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72. 再来のカタストロフ | side:クラスメイトⅤ

「十数万の魔物がこの王都に侵攻しているだとっ…⁉︎それは確かな情報なのか?」


 亜人族領に七つある国の一つ、アルカイド。

 その王都…セラリスの西南区に位置する騎士団本部の一室に、驚愕の声が響き渡る。

 この声を発したのはセラリス騎士団第一師団長の男、クラフト=フィンガーだ。

 報告した冒険者がこのような嘘を吐くメリットなどどこにもない。

 その情報の信頼性が極めて高いことに、クラフトは整った金髪が乱れるのを厭わず頭を抱える。

 ここまでクラフトが焦っている元凶は、全てアルカイドの現王、デュランダル=アルカイドにあった。

 デュランダルはセラリス騎士団の第三師団以降を解体したのだ。

 理由はわからない、決して無駄な人員などではなかった。そうクラフトは今でも心の底から思っている。


 人口一位の王都を何百年もの間支えてきたセラリス騎士団。

 それを何の躊躇もなくデュランダルが縮小したのには大きな理由がある。

 それは…古代の代理人(デュアル・エー)第三支部の存在。

 ログリアは死者蘇生という言葉を撒き餌にして、愛する妻である女王を失ったデュランダルを懐柔したのだ。

 ゆえに、デュランダルは古代の代理人(デュアル・エー)が王都で暗躍しやすいように騎士団を縮小した。

 そんなこと、クラフトには知る由もないのだ。

 

 クラフトに魔物の王都信仰を報告した冒険者は異様なまでに詳細を知っていた。

 と、いうのも主犯の男がわざわざ接触してきて『要求』してきたらしい。

 その『要求』の真実を探るため、そして要求を叶えてやるため、クラフトはすぐさま冒険者ギルドへと向かった。

 もちろん、攻めてくる軍勢に対して対抗するための人員を確保しようという目論見も含んでいる。


 王都を見限った…というよりは得体の知れないデュランダルに仕えるのを辞め、セラリスを出て行った元騎士団員たちを連れ戻すのは難しい。

 更に報告によると魔物は王都を囲むように点在しているとのことだから、もはや別の街から増援を呼ぶのは不可能なのだ。

 すなわち、十数万の魔物を今この街内部にいる戦える者で駆逐しなければならないということ。

 もはや頼れるのは冒険者しかいないのだ。

 王都魔剣術学校の生徒たちに協力を煽るという手もあるが…貴族の息子娘が多いという特性上、危険な戦場に送り出すというのは気が引ける。

 はたしてあの(・・)Aランク冒険者はいるのだろうか。淡い期待を抱きながら、クラフトは辿り着いたギルドマスターの部屋の扉を開ける。


「おお、クラフトか。…そんなに焦って、何があった?」


 セラリスの広大な冒険者ギルドを束ねる実力者、リリアット=レインが落ち着いた口調でクラフトに問いを投げかける。

 その反応でまだ情報がリリアットの耳に入っていないと確信したクラフトは、間髪を入れずに答えた。


破壊と混沌の行進(カタストロフパレード)が再来している。至急冒険者をかき集めてくれ」


「…なんだと?」


 リリアットは耳を疑う。

 破壊と混沌の行進(カタストロフパレード)

 四百年前に当時の魔王レヴィオンが引き起こした、亜人族と魔族を隔てる決定的な要因となった事件。

 亜人族領一の人口を誇る王都に十万の魔物を引き連れたレヴィオンが侵攻し、多数の犠牲者を出した。

 ──そんな、歴史の書に記されただけの荒唐無稽に思える話が突如として舞い込んできた?


 滅多にギルドに足を運ばないクラフトが、わざわざアポを取らないで直接告げてきたという事実から、リリアットは疑いようのない事実だと瞬時に判断した。

 四百年前に引き起こされた破壊と混沌の侵攻(カタストロフパレード)の狙いは、当時のアルカイド王が持っていた『とある情報』。

 では、今回は?

 リリアットはクラフトによる更なる情報の開示を待つ。

 

「主犯はリオーネと名乗る男と…黒いフードを深く被った人物の二人らしい。もう既にこの王都を囲むように侵攻を開始しているとのことだ」


 クラフトは敢えて勿体ぶる。敢えて『要求』をすぐには伝えない。


「既に…?なぜ今までこれっぽっちも情報が入ってきておらんのだ…!」


 王都を囲む程の数の魔物に今まで気づけなかったのは何故だ、とリリアットは頭を抱えるが、


「おそらく、ハーマゲドンの谷に待機させていたのだろう。全く、恐るべき統率力だ。十万以上の魔物全てをたった二人で使役しているのだとしたら…魔王レベルの人物が襲来しているとみていいだろう」


 クラフトが冷静に分析して説明する。


「敵の目的はなんなのだ?」


 リリアットは机に右拳を強く押し付けながら、ダメ元で尋ねる。

 そんなリリアットの様子を見て、クラフトは重々しくその口を開いた。


「新星英雄だ」


 クラフトは自分でも言っていることがわからなくなるほどに、意味がわからないと感じていた。

 ──新星英雄の六人とはかつて一度だけ会ったことある。

 とても良い奴らで、真摯に依頼をこなしていた。

 それゆえ『何故』という疑問が大きかった。

 その感情を抱いたのはリリアットも同じだった。

 冒険者としては破格の勢いで突き進んだ新星英雄の実力者たち。

 多少気性の悪い奴はいたが、リーダーのショウを筆頭にしてバランスの取れた良いパーティだった。

 それゆえリリアットにもわからなかった。

 あの六人が、王都を危険に脅かすような大犯罪を引き起こす原因となったということが。

 だからこそ、リリアットは震える声でクラフトに問う。


「新星英雄が…何をしたんだ?」


「わからない。だが主犯のリオーネと名乗る男に接触した冒険者曰く、相当恨みを買われていたらしいぞ。新星英雄を連れて来なければ今すぐにでも侵攻を開始するらしい」


「わかっ…た。馬車の乗り入れ記録などから新星英雄の六人が今何処にいるか探れるだろう。アイツらは…転移魔法を使えるはずだからきっとすぐに来てくれるさ」


 リリアットは尚もこんがらがった頭で今後の展望を考えていた。

 今王都にいる冒険者と騎士団を集めて対策本部を作ること。

 あわよくば王都魔剣術学校の生徒に協力を頼むこと。

 現在王都を囲むようにして点在しているという魔物たちの正確な位置を捉え、街を出入りする馬車を制限すること。

 相手の要求からして、冒険者ギルドから出る馬車をなりふり構わず襲うような真似はしないだろう。

 そうしないと新星英雄をこの街に呼べないのだから。

 そして発表によって不安に駆られるであろう市民たちを安心させること。これが一番面倒で厄介だった。

 

 最後に…新星英雄に犠牲になってもらうのが手っ取り早いとリリアットは黒い感情を芽吹かせた。


 ※


 冒険者ギルドから突如発表された『破壊と混沌の行進(カタストロフパレード)再来』という報告は、瞬く間に広大な王都の隅々にまで伝播する。

 それにより、街の内部はそれこそ『混沌』と化した。

 我先にと街を出ようとする人。

 それを止める衛兵や騎士団の人間。

 ギルドへ主の身の安全の保証を訴えに来る貴族仕えの使用人。


 この発表によって街がそのような状況になることなど、ギルドマスターであるリリアットには分かっていた。

 しかし、発表せざるを得ない事情があったのだ。

 それは、もう既に魔物によって街を完全に包囲されているという事実。

 街を出るのも、入るのも叶わない状況。

 事情を説明せずして一方的に街を出るなと言うのは難しかったのだ。

 そうしなければ無理にでも街から出ようとする者が現れる。

 そして…街に入る馬車がなくなることによる食料品などの搬入制限。

 それを納得させるためには、事実を正直に告げることが最も良いとリリアットは考えた。


「それで、まだ新星英雄は来ないのか?」

 

 そう職員に問うリリアットは、ギルドマスター居室の下階、今にも暴動を起こしそうな程に騒がしいギルド内部の惨状を察知して頭を抱えそうになっていた。

 リリアットはこの自身の質問が、早とちりすぎることを理解していた。

 ギルドから発表をしてからまだ数刻も経っていない。

 まだ新星英雄が来ているわけがないのだ。

 リリアットは正常な判断が出来ないほどまでに焦っている。

 そんなリリアットの様子を見つつも、職員は冷静に言葉を返す。


「先ほど新星英雄が護衛した馬車の記録やギルドで受注した依頼の記録などから今現在新星英雄がいる場所を逆算し、竜車を出したところです。ギルドの紋が入ったこの竜者を魔物が襲撃することは有りませんでした。新星英雄の方々を探しに行っていると判断された為でしょう。しかし新星英雄のマサキ様は転移魔法を使えるので、もし直近で転移魔法を行使していたとしたら、発見に時間がかかるかもしれません」


「そうか…この暴動は収まると思うか?」


「難しいと思います。ひとまずは避難場所を王都魔剣術学校に指定し、安全だと確約した上で住民を集めておく他ないでしょう」


「そう…か。それでこの街にいる戦力はどのくらいだ?」


「騎士団長、第一第二師団長、王都魔剣術学校の上級生及び教師、Aランク冒険者一名、Bランク冒険者二十四名、くらいでしょうか」


「それをこの短時間で全て調べたのか?」


「はい」


 リリアットは部下の有能さと仕事の速さに舌を唸らせたが、同時に最大の戦力なり得るAランク冒険者が街に一人しかいないことに冷や汗が溢れそうになった。

 ──何故、デュランダル王はセラリス騎士団をあそこまで縮小したのか。

 元の堅固な騎士団であれば、ここまで焦燥に悩まされることもなったはずだ。

 リリアットの脳内には王に対して抱いていけないはずの、恨みにも似た感情が芽吹いている。


 新星英雄が来たところで、なのだ。

 新星英雄が全員自害したら侵攻は止まるのだろうか。果たして十数万の魔物は一斉に踵を返してくれるのだろうか。

 そんなはずはない。

 たった二人でそんな馬鹿げた数の魔物を制御することなど不可能なはずなのだ。

 きっともうじき腹を存分に空かせた凶悪な魔物たちが街の頑丈な塀を壊して侵入してくる。

 そんな予感をリリアットは感じ取っていた。

 そしてその不安を加速させるように、


「申し遅れましたが、先程述べたAランク冒険者の詳細は()Aランク冒険者ですので、現役程の実力は有してないと思われます」


 リリアットは文字通り頭を抱えた。

 きっと元Aランク冒険者とは、よくこの街に行商しにくるリレッジに他ならない。

 正直人気のあるグライトやバーンガルドであったら民衆を纏めるのにも買って出てくれるはずであり、その方がリレッジよりも確実に戦闘に長けているはずでもあった。

 街に魔物が流れ込んだら壊滅的被害は免れない。

 リリアットは祈るような気持ちで新星英雄の到着を待った。


 ※


 翌日夕方。

 いまだ尚今後の展望を考えて眠れぬまま一夜過ごしたリリアットの耳に朗報が届く。


「先程新星英雄の六人と…付随してAランク相当の力を持つBランク冒険者の三人が転移魔法によってギルド前に現れました」


 リリアットは歓喜した。

 そして同時に抑圧していた焦りが再び湧き水のように溢れ出るのを実感した。

 一刻も早く新星英雄をリオーネとやらの元に行かせなければならない。

 もはや暴動の鎮圧は難しくなっていた。


 住民の殆どは事情を説明しただけで納得し避難してくれたが、そうもいかない奴らだっていたのだ。

 その殆どが行商人。

 人がいなくなれば稼げなくなるだの、俺が注文していた食材の補償はどうなるだの、大半がそんなものばかりだった。

 行商人の殆どは思っているのだ。

 ギルドの冒険者がサボっていたからこのような事態になったのだと。

 しかしそれをお門違いだと批判したところで、頭の硬い行商人たちは聞く耳を持たない。

 リリアットは初めてこの街が嫌いになりそうだった。


「早く新星英雄をリオーネの元まで案内しろ」


 リリアットの指示で、部下は飛び出すようにギルドマスターの部屋を出て行く。

 ──ああ、これで何とかなってくれれば良いのだが。

 そんな淡い期待が届くかどうかは、新星英雄の一挙手一頭足に賭けられた。



◆◇◆◇◆◇



《side : クラスメイト》


 マサキの転移魔法による光の収束を感じ、ショウは目を開ける。

 転移先は王都セラリスのギルド目の前で、中に入る。

 そこには待ち構えていたように職員がおり、ショウたちの姿を見るなり縋るように告げた。


「リオーネは西門から出て直進すると見える、『魔王の岩肌』と呼ばれる巨岩の上にいます…」


 単刀直入に必要な情報だけを告げた職員の声は、ギルド内部の喧騒に掻き消されそうだった。

 ショウが見る限り、現状はまるで最悪だった。

 ギルドの内部は職員の指示を全く聞かない暴漢たちで溢れているし、壁の所々には穴が空いたりしている。

 怒声に混じって聞こえる話に耳を澄ますと、やれ街から出させろなり、やれ稼ぎの補填をしろなり、自分のことしか考えていない発言ばかりが飛び交っていた。

 ギルドの職員たちはあまりに疲弊している。

 ただ一言、王都魔剣術学校まで避難して下さいとだけ(しき)りに発していた。

 ショウはそんな様子を見て絶句を隠さなかった。

 ──自分たちのせいで街がこんな状態になってしまったのか?

 責任感の強いショウは自分を責める言葉を探したが、そんなショウの気持ちなど露知らずヒナコがズカズカとギルド内部へと侵入して大声をあげ始める。


「アンタら何様のつもり⁉︎アンタたちが叫んだ所で現状は何も変わらないでしょ⁉︎それとも街に出て魔物と戦ってくれんの?だったら私たちと一緒に今から外に向かう?」


 ヒナコはレベル十の紋章を展開し、空気がひりつくほどの魔力を放った。

 それによりギルド内部は一瞬の静寂に包まれるが、同時に暴漢たちは事の元凶であるショウたちの存在に気づいたわけで──対抗して声を荒げる。


「ようやくお出ましか、新星英雄!お前らが得体の知れないヤベー奴に喧嘩を売ったから俺たちの街がこうなったんだろうが!お前らがこれをどうこうするのは当たり前じゃねーか!」


「「「そうだ!そうだ!」」」


 ヒナコの一言で、ギルドは余計に騒がしくなってしまった。

 もはやこの街での…いや、この世界での新星英雄のイメージは崩れ去っていた。

 信頼を築き上げるのには時間がかかる。

 だが、それが崩れ去るのはこうも一瞬なのだ。

 ショウは目頭に涙が溜まりそうになっているのを感じた。


「行こう、ヒナコ。こいつらに関わっているだけ時間の無駄だ。俺たちがやるべき事は…一刻も早くリオーネを止める事だ」


 歯軋りをして敵意を剥き出しにするヒナコの横に立ち、制止するトモヒサ。

 そんなトモヒサの落ちついた様子を見て、ショウも覚悟を決める。

 

「そうだね、みんな。行こう。一刻も早く。僕たちでリオーネを倒すんだ」


 リオーネは明らかに強い。

 下手したらサイディスをも超える実力を有しているかも知れない。

 そんな不安を抱きながら、ショウは八人を引き連れて職員の案内の元セラリス西門へと向かった。

 脳裏に残り続ける暴漢たちの怒声と、最早悲鳴にも聞こえた職員たちの言葉を何度も心の中で反芻しながら。


 魔王の岩肌。それは王都西部に存在する、巨大な一枚岩。

 その名前はかつて起きた破壊と混沌の侵攻(カタストロフパレード)の際、魔王レヴィオンがその場所を拠点にしていたことに由来する。

 ショウはそんなことを淡々とギルド職員から説明されながら、西門を目指していた。


 王都はショウたちが以前訪れた時とは比べ物にならないくらい活気が死んでいた。

 まるで荒廃した大地のような雰囲気が漂っていた。

 一言で言うならば、不気味。

 本当にあれだけの数の人間を避難場所である王都魔剣術学校一箇所に集約させているのだとしたら、食料が尽きるのも時間の問題だろう。


 ショウは切実に思う。

 ──それにしても静かすぎる。

 もう既に門の目の前まで来た。

 それなのにこの街の周囲を囲んでいるはずの魔物の呻き声一つ聞こえてきやしない。

 恐るべき統率力によるものか、それとも話自体が全て嘘なのか。

 ショウは完全に閉まり切った大門と、その前で意味もなく槍を構えてこちらの様子を伺う門番の姿を見て軽く会釈をしながら、裏門とでもいうべき通路から街の外へと出た。

 ショウに追随して他の八人も外へと出る。

 ここまで案内してくれた職員はそれを確認して「後は頼みます」と言い残し、街の中へと戻った。


「なんだこれ…」


 ショウは街の外に広がっていた光景を目の当たりにして、絶句した。


 空気が震えていた。

 『第二の壁』とでも言うべき存在がそこには構築されていた。

 夥しい数の魔物。

 まるで置き物のように動かずそれらは虎視眈々と、いや、威風堂々とそこに鎮座していた。

 ──ショウたちを待っている。

 理性も何もない、動物的感情のみに支配されているであろう魔物が腹を空かせて共食いをするでもなく、ただ飼い慣らされた家畜のように統率の取れた動きで──ショウたちを待っているのだ。

 おそらくは無理やり街を出ようとした者もいるのだろう。

 しかしこの状況を見てしまっては、諦めて踵を返す他ないはず。

 街に入ることも叶わない。

 思いの外暴動が小さかったのは、この状況を前にしてどうすることもできないギルドに対する同情の念こそが原因だったのかもしれない。


 魔王の岩肌は数百メートル先に見えた。

 王都セラリスの周囲は緑豊かな平原である。しかしいつもの平穏な雰囲気などただ一つとして存在していない。

 そこにたった一つだけ存在する、あまりに異質な赤い一枚岩。

 それはまるで地中からそこだけ飛び出したかのような形をしており、ショウはテレビで見た事があるエアーズロックのようだと思った。

 

 ショウはふと、後ろを振り返ってクラスメイトたちの姿を確認した。あまりに静かすぎたからだ。

 沈黙。

 クラスメイトたちはショウと同様、目の前に広がっていた壮絶な光景を前にしてただただ沈黙していた。

 普段何も考えていないようなヒナコにでさえ、思うところがあるようである。

 その時、その静寂を突き破ってユナが前方を指し示しながら、


「あれ…!魔物がこっちに向かってきてる!」


 恐怖と疑問に満ちた声を出した。

 その声に疑問が含まれていた理由は、再び前方に視線を戻し目を凝らしたショウにもすぐにわかった。

 馬形の魔物が八体。

 まるでショウたちを出迎えるように人数分こちらへ向かってきている。

 疑問を抱かずともわかる。

 迎えに来たのだ。

 魔王の岩肌で待つリオーネがショウたちを呼んでいる。


『ノレ』


 馬形の魔物はショウたちの前に着くなり膝をついて、まるで生まれて初めて言葉を発した赤子のような口調でそう告げた。

 ショウたちは言われるがままに魔物の背に乗る。

 八人全員が慣れない手つきで手綱を握ったところで、魔物は竜車に次ぎそうな程の速度で魔王の岩肌頂上目指して駆け出した。


 壁のように(ぐん)を作っていた魔物たちの合間を抜けるように岩肌の表面を疾駆する。

 初めて乗ったというのにこの魔物の乗り心地は意外と悪くなく、何故この魔物が乗り物として流行らないのかショウは疑問だった。

 おそらくは飼い慣らせるほど気性が温厚ではないからなのだろうが…それを差し引いても家畜化を狙う価値はあるような気がした。

 そしてこの魔物でもう一つ疑問だったのは、まるで立髪のような位置に存在する触手のような器官だった。

 触るのも憚られるような見た目をしているため、クラスメイトの誰も触るような真似をしていない。

 

 歩いて数分ほどの距離も、この魔物のおかげで数十秒でたどり着く。

 岩肌の頂上。

 まるで円形のステージのようになっていたその場所で、二人の魔族、そしてフードを被った小柄な謎の人物がショウたちを待ち構えていた。

 二人の魔族の詳細は忘れもしない、リオーネとその従者ミラ。

 リオーネは相変わらずの気味悪い薄笑いを浮かべており、枝のように細い腕と高身長が特徴的。

 ミラはまるで日本人のように艶やかな黒髪と、まるで少女のように幼く可愛らしい顔立ちに反して知的な雰囲気がミステリアスだ。


 誰も口を開こうとしない。

 久々の再会。リオーネに言ってやりたいことは山ほどある。

 しかし、クラスメイトの誰も真っ先に怨嗟の声や、今回の目的を問う声をぶちまけることはしなかった。

 何故ならば。

 リオーネの横に立つ小柄なフードの人物。その正体を雰囲気で察してしまったからだ。

 誰も喋れない。

 この場にいるクラスメイトの全ては口を堅く閉ざす他なかった。

 自分たちが恨み言を出せるような立場にいないことを理解してしまったから──

 その時。

 沈黙を突き破り謎の人物が被っていたフードを持ち上げ、高らかに哄笑した。


「よぉ2年B組のみんな。久しぶりだなあ?元気にしてたか?この魔物は俺の魔法で従えてるんだ。どうだ?凄いだろ???」


 引き攣った笑顔を見せるその男の正体は、ショウたちがリオーネの屋敷で転移する際に見捨てたクラスメイト、沢田ヨウトに他ならなかった。 

 ショウたちはそんなヨウトの言葉を聞いてもなお沈黙を貫いている。

 弁明も何もしようとはしない。


 リオーネが…ヨウトが『新星英雄』を呼び出した目的は自明だった。

 今回の事件の発端を新星英雄にすることでその信頼を地に落とさせようとしているのだ。

 ぐうの音も出ない。

 恨みを買われていても仕方がなかったから。

 だがしかし。

 ショウには納得のいっていない面もあった。


 ──ここまでするか?


 ヨウトの性格を詳しくショウは知らない。

 日本にいた時に虐められていたという記憶もない。

 なのに何故。

 あの時リオーネの屋敷に取り残されたからという理由だけでここまでするのか。

 その疑問をショウは口に出せなかった。

 全ての発言がヨウトの癪に触れてしまうと思われたから。

 沈黙は続いたが、ヨウトが言葉を続けた。


「なんだ?ダンマリか?驚いたか?俺が死んだと思ってたか?なんとか言えよこのクソ野郎ども‼︎俺を犠牲にしてまで自分たちだけ生き残ろうとしたゴミ虫どもがよぉ?」


 ヒステリックに癇癪を起こすヨウトの姿を見て、ショウたち八人は身震いする。

 明らかに血走った様子のヨウトは常軌を逸していた。


 ショウはヨウトの心情を推測する。

 きっとヨウトはこの時のことを何度も何度も想像してきたのだろう。

 この時の為にこれだけの数の魔物を集め、服従させ、飼い慣らしたのだとすれば。

 今この瞬間こそがヨウトにとっての到達点なのだ。

 この時の為にこの世界で生きてきたと言っても過言ではないのだ。


「なんとか言えよ!!!!!!」


 裏返った声で更に狂気を露わにするヨウト。

 ヨウトの神経を逆撫でしないような言葉を考えていたショウだったが、真っ先にヨウトと言葉を交わしたのは…感情的にしか物事を考えられない女、ヒナコだった。


「あのさぁ、なんか一方的にキレてるけど。あの状況だったら仕方なくない?結局アンタも生きてるんだからいいじゃん。こんなに魔物を従えられるくらいの力を付けられたようだしさ。そんでアンタを転移陣から追い出したのは普通に考えて私たち新星英雄じゃなくて、チアキかレイかリョウトでしょ。なんで私たちに噛み付くわけ??」


 ヒナコが言い放ったのは、言葉を選んでいないが正論だった。新星英雄の六人誰もが一度は思った事実だった。

 しかし…ヨウトはそんなことなどまるで関係ない様子である。

 それどころかまた一つ新星英雄を陥れる理由ができたと言わんばかりに口角を上げている。


「関係ねえ、関係ねえよ!お前らは全員同罪だ。死ね、死んじまえ!地に落ちろ新星英雄。お前らが俺を捨てた時点で、こうなることは決まってたんだよ‼︎」


 どうやらどんな言葉を繕ってもヨウトの心は変わらないようである。

 それならばせめて街だけは襲わないでくれと懇願する他ないように思え、それを伝える為ショウは口を開く。


「わかった。僕たちはヨウト君の指示に従う。だから…街を襲うのだけはやめてくれないか」


 ショウの言葉に他の七人は耳を疑っていた。ヨウトの指示に従うというのは、『死ぬ』ということ以外にありえないから。

 

「はあ?それじゃあお前らが自己犠牲で王都を守った『英雄』になっちまうだろうが。それはありえねえ」


「だったらどうすれば!」


 ショウは声を荒げた。

 その声に十分な焦燥が含んでいることはこの場の全員が理解できるほどの大声だ。


「だから言っただろ?死んで、その名声共々地に落ちろってな」


 ヨウトは指をパチンと鳴らす。

 ──その瞬間。

 理性を保っていた魔物の群れは、お預けが解除された犬のような勢いで王都へと侵攻を開始した。

 揺れる大地。

 心の底から死への恐怖を湧き上がらせる、耳鳴りのような地響き。


 ショウの頭の中ではサイレンが鳴り響いていた。

 ──もう無理だ。絶対に手遅れだ。

 茫然自失と沈み込もうとするショウだったが、トモヒサが口を開いてショウの意識を現世に引き戻す。


「諦めるな。ヨウトを殺せば…まだ可能性はある…!」


 ショウの意識は覚醒した。

 ──そうか。

 ヨウトさえ殺してしまえば…まだ可能性はある。

 十数万の魔物は弱いものもかなり含んでいた。

 ヨウトの支配から抜ければ魔物の方から撤退を選んでくれるかもしれない。

 街の被害はもう避けられないものになっているが、ヨウトが使役しなければ楽に戦える可能性が高い。

 新たに魔物を加えるような真似もできなくなるはず。


 ショウは腰に下げた剣に手を添えた。

 ヨウトは魔物を解き放った余韻からか恍惚に満ちた虚な表情をしている。

 今ならあの首を跳ね飛ばせるかもしれない。

 ショウはその一瞬の隙を見計らい、全身全霊を込めた縮地を解き放った。

 距離が詰まる、ヨウトの首に肉薄するショウの剣。

 風を切り、一般人では目視も不可能と思えるほどの速度で繰り出されたその剣は確かにヨウトの首筋を捉えた──かのように思われた。


 響く金属音。弾かれるショウの剣。


 いったい何が。

 自身の剣を弾いた何者かの正体を確認したショウの目には、宙を踊る艶やかな黒髪が映る。

 リオーネの従者、ミラだった。

 ショウの剣技は決して初見で易々と弾かれるようなものではなかった。

 だからこそショウたちは皆、心底驚いている。

 こんな奴を従者にしているリオーネの実力を察して。


「さあ、開幕だ。破壊と混沌の行進(カタストロフパレード)…!四百年前に魔王ですら達成できなかった偉業を俺は成し遂げるんだ‼︎お前らは果たして勇者になれるのかなあ⁉︎」


 ヨウトの高らかな宣言により、破壊と混沌の行進(カタストロフパレード)は幕を開けた。

 まるでショウたちの行く末を楽しむかのように下品な笑い声をあげながら、ヨウトはミラに抱えられて瞬時に姿を眩ませる。

 リオーネはいつの間にか姿を消していた。


 残されたのは使命を与えられた凶悪な魔物軍と、ヨウトの宿敵である九人だけ。

 先程ショウたちをこの場に運んできた馬形の魔物でさえ、牙から唾液を垂れ流しながら敵意を剥き出しにしている。

 ──魔物が一斉に飛び掛かるのを合図にして、この場は熾烈な戦場と化した。

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