東生駒駅―2
「そういえば好きな人っていますか?」
生駒つじ町から東生駒駅までの168号線。そこを走るバスの中、人が多くて混んでいる中。そこで木花が更妙に話しかける。
「好きな人はいないです」
「そうなんですか。僕には好きな人がいます」
好きな人がいる。木花の発言を聞いて、紺珠はびくっと体を動かす。
実は紺珠、木花の後ろに座っていて、2人の話を聞いていたのだ。
「へー私占い師なんです。恋愛運を占いましょうか?」
さらりと更妙は告げる。
「お願いします。本当に好きな人がいて、恋愛運が気になっているんです」
落ち着いた声で、木花は更妙にお願いをする。
「きっと告白されますよ、好きな人に。それで無事両思いになることができます」
穏やかな口調で、更妙は答える。
告白、両想い。それは木花にとって、いや何よりも紺珠が気になる言葉であった。
大阪ほどではないけど、ビルの並び町を走るバスの中。そこで紺珠は木花のことを見つめる。
木花が誰かに告白されて、付き合うことになる。それは紺珠にとって、失恋を指さしている。
同性である。そこを考えると木花が紺珠のことを好きである可能性は少ない。きっと木花は紺珠とは違って、健康的なお嬢さんのことが好きなんだろう。
そこで紺珠は木花のことをあきらめることしかできないのだ。
そもそも紺珠は木花の名前すら知らないし、木花だって紺珠の名前を知らない。
会話だってほとんどしていないわけだし、仲がかなりいいわけでもない。
そんな状況で紺珠が木花に告白してもうまくいかないのは、誰だってわかっている。
「すみません。今日は東生駒駅近くでお仕事があるので、ここで降ります」
更妙は東生駒駅で、たくさんの人に混じってバスを降りていく。
更妙はいなくなった。更妙以外の人もバスから降りて行って、気がつけばバスの中には木花と紺珠の2人以外は誰も乗客はいなくなってしまった。
これはかなり珍しい。
いつもは生駒駅までバスに乗る人がいるので、人は残っている。なんなら混んでいる時もある。
でも今日はそうじゃない。
紺珠と木花。そして2人から離れたところにいるバス運転手以外、誰もいない。
バスの運転手は仕事で忙しい。そこでたとえ2人が会話をしても、気にする人はいない。
「すみません。俺とお付き合いしてくれませんか?」
だから紺珠は思い切って、生駒駅にバスが近づこうとしているとき、木花に告白することとした。
人がほとんどいないバスの車内、そして誰かと付き合ってしまうかもしれない好きな人。
この2つが合わさって、初めて紺珠は告白することができた。
「僕も紺珠さんのことが好きですよ」
木花はややずれた回答をさらりとして、バスから1人でさっそうと降りていく。
どうして木花が紺珠の名前を知っていたのか、それはわからない。そしてこの答えだと、どの好きかはわからない。
もやもやがたまるような答えに紺珠は、どうすることもできないままバスを降りていく。
そしてバスの中には、運転手以外いなくなる。いつも通りの生駒駅での光景。
そうまるで紺珠が木花に告白したことなんて、全くなかったかのような感じではある。
でも言葉は弱くない。一度紺珠が口にした言葉が、なかったことになんてなれない。
そこで告白の次の日。紺珠はいつものようにふらふらになりつつも、バスに乗る。そこは告白する前と、変わることのない風習。
稲倉で木花がバスに乗ってくる。これも変わらない。
「おはよう、紺珠! 朝ごはん食べた?」
まるで当たり前のように、木花は紺珠の隣に座る。そして木花は笑顔で、紺珠に話しかけた。
「おはようございます。栄養ゼリーなら食べました」
木花のテンションに押されるように、紺珠は落ち着いて答える。
「栄養ゼリーって時々売っているのを見るけど、おいしいの?」
「甘いよ。それでいて食べやすい」
木花はテンションが高くて、紺珠のテンションは低い。
このテンションの差は普通じゃないかもしれないけど、なんとか会話は成立していた。
「そういえば今更かもしれないけど、俺はあなたの名前を知りません」
「本当に今更だね。僕は宵宮木花だよ。生駒駅近くの喫茶店で、料理をしているよ」
明るくはきはきと答える、木花。
「俺は鶴居紺珠。大阪にある保険会社で働いている」
眠さをこらえるように、紺珠は落ち着いた声で答える。
「じゃあ、紺珠。これからもよろしくな」
木花は紺珠の手をぎゅっと握る。そこにはもう二度と離したくないという、強い意志があった。
「よろしくお願いします」
紺珠はぼそぼそと答える。
こうして木花と紺珠は、ひかりが丘住宅線のバスの中で、恋人関係になったかもしれない。