生駒市図書会館-2
大半の人が降りて、がらんとしたバスの中。
そこで紺珠は話し終えると、ゆっくりと木花を見た。
「さっきの子はとても目立つ容姿をしているので、たまたま覚えていただけです。それでいつもさっきの子が僕より前にバスへ乗り、図書館前で降りるけど、今日はそうじゃない上に寝ていたので、僭越ながら起こしただけです」
木花は落ち着いて、淡々と答える。
さっき木花がおこした月草は、髪の色が金色で目の色が青である。そこで黒髪黒目が多いこの国では、とても目立つ。
そこで木花はほかの人とは違って、たまたま月草のことを認識していたらしい。そこでは決して、月草が木花にとって、特別な存在ではないことをしめしていた。
「仲よさそうに話していたので、ナンパっぽく見えました」
紺珠は落ち着いて、冷たくならないように話す。
知らない関係ではありそうであっても、二人は仲が悪そうには見えなかった。そこで紺珠はひっかかっているみたいで、紺珠は会話を終わらせようとはしていない。
「そうかもしれません。僕は生駒駅近くの喫茶店で働いていて、接客業にはなれているのです。それで知らない人ともスムーズに話すことができるだけなのかもしれません。それでは仕事があるので、失礼します」
木花は和やかに話し、バスから降りていく。
ほとんどの人が降りてしまい、いつの間にかバスの運転手と紺珠しか残っていないバス。そこはがらんとしていて、さびしい以外のなにものでもない。
その状況で紺珠は黙って立っている。でも少ししてバスを降りないといけないことを思い出したのだろう。慌てて紺珠はバスを降りていく。
運転手以外は誰もいなくなったバス。そこの今度は別方向へ行く人たちが乗り込む。
こうしてさっき起きた木花が月草に話しかけたこと、紺珠が木花に話しかけたこと。それらすべてさっぱり、何もなかったようになってしまう。
でもすべてなかったことになんてできない。次の日、紺珠はバスの乗るとき、きょろきょろと周りを見る。これはひょっとしなくても、紺珠は木花のことを探している。
とはいえ紺珠は木花のことを見つけられない。かわりに紺珠は、月草のことを見つけた。
金色の髪と青色の目。そして性別がわからなくなるような、Tシャツとパーカーに、それからジーンズというラフなファッション。なるほどこれならバスの中では見た目が目立つ。
それに加えて東生駒駅や生駒駅のような駅じゃなくて、図書館前で降りる人は目立つだろう。それならば月草が特別な人ってことじゃなくても、木花は覚えていたのだろう。
ただし紺珠は木花が話しかけるまで、月草の存在を知らなかった。それは紺珠が疲れすぎているからだろう。
紺珠はバスに乗るとき、たいてい疲れている。それは朝だろうが夜だろうが、変わらない。紺珠の目の下にはくっきりとくまがあるし、何よりもいつもバスで寝ている。
そういうこともあって、紺珠がバスの人を覚えるのは今までなかった。目立つ月草だけじゃなくて、木花のことすらあまり気にしていなかった。
だからこそ木花と月草のことが気になってしまう、紺珠のことは珍しいかもしれない。
仕事をしていれば、それ以外どうでもよくなってしまう世の中である。仕事以外のことを気にできる余裕のない世界である。
そこで紺珠が仕事とは関係なく、木花と月草の会話を気にしてしまうのはありえないことだった。
バスはあすかのから降りて、稲倉のバス停についた。少しの人が乗ってきて、空いている席をうめていく。
そしてその中には木花もいる。木花は月草のすぐ後ろ、紺珠のすぐ前にある席へとすとんと座った。
目の前に木花がいる。そのことに気づいた紺珠は、窓の外を慌てて見始める。
バスは今小明の街を走っている。稲倉まであった自然豊かな住宅街という感じはなくなり、小さなビルやチェーン店の多いのどかな町がバスを囲んでいる。
バスはいつも通り小明寺垣内でたくさんの人を乗せ、そのうえ島田でもまだ人を乗せる。
そうしてバスは図書館前についた。
「すみません」
月草は人をかきわけて、バスから降りていく。
今日は月草と木花の間に会話はなかった。月草はスマートフォンをいじり、木花は文庫本を読んでいる。二人は各々好きなことをして、時間をつぶしている。
だとしてもただ見ているだけの紺珠にはそのことがよくわかっていないらしい。月草がバスを降りて行ったのを知ると、紺珠はほっとしたようにバスの外から木花のほうに視線を戻す。
図書館前からバスは動き出す。
図書館、そして和風ファミレス。そこから小さなビルの続く街並み。
それらを見ずに紺珠はぼんやりと、目の前にいる木花のことを見つめている。
これは恋なのだろうか? 紺珠は木花のことが好きで、ずっと見つめたくなるのか?
それはわからない。
でも紺珠は木花のことを意識している。そのことだけは間違いないだろう。