生駒市図書会館-1
和風ファミレス近くにあるバス停、それが図書館前だ。このバス停から信号を渡った先に、生駒市図書館がある。
そこで木花と話していた相手、秋山月草は降りた。人で混みあったバスの中を移動するのは大変そうだけど、適度な謝罪とゆっくりと歩くことによって、なんとか秋山月草はバスから降りることができた。
さっきまでのおしゃべりは、これで終わり。紺珠はバスから降りて道を歩く月草をぼんやりと見送ってから、またバスの中へ視線を戻す。
バスの中は、図書館前で乗り込んできた人も増えて、更に人が多くなっている。
今から仕事に行きそうな雰囲気のある大人、通学するっぽい制服姿の子供。木花と月草のような会話をせずに、ただせまい中でスマートフォンを使って時間をつぶす人たち。
何も変わらない。さっきまで木花と月草が会話をしてたと思えないくらい、人の声がしない場所。
そこで紺珠はバスの壁にもたれつつ、木花を見る。
木花は再び読書を始めた。当然のごとながら、木花は後ろに座っている紺珠のことは気にもしていない。ただ時間つぶしとしてか真剣なのか、分からないように見せつつ読書を木花はしている。
紺珠は眠そうに目をこすりつつ、ただぼんやりと木花のほうを見る。
実は紺珠と木花が同じ学校に通っていたとか、人生のどこかで接点があるわけではない。
木花が月草に話しかけた。そのことがきっかけで紺珠は、木花のことを認識してしまったのだ。もし木花のことが気にならなかったのなら、紺珠にとって特別なことが今日起きたわけではない。
そう木花と紺珠には接点がない。たとえ同じバスを利用していても、こんな混んだバスの中は人を個としてみることが難しい。そこで紺珠が木花のことを意識せずに生きていたのは、当たり前のことだ。
でも紺珠は木花のことを知ってしまった。だから再び寝ることをせず、紺珠は木花のことを見つめたままだ。
バスは図書館前から、再び移動を始めた。和風ファミレスが見えなくなり、あっという間に小規模なビルが集まっている道路がバスを囲む。
東生駒駅が近いからか、ここら辺は栄えているかもしれない。
とはいえまっすぐの道路をひたすら走るバスの中では、そんな町を見る人は少ない。大半の人はスマートフォンの画面を見て、紺珠は木花を見て、木花は読書をしている。
バスは何事もなく、東生駒駅に到着した。
東生駒駅ではたくさんの人が降りていく。人々が我先に、他人にぶつかってでも外へ出ようとする。穏やかじゃない状況。人が一気に減って席が空いたのもあってか、立っていた人が席に座る。そして状況が落ち着いてから、バスは再び出発する。
紺珠はゆっくりと、深呼吸をした。
さっきよりも人が減って、落ち着いた雰囲気になるバス。そんな中でも紺珠は視線を落ち着かないように動かしている。
木花が読書をしている姿、バスの天井、そしてバスの上にある広告。それらを何度も繰り返し見るだけで、紺珠は何も行動をできていない。
疲れて疲れてたまらないはずなのだ、紺珠は。昨日はこの時間のバスに乗ったにも関わらず、帰宅したのは深夜といっても過言じゃない時間だった。
そこで朝の今、起きているよりも寝ているほうが紺珠にとって気が楽なはず。いやこれからも仕事が待っているはずの紺珠は、今の時間寝ておいたほうが絶対にいい。目の下にあるくま、紺珠は健康に危ないくらいなのだし。
東生駒駅から生駒駅までの間、バスはのぼったり降りたりする。稲倉から平坦な道が続いていたのだけど、ここら辺はそうじゃない。ガタガタする道、それにつられて揺れるバス。
いつもと変わらないバス。その中で紺珠は落ち着きなさそうに、きょろきょろしている。
バスは最後の坂を上り終えて、生駒駅のバスロータリーに入っていく。座っていた人のうち何人か、ドア近くへ移動を始める。そしてぴっくり通りの入り口の前を通り過ぎて、バスはバス停に止まる。
東生駒駅と同じように人がわらわらと降りていく。
そんな状況でも木花はゆっくりと読書をしている。もうそろそろバスから降りなくてはいけないのに、焦るよう数はない。
紺珠はそんな中で、ゆっくりと立ち上がった。視線は木花から離さない。いや離せない。
紺珠は木花のことをじっと見ている。二人の周りでは他の乗客がバスから降りていこうとする。席から立ち上がり、移動して、バスから降りて。それで慌ただしくなったバスの中、そんな中で二人だけ目立っている。
人があらかたいなくなったバスの中、ゆっくりと木花は立ち上がる。落ち着いて読んでいた本をカバンの中に片づけて、のんびりとバスから降りようとする。
「すみません。なんでさっき知らない人を起こしたのですか? 知らない人がどこで降りるかなんて、分からないですのに」
紺珠は、木花に話しかけた。
そうバスから降りようとしている木花を見て、紺珠は動くことにしたのだ。