33. 裏切り者
波乱のサバイバル試験が終わってから、早二週間が経過した。
その間、同学年の生徒のみならず上級生までも俺に絡んできた。
新入生の中で最も早くスターを獲得した生徒に注目がいくのはしょうがない。だが、その生徒が俺という無名モブキャラクターだったため、嫌な注目を浴びてしまったのだ。
「なあ、どんな不正して魔石をゲットしたんだ?」
「魔法が使えないくせに、なんでこの学校にいんだ?」
そんな、悪意に満ちた言葉をかけられ続けた。
だが、ある一人の友人を作ってから…俺に対する罵詈雑言は鳴りを潜めた。
その友人については…この話の最後に語ろう。
それは良いとして俺は今ひたすらに勉強していた。
明日はサバイバル試験で五十点のプラスが決定しているペーパーテストが実施される日だからだ。
「なあワタル。セラリスのずっと西に白竜の住処があるのって知ってるよな?」
ふと、一緒に勉強していたルームメイトのエレルトが急に妙な話を切り出してきた。
「白竜?知らないな」
「え、マジかよ!?…それで、その白竜がこないだ討伐されたってもっぱらの噂なんだよ!」
「それは俺たちに関係あるのか?」
正直魔物の討伐状況なんて、今の俺たちにとっては全く関係のないことだろう。
「いや、ないけどよ…西の白竜っつったら、レベル九のとんでもない魔物だったんだぜ?あれだよあれ!最悪の五芒星は知ってるよな?その内の一つ竜王。それに最も近かったのがその白竜だって言われてたんだよ。まあレベルが十じゃない時点で違うんだけどな。ってか竜なんて最近全然見ないしよ、討伐できる冒険者も限られてるし、何しろ誰が倒したのか分からないってのがこの話の肝なんだよ!」
はあ、あまり興味が無い。
しかし竜王といえば、俺がヴァルムから預かっている竜王のリング。あれは何かの役に立つんだろうか?今は部屋のロッカーに石版とともに眠っているが。
エレルトは竜を最近見ないなんて言っていたが、そもそも竜なんてこの世界に沢山いるもんなのか?車を引く地竜はたまに見るが。
もしかして竜の隠れ里なんてあったりしてな。
…無視するのは酷いので、とりあえず興味を持ったふりをしてみるか。
「その辺のAランク冒険者が倒したんじゃないのか?」
Aランク冒険者、グライトは最悪の五芒星の一つである銀鏡の蜘蛛とも互角に戦っていたという。
ならばAランクともなるとレベル九程度の魔物なら難なく倒せるのでは無いだろうか?それともグライトが特別強いだけなのか。
「いや、冒険者が倒したってんならギルドに報告するだろ!報告してないって可能性もなくはないけど…莫大な報償金を受け取らないなんて、あり得ないじゃん!」
「報償金って…そんなにその白竜とやらは悪いやつだったのか?」
「まあな。たまに人里に降りてきては人間を食うって話だぜ?」
「そんな噂みたいな話で報償金がかけられんのか…」
俺はヴァルムの顔を思い出す。
ヴァルムは少なくとも、人を襲うようなやつでは無かった。いい竜と悪い竜がいるのだろうか?
「俺的には『新星英雄』が倒したと思うんだよな~」
「何だそれ」
新星英雄?
聞き慣れない単語だが、その内容は少し気になる。
「なんか最近頭角を表してきてる冒険者チームだよ。俺も詳しくは知らないけどな!」
詳しく知らないなら…とりあえずいいとして。
「明日は試験だからな。とりあえず今は勉強に集中するぞ」
算学はいいものの、歴史学や魔法学に至っては俺は壊滅的だ。
魔法が使えない以上、一度の魔法によって消費される魔力の目安なんて知る由もないし、それに準ずる問題も感覚が掴めない。まあ試験は暗記ゲー。とりあえず習ったことだけ適当に、付け焼き刃の知識を脳内にインプットしておく。
──例えそれが全て無駄になるかもしれないとしても。
◆◇◆◇◆◇
「それではテストの結果を発表する」
テスト終了の二日後、早くもテスト結果返却の時間となった。
ペーパーテストは上位三名にはスターが授与され、下位三名にはスカルが与えられる。
流石に他クラスよりも多いアドバンテージがある以上、クラスメイトたちは特段緊張しているわけではないように見えた。
──だが。
「このクラスで上位三位に入り、スターを与えられる生徒は残念ながらいない。だが、スカルを与えられる生徒は一人存在する」
テトラのこの発言に、クラス内は一斉にざわめき出した。
中でもスコッチは「五十点有利にも関わらず三位以下に入るなんてどんだけ馬鹿なんだよ!」と後先考えない発言をしている。
この中に確実にいるスカルを得ることになる存在に配慮しようという気は無いのか?
「それではスカルを与えられる生徒を発表するぞ」
一斉に息を呑む音が響き渡る。
暫くのち、沈黙を突き破って、テトラはその生徒の名を読み上げた。
「スカルを与えられるのはワタル。お前だ」
一斉にたくさんの視線が、真ん中一番後ろの席にいる俺の元へと集まってくる。
先の試験でスターを獲得した俺が何故?と思う生徒も多いだろう。
だが、俺は俺にスカルが与えられるであろうことは予感していた。
ことの発端はサバイバル試験が終了してミネラから謝罪を述べられた後まで遡る。
◆◇◆◇◆◇
ミネラに5ポイントの魔石とクラス旗を得たことの経緯を説明し落ち着いた後、俺は教室に残る一人の生徒に話しかけた。
「おい、ちょっといいか?」
「ん?なんだい?」
友達たちとの会話を遮られたにも関わらず、嫌な顔一つせずこちらを振り向く男子生徒、アロルド。
俺はコイツを誰もいない廊下の奥の方まで呼び出した。
俺が今から話す言葉をアロルド以外の誰にも聞かれないように、アロルドが喋りやすくなるように、だ。
アロルドも何かを察したのか、何も言わずについてくる。
俺は誰もいないことを確認して、会話を切り出した。
「単刀直入に言う。お前はなんのためにデルタクラスの情報をアルファクラスに売り、偽りの情報をデルタクラスに流した?」
「………なんのことかな?」
俺の質問に、アロルドはわざとらしく微笑んでみせた。
「お前は5ポイントの魔物がブルータルベアーだと言った。だが、俺が倒した魔物はブルータルベアーじゃなかった」
初日に5ポイントの魔物を倒した後、その強さに疑問を感じた俺はデルタクラスで最も博識な生徒、リネにブルータルベアーの特徴を尋ねた。
その際リネは、ブルータルベアーの最大の特徴は目が三つあることだと教えてくれた。
それで俺は俺が倒した魔物が確実にブルータルベアーでは無かったことを確信した。
「なんでそうわかるんだい?」
「リネにブルータルベアーの特徴を聞いたからな。俺が倒した魔物は三つ目じゃなかった」
「へえ。じゃあ先輩が言っていたことが間違ってたのかな?」
「とぼけるな。デルタクラスの旗の在り処をアルファクラスに教えたのもお前だろ。アロルド」
終始とぼけていたアロルドだったが、クラス旗の話題を出した所で目の色が変わった。
クラス旗の情報を漏らしたことに関してはバレていないと思っていたのだろう。
まあ、俺もアルファクラスの見張の会話を盗み聞きしたことによって偶然得られた情報なわけだが。
でもまだ、あの時見張が言っていた『裏切り者』の正体がアロルドだと確信したわけではなかった。これは鎌掛けだ。
「どうしてそう思うんだい?」
「アルファクラスのやつから聞いた。……その発言は認めたようなものだぞ」
アロルドは自身の失言に一瞬しまったというような表情を見せたが、すぐに元の表情に戻る。
「アルファクラスの人がねえ。情報を話すとしたら誰だろう?魔法選抜の特別枠で入学したライリ君かな?それとも妙な正義感を振りかざすヴィライダル殿下かな?…まあいい。君が本当に厄介な生徒だということが分かったよ」
ミルの他にもう一人魔法選抜で受かった生徒がいることは知っていたが、ライリだったとは初耳だ。いや今はそんなことはどうでもいい。
「どうしてお前はデルタクラスを裏切ってまでアルファクラス側についているんだ?」
「そうだね。君はデルタクラスには家名の無い生徒が多いことは知ってるよね?」
「まあな。確かデルタクラスで家名がある生徒はエメラ=スライデンだけだ」
エメラとは俺がデルタクラスの教室に初めて入った日、俺より先に教室の机に座っていたダイア以外のもう一人の女子生徒だ。
金髪の綺麗なクルクルツインテールが目立つ、いかにもお嬢様といった感じの生徒。
なぜ家名を持つ生徒の中で、彼女だけがデルタクラスに在籍しているのかは知らないが…何か理由があるのだろうか?
「そう。正直に言うとね、デルタクラスの生徒たちは出来損ない…というか、アルファクラスの家名ある由緒正しい生徒たちを持ち上げるために存在するクラスなんだ」
アロルドから普段の穏やかで落ち着いた表情は消え、その瞳には闇のようなものが宿っている。
こんな表情を、他でも無いあのアロルドがするなんて。
「……王都魔剣術学校は貴族じゃない平民なんかでも合格できる公平な学校だと思っていたが、そういうわけではないみたいだな」
「そうさ。表面上はそう謳っているけどね。結局貴族の人たちは『自分の子供が一番に』ならなければ気が済まないんだ。そのためにベータクラス以下が存在し、ベータクラス以下はアルファクラスを一番にしなければならない。そのために送り込まれたのが僕ってわけさ」
アロルドの口調は完全にいつもと別物だ。
「──つまりベータクラス以下の各クラスにはお前のような『裏切り者』が存在し、試験が不利になるクラスの情報をアルファクラスに流しているってわけか」
「その通り。僕たち『裏切り者』はアルファクラスが一番になるために奔走しなければならない。そのために送り込まれたのだから」
「そんなベラベラと俺に情報を漏らしていいのか?」
「ああ。もうじき君はスカルを五つ集め、退学となるだろう。そのための準備ももう進んでいるはずさ」
「俺は長くこの学校にいるつもりは無いから別にいいんだが…俺がアロルドは裏切り者だという情報を流したらどうなる?」
俺の発言はただの強がりに見えたのか、アロルドは話を続ける。
「君も見ればわかるだろう?僕はデルタクラスでも確かな地位を築いた。例え君が魔石を手に入れ、旗を取り戻した生徒だとデルタクラスが認知していたとしても、何人が君の戯言に付き合うかな?生憎だが女子生徒の大半は僕の方につくだろうね」
「そうか。話を戻すが、エメラはなんで俺たちのクラスにいるんだ?」
家名を持つエメラの存在は、アロルドの今までの発言とは矛盾しているように感じるが。
「アルカイド三大貴族っていうのは知っているだろう。その中でもライラッド家は建築などで繁栄してきたわけだが……スライデン家はあろうことかライラッド家のやることに口を挟んだのさ」
「それでエメラはデルタクラスに…か。まあ聞きたいことは聞けた。じゃあな」
「そうだね。君が退学してこのクラスからいなくなることを心待ちにしているよ」
友達と楽しい会話でも話すように、屈託のない笑顔でアロルドは踵を返そうとする俺の背中にそう言い放った。
──俺を退学にする、か。
つまり俺はそれよりも早く校長と接触して一対の銀鏡の在処を見つけなければならない。
いよいよ時間が無くなってきたようだな。
※
時はペーパー試験結果が言い渡された瞬間まで戻る。
「おい、マジかよワタル!お前わざとスカルをとったわけじゃ無いよな?」
テストの結果が発表されてテトラが去った後、教室内は騒然としていた。
俺とアロルドを除いて、だが。
話題はもちろん一番最初の試験で唯一スターを獲得した俺が、何故ペーパーテストなんかでスカルをとったのかということ。
俺の胸には今、スターの他にスカルのバッジがついている。
エレルトに至っては俺がわざとスカルをとったのではないかと疑っていた。
エレルトと俺はルームメイト同士であり、俺の勉強姿を目撃しているから心底驚いたことだろう。
「いや、ちゃんと問題は解いたんだがな。解答用紙が返却されない以上どこが間違っているのかもわからん」
そう、普通ペーパーテストと言ったらテストが終了次第返却されるものだろうが、この学校では守秘義務だか外部に漏れることを防ぐためだかで、解答用紙は返却されないらしい。
問題用紙もテスト終了後に回収された。
これなら学校側でいくらでも細工することが可能だろう。
これで今までどれくらいの生徒たちが唇を噛んできたのだろうか?
「残念だったね、ワタル君。次はスカルを取らないようにね?」
ここで嫌味のつもりか、アロルドが俺の元まで寄ってきてそんなことを言ってきた。
その顔からは隠そうとしているものの笑みのようなものが窺え、やはり俺のテスト結果が悪かったのはアロルド側──すなわち貴族を持ち上げる学校側組織の策略だと理解できた。
まあ、本当に俺の点数が悪かったという可能性が無いわけでは無いが。
アロルドは俺のスカルを見て、似合ってるよとでも言いたげだ。
そういえば俺が十歳のころは、こんな感じのドクロマークがついたグッズをカッコイイと思っていたな。
ドクロの筆箱に、裁縫道具、さらには習字道具まで。今思えばなんでなんだろうな?
まあ俺はことごとく注文の際に番号を間違えて、可愛い犬が刺繍されたものや、ラメの入ったオシャンティーでプリティーなものが届いたりして同級生に弄られ枕を濡らしたわけだが……今では良い思い出だ。
そんなことを考えていたせいか、アロルドの挑発とも取れる発言に無反応だった俺に、アロルドは興味を無くしたのかすぐに去っていった。
「まあとにかく俺は全力を尽くした。これは俺からの頼みだが、あまりこのことで騒がないでくれ」
俺はエレルトだけでなく、他の聞き耳を立てているクラスメイトたちにも聞こえるように言った。
もし俺が早々に退学することになって、エレルトやブラドなんかの血気盛んな連中が学校側に楯突く…なんてことは避けたいからだ。
ついでにそいつらも退学処分なんてことになったら話にならない。
「ワタル…大丈夫なの?」
ここで心配そうな顔で俺を覗き込んきたのはミル。
竜人族特有の綺麗なツノが突き刺さってきそうな程に覗き込んでくる。
俺の退学を一番心配しているのは他でもないミルだろう。
ミルの綺麗な白銀の長髪を束ねるゴムに付けられた可愛い龍のマスコットも、俺に心配の眼差しを向けているような気がした。
「大丈夫…だとは言い切れないが…俺がいなくてもミルは頑張るんだぞ」
ミルはその愛嬌ある顔たちと、誰にでも見せる可愛らしい笑顔によって友達も多い。
俺がいなくても上手くやっていけるだろう。というか確実に俺よりも充実した学園生活を送っている。
「もう…そんなこと言わないでよぅ…」
悲しげな表情で俯いて見せるミル。
やめろ、そんなこと言われたら確実に来る別れの時が惜しくなってしまうではないか。
「まあ大丈夫だ。心配すんな」
とりあえずミルの不安を払拭させるように胸を張って見せる。
それにミルも納得したのか頷いていた。
こうして王都魔剣術学校に入学してから二回目の試験はスカルを与えられるという結果となった。
※
テスト結果が発表された翌日の昼休憩の時間。俺は心地よい風が頬を撫で通り過ぎるのを感じながら、微睡の中にいた。
広大な学校の敷地に点々と置かれた休憩用のベンチ。
俺はその中でも植物園のように木々が丁寧に植えられた場所の隅の方にある、言わば穴場とも呼べるスポットを好んでいた。
人の気配一つ無く木々の枝葉が擦れ合う音だけが響くその空間は、木漏れ日とも相まって眠気を誘う。
今日の午後の授業は退屈な算学の授業。すっぽかしても良いかもしれない……
そんなことを考えている矢先だった。頭上から俺に話しかけてくる声が一つ。
「やあ、ワタル君。この間のテストでスカルを与えられたんだってね?」
声の持ち主は、アルテナ亜人族領最大の王国アルカイド、その第一王子にして王位継承権第一位の少年、ヴィライダル=アルカイド。
「なんでお前がこんな所にいるんだ?」
俺の問いに、ヴィライダルは微笑みを返す。
俺が何故この国の王子であるヴィライダルとここまで仲良く話すようになったのか。
それを説明するにはペーパーテストの一週間ほど前まで遡る必要がある。