生駒つじ町―2
暑さをどんどん忘れていきそうな、寒さが少しずつ迫る中。紺珠はスーツ姿で、バスに乗っている。
目の下にある隈は、いつもと同じく濃い。疲れてはいるのだけど、それでも今日も職場へ向かうために紺珠はバスに乗る。
あすかの団地口でバスに乗り込んだ紺珠は、基本的には座ることができる。それで紺珠は一番奥にある広めの席、そこの右端で窓にもたれかかってうつらうつらしている。
バスが稲倉に向かって、大きな丘をひたすら降りていく。そんな時も、紺珠は窓にもたれて目をつぶっている。
紺珠は昨日バスじゃなくて、タクシーで帰ってきた。バスが出ていないほど遅い時間、すなわち深夜2時に紺珠は帰宅したのだ。そこで紺珠は少しじゃないほど、今は睡眠が足りていない。
バスは揺られながら、稲倉のバス停に到着する。何人かがバスに乗り込み、その中には木花もいた。
木花は睡眠不足なんて関係ないって顔で、軽やかにバスに乗る。そして紺珠の前にある席へと座った。
「おはようございます」
席に座った木花は、くるっと後ろに振り向いて、紺珠にあいさつをした。
「……おはようございます」
目を頑張って少し開けて、紺珠は木花にあいさつをする。
「いつも眠そうですね。お仕事は大変でした?」
「そんなことないですよ。昨日ちゃんと帰宅できて、こうやって通勤できていますから」
紺珠は、眠そうな顔をして答える。
いつも午後の4時に帰宅することができる木花と、夜遅くに帰宅している紺珠。
この2人の大丈夫のレベルは、当然のごとながら違う。そのうえで2人はお互いのレベルが違うことを、全くわかっていなかった。
木花はどっちかというとゆるゆるな生活をしていて、紺珠はきつきつの生活をしているから、当然だ。
「無理しないほうがいいですよ。コーヒーを飲んで、今日もがんばってください」
木花は、紺珠にコーヒーを渡した。
そのコーヒーは缶入りだ。しかもブラックで、甘いというよりも苦い味。この苦さでは、誰でも目が覚めてしかもかもしれない。そのくらい濃くて苦い缶のコーヒーだ。
「ありがとうございます」
紺珠はゆっくりと、缶コーヒーを受け取る。
「本当に疲れてそうに見えるから、あんまり無理はしないでください」
笑って木花は紺珠から視線を外して、前を向く。
紺珠は、コーヒーの缶のプルタブをあける。
少しずつコーヒーを飲んでいる紺珠の目は、ゆるやかにあいていく。
カフェインの力か、さっきよりも元気に紺珠は体を起こす。そして紺珠は読書をしている、木花のことを見る。
コーヒーを紺珠が飲んでいる間に、バスは小明寺垣内へとついた。たくさんの人でごった返す中、紺珠は1人でコーヒーを飲む。そこからしばらくの間、紺珠は黙って外を見る。
今日は珍しく、東生駒駅ではなくて生駒つじ町のバス停で更妙はバスに乗り込んだ。そして更妙は木花といつも通り、話し始める。
「萩原朔太郎の『竹』がいい詩なんです。竹がきれいにはえていっている様子にリアリティがあるのです」
「そうですね。竹が生きている様子がリアルです」
木花と更妙の会話。
この会話のことを、紺珠は今までと違って気にしない。
紺珠は木花と更妙ではなく、バスの外を見つめている。
生駒つじ町から東生駒駅までの栄えている168号線、東生駒駅から生駒駅までの坂道。
木花からもらった缶コーヒーを大事ににぎりしめながら、紺珠はただ窓の外を見つめる。
生駒駅について、木花と更妙がバスから降りていく。でも紺珠はバスから降りずに、ぎゅっと手で空になったコーヒーのかんをにぎりしめる。
「告白したいな……」
バスの運転手以外、だれもいなくなったバスで紺珠はつぶやく。
木花は男で、紺珠も男である。そこでこの恋愛は同性同士であるから、今の社会では難しい。
それでも紺珠はあきらめないかもしれない。
紺珠は同性愛者なので、大学生の時に男性とお付き合いしたことがある。でも今恋人がいないので、お付き合いが長続きしているわけではない。
ということもあって紺珠は同性に告白することが、他の人よりも手慣れているかもしれない。むしろ同性に告白することに、ためらいがない。
だからいつか紺珠は、木花に告白する。
木花が紺珠のことをどう考えているかはわからない。更妙と仲がいいのもあり、木花にとって紺珠はどうでもいい存在かもしれない。
そこで紺珠のつぶやきが、無事に達成されるかどうかはわからない。
恋は難しい。
何よりも同性に恋をすることは、今はまだ異性よりも難しい。
そこで紺珠は自分の恋心にどう決着をつけるかなんて、だれにもわからない。今は。