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第1話 願いは「バナナ」

 それは、日本での視察を終えた神が、自分たちの世界に帰ろうとゲートを開いた瞬間のことだった。


 ものすごい勢いで自転車を漕いでいた少女が、道に落ちていたバナナの皮にタイヤを滑らせ――そのまま「キャーッ!」という叫び声とともに、ゲートの中に突っ込んできたのだ。


 当然、帰還中だった神は真正面から衝突され、神も少女も揃って気絶。

 異変に気づいた神の仲間たちは慌ててベッドのようなものを用意して寝かせたが、「地球人が神々の世界に入り込んだ」と、瞬く間に場は騒然となった。


「我々の管轄外の生命体だぞ? 記憶の改ざんもできない。これは――処分するしかないのでは?」

「いや、これはシンが開いたゲートに巻き込まれたのだ。非は我にある」

「とはいえ、他の星に送り込んで秩序が乱れたら責任はどうする?」

「文化レベルの低い地球生命体に、それほどの影響力があるとは思えぬが」


「……ところで、あの妙な乗り物は何だ?」

「あれは“自転車”というらしい。乗ってみたいな」


 話は次第に逸れていき、真剣な議論と雑談が入り混じりはじめた――そんなとき。


「……あれ、何があったのでしょうか」


 気絶していた当の神、“シン”が目を覚ました。


「シン、目覚めたか」


 一部の神が声をかけるが、騒然とした空気の中で、肝心の本人だけが完全に置いてけぼりになっていた。


「自分は、いつ気を失ってしまったのでしょう……ゲートを抜けた後の記憶がありません」


「お前が通る途中で、地球生命体がぶつかってきたらしい。今、その生き物がすぐそこにいる」


 言われるままにシンが歩いていくと、視察していたばかりの日本人にそっくりな少女が、静かにベッドで眠っていた。

 ケガはなさそうで、少しだけホッとする。


「この子をどうするか、まだ結論が出ていないのですか?」


「地球は我々の干渉が許されない領域だ。記憶をいじることもできん。生かすには、我らの目が届く世界へ移すしかない」


「……日本に帰すことはできないのですか?」


「無理だ。だが、“救いの手”を使えるかもしれぬ。最高神に、この少女の願いをひとつ叶えてもらえるよう、お前が嘆願してみろ」


 “救いの手”――

 神々の加護を受ける世界では、報われない者にたったひとつの願いを与えるという最高神の特別措置。

 異世界からの転移者に適用されるのかはわからないが、シンはとにかく、少女の話を聞いてから考えることにした。


◇◇◇◇


 少女と二人きりになったシンは、周囲を真っ白な空間に変え、自身の姿を日本人の若い男性に変える。

 そして静かに、眠っている少女の額に手を当てた。


 やがて、ゆっくりと瞼が開かれる。


「あれ……ここは……?」


「意識はあるようだな。ここがどこかは教えられないが、答えられる範囲なら何でも答えよう。我はシンと呼ばれている」


「シンさん、ですね。……すごくイケメンですね」

「わたしは、福崎亜弥と言います。わたし、なぜここにいるんでしょうか……」


 シンは“イケメン”という単語の意味も理解している。

 そして、どうやらこの少女が好みそうな顔をしてしまったらしいことにも気付いた。意味はないが、少しだけ気恥ずかしい。


「我にも全てはわからぬが……我が世界に戻る途中で、アヤが我にぶつかってきたと聞いた」


「亜弥でいいです。そうだった……わたし、バナナの皮でスリップして……!」

「ごめんなさい!わたしがぶつかったせいで、大変なことに……!」


 深々と頭を下げる亜弥に、シンは心が痛んだ。

 このあと彼女に告げるべき現実は、決して軽くはない。


「……アヤが謝る必要はない」


 シンは、神々の中でも特に“同情心”が強い存在だった。

 だからこそ、最高神からの信頼も厚く、時にこうして難しい役目を担うことも多い。


「実は――」


 シンは意を決し、地球には戻れないこと、代わりに別の星に転移するしかないことを伝えた。


「……それって、わたしはもう、日本に帰れないってことですか!?」

「大学にも行けない、家族にも会えない……ってこと!?」


 亜弥はシンの服を掴み、感情をぶつけてくる。シンは黙って俯いた。


「……その通りだ」


「そ、そんな……」


 その場に崩れ落ちた亜弥は、静かに泣き始めた。

 シンはただ、そっと見守るしかなかった。


 時のない空間で、どれだけの“時間”が流れただろう。

 やがて、亜弥がぽつりと呟いた。


「いつか日本に戻れるって信じて、異世界でも頑張ってみます。……ところで、その星に――バナナってありますか?」

「……バナナ?」


「はい。バナナの皮でこんなことになったんですけど……それでも、わたしにとっては大事な存在なので」


 そう言って笑う少女の姿に、シンは慌てて転移候補の星々を確認する。だが、どの星にもバナナは存在していなかった。


「……残念だが、バナナは存在しないようだ」

「そっか……バナナ、ないんだ……」


 完全に力が抜けたようなその声に、シンは思わず、最高神へ念を送った。この少女の願いを――叶えられないだろうか。


【福崎亜弥よ。其方に非はないが、元の世界へ戻すことも叶わぬ。その代わり、願いを一つ叶えてやろう】


「えっ!?じゃ、じゃあ――バナナ!!」


【……承認した】


「はやっ!? 今、即答でしたよね!?」


 願いを聞いて即承認など、滅多にあることではない。シンは目の前の少女と、即決した最高神に驚くしかなかった。


 こうして“バナナ”という前代未聞の願いが正式に承認された――が、問題はここからだった。


 最高神に認められた願いは、絶対に叶えなければならない。

 だが、その願いの“意味”を、神の側から尋ねてはならないというルールもある。


 シンは考えた末に、こう決めた。


 「思いつく限りの“バナナ”を、この少女に与えていこう」


 育てる環境、調理道具、保存設備、あらゆる品種の苗――

 管轄内の星に転移した彼女が「自分の願いは叶った」と思えるその日まで、シンは、神としての責任を果たす覚悟を決めたのだった。



実は私、島バナナを食べたことがありません。

動画サイトで見て、美味しそうだなぁと思っているだけでしたが、そのうち絶対食べてやるっ!!

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