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69. 戦わなければならない理由

「お前がサイディスか?」


「そうだけど、僕は何をしてんのかって聞いてんの」


 初めて会ったというのに、初めて会ったような気はしなかった。

 身勝手で自分勝手。

 まるで敵を敵として認識していないような、心の底から見える余裕。

 子供じみていて、だけども体は明確に大人で。

 その死人のような瞳で見つめられると、魂が取られてしまうような気がして目を合わせられない。

 

 ようやく現れたサイディスを見て、チェシャは泣きじゃくってその場にへたり込みながら、


「聞いてサイディス、魔石がぁ…」


 そう言ってサイディスの方へ這い寄ろうとしている。

 そんなチェシャの様子を見たサイディスは、ただ一言、放った。


「誰にやられた?」


 その一言で、チェシャは顔を上げ俺を指差す。

 サイディスがこちらを向く。

 ──刹那、空気が張り詰めて…突風が吹いた。

 恐怖に歯を食いしばってしまうほどの殺意が満ち満ちた。


「随分とその女には優しいんだな」


 かろうじて目で追えるくらいの速度で、躊躇うことなく俺の首を跳ね飛ばそうとしてきたサイディスの剣をなんとか神々封殺杖剣(エクスケイオン)で押さえつけながら、呟く。

 

「なんか君、凄く癪に障るね」


 そんな事を言われる程の事をしたつもりはない。

 ただ勝手に人を攫ったやつの方が悪いに決まっている。

 こんなことを言ったところで受け入れるような性格ではないと思うが。

 近づいてきたことにより顕著に浴びせられるサイディスの威圧感と、得体の知れない不気味な気性。

 俺は抗うため、思いつくがまま口を開く。


「気が合うな。俺もお前が嫌いだ」


 別に挑発する気は無かったが、ただただ自分の闘争心を底上げるための言葉が口を出た。

 悪く言えばただの強がりに過ぎないのだが、何も喋らないままでいるのも何か違う。


 ゆっくりと俺はサイディスと目を合わせる。

 額を落ちゆく大粒の汗が口元を滴る感覚を捉えながらその感情の無い瞳を見つめる。

 俺はこの言葉でサイディスが気分を害し、剣の力を強めると思った。

 しかしサイディスは、


「君はそうか、あのニホン人の仲間ってわけか。もう助けに来たんだ。アイツら、随分と人望があるんだね」


 俺の後ろで怯えた様子のサクラを見て気付いたのか、サイディスはそう言いながら俺と一度距離をとった。

 なぜ距離を取ってくれたのかはわからない。

 俺と会話するため?

 勝てるビジョンは見えない。

 しかし、不思議と絶望感は無かった。

 ──初めてレヴィオンと対峙した…あの時のような絶望感は。


 サイディスの情報は大体わかっている。

 使う武器は片手剣、紋章魔法(アイデントスペル)の性質は対象者の魔法を使えなくする。

 もしも俺が魔法に頼りきった戦闘スタイルだったのならば、勝ち目は限りなくゼロに近くなっていただろう。

 しかし俺は端から魔法を使えない。

 魔法を使えなければ魔法を消されない。

 だから実質サイディスは俺と戦う時、魔法を使えないも同義だ。

 だが、たった一つの懸念がある。

 それはサイディスの魔法が魔道具に効くのか否かということ。

 もしも有効だった場合、かなり厳しい戦いを強いられることになる。

 動体視力、瞬発力、身体能力、その全てを神光支配(ハロドミニオ)によって底上げしているその状態に慣れてしまっている俺にとっては。

 ……俺は魔法に頼り切っていたと言っても過言では無いか。


 そう気づいた刹那、サイディスは俺が有利になる情報を自ら喋り始めた。


「それ、神々封殺杖剣(エクスケイオン)でしょ。参ったなぁ、僕の魔法は魔道具には使えないし…」


 ブラフかもしれない。

 が、その言葉はまるで俺に神々封殺杖剣(エクスケイオン)の魔法を使ってくれとでも言いたげだった。

 それに対し俺は…答えを返す。


「それ、祝福の外套(エヴァラク)だろ。百万足(オオムカデ)の本体をあんな状態にしたのはお前か?」


 俺が既に百万足(オオムカデ)本体と対峙した事を示唆しながら、確信を持って問う。

 Aランク冒険者であるバーンガルドですら分体であそこまでやられた。

 本体を傷つけられるものなど、俺が知る中では魔王か…目の前のこの男くらいしかいない。


「よく知ってるね。君もあの神殿に行ったんだ」


 外套を翻したサイディスはそこまで驚いた様子ではなかった。

 俺が神々封殺杖剣(エクスケイオン)という古代秘宝の一つを持っている以上、同じ古代秘宝の祝福の外套(エヴァラク)について知っているという事実は驚くようなことでは無いのだろう。

 しかし意外と喋るんだな。

 もう少し会話を続けてみるか…


「まあな。折角行ったのに本体はあんな状態だし、祝福の外套(エヴァラク)は無いし…全く骨折り損だったぜ」


 剣を下ろさず、警戒心を怠らず。

 俺はサイディスの油断を誘うべく舐めた口調を崩さない。


「へえ、それは最近?」


「ん?そうだが」


 妙な所でつっかかってくるな、とは思うだけで口に出さない。


「よく暴食期でも無いのに倒せたね。君、もしかして僕より強いのかな?」


「どういうことだ?」


 問いながら、頭をフル回転させる。

 百万足(オオムカデ)…暴食期…サイディスの言葉…

 考えられるのはサイディスは暴食期に百万足(オオムカデ)の分体がボレフ神殿から出払っている隙を狙った…ということか?

 そうだとしたら説明がつく。

 しかしサイディスは最寄り街の人々でも知らなかった分体がいるということを知っていたのか?

 そんな回りくどいことしなくても、サイディスが自身の魔法を使えば分体を作る魔法を打ち消せるんじゃ無いのか?

 いや、違うか。

 分体はそれぞれが魔法を使う。

 サクラの話によるとサイディスの魔法は一対一でしか使えないようだし、分体をどうにかするのは必須条件だったのか。

 まあ今はそんなこと考えていたところでどうでもいい。

 俺は言葉を続けるサイディスに耳を傾ける。


「暴食期は村を襲うでしょ?だから本体の魔力は少なくなる。百万足(オオムカデ)って女ばっかり狙うからさ、襲わせる村を見繕うのに苦労したよ。知ってる?百万足(オオムカデ)が一番好みなのって狐人族なんだよ。魔力の質がいいんだろうね。それどころか肉体も素直で美しいし」


 『襲わせる村を見繕う』という信じ難い言葉を何度も脳内で咀嚼し、その意味を理解する。

 そして俺は…想像に難くない『事実』を確認する。


「お前…まさか百万足(オオムカデ)を襲ったのって、十年前じゃないだろうな?」


「へえ、よく分かったね。まさか襲われた村に知り合いでもいた?いや、君は最近この世界に来たばかりだし違うか」

 

「…そのまさかだ。俺の友人の両親が…その時百万足(オオムカデ)に食われたんだよ…!」


 感情が、挑発するために余裕ぶっていた感情が、顕になりそうになってしまった。

 今、俺の頭の片隅にはバーンガルドがいる。凛としたいつもの表情で笑うバーンガルドがいる。

 目の前で何の感情も見せずに淡々と自己満足の言葉を語る男は、少女だったバーンガルドの人生を決めた張本人。

 今現在バーンガルドを死の淵に漂わせている張本人に違いないのだ!


「僕が襲わせた村って確証はないよね?」


 そんな気はないだろうが、俺の言葉を否定して自分の仕業ではないと確認を取るようなサイディス。

 しかしそれは俺の激情を煽るだけの言葉に過ぎない。


「十年前、狐人族。それだけで十分だ」


 もうサイディスに言葉を語らせたくなかった。もう聞きたくなかった。

 目の前の男の言葉は全て虫唾が走るのだ。

 ただただ執拗に俺の神経を逆撫でするのだ。

 しかし、俺の感情など無視してサイディスは尚も気持ちの悪い一人語りを始める。


「狐人族ね。ああ!バーンガルドのことか。彼女はいいね、実にいいんだよ。毎朝毎朝健気に素振りなんかに身を投じちゃってさ。なんかこう、清廉潔白っていうのかな、まっすぐな瞳とか特にいいね。僕は好きだよ。だから彼女がいない時を見計らって村に百万足(オオムカデ)を襲わせた。彼女は今やAランク冒険者だ。先見の明があるだろ?感謝して欲しいくらいなんだが。あんな強い奴の一つもいない村に囚われていたとしたら彼女はあそこまで成長しなかったと思うよ本当に。百万足(オオムカデ)の討伐っていう絶対目標を与えることで強さを求めるように仕向けてあげてさぁ。今は君の友人だって言ったっけ。今彼女は何してんの?剥製にでもして飾りたいから居場所を教えてよ」


 聞いてもいないことをベラベラと語るサイディスに恐怖心すら覚える。

 バーンガルドについて語るサイディスは始めて感情を露わにしていた。

 それは…バーンガルドに対する気持ち悪いと言わざるを得ないような執着心。

 そんな様子を見て吐き気と頭痛に襲われそうになる。


 ──俺は無言を貫いた。

 問いに答えない俺に対して、サイディスが諦めて虚な表情を取り戻すまで。


 感情の無いサイディスに対して、俺のサイディスへの敵対心は燃え上がる。

 ログリアにミルを殺されたあの時の怒りが沸々と蘇ってくる。

 あわよくばバーンガルドは死んでいたのだ。

 サイディスがいなければ…バーンガルドは今尚両親と幸せに暮らせていたのかもしれない。

 しかしその怒りは明確にリレイティアによって『抑制』されている。

 俺はサイディスを睨みつけた。

 相変わらず勝てるとは思えない。


「うーん、それで君はどうしたいの?僕を殺したいの?」


 俺の確かな敵意を汲み取ったのか、サイディスは俺の構える剣を指差して確認してくる。

 その通り、俺は殺したいのだ。殺したいに違いないのだ。ただ徒らに子供たちを殺すような、野蛮な組織を壊滅させたくてしょうがないはずなのだ(・・・・・)

 しかし俺の中にあるただ一つの冷静な感情が、激情に任せてサイディスに剣を振るうことを躊躇わせる。

  

 ──どうやったら、俺はこの男に勝つことができる?


 そんな、ただ一つの疑問が足枷になってしまっている。

 無くなってしまった。

 最初にレヴィオンと対峙した時のような、あの無知ゆえの熱量は。

 相手との実力差もわからずに感情のまま体を動かしてしまうような、あんな熱量は。

 だが、俺はそんな足踏みに反した言葉を答える。


「…ああ。お前を倒す」


 殺す、という直接的な表現を出すことはできなかった。

 それは周りにクラスメイトたちがいることが原因なのかも知れない、が、自分でもわからなかった。


「じゃあ僕も。全力でやろう。誇っていいよ。君はおそらく僕が今まで会ってきた剣士の中で、一番強い。それこそバーンガルドよりもね」


 サイディスも剣を構え直し、辺りは静寂に満たされた。

 街ではあんなに騒がしかったレイたちも、威勢よく俺に下がっててなんて言ってきたサクラも、ただただこの状況を見て静かに息を呑んでいる。

 やるしかない、やるしかないんだ。

 構えていた剣を握る手に力を込める。神光支配(ハロドミニオ)を練り上げる。覚悟によって集中を研ぎ澄ます──


 ──張り詰めていた、息の仕方を忘れてしまうほどに張り詰めていた空気が──四散した。


「っ!!」


 再び交わる剣。

 力負けして俺の顔面に肉薄する刀身。

 この華奢な肉体のどこにこんな力が!

 サイディスの剣はどこにでもありそうなありふれた剣のように見えた。

 煌びやかな神々封殺杖剣(エクスケイオン)とぶつかりあってすぐに壊れてしまいそうな、そんなありふれた鉄剣だ。

 だがもちろんそんな様子は微塵もない。

 

「君は魔法を使わないの?僕の魔法の性質を知っているからかもしれないけどさ。もしかしたら通用するかもよ?」


 二、三度剣を交わしたところでサイディスがまるで魔法を見せてくれとでもいいたげに挑発してくる。

 サイディスは俺が魔法を使えない死人の紋章(コープスアイデント)であることなど知らない。


「俺は死人の紋章(コープスアイデント)だ。初めから魔法を使えない」


 端的に、サイディスとは反して余裕無く事実を告げる。

 そんな俺の言葉を聞いて、サイディスは多少の驚きのような表情を見せる。


虚空(ホロウ)に魔力を取られたの?」


 想定通りの反応。

 この世界に来てから何度したかわからないお決まりのやり取り。

 サイディスは意外とお喋りなのかもしれない。そこにつけ込めば隙が見つかるか?

 とりあえず返答しておく。


「違う。この世界に来てから魔力がない」


「へえ、勿体無いね。君たちはニホンからこっちに来る時に第一次元を経由してきたんでしょ?第一次元を訪れると神々の英気に触れて紋章魔法(アイデントスペル)の質が跳ね上がるから、神々封殺杖剣(エクスケイオン)に頼らなくても強くなれたのにね」


「…何の話だ?」

 

 突然に話が飛躍した。

 第一次元を訪れると紋章魔法(アイデントスペル)の質が跳ね上がる?

 全く聞いたこともない話だ。

 リレイティアでもそんなこと言ってなかったぞ?

 確かリレイティアが言っていたのは、レベルという制限によってこの世界の住民が神々に刃を向けるのを抑制したということ。


 …待てよ。

 リレイティアがレベルによって制限したのは『身体能力』と言っていた。

 魔法はその対象ではない?

 魔法は、『神々の英気』とやらの影響を受ければ一段階進化する?

 つまり、レベルによる身体能力の制限もなかった太古の昔に、神々の次元を訪れれば…もはやその人間は神に肉薄するのか???


 もしもサイディスが言っていることが本当ならば…神々の世界を訪れた人間がかつていたということ。

 俺は確信を持って答えを導き出す。

 人間として神になった男、ベルフェリオ。

 彼は、まさしく神々の次元を訪れた第一の人間なのだ。

 神々の次元を訪れたことで、魔物を生み出すという神じみた魔法を手に入れたのだ。

 リレイティアが俺にそれを教えなかったのは、魔法を使えない俺を考えてのことなのだろう。


 しかしサイディスは神と直で話した俺よりも色々知識を持っているようだ。

 流石に神々に肉薄した古代人を研究していたということもある。

 もっと色々な話がしてみたい。

 しかし今は戦闘の真っ只中。

 そんな時間はないと思われたがサイディスは俺の疑問に対する答えを長々と話し始めた。


「知らないんだ。この世界にきたばかりのヒヨッコ共が、短期間で新星英雄とかいう大層な名を与えられる程に成長した理由。あのね、ニホンからこの世界…アルテナに来るには第一次元…神々の次元と言った方がわかりやすいかな?を経由しなければならない。神々の世界を訪れた人間は、神々の力の一部を扱えるようになる。そういうわけなんだよ。ずるいよね、なんの努力もせずに力を得られてさ、思い上がっちゃってさ、結果僕なんかに負けて。笑っちゃうよね」


 軽く剣を振りながら、俺の推測を肯定する事実を淡々と告げ続けるサイディス。

 しかし、俺やクラスメイトたちがこの世界に来る前に神々の次元を通過するというのは意外だった。

 そしてそれが理由でクラスメイトたちの魔法が常人より優れていることも。

 俺は確かにこの世界に来る前に白一色空間というおそらくは神々の次元に迷い込んだ。

 しかしトモヒサたちもあそこを訪れていたというのか?

 やはりサイディスは話している間は剣筋が鈍る。

 このまま喋らせといて隙を狙おう。俺は質問を続けた。


「どこでそんなこと知ったんだ?」


「古代人が残してた文献さ。君、かつて神々の次元を訪れた人間がこの世界に二人いることを知ってる?まあ正確に言えば一方は人間じゃないんだけどさ。これ、実に面白いんだよ」


 相変わらず剣を交わしながら会話を続けているが、俺もだいぶ目が慣れて余裕が出てきた。

 もちろんサイディスが喋ることに集中して剣技が疎かになっているということもある。

 しかし二人?

 一人はベルフェリオで間違いないだろう。もう一人は?

 どうせ俺の知らない奴だ。聞いたところで意味はないだろう。


「一人はベルフェリオだろ?」


 俺の回答にサイディスは知ってるんだ、と面白くなさそうに口を尖らせた。

 そしてもう一人を知らない様子に満足げに口を開く。

 そしてその言葉に…俺は絶句することとなる。


「もう一人はね…魔王レヴィオンだよ」


 レヴィオン。

 この場で聞くとは思わなかった名前。

 その言葉の響きだけが、俺の脳内をぐるぐると回り続ける。

 そして、何度も反芻するうちに理解が追いついてくる。


 神々の次元を訪れた者は、魔族といえど神々の英気に当てられて、神々に近しい魔法の力を得る。


 レヴィオンが練り上げる、埒外で馬鹿げていた、まるで太陽を創り上げるかのような紋章魔法(アイデントスペル)

 絶対に壊れないと思われている迷宮の壁をぶち壊す程の人智を逸した威力を放つそれは、まさしく神の力だったのだ。

 神を求めた結果得られた力だったのだ。

 (ことごと)く、理に適っている。


 カーミュラは、加護持ち六人を集めて儀式を行うことで神々の次元を訪れることができると言っていた。

 かつてレヴィオンはそれをやったのだ。

 神々の次元にベルフェリオがいるとでも思ったのだろう。

 そうして儀式を行った結果、神々の次元を訪れることになり、神に近い魔法を得た。

 結果、ベルフェリオはいなかった。

 だから、今度は六人ではなく七人の加護持ちを使って儀式をしようとしている。

 何かを起こすために。

 おそらく死者蘇生の儀式だとおもうが。

 しかしそれだと、人間のベルフェリオを宿すと思われている五つめの古代秘宝の存在と矛盾する。

 …まだ情報が足りなすぎるな。


「何やら色々考え込んでいるようだけど、レヴィオンとも知り合いなんだ、君」


「知り合いってわけじゃないけどな…」

 

 俺が思考を巡らせている間にもサイディスは剣を止めなかったが、やはりまるでもっと話を続けたいとでも言いたげに緩い剣だった。

 癪に障るという言葉と、向けてきた殺意は嘘だったのか?

 それとも俺と剣を交わして心が変わったのか?


「その顔は宿敵って感じだね。へえ、じゃあ僕なんて敵じゃないわけだ」


 冗談か冗談じゃないかは定かではない。

 そう言うサイディスの剣速は明らかに跳ね上がった。

 俺の表情がいかなるサイディスの琴線に触れたのかはわからない。わからないのだが──、


 笑っている?


 サイディスは怒ってなどいなかった。

 まるでサイディスのことがわからない。

 そして俺は…紙一重で対処できるレベルの剣戟を捌きながら、かろうじて言葉を紡ぎ出す。


「馬鹿言うな、お前、俺より強いだろ」


 俺と剣をぶつけ合うサイディスは、先程までと比較するに明らかに口角を上げていた。

 何を考えているかわからない闇に飲まれた表情とは違う。

 いったいサイディスは俺に何を求めている?チェシャを傷つけられたことを怒っていたんじゃないのか?


「いやいや、さっきも言ったけど。君は僕が戦ってきた中で間違いなく一番強い。そろそろ本気を出さないか?」


 更に加速していく剣速。

 空間には軽快な金属音が跳ね踊る。

 ただ俺たちの戦いを見ているだけの連中の存在が邪魔になってくる。


「お前らはトモヒサたちを助けに行ってこい!」


 サイディスと全力で戦うため、最低限の犠牲も出さないため、俺はサクラとレイたちに向けて怒鳴った。

 それでサクラたちはハッとしたように意識を取り戻し、サイディスが姿を現した奥の空間目指して進み出す。

 

「君たちも邪魔だからさ、早くアイツらを追いなよ。転移魔法で逃げられたら殺すから」


 みすみすサクラたちを進ませたバンダナ男と虚目の男、そしてチェシャにサイディスは俺に向けたのよりも強い殺意を当てがったようだ。

 男たち二人はそんな殺意に臆する事無く、嫌々ながらもサクラたち四人の後を追って空間の奥へと消えたが、チェシャは薄情なとでも言いたげに涙ぐんだ目をサイディスに向けて、叫ぶ。


「早くそんなやつ倒してよぉ!僕とは全然話してくれないくせに!」

 

 まるで子供だった。

 魔石を無くし、戦意を無くし。

 ただただサイディスに勝利を縋る様は見るに耐えない。

 俺はサイディスの双眸へと目を向ける。

 サイディスはまるでチェシャの言葉など意に介していなかった。

 それどころか、鬱陶しいとまで思い始めたようである。

 サイディスがこの空間に現れた直後の、まるで魔石を壊されたチェシャの仇を討とうと言わんばかりの一撃。

 あれは…『強さを信じていたチェシャの魔石を壊すほどの実力者と戦える』という強者ゆえの渇望が原因だったのかもしれない。

 そう思ってしまうほどサイディスは不穏に目を細めていた。

 それを見ているとこちらまで冷や汗をかいてしまう。


「巻き込まれても、しらないよ」


 サイディスはその一言で、まるでリミッターを解除したかのように──地面を蹴り上げた。いや、確実に今まで加減をしていた。

 俺が得意とする縮地と同様な動きを見せる。

 その動きはまるで神光支配(ハロドミニオ)を纏っているかのようだ。

 もちろん神光支配(ハロドミニオ)と同じような魔法で身体能力を強化している可能性はある。

 神光支配(ハロドミニオ)を生み出す神々封殺杖剣(エクスケイオン)と同じ古代秘宝の一つである祝福の外套(エヴァラク)の魔法を、サイディスは既に使っている。その魔法効果は全く分からないが。


 俺は言葉を無くした。

 もう言葉を出せるほどの余裕は無くなっていた。

 魔法同士の撃ち合いはまるで無く、ただ剣と剣をぶつけ合っているだけ。

 それなのに、今まで俺がこの世界で行ってきたどの戦闘よりも集中力が削られていく。

 足を狙った攻撃、右腕を切り落とす角度で入る斬撃。

 見切り、耐え、抗い、時には隙をうかがって。

 しかし俺の反撃の狼煙はサイディスの風のように俊敏な動きによってかき消され、未来が見えない。


 一応これを使えば勝てるのではないかという策もあった。

 それは…神光支配(ハロドミニオ)の硬質化。

 サイディスの手首などに巻きつけ硬質化させることで動きを鈍らせチャンスを作る。

 これでディエンという強敵を倒した実績もある。


 しかしそれを行うには条件がいる。それは…硬質化させたい箇所と接触すること。

 もちろん離れた状態でも硬質化はできるのだが、ほんの一瞬だけにすぎず、一度試したところサイディスにはまったく通用しなかった。

 輪ゴムを巻かれただけのように易々と振り解かれたのだ。


 圧倒的な実力差によるものか、それとも祝福の外套(エヴァラク)による何らかの防護効果か。

 どちらによるものなのかはわからなかったが、いずれにせよ剣を介さずにサイディスと接触しなければ硬質化という奥の一手を確実に行使することはできないという事だ。

 最悪まったく通用しないという可能性もある。


 熾烈になっていく争いは終わる気配が見えない。

 双方体力が尽きるような気配がないのだ。

 俺はレベルという肉体能力の制限を神によって解除してもらっているためだが、サイディスはそんなことはない。

 本当にこのサイディスという華奢な男の動きは謎に満ちていた。


 明らかにバーンガルドよりも強いし、魔王護六将校(エクシ・アドミラ)であるチェシャよりも強いし、最悪の五芒星(ディザ・スター)よりも強い。

 間違いなく目の前の男はレヴィオンに次ぐレベルの実力を保持しているのではなかろうか。


「ねぇ!何してんの?遊んでるんでしょ⁉︎」


 サイディスと俺がここまで互角にやり合っていることが気に食わないのか、チェシャは喚きながら石を飛ばしてきた。

 どうやらそれほどまでサイディスの実力を信じてやまないらしい。

 本気を出せば俺を一瞬で葬れるという客観的評価がこれまでの戦闘を見ても揺らいでいないようだ。


「遊んでないんだけどな。僕もこれで全力だよ」


 このサイディスの言葉が嘘か本当かはわからない。

 おそらくは嘘。

 チェシャの言葉に相変わらず嫌な顔をしながら決定打にかける連続攻撃を繰り出してくる。

 あえて戦闘を長引かせているのか…

 

「埒が明かなそうだな…!ここらでやめにするか?」


 俺は冗談めかして言った。

 しかしサイディスは真面目に答えてくる。


「やめにするわけがないよ。こんなに楽しいのに」


 楽しい。

 そういうサイディスの剣は絶対的な殺意の元に動いているように思えた。

 俺の目を、四肢を、首筋を。

 肉体の至る所を削ぎ落とそうとまるで指揮棒を適当に振り続けているかのように動く剣は相変わらずそこらに売っていそうな平凡さなのだが。

 俺は耳を疑っていた。

 俺はまったく楽しくなどなかった。

 死に瀕した、死を間近で感じる、緊迫した戦闘。

 それだと言うのに、サイディスはやはり楽しいと言えるほどの余裕を有していたのだ。


 チェシャも言葉を失っていた。見入っていた。

 楽しいなどという言葉を生まれてから一度も放ったことがないような男が初めて見せる表情を目にして。


 集中力が限界を越え始める。

 神光支配(ハロドミニオ)によって底上げしていた動体視力でも負えないレベルの追撃が襲い始める。

 戦闘が始まってから数分が経過したというのに、サイディスの動きは益々機敏になっていっている。

 一度距離をとってもすぐさま縮地で距離を詰めてきて考える隙すら与えてくれない。

 

 肉体に剣が通り始める。擦り傷が徐々に侵食していく。

 何か、決定打になるような何かさえあれば。


 舐めていた、古代の代理人(デュアル・エー)

 ナンバー2(ツー)のチェシャはなんとかなった。しかしナンバー1(ワン)でここまで実力が跳ね上がるとは。

 いや、待てよ。

 数字兵(ナンバーズ)という名前の性質上…『ナンバー』とつく者はあくまでも下っ端という概念なはず。

 サイディスがナンバー1(ワン)ではない気がする。

 何とか剣を弾き返しながら、俺はそんなことを考える。

 今サイディスに話しかければ剣の手が止まるかもしれない。

 そんな一抹の希望に賭けて、俺は震える口を開く。


「ナンバー1(ワン)は…お前なのか?それともこの先に──」


「いや、違うよ。僕こそが古代の代理人(デュアル・エー)の統括者だ。ナンバー1(ワン)は…半年ほど前に行方不明になった」


 俺の希望が通じたのか、はたまた喋りたい欲が溢れたのか。

 俺の言葉を途中で遮ったサイディスの攻撃の手は多少緩まった。

 しかし行方不明?

 魔王護六将校(エクシ・アドミラ)よりも強いような実力者が、そんな結末を送ることなどあるのか?


「何があったんだ?」


 再度問う。

 喋らせることで俺の精神力回復に利用させてもらう。


「当時ナンバー1(ワン)にはゼレス大迷宮に石板を回収するという任務を任せていたんだけど、レヴィオンに邪魔されたらしくてね。便宜上行方不明にはしてるけど、たぶんもう死んでるかな」


 もう何度目かもわからない剣撃を耐えながら、俺はサイディスが語った話を脳内で再構築して咀嚼した。

 半年前。ゼレス大迷宮。石板。


 違う。

 嘘だろ。

 彼女は…古代の代理人(デュアル・エー)の一員なんかじゃない。

 絶対に違う。


「リリシア…?」


 俺は呟く。

 一つの可能性を。

 ありもしない可能性を。

 信じたくない可能性を。

 記憶に鮮明に残るあの笑顔。俺が殺した、殺してしまった、あの無垢で純真な美しい少女は古代の代理人(デュアル・エー)の一員なわけ──


「よく知ってるね。まあ彼女は有名だから」


 すぐさま肯定された。

 こんなにも呆気なく肯定されてしまった。信じたくない事実を。

 脳内に電撃が走る。


 思い出される。思い出されてしまう。

 俺の記憶は、感情はリレイティアによって制御されている。

 それなのにまるで決壊したダムのように当時の最悪な記憶が鮮明に呼び戻されてくる。

 彼女と交わした言葉の一言一句が、鮮明に浮かび上がってくる。

 なぜ、彼女は古代の代理人(デュアル・エー)なんかと手を組んでいた?仕方なく?サイディスに強要されて?

 わからなかった。

 否定したい言葉が溢れて止めどなかった。


「なんかあったんだ。もしかして…彼女のことが好きだったのかな?」


 無言で立ち尽くす俺に、サイディスは剣による追撃をかけてくることはなかった。

 しかし、俺の心情を見透かしたかのような言葉が、俺の胸に直接突き刺さった。

 好きだったのかもしれない。だからあんなに取り乱したのかもしれない。


 『かもしれない』ではない。

 確実にそうだった事実を突如当てられて、俺は戦闘中だというのに頭の中が真っ白になりそうになった。

 当時の記憶が俺を襲う。

 神々封殺杖剣(エクスケイオン)を喉元に突き刺し、吹き出した鮮血が俺の白色の視界を紅く染め上げていった、あの記憶が──


 しかし。

 俺は何とか意識を現世に戻し、聞いておかねばならないことを問う。


「リリシアが集めていた石板の三つは…ここにあんのか?」


「あるけど、あげないよ?」


 またコイツと戦わなければならない理由の一つが出来てしまった。

 石板を回収していち早くベルフェリオ復活についての真実を知る。その目的を遂行するために、戦わなければ。

 そしてリリシアが身を置いたこの組織について知るために。


 俺は剣を構え直した。

 俺はコイツに勝てない。

 そんな臆病な心を取っ払って、確実に勝つという気概をこの胸に刻み込んで──。

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