61. 世界樹の祝福
「久しぶりに見たよ。ヴェルトのその姿」
「私も…久しぶり」
デューレ、そして今まで無口を貫いていた女魔族は、双方驚いたようにヴェルトの変貌を見届けていた。
あの口ぶりからして、ヴェルトがこの紋章魔法を使うのは本当に珍しいことなのだろう。
圧倒的に増した威圧感、勝利への渇望。
ヴェルトが俺の実力を認めたのは間違いないらしい。
その姿になったことで、はたして一体どれだけ戦闘力が上昇したのか。
意図せず神々封殺杖剣を握る力が強まる。
巨大な世界樹内部を切り開いて作られた決して広くはない空間を埋め尽くし始める、ヴェルトが発する禍々しい雰囲気。
ヴェルトはまるで、想像し難い痛みに耐えているようであった。
その変貌を肉体が受け入れていないようであった。
が、しかし。
ゆっくりと顔をあげ俺へと目を合わせてきたヴェルトの表情は、恍惚と狂笑に滲んでいた。
醜い姿になってまで手に入れた、人ならざる『力』。
ヴェルトは変貌前の姿ですら、認めざるを得ない戦闘センスと類まれなる恵まれた肉体を持っていた。
きっと、それらを存分にぶつけられる相手など長らく存在しなかったのだろう。
だからこそ、ヴェルトは苦痛に耐えながらもあの表情を生み出している。
サンタから望んだプレゼントを受け取った子供のような、あんな表情を。
ヴェルトにとって明確な敵、俺という存在。
稽古などとは違って、存分に実力を発揮できる先──。
揺らぐような空気の流れ。空間を充満する不穏で重々しいオーラ。
肉体に力を込めるヴェルトによって停滞していたそれらは、脈動を開始し…一度に弾ける。
「うおっ…!」
まるで神光支配を纏った俺の縮地の如く神速な一撃が、ヴェルトから放たれた。
もちろん警戒していなかったわけではない。が、この巨体から繰り出されてはいけないレベルの速度だった。
俺でもわかるような物理法則。
新幹線を受け止めたが如き衝撃が脳を揺らして声が漏れる。
なんとか神々封殺杖剣で受け止めることはできたがそのダメージはゼロじゃない。
むしろこれからこの攻撃を何度も受けなければならないという恐怖が思考を支配してしまう。
やはり先ほどのようにこちらから一方的に攻めるのが有効的だろう。
肉体の膨張により的が大きくなったとプラスに考えよう。
一度距離を取り、体勢を整え──、
『させるかよォ‼︎』
「マジ…かっ!」
背後に跳躍しヴェルトと距離を離そうとしたが、ヴェルトはそれを許してはくれなかった。
先ほどの俺と全く同じ戦法でヴェルトは俺と戦うつもりのようだ。
俺に選択肢を与えないほどの追撃をかけ続け、削られる、削られる、削られる。
左腹にフックが来たかと思えば、右顔面を狙った一撃が。
まるで腕が四本あると錯覚してしまうほどの攻撃速度だ。
ただただ致命傷とならないように対処することだけを考え、神光支配の大半を両眼へと持っていく。
そうして底上げされた動体視力で見えた光景。
それは笑わざるを得ないような、そんな光景だった。
錯覚ではなかった。
ヴェルトの腕が四本あった。
もはや完全なる異形となってしまったヴェルトの攻撃は、文字通り人間離れしている。
一本の剣では絶対に対処できないような追撃が繰り返される。明らかに殺す気で拳を振るっているような気がする。
俺は心のどこかでは、レヴィオンに指示されているのだから俺のことは殺しはしないだろうと考えてしまっていた。
しかしどうだろう。
今目の前で対峙しているヴェルトは確実に俺の息の根を止めるレベルの攻撃を繰り出している。
デューレや無口の女魔族もそれを止める様子はない。俺も腹を括るか。
フォーミュラの隠れ家で行った訓練を思い出す。
フォーミュラがつついた場所に即座に神光支配を集約させる基礎的な訓練。
ヴェルトの攻撃は剣一本だけじゃ絶対に防ぎきれないもの。
拳の動きを先読みし、その拳が直撃する場所に神光支配を集中させる。
それを何度も、何度も、集中力が続く限り続けていくのは不可能だ。
ゆえに俺は…腕一本を失う覚悟で反撃を繰り出すことにした。
大丈夫、世界樹の結晶はあと一度だけ使える。
こんなところで使ってしまうような攻撃を受けるのは不本意だが、そうでもしないと埒が明かない。
俺は反撃のため、神々封殺杖剣に防御のため身体に纏わせていた神光支配の殆どを集約させた。
左顔面に迫ってきていた拳は僅かしか神光支配を纏っていない左腕で受けることにし──右手で強く握りしめた剣をヴェルトの巨体めがけて振り下ろす。
『ウガァッ!』
俺の捨て身の反撃は予想外だったのか、怒声を上げて仰反るヴェルト。
俺の決死の一撃はヴェルトの左肩にもろに直撃し、左腕の一本を切り取ることに成功する。
溢れ出る鮮血。
それを心配して駆け寄ろうとしてくる女魔族。
だが、それをヴェルト自身が『来るな』と制止した。
きっとヴェルトのプライドが許さないのだろう。
ヴェルトの破壊的な拳を直に受けた俺の左腕はというと……
「全然、痛くない…」
まるで神光支配を全て防御に利用したぐらい、全くもって無傷だった。
自分でも訳がわかっていない。
今まで俺が精神を研ぎ澄ましてヴェルトの攻撃を見切っていたのは、全て無駄だったのか?
いや…違う。
…お前たちのおかげか。
俺は周囲を見渡し、まるで祝福するかのように俺の左腕の周りを飛び続ける矮小な『精霊』たちに目を向けた。
俺の左腕は竜の里で一度失われており、原初樹の結晶…『世界樹の果実を元にして作られた古代秘宝』によって蘇っている。
その事実に呼応するように、精霊たちは俺の周囲を舞っている。
俺の左手に宿っている原初樹の結晶の残り香を媒介にして。
カーミュラは言っていた。
原初樹の結晶は遥か昔に世界樹に宿った、最初で最後の果実だと。
それに含まれた魔力は強大で、こうして世界樹の意志たる精霊たちを具現させるまでに至っている。
光り続ける切り開かれた世界樹の葉脈は、今なお俺を鼓舞してくれているかのように輝いている。
まるで己の力を利用してネハを生産し続けている魔族を倒してくれと言わんばかりの加護を俺に与えてくれている。
『しゃらくせェ!その羽虫共々、ぶっ壊してやるよォ‼︎』
ヴェルトは再び肉体を変化させ筋肉を凝縮し、左腕を止血したようだ。
だが、その腕は三本まで減った。
この世界樹の加護がこの場において永続するものだとしたら、ヴェルトにもう勝ち目はない。
いや、精霊はあのタイミングを見計らって顕現した。
おそらくこの力にも限界がある。早々にケリをつけてしまおう。
『ウラァァア‼︎‼︎』
腕の一本を失ったヴェルトの咆哮が空気を揺らし、耳に突き刺さる。
この叫びはどう聞いても焦りを含んでいた。
無理もない、世界樹というこの場所自体が俺に計り知れない力を与えてくれているのだから。
もちろんこの場でデューレや女魔族がヴェルトに加勢すれば、俺は勝てるかどうかわからない。
が、ヴェルト自身がそれを否定している。
ヴェルトは見るからにプライドが高い。
二人に助けを求めるようなことはしないだろう。
俺は再び大きく息を吸い込み、両脚に力を込めた。
肉体の防御は世界樹の精霊に任せている。
神光支配の全てを神々封殺杖剣に集中させ、準備を整える。
ヴェルトは正面から俺とぶつかり合うつもりのようだ。
左右の上腕に装備されたナックルダスターは完全に俺を迎え撃つように構えられ、近づくもの全てを破壊するとでも言わんばかりの気概を放っている。
いいぜ、その気骨を正面から叩き切ってやる。
もはや、不可視にできない程の馬鹿げた量の神光支配を神々封殺杖剣に集約する。
これ程までに一点に神光支配を集中させたのはこれが初めてだ。
訓練によって不可視にできたオーラも、極端に集約すると目に見えてしまうほど溢れ出してしまうらしい。
「何…あれ…」
殆ど喋ることがない女魔族も、俺が顕現させた尋常ならざるオーラを見て言葉を漏らしている。
デューレも、この俺のオーラの正体がわからず困惑している様子だ。
「行くぞ──」
満を持して、宣言する。
地面を力強く蹴り、大地を神速で駆け抜ける。
精霊の祝福。神の加護。
この場においてこの一撃を受けきれるものは誰もいまい。
莫大な質量と埒外の波動。
俺の渾身の一撃を勇敢にも正面で受け止めようとするヴェルトの表情は、心なしか笑っているように見えた。
◆◇◆◇◆◇
「ベル。あなたが必ずスーウェンを守るのよ」
不治の病に侵された母親が死に際に遺した言葉はそれだった。
ベルという愛称で呼ばれているヴェルトは、当時五歳。
父親は妹が産まれてから消息を断ち、顔も覚えていない。
残されたのは三歳になる妹、スーウェンだけ。
ヴェルトは魔族だが、亜人族領北部の大きくも小さくもない村で生まれ育った。
幼いながらも両親を失ったヴェルトとスーウェンは、近所の亜人に頼み込み、働くことを条件に暫くの間面倒を見てもらうことになった。
来る日も来る日も農作業。
荒地を耕し、種をまき、水をやる。
そんな日々を繰り返しているうちに、ヴェルトは自身の紋章魔法の活用方法を理解する。
腕を増やすことで効率は爆発的に向上した。
しかし、その代償としてヴェルトを化け物だと蔑む輩も現れた。
ヴェルトは全くそんなこと気にせず、真摯に自分を受け入れてくれた亜人に尽くすことだけを考えていた。
そんなある日、ヴェルトを買い取りたいと亜人に提案する者が現れた。
当時、そこらでは有名だった見世物小屋の経営者である。
経営者が提案した金額は決して高くはなかったが、亜人はそれを承諾した。
というのも、ろくに食事を与えていないのにも関わらず、日に日に化け物じみた肉体に成長していくヴェルトに恐怖していたからである。
身体が弱く、全く仕事ができないヴェルトの妹、スーウェンを追い出したかったというのもあるが。
こうしてヴェルトとスーウェンは、劣悪な環境下に置かれることになる。
檻に入れられ、食事も一日に一食しか与えられず、たまに外に出られたかと思えば紋章魔法の使用を強要され、見せ物にされる。
それでもヴェルトは耐えられた。
見せ物小屋の人たちは、スーウェンだけには手を出さないというヴェルトの条件を飲んでくれたから。
そして見世物小屋と言えど友達が出来たから。
その友達の名はマヤといった。
ヴェルトと同い年の魔族の女の子で、無口だが話が面白く、ヴェルトは好意を寄せていた。
そんな生活は一ヶ月ほど続いたが、突如として事態は一変する。
「出ろ」
いつもは檻の中で待機させられていた時間。
ヴェルトは突然そう指示され、ステージに上がらされた。
スポットライトはヴェルトを示していない。
代わりに示していたのは──、
大型の魔物に無理やり犯され、もはや廃人と化した表情で涙を流す妹、スーウェンの姿であった。
ヴェルトは生まれて初めて激昂した。
まずは妹を一心不乱に犯し続ける魔物を木っ端微塵に粉砕した。
狂気じみた兄妹愛。
見せ物小屋の客たちは、これこそが見たかったのだろう。
絶対安全な客席から、ただただ感嘆の声が上がっていた。
彼らは自分が魔物と同じ末路を辿ることになるなど、露ほども考えていない。
客席とステージの間には強靭な檻が設けられている。
それこそが客たちが自分は大丈夫であると信じてやまない所以。
だが、怒りで自身の紋章魔法を覚醒させたヴェルトがその檻を破壊することなど、赤子の腕を捻るようなものだった。
客、自分を買った見世物小屋のオーナー。
それら全てをぐちゃぐちゃに叩き潰した後で、ヴェルトは既に廃人となったスーウェン、そしてマヤを連れて小屋を離れた。
そこからは荒れた生活を過ごした。
盗みを繰り返しながら、なんとかして妹の容態を治す方法を模索していく日々。
マヤの腕のみを別空間に移動させる紋章魔法は、盗みに有利であった。
そんな日々を繰り返す中、ついにヴェルトは魔族に捕まり尋問を受ける。
拘束され、痛めつけられ、妹とマヤを残して殺されそうになったその時。
偶々その場に居合わせヴェルトの身の上話を親身に聞いていた、当時魔族の中でもかなりの実力者として君臨していたリーラ=イクスチェンはヴェルトを用心棒として雇うことを決意し助け、ヴェルトはなんとか一命を取り留めた。
そこからヴェルトはレヴィオンに好かれたということもあって、なんとか魔族としての地位を築き上げた。自らの目的を達成するために。
ヴェルトの唯一の目的。
それはスーウェンを治す唯一の方法…『原初樹の結晶』を探すこと。
だからこそ、世界樹の内部で何やら怪しげな企みをしているというデューレに協力した。
しかしワタルと全力で対峙してしまった今。
ヴェルトはただただ妹を救えずに果てるであろう自らの運命を悟って、笑うことしか出来なかったのだった。
◆◇◆◇◆◇
「お願いやめてっ!!!」
俺の神々封殺杖剣による確実にヴェルトの命を刈り取るであろう一撃は、ヴェルトの前で両腕を広げて助けを懇願する女魔族によって防がれた。
なぜ俺がこの女魔族もろとも剣を振り下ろさなかったのか。
それは、あまりに女魔族の表情が涙で滲んでいて、リレイティアによって制約されていない俺の人間としての倫理が働いたからだろう。
俺はこの選択を後悔することになるだろうか?
こうまでして生き残ったヴェルトが、今後俺に手をあげるとは思えないが。
『マヤ!どういうつもりだァ!』
運命を受け入れたはずが邪魔をされ、苛立ちを隠さずに怒鳴るヴェルト。
どうやら女魔族はマヤという名前らしい。
この二人のやり取りからして…二人は恋人関係といったところか?
そう思ってしまうほどに、マヤは命を賭して俺の前に立ちはだかっている。
「あなたが死んでしまったら…残されたスーウェンはどうなるの?」
「……」
話の流れが見えないが、スーウェンというのは二人の間の子供だろうか。だとしたら辻褄が合うが。
ヴェルトは紋章魔法を解き、もう既に戦闘意欲がなくなったことを俺に示した。が、沈黙を貫いている。
「スーウェンというのは…お前ら二人の子供か?」
話が進まなそうだったので、俺も敵意を隠し二人に話しかけることにした。
ヴェルトを倒したところで俺はマヤとデューレの二人と戦わなければならなかったはず。
世界樹の加護もいつまで持つかわからないし、ここで三人と話をすることで戦わなくて済むのならば、そっちの方がいい。
「ばっ、ちげェよ!スーウェンってのはァ…俺の妹だ」
心なしかヴェルトは思春期の男子のように顔を赤らめながら答えた。
どうやら二人はまだそういった関係ではないらしい。
にしても妹か。
その妹とやらは、ヴェルトがいなければ生きていけないほど幼いのか?
しばらく停滞した時間が流れる。
ふと、俺は戦闘に参加するでもなく、現状沈黙を貫いているデューレの方を見た。
今なお涼しい顔をして壁に寄りかかっているデューレは動こうとはしていない。
正直最も不気味なのはこのデューレだった。
身に纏う強者の風格はヴェルトよりも洗練されており、事実魔王護六将校の一員だという。
それなのに何故俺に手を出してこないのか。
何か目的があるのか…?
「少し話をさせて…」
本来俺が話を続けるところなのだろうが、俺が考えるばかりで言葉を出さないものだから、マヤは痺れを切らしてまるで俺に命乞いをするように二人の過去について話し始めた。
正直、そうまでしてマヤが俺の同情を買おうとしているのがわからなかったが、大人しくマヤの話に耳を傾けることにする。
ヴェルトはマヤが過去について話し始めるのを拒否したかったようだが、一度話し始めたら下を向くだけで特に口出しをしてこなかった。
「──というわけなの」
話し終えたマヤはスーウェンのことを思っているのか、ヴェルトと同様に俯いていた。
ヴェルトの目的は廃人となった妹、スーウェンを元気な状態に戻すこと。
至極単純で…とても切ない理由だった。
俺はゆっくりと腰から下げている麻袋の表面を右手でなでる。
この中にはあと一度だけ使える古代秘宝…どんな病気や体の容態も治すことができる原初樹の結晶が入っている。
どうする?渡すか…?
「渡してやってもいいんじゃないか?」
突如、背後からそう話しかけられ、ギョッとして振り向く。
そこには、いつからいたかはわからないが、バーンガルドがいた。
「どうしてここに?」
俺はこの場所を教えていない。というか心臓に悪いから気配を消して近づかないで欲しい。
「世界樹の内部で不自然に大きな音が聞こえてたら、普通様子を見に行くだろう?ワタルの帰りは異常に遅かったしな」
「なるほど…」
バーンガルドは耳が良すぎる。
それは数百メートル離れた敵の位置を索敵できるほど。
ヴァレットという国の象徴である世界樹内部に異変が起きていたら飛んでくるか。
「それで、聞き耳を立てていたようで悪いが、ヴェルトと言ったか?君は妹の為に世界樹の結晶を探しているんだろ?それならワタルが持っている」
貴重な情報をなんの迷いもなく敵に与えるバーンガルド。
バーンガルドのことだから何かしら考えがあってのことだろうが、正直俺としては口を噤んでもらいたい。
「嘘…だろ?」
案の定話に乗っかってくるヴェルト。
マヤも驚きに満ちた表情をしていたが、デューレだけはまるでそのことがわかっていたかのように涼しい顔をしていた。
やはり得体の知れない男だ。
この男の警戒だけは怠らないようにしよう。
だが、形勢はバーンガルドの介入により一気に逆転した。もうこの場において戦闘は起こらないはず。
いつの間にか世界樹の精霊も俺の周囲から消失している。
またいつか俺に力を貸してくれる時が来るのだろうか。
とりあえずバーンガルドの話に合わせ、俺は麻袋から小瓶に入った原初樹の結晶を取り出す。
「それが…原初樹の結晶…」
マヤは大きく目を見開いて、小瓶に入った今にも崩れて消えてしまいそうな紅い結晶を見つめている。
これほど渇望するのも無理はないだろう。何十年も探し求めていた物が、目の前にあるのだから。
「くれてやってもいい。だが、条件がある」
俺の意思など関係なく、バーンガルドは話を続ける。
確かに原初樹の結晶はバーンガルドの紹介があってからこそ手に入れることができた代物だ。
別にバーンガルドが判断したとて、良いか。
「条件かァ…なんだ?」
ヴェルトはゆっくりと、咀嚼するように尋ねた。
こっちが提示するのは超がつくほど貴重な古代秘宝の一つ。
それを得るための条件がどれほどのものなのか、想像もつかないのは当たり前だ。
まあ、バーンガルドと既にその条件を飲んでいる俺は想像が容易いのだが。
「私たちと一緒に最悪の五芒星の一角、百万足を討ってもらう」
しばしの間、沈黙が流れる。
が、すぐにヴェルトの大笑いと共に世界は動き出す。
「そんなんでいいのかよ…いいぜェ!乗った!」
全てを見透かしたかのようなデューレでさえも、予想外のバーンガルドの提案に苦笑いを隠せないようだった。
こうしてヴェルトとの戦いは幕を閉じ、俺たちは百万足討伐に向けて新たに強力な仲間を得た。
まだ、ネハを淘汰するというこの街に来た真の目的はクリアされていなかったが、交渉次第ですぐに解決するだろう。
というか真っ先にネハのことではなく自分の欲を優先するバーンガルドに、俺もただ笑うしかなかった。