59. 剣無しの戦い
「それで、スラム街ってのはどこにあるんだ?」
とんとん拍子で話が進み、結局無名で死んだ顔をしている俺がスラム街に単騎突入することになってしまった。
目標はネハの売人を捕らえること。
「さっきも言ったけど、ヴァレット南西よ。スラム街…というほど荒れているわけではないけど…いや、かなり荒れてるわね。あまり騎士団やギルドが関与できないから、便宜上スラム街と呼んでるんだけど…」
「関与できない?それはどうして?」
いつの間にかアーラヤは俺に対する敬語をやめていた。
それだけ俺のことを信用してくれているのだと思うと少し嬉しい。
「裏の支配者…とでも言うべきなのか、スラム街はまるでヴァレットとは別の都市のように何者かが支配しているの。スラム街の住民は騎士団やギルドに非協力的で、何なら攻撃してくるほどだし、まさしく目の上のたんこぶね」
「裏の支配者、か。それは一体誰なんだ?」
名前を聞いてもわからないだろうが、一応聞いておく。
「それは分かってないの。でも時期はだいたい十年くらい前から。ワタルならあわよくば、そいつも見つけられるかもね」
「流石にそれは無理だろ…」
過度な期待をかけられると反応に困る。
第一の目標であるネハの売人すら捕らえられない可能性も十分にあり得るわけだし。
「では早速向かってもらおう。ワタルが私やアーラヤと親しいと奴らに知られてしまう前に」
バーンガルドに急かされつつ、俺はアーラヤから見せられたヴァレットの地図を何とか脳内にインプットする。
騎士団やアーラヤの案内を受けられない以上、一人で行くしかないのだ。
かといって地図を見ながら行くのも怪しく思われる可能性があるので、なんとか道順を記憶している。
「よし、覚えた。それじゃあ行ってくる」
全く心の準備はできていないが、バーンガルドの言う通りこの街の人間に俺という存在が認知されてしまう前にいかなければならないので、急ぐ。
そのまま部屋を出ようとしたが、アーラヤに呼び止められた。
「まるで本当にスラム街に流れ着いたみたいに、これを着てって」
そういって渡されたのはボロ雑巾のように古びた外套。
どこから出したのかはわからないが、確かにこれを着れば益々怪しまれずに済みそうである。
「分かった、それじゃあ」
外套を羽織り、この世界に絶望しているかのような表情を作る。
そんな俺の様子を見たバーンガルドの口角が上がったのを俺は見逃さなかったが、それは指摘せず部屋を後にした。
教会とスラム街の位置関係はかなり遠い。
対極の存在のようなもののためそれはしょうがないものだが、馬車なんかも出ていないらしいので割と歩くのが面倒ではある。
しかし異国の街を一人で歩くというのも久々の感覚だったため、退屈はしなさそうだった。
世界樹の方を見て一人で絵を描く芸術家。
ただ一人、リュートのような楽器を奏でながら詩を紡ぐ吟遊詩人。
派手なドレスに身を包み、華麗に踊って見せる少女たち。
降り注ぐ陽光は世界樹を通して木漏れ日へと変わり、芸術都市ヴァレットへと降り注ぐ。
地面へと降り立った陽光は光の輪を投影し、その一つ一つがステージとなる。
そんな光景を見ながら進んだことで、かなりの早歩きをしたこともあったが一瞬のような体感で、気づけばスラム街の入り口まで辿り着いていた。
入口というほど明確に門などが設けられているわけではないが、明らかにここから先は無法地帯だとわかる。
廃れた建物、荒廃した地面、枯れた木々。
そこは全く別の街だった。
しかしここも以前はヴァレットの街の一部だったのだとわかる。
廃れた建物や階段構造の街の造りは全く一緒だし、捨てられた楽器や画材がまだ誰かの手に渡るのを待ち続けている。
アーラヤも言っていたが、この場所がこんなことになってしまったのは本当につい十年ほど前の話なのだろう。
はたしてこの場所で一体何があったのか。裏の支配者とは一体どんな人物なのか。
気になることは沢山あるが、まずは売人に話しかけられるのを待とう。もっと深い場所に行ってみるか。
警戒心を剥き出しにしないように、まるで世界を憎んでいるかのように、歩く。
廃屋からも人の気配がする。俺は見られている。
新しいスラム街の住人に俺が相応しいかどうか、見定めているのだろうか。
人の気配はありえないほどあるが、姿は全く見えない。
何かに隠れている?いや……何かが来るのを待っている??
そんな状況のまましばらく歩いていると、道の中央でまるで俺を待つかのように仁王立ちしている巨漢の姿が目についた。
「よお、見ない顔だな」
突然話しかけられ、俺はフードを持ち上げ顔をあげる。
姿からして明らかに売人ではなかったため無視しようとしたのだが、どうやらこれは洗礼のようなものらしい。
「どちら様ですか?」
怯えるふりをし、弱者を演じる。
精査するような巨漢の目。まさか、俺が教会から来た人間だと気づいている?
ありえない話ではない。
俺は一度騎士団駐屯所という公の場所で姿を見せてしまっている。
周りには騎士団員しかいなかったが、内通者がいないとも限らないのだ。いや、確実にいたと言ってもいいだろう。
しかし俺はかなり早いペースでここまできた。コイツらの伝達能力がどれくらいのものかはわからないが、流石にまだ知られていないはず。
バーンガルドは嫌でも目立つ存在のために街に入った瞬間に知られていると思うが。
「紋章を見せろ」
巨漢が名乗ることは無く、俺にそんな命令をしてきた。
ここで逆らえば、俺はもう二度とこの場所に入れなくなるだろう。そんな予感を感じ、大人しく紋章を展開する。
いつもなら、公の場で紋章を展開することを憚る。だが、今回は逆に俺の異常な紋章を展開させることはチャンスになるのだ。
「死人の紋章?それになんだこの紋様は」
「これは生まれつきなんです。この異質な紋章のせいで忌み嫌われ…やっとの思いでここに辿り着いたんです」
死人の紋章で、レベルを示す蒼円がない唯一無二の紋章。
この場所は何かが原因で生活を追われた人が多いと思う。
だから、こういった人とは違う特徴を持っていた方が、受け入れてくれる可能性が高くなるはず。
「そうか、お前も苦労したんだな…」
巨漢は存外、俺の話にすんなりと耳を傾けてくれたようだった。
その言葉には同情が含まれており、俺はこの街に滞在することを許可されたのだと悟る。
「こっちへ来い。この街のルールを指導してやる」
巨漢に認められたおかげか、人の気配がしていた廃屋からこちらを覗き見る人々の姿を確認できた。
そのどれもが生気のない顔をしており、それらを見ると──正直、悪寒が走ってしまう。
奥に進むにつれ、人の気配は増えていく。
道端に倒れるように寝ている人、階段に寄りかかりぐったりとしている人、泥のような何かを虚空を見つめながら貪る人。
もはや街と言っていいのかわからないほど異常な光景が広がっており、目を逸らさずにはいられなかった。
華やかで優雅なヴァレットという都市と同じ場所に広がっているとは思えない。
これらがネハ中毒者の末路か。
全く、アーラヤが頭を抱えるのも頷ける。
しばらく巨漢に案内され、辿り着いた先はボロボロだがここら周辺では最も大きな建物だった。
「新入りか?騎士団からの刺客じゃねーだろうな?」
巨漢に案内され建物の中に入った所で、今度は細身で高身長の男に絡まれた。
剃り込みの入った特徴的な髪型に、傷だらけの肉体。
どこの世界でも裏社会に生きる人間というのは見た目が似通うのだろうか?
「確認したさ。コイツ、面白ぇんだよ。紋章を見せてみろ」
巨漢に促され、紋章を展開する。
建物内は今いる広い一室のみで他に部屋はなく、そこらでニタニタと笑みを浮かべる巨漢の仲間たちが多数いたが、拒むわけにはいかないので潔く紋章を見せつけてやった。
「死人の紋章に、なんだこれ!レベルがねえじゃねーか!」
「そうなんだよ。コイツはコレが原因でここに流れ着いたってことらしい」
「なるほどな、まぁ異端同士仲良くしようや」
肩に手を置かれ、握手を求められる。
コイツがこのスラム街の頂点か?…いや、違う。
明らかに目立つ存在だし、裏の支配者という称号には程遠い。
とりあえず握手を返して愛想笑いを浮かべておくか。
あくまで俺はここに流れ着いた弱者。
「それで、お前はなんでここに来たんだ?」
細身の男は尚も俺の肩に腕を回しながら、周囲の全員に聞こえるような声で尋ねてくる。
「ここに望んだ夢を見られる薬があると聞いて……」
この建物内にいる男たちがネハの管理をしている可能性は高いので、もうここで俺の目的を打ち明けておく。
ネハ目的でここを訪れる人間は少なくないはずで、薬と言えばすぐに察してくれるはずだが……
「これのことか?」
ビンゴ。
細身の男は懐から白色の錠剤を一つ取り出して俺に見せつけてきた。
きっともう慣れきった仕事なのだろう。俺の言葉を待っていたと言わんばかりのスピード感だ。
「それですかね」
ネハの実物を見たことはないので曖昧な返事を返す。
いや待てよ、俺の発言ってもしかして失言だったのか?ここに来るなり真っ先にネハを探るようなことを口にして。
「くれてやっても良いが、タダでとは言えねえなあ。とは言ってもここに来るようなやつに金のあるやつはいねえけどな」
そう言ってガハハと下品に笑う細身の男。
どうやら俺の懸念は杞憂に終わったらしいが……
「…にしては良い剣を持ってるな。ちょっと見せてくれよ」
今度は巨漢が嫌な所を突いてきた。
金は一応もってきているから金を要求されたら大人しく払おうと思っていたが、流石に神々封殺杖剣を手放すことは出来ない。
まあ、抵抗したら厄介なことになるので奪い返せることを前提に見せてやることにするが。
というわけで、「はい」と言って手渡す。
「随分素直に渡してくれるんだな?騎士団と繋がってるのによぉ?」
「…っ⁉︎」
騎士団と繋がっている人間、そう言われ内心では心底驚いたが、顔には出さない。ただの鎌掛けの可能性もあるからだ。
「残念ながら情報があるんだよ、お前がバーンガルドと一緒に街に入って来たってな」
俺が手渡してしまった神々封殺杖剣を後方の仲間へと投げ渡し、指をポキポキと鳴らす巨漢。
よくよく考えてみれば、このスラム街に入る人間全てを精査しているなんて不可能なわけで、最初から俺は狙われていたのだ。
「今までの会話は全部茶番だったのか?」
俺ももはや諦め、本来の態度を取り戻す。
今、俺の手元に神々封殺杖剣はなく、神光支配は使えない。
いわば純粋な身体能力だけの勝負をしなければならないわけで、焦っていないというと嘘になる。
「そうだな。にしてもお前は冒険者か?だとしたらバーンガルドが直々に殴り込んでくれば良いものを」
結局俺の存在はバレていたのだから至極真っ当な意見だ。
だがコイツらは勝ち目のない戦いを挑むことはしないのだろう?
アーラヤは騎士団を送り込むと身を隠すと言っていたし。
やはりこの場に送り込む者として最も適していたのは俺と言わざるを得ないだろう。
こうして売人である男たちは俺を侮り、対面することができたわけだし。
バーンガルドが直接ここまで来ていたらそうはいかなかった。
「まあ、お前らを相手するのは俺だけで十分だってことだ」
挑発には挑発で返す。
それに細身の男は青筋を立てて声を荒げる。
「は?武器も持ってない、魔法も使えないお前に何が出来んだ?こっちは七人いるんだぜ?大人しく嬲り殺しにされとけよ」
本性を現し、一斉に各々の武器を手に持つ男たち。
こんな奴らがネハの売人で、今までアーラヤの目から逃れてたというのか?
なんだか違和感を感じるが、俺も戦闘態勢を整える。
ひとまず考えるべきは神々封殺杖剣の奪還か。
相手の実力を鑑みて軽率に武器を手放してしまったことを反省しつつ、周囲を見回す。
神々封殺杖剣を持っている男は俺から一番遠い距離におり、弓を構えている。
瞬時に距離を詰めたいものだが、神光支配を使えない今は瞬間的速度が大幅に低下してしまっているので非現実的。
レベル制限が取っ払われた純粋な肉体の強さを測りたいと思っていたので良い機会だ。
体調は万全。体も軽い。敵は七人。やれる。
──刹那、細身の男が持つタルワールのような刀剣が空間を薙いだ。
俺は瞬時に体を最小限逸らす。警戒していたから体勢の崩れはない。
そこに二人目の追撃が到来する。
槍による死角からの突きだったが、突きのベクトルに反して瞬時に距離を詰めることで対応。
槍は先端にしか刃がついてない。だから柄の方に近づけば脅威とならない。
俺のこの行動で、槍男は槍を持ったまま俺と距離を取ろうとするが、その瞬間を狙って俺は槍の柄を掴んだ。
力勝負で俺が勝ち、男は潔く槍を手放す。
というのも俺を狙う他の六人の邪魔にならないようにしたのだろう。
気配を感じて振り返ると、大剣による力強い一撃が頬を掠めた。
避けることによって地面が抉られる。
俺は槍を持ったまま。
槍自体は初めて持ったが、リーチが長くなった剣だと思ってぶん回す。
テキトーにぶん回した結果、追撃をかけようとしてきた男たちが飛び退き距離を取ってきた。
意外と牽制にはなっているらしい。
「おいヴェイン!!何武器取られてんだよ!」
「すまんすまん!だが相手は槍初心者だ!」
戦闘中、大声で会話を交わす男たち。
にしても初心者か。
確かに全く効率的な使い方がわからない。
初めて神々封殺杖剣を持った時を思い出すな。
「オラオラ!!」
再び巨漢が力任せに俺めがけて大剣を縦振りしてくる。
どうする、槍の柄で受け止めるか?しかし柄はパッと見ただの木。こんなんで受け止めたら真っ二つになって──、
一瞬の判断の迷いが命取りになる。
そんなこと当然わかっていたが、慣れない武器、慣れない多人数戦闘により判断を誤ってしまった。
「うおっ」
横にズレて攻撃を避けようとしたが、先程大剣の攻撃によって生み出された床の傷につまづきよろめいてしまった。
傾く体、ここぞとばかりに追撃をかまそうと一斉に襲いかかってくる男たち。
窮地に陥った瞬間、人間は思いがけない動きをできるようになるものだ。
俺は床の凹みに槍の先端を引っ掛け体勢をなんとか保った後、槍を両手で掴み中央でへし折って、金属のついた方で大剣の対応を、もう一方で右方から飛び掛かってきていた短剣の男に対応した。
短剣の男は完全に予想外だったのか、俺の攻撃が利き手に直撃したことで怯んだようだった。
その隙を見逃さず今度は左方から仕掛けようとしてきた細身の男の攻撃を見切る。
この間、ほんの数秒だった。三秒…いや、二秒たっていなかったかもしれない。
男たちは完全に意表をつかれたのか、それとも俺の実力に驚いているのか、完全に言葉を無くしていた。
もう手加減などしないようである。
完全に臨戦態勢を整えたようだ。
それは全く俺も同じだが。
俺から距離を取り、無言で武器を構えて時を待つ七人の男たち。
一番厄介なのは、最も離れて弓を構えている男。さっきの戦闘の最中に彼が矢を放ってくることは無かった。
一度矢を放ってしまえば、次の矢を装填するまでに多少の時間がかかる。
だが、飛び道具は存在がいるとわかってるだけで精神をそちらに向けなければならなくなるわけで、矢を打たずただ居座ってるだけでもかなり面倒。
彼はそれを理解していて、必中のタイミングを狙い続けている。
もちろん、真っ先に彼を狙いに行くことも可能だ。
だが、試してみたい。
ここまで囲まれた状態で敵がどう動くのか、自分はそれにどう対処するのか。
俺は相変わらず左右の手で真っ二つに折った槍を持っている。
二刀流…といっても使えそうなのは金属の刃がついた左手で持っている方だけだ。
やはりレベルという制限がなくなった以上、身体能力では圧倒的に優位に立っていると感じる。
今まで俺は神々封殺杖剣に頼った戦闘を行っていた。
神光支配は本当に汎用性が高く、広げれば索敵に使えるし、相手に纏わりつけて硬質化なんてこともできる。
魔法の世界で魔法が使えない俺がここまで生き残るために縋った、強すぎる魔法。
それゆえ、自分は魔法を使えない者なのだという認識が薄かった。
が、今はその曖昧だった認識が俺に重くのしかかっている。
魔法が使えないことにより戦闘の幅、勝ち筋が大幅に減少してしまっているのがわかる。
例え身体能力で優っていようと、相手は多人数で、十分に負ける可能性はあるのだ。
──硬直した時間も束の間、男たちは一斉に紋章を展開させる。
何故今までコイツらは魔法を使ってこなかったのか。
まさか俺と一緒で死人の紋章なのか?
そんなことを思っていたが、どうやら見当違いだったらしい。
男たちのレベルはまちまち。低くて四、最も高い者で七。
あの中に遠距離系の魔法を使える者がいたらかなりキツい。
四~六程度のレベルだったら、剣で弾かなくとも神光支配で全て防げたが、今の俺に神光支配はないのだ。
緊張の初動。
まず動いたのはリーダー格の細身の男だった。
コイツのレベルは七で男たちの中では最も高い。
剣を下ろし、俺から目を離さずある場所へ移動している。
その行動は全くもって予想外のものだった。
細身の男は短剣を持った男まで近づき、手を握り合ったのだ。
この緊張した空間内でのこの行動、一瞬脳が考えることを放棄しようとしたが、短剣の男が持つ魔法の性質を推測して納得する。
きっと短剣の男の魔法は、手を触れた相手になんらかのバフを与える魔法なのだ。
はなからそれをしなかった理由は、完全に俺をナメていたためか?
瞬間、揺らぐような不規則な動きで細身の男が距離を詰めてきた。
周囲の男たちが未だ紋章を展開し続けているのは、弓以外の遠距離魔法の存在を示唆することで俺の精神をすり減らすため。
しかしわかったことがある。
コイツらは意外とチームワークがない。
鍛えられたチームワークがあれば七人で俺が手も足も出ないくらいの連携攻撃を仕掛けてくるはず。
だが、今の男たちは細身の男そして大剣の巨漢の動きを邪魔しないような動きをしている。
細身の男は特徴的なステップで緩急を作りながら俺へ幾度も追撃を仕掛けてくる。
剣を交えてみて分かったが、明らかに剣速が上昇、そして動きが機敏になっている。
やはり短剣の男の魔法は身体的バフを与えるもので間違いなさそうだった。
この細身男を倒せばおそらくやつらの士気はかなり下がる。
そう信じていたが、俺が細身の男と対峙しているうちに、他の男たちも短剣の男たちのバフを受け取りに行っていたようで軽く絶望する。
──あまりに決定打に欠けていた。
つくづく自らが神々封殺杖剣に頼っていたのだと気がつき虚しくなる。
まあ、そう思っていたからこそ、今回手放してしまったというのは多少あるが。ただ神の力に頼るだけの自分を変えたくて。
正攻法で一人ずつ倒していくのはもうやめだ。埒が明かない。
謎の正義感、人と戦うにあたって最低限は守るべきの倫理観。
そんな感情を抱いていたところで自分が不利になるだけ。
この場にレフェリーなんて存在はいない。ようやく気がついた。
俺は一瞬で飛び退き、細身の男と距離を取る。
その瞬間、足元を業風が通り過ぎ、掬い上げられてよろめきそうになったが持ち堪える。
ここは室内。
確実に男たちの誰かが発動した魔法だったが、威力からしてレベル四かそこらのもので全く致命的ではなかった。
真っ先に弓を構え続けている男の元へ跳ぶ。
弓男はかなり驚いた様子だったが、流石に予想外ではなかったようで、俺が距離を詰めると同時に矢を放って来た。
弓は弦がしなる。
銃とは違って、腕の動きをよく見てればタイミングが掴めるのだ。
ゆえに俺は相変わらず持ち続けていた、槍の片割れ──もはや武器としての名称もなさそうな金属で矢を弾き、弓を両断した。
後は神々封殺杖剣を回収するだけだが、男たちはそれを簡単に許すほど甘い存在ではない。
背後からの殺気。
本気で殺すつもりの一撃が俺の背中を掠めていた。
間一髪で避ける。
短剣男のバフを得た巨漢による大剣の一撃は、初手の一撃による床の破損とは比べ物にならないくらいの衝撃を建物全体へと伝えた。
それにより生み出された床の振動で、無造作に置かれていた神々封殺杖剣はまるで俺に掴んでくれと言わんばかりに僅かにこちらまで近づいてくる。
神々封殺杖剣までは後コンマ数センチほどの距離。
俺がこの剣を手に入れたら厄介なことになると分かっているのか、男たちは更に熾烈な勢いで、俺めがけて殺意を剥き出しにしてきた。
何故最初からその熱量で俺に向かってこなかったのか。
そんな疑問が湧くと同時に、神々封殺杖剣に手が届く。
まるで誰も引き抜けなかった勇者の剣を引き抜けたが如き感動が、肉体全体を伝わっていった。
再び生み出される神光支配。
身に纏われるは不可視の鎧。
背中からまるで息を吹きかけられた程度の衝撃を感じる。
視界では捉えてないが多少の熱からして、炎を飛ばす系統の魔法を風の魔法で加速させたものを俺の背中にぶつけたのだろう。
弓はもう無い。
槍ももはや粉々になった。飛び道具…もとい飛び魔法を使える二人の脅威も失せた。
考えるべきは実質三人。
短剣のバフ男。リーダー格の細身男。大剣の巨漢。
神々封殺杖剣を取り戻した今。
そのいずれも俺の脅威とはならないだろう。
──さあ、反撃開始だ。