広がると同時に──

 亜弥のお腹が「ぐぅぅ」と元気よく主張した。


「……今のは絶対美味しい証拠ですね! いい匂いすぎます!」


 亜弥はまったく臆せずニコニコと笑い、胸いっぱいに香りを吸い込む。

 その明るさに、ルシウスは思わず目を細める。


「よく食べるのは良いことだ。ここは量も多いから楽しみにしておけ」

「はいっ! 私、食べる準備はいつでも万端です!」


 しばらくして、焼きたての香草パン、湯気の立つポタージュ、香ばしい燻製肉、赤果ベリーがテーブルに並べられた。


「お待ちどうさま、旅人モーニング二つ! できたてだよ」

「……わぁぁ……!」


 異世界で初めての外食が、こんなにも“おいしそう”でいっぱいだなんて。

 亜弥の胸は高鳴り続ける。


「いただきます!」

「……ああ、いただこう」


 祈るように手を組むルシウスを見て、亜弥も自然に微笑む。

 ふたりの朝が、優しい湯気と香りに包まれて静かに始まった。


 パンをちぎるとローズリーフとタイム草の香りがふわっと広がる。

 ポタージュは甘い香りを立て、燻製肉の表面はこんがり。ベリーは宝石のように光っている。


「香草パン、美味しいですね。スパイスとハーブがいい感じに混ざり合って……。ポタージュも金色で綺麗だし、甘くて優しい味です」

「燻製肉は、それだけでも食べられるが、次にパンと一緒に食べてみるといい」

「はい。……この肉も美味しい! バナナハウスだとあまり食べないのでうれしいです」

「あー……そうか。誰かが持って行かないと肉は食べられないな……気付かなくて悪い」

「いえいえ。普段からいろんな差し入れをいただいてますし、十分ありがたいですよ」


 ルシウスは相変わらず食べるのが速い。

 あっという間に皿をたいらげ、追加で朝焼きソーセサンドを注文した。


「亜弥はゆっくり食べてていい。俺らは訓練で早食いに慣れてしまっていてな」


 そう言いながら、ルシウスは嬉しそうに──しかし横顔に出ないよう必死に気をつけながら──亜弥が食べる様子を眺めている。


「はい、朝焼きソーセサンド、お待たせしました」

「あ、なるほど。ホットドッグのことだったんですね」


(どうやらこの世界ではホットドッグとは言わないらしい)


「亜弥もひとくち食べてみるか?」

「えっ?いいんですか?」

「ああ、もちろん」


 差し出されたソーセサンドの端に、亜弥がぱくりとかぶりつく。


(えっ!?)


「……!! これ、めっちゃ美味しい!! パリッとしてて、パンもふわもちで……香草パンより危険な味してますねこれ!」

「そ、そうか。気に入ったなら……よかった」


 たった一口。それだけでルシウスの心臓は討伐戦どころではない跳ね方をしていた。


(ちょ、ちょっと待て……これ……実質……間接……)

(だ、だめだ落ち着け俺……隊長だぞ……!)

(いや無理だ落ち着けるはずがない……!!)


 内心大混乱のルシウスとは対照的に、亜弥はぽわんと幸せそうだ。


「ルシウスさんも食べてみてください! ここ、すごく美味しいところですよ!」

「!?!?!?」


 全力笑顔で身を乗り出してくる破壊力は先ほどの比ではない。


「えっ……いや、その……アヤ、」

「どうしたんですか? さっきまであんなにがっつり食べてたじゃないですか〜」


(なんだこの試練……俺はいつから恋愛の高等魔法実技に巻き込まれているんだ……!)


 覚悟を決めてルシウスはソーセサンドを受け取り、


「……いただく」


 ぱくり。


 その瞬間、ルシウスの耳が真っ赤になった。


「どうです? 美味しいですよね?」

「……う、うまい。……とても」


 声が震えている。

 完全に動揺していた。


 そんなルシウスの反応に気付かず、亜弥は次のパンを口に運ぶ。


「いや〜、やっぱり町の食堂はすごいですね! 朝から幸せ〜!」

「…………」


 第三部隊最強の男、朝食で瀕死。


「ルシウスさん? 顔、熱そうですけど……大丈夫ですか?」

「だっ……大丈夫だ……!」


(大丈夫じゃない……まったく……!!)


 その証拠に、テーブルの下でこっそり握られた拳は震えていた。


 ――こうして第三部隊隊長兼騎士団長は、異世界の朝食ごときに情緒を持っていかれるのであった。


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